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咲け神風のアインヘリア:皇国の防人達よ異界の声を聞け  作者: 神宅 真言
幕間一:或るありふれたライオット
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二人の時間と、五十鈴川:ぜんぺん



三月三十日はイズミちゃん先輩の誕生日、四月三日はライジンの誕生日。

という事で、急に思い立って二人のお話を投稿です。


と言いつつ二章にいきなり続けてこの話が入るのはちょっとどうかな、と思ったので、時系列順として妥当であるこちらの位置に割り込み投稿という形にしました。


二話連続、こちらは一話目。

お楽しみ頂ければ嬉しいです。




  *


 ドアを開けて部屋へと入ると、穏やかな陽射しの中、イズミはふかふかとしたラグの上で転がっていた。いつもの光景にライジンは溜息を吐く。


「イズミちゃん先輩、もう朝だよ。ゴハン食べよ?」


「ん、……ライジン。おはよ」


 ゴハンという言葉に反応してイズミがパチリと瞳を開けた。抱き付いていた大きな熊野ぬいぐるみを離し、むくりと身体を起こす。


「ホラ、サンドイッチ作って来たっすよ」


 ライジンが勉強道具の散らばったテーブルの上を片付け、手早くお盆で運んできた朝食を配膳してゆく。サンドイッチの盛られた皿を置き、サラダを並べ、そしてミルクたっぷりのカフェオレをマグカップに注いだ。


 のそのそと起き上がったイズミが寄って来て、行儀良くテーブルの前に座る。


「じゃあ、食べていいっすよ。いただきます」


「いただきます」


 嬉しそうに自分の作った朝食を頬張るイズミを見詰め、少しばかりライジンは苦笑する。


 ──ライジンとイズミは幼馴染だ。誕生日は数日しか違わないのだが、四月一日を挟んでいる為に学年が一つ違う。仕方が無い事なのに、その事をライジンはいつも歯痒く思ってしまう。


「イズミちゃん先輩、今日はどうする? いいお天気だよ。どっか行かないっすか?」


 もそもそとサラダを食んでいたイズミが首を傾げた。小動物のようなくりくりとした瞳で見上げられ、ライジンはイズミの頭を撫でたくなる衝動をぐっと堪えるのに苦労する。


「でも、ゼミの課題と卒論の調べ物もあるし」


 ぼそりと呟くイズミに、ライジンは首を振った。イズミはぐうたらに見えても根は真面目だ。必要最小限の事しかやらない為に誤解されがちだが、それは能力の都合上体力を温存する癖が付いているからであって、やらねばならない事には素晴らしい集中力を発揮する事をライジンは理解している。


「連休はまだまだあるっすよ、一日ぐらい休んでもバチは当たらないっすよ」


「ホント? いいの?」


「もっちろん。どっか行きたいトコ無いっすか」


 ライジンの言葉にイズミは嬉しそうに顔をほころばせた。


「じゃあ、美味しい物食べに行きたい」


「分かったっす。だったら俺っちが掃除とか洗濯とかしてる間に、イズミちゃん先輩はやりかけだった課題をキリのいい所までやっちゃって。それから出たら丁度良い時間になるっすから」


「うん、わかった」


 笑顔で頷くイズミにライジンも笑う。今日はゴールデンウィークの中日だ、四回生で忙しいとはいえこれぐらいの休暇は許されてもいい筈だ。


 久し振りに晴れた空は爽やかに高く、温かい風を運んでくる。いい一日になりそうだ、とライジンはカフェオレを啜った。


  *


 二人が出会ったのはもう随分と昔の事だ。


 鴉天狗であるライジンは『鴉の里』と呼ばれる山の中の集落で生まれた。そこは鴉天狗の血を引く者達ばかりが暮らす村で、ライジンもその能力を濃く受け継いでいた。


 しかし幼少期のライジンは身体も小さく、術も上手く使えず翼も小さくて、同じ年頃の子供達にいつもいじめられている存在だった。優しい性格が仇となってかからかわれても反論出来ず、術で悪戯をされてもやり返せずにいつもピーピーと泣いては泣き虫と揶揄される日々。


 イズミに会ったのは、そんな頃の事だった。


 その日ライジンは、飛ぶのが下手だと崖の上に一人で取り残されて途方に暮れていた。いじめっ子達の姿は何処にも無く、泣きべそをかきながら怖くて寂しくて一人でへたり込んでいた。


