ハイテンションと、忘れ物
*
大蛇のあやかしが光の粒子となり消えたと同時、女子寮内の光景が元に戻ってゆく。ぱっと電灯の光が廊下に満ち、喧騒がそこかしこから洩れ聞こえる。
ヒトミとツクモは戦闘態勢を解き、ゆっくりと周囲を眺めた。──あの不穏だった気配も瘴気も、綺麗さっぱり消えている。
「……無事、元に戻ったみたいですわね」
「ですね。被害も無さそうだし、ホント良かったです」
そしてパタパタとスリッパを鳴らして二人に走り寄って来た少女が一人。先ほど大蛇に追われて助けを求めて来た、眼鏡に黒髪ロングヘアの女子寮生であった。
「あのあの、ささ、さっきは、えっと、あああありがとうございました! えっと、えええっと」
「ああ、怪我はありませんか? 確かあなた、一回生の」
「あっは、はははい、一史の、のの、能古です! ささ、三〇五の」
そして能古と名乗った少女はぺこりと頭を下げた。二人を見る瞳はきらきらと、好奇心に満ち満ちた輝きを宿している。
「わたくし、一一九のヒビキ・ヒトミ、こっちは同室のツヅキ・ツクモちゃんですわ。──じゃあ能古さん、ちょっとお時間、良いですか?」
ヒトミは上級生らしい笑顔を能古に向けながら、上品に少し首を傾げた。
*
ヒトミの部屋でお茶をしながら、能古の話を聞く事となった。能古はどうやら、物心付いた頃からの霊感体質だったらしい。
「それで『あちら側』に迷い込んでしまったのですわね。それにしても驚いたでしょう?」
甘いチャイを飲みながらヒトミが言う。能古はくりくりとした丸い目を大きな眼鏡レンズ越しに輝かせながら、思い切り頷いた。
「昔っから妖怪に会ったり変な世界に入っちゃう事はあったんですけどこんな風に化け物に追い掛けられたのは初めてで! ほんっとビックリしました! ああっそれにしても先輩方すっごいです! あれですか退魔師とか陰陽師とかそういうのですか!?」
見た目や雰囲気とは違う息継ぎ無しの高いテンションでまくし立てられ、ヒトミとツクモは少し引いている。が、能古がそれに気付く様子は無い。
「ええっとね、陰陽師とは少し違うのだけれど、やっている事は似たようなものですわね。わたくし達は術士とか能力者って呼んでいるわ。先程みたいな、人に害を成すあやかしや悪い異能者に対抗する責務を負っているのよ」
「凄い凄い! まるでラノベの世界ですね! 二次元はリアルにあったんだ!」
ヒトミの説明に何やら感動して勢い余って涙を流す能古に二人共ドンビキである。
それはそうと、とツクモが気を取り直して能古に話し掛ける。
「国史だよね、明日はテストはあるの? 能古ちゃん……、でいいのかな?」
「あっえっとね明日は自然科学とかドイッチェとかの一般科目ばっかりかな! あっ私ノコ・ノノコだから私のことはノコノコって呼んで! 私もツクモちゃんのことツクモンって呼んでいい!?」
「いいよ、ノコノコちゃん。あたしも一般科目ばっかりだし語学もドイッチェだから多分全部一緒だよ!」
「わっほんと!? じゃあツクモン一緒に勉強しよ! ねっねっ!」
どうやら二人は意外と気が合ったようだ。ヒトミは何やらほっと胸を撫で下ろすと、能古に向かって微笑み掛けた。
「ではノコノコちゃん、明日テストの後、少しお時間頂いて構わないかしら? 今日の事の話し合いをするのだけれど、色々と協力して欲しいの」
「全然良いですよ! さっきの事をってことはもしかして先輩方以外にも術士がいるのですか!? それでそういう団体があってとある部活が隠れ蓑になってるとか!? きゃー凄いもしそうだったらまんまラノベじゃないですかヤダー!」
自身の妄想にキャーキャーと悲鳴を上げる能古に、やっぱりドンビキしてしまうヒトミである。正直言って初めて接するタイプだ。しかし現場に居合わせた以上、皆に話を通しておいた方がいいだろう、と内心溜息をついた。
「えっノコノコちゃんなんで分かるの!? 凄いよまんまノコノコちゃんの言った通りだよ!」
「凄いホントにあるんだ! もう私明日が今から楽しみ! ドキがムネムネして夜しか眠れなくなっちゃうよ!」
「夜寝るんだったらそれ普通だよ! もうノコノコちゃんったらおちゃめさん!」
ツクモと能古はキャッキャッと会話を弾ませている。大丈夫なのだろうか、と色々と心配になるヒトミであった。
「そ、そういえば。さっきノコノコちゃん、コピー機使ってた途中だと言って無かったかしら?」
ヒトミがふと思い出した言葉を口にすると、能古はハッとして慌てふためき始めた。飛び上がらんばかりに立ち上がり、手足をバタバタさせている。
「そうだ原稿! 原稿コピーしてる途中だったんだ! 早く摂りに行かないと誰かに見られたら渡し終わっちゃう! 人生終わるー!」
「そ、それなら早く摂りに行った方がいいわよ。行ってらっしゃいな」
「はいー! いいい行ってきますぅー!!」
うきゃー! と謎の悲鳴を上げながら能古は部屋を飛び出し、パタパタとスリッパを鳴らして走ってゆく。
「原稿……? ノートではなくて……?」
能古の台詞に首を傾げながらも、ヒトミは少し引き攣った笑みで能古を見送ったのだった。
*
▼
はい新キャラ能古ちゃんことノコノコ。駄目な感じのオタクちゃんです。
普段はそんなに喋らないのですが、自分の興味ある事だけテンション上がって台詞の読点が無くなり句点が全部感嘆符になります。おわかりいただけるでしょうかこのオタクの習性。
そんな訳で次は男子寮視点。謎は盛り沢山、しかも明日はテスト。皆大変。
それはそうと、何だか新しい「いいね」機能が追加されたようです。
★とは別に、好きな回に個別に付けられるもののようです。
もし宜しければ、好きなシーンとかに気軽にポチッと押してみて下さいな。
▼




