着信音と、打ち合わせ
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「うーん、何も残ってねェなァ……?」
一方男子寮でも大蛇のあやかしを退治したと同時、全てが元に戻っていた。
ナユタ達は戦った玄関や蛇の居た神殿、そして術式のあったホワイトボードなどを丹念に調べたものの、何の痕跡も見付ける事が出来なかった。
「ホワイトボードの文字なんかも完全に元通りだね。これはどうしたものかな」
鳩座も首を捻る。そして奇妙な事に、あの暗闇の発生した現象が起きた瞬間から恐らく殆ど時間が進んでいないであろう事も、謎を深める要因の一つだった。
「じゃああの世界は何だったのかな、並行世界とも違うのなら、次元を越えるような結界、時空の狭間のような場所……?」
ナユタがぶつぶつと思考を巡らせるものの、一向に答えは定まらない。諦めたカラハが、もう解散でいいんじゃね、とぼやいた所で寮生長と宮元が揃って現れた。
「お疲れ様です。それで結局、どうなりました? 環境が戻ったという事は、術を破ったか敵を倒したか何かしたんですよね」
「電気も付いたし音も聞こえるようになったんで、もう平気やと思うて皆を探しに来たんや。なんや、えろうけったいな顔しとるな、皆」
疲労の色を滲ませながら顔を見合わせる三人の様子に、寮生長と宮元は揃って首を傾げたのだった。
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「ふうむ、では結局、何が起こったか、敵は何だったのか、全く解らないという訳ですね」
寮生長が唸る。珍しく眉間に皺を寄せながら、ナユタの淹れてくれた温かいゆずミントティーを啜る。
総勢五名となった一行は、取り敢えず情報の擦り合わせをすべく、一番玄関から近いナユタの部屋へとお邪魔した次第であった。ちなみに美味しい茶が出る事を期待してのチョイスである事は、ナユタ本人には内緒である。
「結局術式も何だったのか解んねェしさ、小っせェのもデケェのも黒い毒蛇って以外にはなんも手掛かり無ェし」
「暗闇に取り込まれた現象も、結局何だったのか見当も付かないというか」
余りにも情報が断片的かつ少なすぎて、憶測すらままならずに五人はただ唸るのみである。
そんな時、寮生長がズボンのポケットに入れていた携帯が震えた。古い特撮ドラマの主題歌が部屋に鳴り響く。皆に、失礼、と言いながら取り出した携帯の着信画面を見た寮生長は、少し驚きながらも慌てて通話ボタンを押した。
「はいもしもし、こちらタカサキです。……ええ。はい、大丈夫ですよ。それで一体──ええっ!?」
珍しく寮生長が素っ頓狂な声を挙げた。何事かと驚いて注目する皆の視線を浴びながら、寮生長はしばらく会話を続けてから電話を切った。
「パパ、今のは!?」
食い気味のナユタの問い掛けに、寮生長は更に眉間の皺を深くしながら溜息をつく。
「ええと、女子寮のヒビキ・ヒトミさんからの連絡でした。──要約すると、先程女子寮でも同様の事象が起こったそうです。暗闇の世界に取り込まれ、大蛇を倒したら元に戻った、と」
皆が驚きの声を上げ、顔を見合わせる。どのように反応していいか分からず落ちる沈黙に、再度寮生長が口を開いた。
「取り敢えず明日、夕方に部室に集合する事になりました。テスト期間中にすみませんが、緊急事態ですのでご了承頂きたい。……ああ、もし可能なら鳩座君も来て欲しいんだけれど、構わないですかね」
「僕はまあ、協力する事はやぶさかではないかな。前回の事件で迷惑掛けたというのもあるし」
「ではお願いします。部室へはこの四人の誰かと一緒ならば行けますから」
「了解です」
一通りの話が終わりお茶のお代わりも尽きたところで、その日は解散と相成った。鳩座と寮生長が退室し、神道学科トリオがそのまま部屋に残る。
「なんや、テスト勉強せなアカンのに、気が削がれてもうたなあ……」
「でもノートは作らないとヤバいんじゃなかったっけ?」
「ああー、そうやった! ナユタでもカラハでもどっちでもええ、ノート貸してぇな!」
宮元の嘆きに二人は苦笑を漏らす。
「しゃーねェな、俺の貸してやるよ。ついでにコピーも手伝ってやらァ」
「ホンマかカラハ! ありがとう心の友よ!」
「その代わり貸し一つな」
カラハの満面の笑みを見て、宮元が顔色を蒼くして目を逸らした。
「か、貸しって、何やろ。何要求されるんやろ」
「大丈夫大丈夫、非合法な事は頼んだりしねェから。な、怖くねェって」
「その笑顔が怖いんやけど!?」
「イケるイケる、痛いのは最初だけ、先っちょだけだから」
二人のコントのような遣り取りを聞き流しながら、やれやれとナユタは片付けを始めたのだった。
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さてこちらは男子寮組。総勢五名ですが、成果は芳しくないようです。
鳩座君がますますもって重要人物に。まあ、戦える人材は貴重ですからね。
話し合いで何か成果が出れば良いのですが。はてさて。
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