「……どうしたお前。鴉天狗の子だろ、飛べないのか」


 不意に声が響いた。ライジンが声の主を探しきょろきょろと周囲を見回す。すると、覗き込んだ崖の下にライジンを見上げる少女が一人。


「どうした、飛べないのか。怪我でもしてるのか?」


 尚も声を掛ける少女に、ライジンはぶんぶんと首を振る。


「お、俺っち、飛ぶのが下手だから……こ、怖くて降りられないんだ」


「じゃあ何でそんなとこにいるんだ」


「そ、それは……」


 口ごもるライジンの様子に何かを察した少女は憮然とした表情を浮かべる。


「お前、いじめられてるのか。他の奴に意地悪されたんだな」


「う……」


 初対面の少女に指摘され、己れの惨めさにライジンは涙を浮かべる。少女はフンと鼻を鳴らすと、仁王立ちで両腕を広げた。


「分かった。私が受け留めてやるから、飛べ」


「えっ!?」


「私は力が強いんだ。お前を受け留める事ぐらい造作無い。大丈夫だ、飛んでみろ」


「え、で、でも」


 少女の言葉に驚き躊躇するライジンに、尚も少女は言い募った。


「お前はそのままでいいのか。そんな場所で泣きながらただうずくまっているただの泣き虫弱虫のままがいいのか。お前の背中の翼は飾りか?」


「そ、それは……」


「だったら飛べ。飛んでみろ。失敗しても大丈夫だ、いいから飛べ!」


 挑発とも取れる少女の台詞に、ライジンはギリッと奥歯を噛んだ。泣くのを堪えよろよろと立ち上がると、ぐいっと手の甲で乱暴に涙を拭う。


「と、飛ぶよ。俺っち、飛ぶ。こんなとこ嫌だ、こんなの嫌だ! 俺っち、飛ぶ!」


「よし、その意気だ!」


 ライジンは狭い崖の上で少し助走をつけると、一気に崖を踏み切った。


 小さな翼を精一杯羽ばたかせる。──風が巻き上がる。翼が気流を捉える。身体が、ふわり舞い上がる。


「と、……飛べた! 俺っち、飛べた!」


 黒い翼の周囲に美しい金色の燐光が舞う。──空を飛ぶあやかし達は、その翼の力だけで飛んでいるのではない。翼は霊力を発揮する為の器官に過ぎない。飛ぶというのは自らの霊力を使い風を生み出し、それを操る事で飛べるのだ。ライジンは初めて、その事をその時理解した。


 地面に立ち見守る少女は笑顔で頷いた。ライジンも笑顔を浮かべる。涙を風が乾かしてゆく。


「──お、わっ!?」


 不意に、ライジンが空中でバランスを崩した。気流を捉え損ね、翼が空を切る。


「う、わわわあっ」


 視界が坂様になる。身体が落下する。地面にぶつかる──とぎゅっと目を瞑った瞬間。


 どさり、とライジンの身体が力強い腕に抱き留められた。恐る恐る、目を開ける。


「飛べたじゃないか」


 満面の笑顔が眼前に広がっていた。ライジンの身体は少女にしっかりと受け留められていた。


「お、俺っち、飛べた……! 飛べた! ありがとう、ありがとう……!」


「うむ、よく頑張ったな」


 その声は優しくて力強くて、ライジンは安堵から少女に抱きかかえられたままわんわんと泣き出した。


「馬鹿、泣くやつがあるか」


 少しその声は呆れていたが、縋り付いて泣くライジンの頭を撫で、何度も宥めるように、頑張ったな、と労わり抱き締めてくれていた。


 その日からライジンは、イズミの友達となったのだった。


  *


「それでライジン、何処に出掛けるの?」


「どうせならちょっと遠出して、おかげ横丁とかどうかなって。色んなもの一杯食べたいでしょ」


「うん!」


 二人は愛用の自転車に跨りゆっくりと走り出す。連休中の御幸道路はそれなりに混んではいるが、土日程ではない。それに歩道を行く自転車には渋滞とは無縁だ。五月の爽やかな風が心地良く頬を撫でる。


「こうして二人で出掛けるのも久し振りっすね」


「そうだな、私も実習とか色々あって最近忙しかったし。……やっぱりこういうの、気持ちいいな」


 御幸道路は神宮の内宮と外宮を繋ぐ、参拝の為に造られた道路である。外宮の周辺は駅前という事もあって街の様相だが、大學のある蔵多山から内宮側は緑も多く、サイクリングには絶好のロケーションだ。


 車は多いが人通りは少なく、狭い歩道を二人は一列に並んでゆっくりと走る。


「……ああ、そろそろ見えて来たっすよ、ほら」


「どうする、どっちから行く?」


「自転車漕いだら小腹も空いて来たでしょ。手前に停めて、食べてからぼちぼち参拝して、また帰りに食べ歩くのでどうっすか」


「ライジン天才」


「それほどでもあるっすよ」


 二人は裏手の駐輪場に自転車を停め、表通りに向かった。


 おかげ横丁は神宮内宮に至る道に造られた、食べ物屋や土産店の集まった通りである。伊勢名物として名高い赤福餅の会社『赤福』によって造られた場所で、居並ぶ店々は皆、昔ながらの風情の建物で統一されている。神宮に参拝する者なら皆立ち寄る場所だ。


「さて、何から食べるっすか? やっぱコロッケ?」


「当然だな。それからチーズ天、焼き芋ソフト……蒟蒻ラーメンもいいな。あ、フランクフルトも。冷たい甘酒も後で飲もう」


「はいな、了解っす」


 二人はにこにこと揃の笑顔で歩き出す。丁度平日に当たる今日は人もそれなりに多く賑やかで、それでも混雑しているという程ではない。


 ライジンは背の小さなイズミがはぐれないよう、そっと手を握る。それは昔からの自然な動作で、イズミも黙ってその手を握り返した。二人は手を繋いだまま、コロッケを買うべく肉屋の前に出来た列に並んだのだった。


  *





そんな訳で続きます。



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