入寮祭と、恋しぐれ:そのなな
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お待たせしました、入寮祭編、最終話です。
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「あふぅ、あーカラハ、そこーそこそこ、もっと強く……あーきもぢいー、んはぁー」
「変な声出してんじゃねェよ馬鹿!」
「だって……気持ちいいんだもの。自然と声出ちゃうってこんなの。ああー、いい、そこぉ」
「全く、しゃーねェな。……しっかし相当無茶したろ、身体ガタガタじゃねェか」
うつ伏せのナユタの上にまたがったカラハが文句を零す。ぐいぐいと揉みほぐされる心地の良さに、ナユタの口から喘ぎとも溜息ともつかない不明瞭な吐息が漏れた。
「カラハがマッサージこんな上手いなんて知らなかったよ。あー、毎日でも頼みたい」
「勘弁してくれ、こんなの毎日とかやってらんねェ。元々じっさまに無理矢理やらされて覚えたんだ、自己流だから保証は出来ねェし」
「でも、はー。すっごい気持ちいい」
「……今日だけのサービスだかンな」
「んー、ありがと」
そしてナユタはふふっと笑う。背を押す力強い圧に身を委ね、強張っていた全身が解れて行く気持ちよさに目を閉じる。
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あれからナユタとカラハは何とかヒトミの誤解を解き、講堂に入った三人は入寮祭のクライマックスに無事間に合った。猪尻達の誠道寮二班の優勝とツクモ達の貞華寮二班の『退寮で賞』受賞に拍手を送り、祭りの余韻を味わいながら皆と寮へと戻る。
たまたま食堂で見掛けた山本と太田は何事も無かったかのように成瀬と夕食を食べており、目が合った鳩座が出してきたOKサインにナユタも同じものを返した。
慌ただしく込んでいる風呂を出て、二人で冷やしておいたジャスミンティーを飲む。二班の一回生達は談話室を占拠し優勝賞品の菓子とジュースで打ち上げを楽しんでいる筈だ。二人だけのまったりとした時間が流れる。
そんな頃合いだった、マッサージしてやるとカラハが言い出したのは。
「え、いいよそんなの。おっさんじゃあるまいし。それに悪いよ」
「いいから横になれっての。こういうのはなァ、早めに対応しといた方が反動も少ねェんだから」
有無を言わさず組み伏せられて背中に乗られてしまっては、反抗のしようも無い。ナユタは渋々身体の力を抜き、カラハにその身を委ねることとしたのだった。
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「降ろしたろ、神力。……元々神の力なんざ、人の身に余るのが道理ってモンだ。ちゃんとメンテナンスしてやんねェと、身体がガタガタになっちまう」
「そういうものなんだ。……今まであんまりその、武器の方にウェイト置いてて、神力に頼ったこと少なかったから」
「今回は一人だったからしゃアねェけど、お前は武器に頼るスタイルの方が合ってるんじゃねェかな。神力使うメリットが少なすぎて割に合わねェように見えるからな」
「そっか、うん。そうかも」
背中から降ってくるカラハの声に、うつ伏せたままぼんやりと応える。じんわりと広がる熱に、カラハがほぐしてくれているのは身体だけではなく、滞った気の流れだという事に思い至る。
「今日は悪かったな」
ぼそり呟いた声に、ナユタは瞳を閉じる。カラハが言わんとしている事は予想が付いたものの知らない振りをして、なにが、と訊いた。
「気付いてやれなくて、すまなかった」
「何でカラハが謝るのさ。……僕の事まで全部背負う必要、カラハには無いよ」
「それでも。──相棒だからなァ。ホラ、一丁上がりだ」
カラハは最後にポン、と背中を叩き、ナユタの上からそっと下りた。そのままゴロンと横になり、ナユタの傍に寝転んだ。
ナユタが腹這いのまま顔を上げると、牙を見せて笑うカラハと目が合う。
「別に気に病む必要なんか無ェよ、お互い様なんだ。俺になんかあったらさ、またカゲトラの時みてェにさ、助けてくれよ、お前の銃でさ。……そんで充分だろ、それじゃ駄目か?」
「でも、僕の方が助けられてばっかりな気がして」
「馬ッ鹿だなァ、こういうのは数じゃねェんだよ」
そしてはははと笑うカラハにつられ、そうかな、と言いつつナユタも笑う。幾分か心は軽くなり、そしてナユタはもう一度瞳を閉じる。
「どうしたよ、もう眠みィのか? 疲れちまったかなぁ」
心配げなカラハの声にふるふると首を振り、ナユタは柔らかく笑んだ。
「疲れると、眼に来るんだ。眠くはないんだけど。左右の視力がひどく違うせいかな、眼精疲労ってやつ。でもマッサージのお陰でいつもより随分楽だけど」
「そっか、ああ、肩と首がやけに硬てェと思ったらそれが原因だったか。俺ァ目悪くないから分からなかった。大変だな、気ィ着けろよ」
「ん、ありがと」
カラハはのそりと起き上がり、机の上に置いてあったカップを手に取ると、すっかりぬるくなったジャスミンティーの残りを飲み干した。
「──そいや明日っから連休だな」
何気無い言葉に転がったままのナユタは頷いて、僕らには関係無いけどね、と笑う。
いわゆる黄金週間、ゴールデンウィークという奴だ。今年は五月の一日と二日は暦の上では平日だが、その二日間は全ての講義が休講となる為に実質八日間の連休が出来上がる。
寮生は多くの者が帰省を申請しており、期間中は十分の一ほどの人数しか寮には残らない予定だ。そんな中、ナユタとカラハは有事の際の戦闘要員として寮に残る手筈となっていた。
「でも、良かったの? カラハは帰省とかしなくていいの?」
「俺ァ別に。じっさまのトコも実家って訳じゃねェし、下手に顔出すとこき使われそうだしな。そういうナユタはどうなんだ」
「僕も……別にいいかな、家帰っても手伝わされるだけだから。それよりはこっちで居た方が気が楽だし」
そっか、とカラハは呟いてから、何やら指をこめかみに当てて思案した。考え事をする時の癖らしく、少し眉間に皺が寄っている。
「じゃアさ。中で一回ぐらいさ、どっか遊びに行かねェ? 一日二日とかさ、一応平日だしイイんじゃねェかな。ちょっとぐらいどっか行っても近場なら問題無ェだろ」
「それは……、大丈夫かな」
「平気だろそれぐらい、イザとなりゃあライジン先輩らもこっちに残ってるみてェだし。行こうぜ、約束な」
「ん、わかった。じゃあ約束。どこ行くかまた考えようね」
ナユタが目を閉じたまま微笑むと、カラハも、約束な、と笑った。
緩い喧噪と、それに重なるカラハの低い声が心地良くて、ナユタの意識はふわりと揺らぐ。ああ、気持ちいいな、と夢見心地でまどろんでいると、不意にその身体が持ち上げられた。
「ああ、そのまま寝ちゃ駄目だろ。ナユタ、ホラ、布団」
どうやらカラハが運んでくれたらしく、ベッドに転がされる。心地よさはそのまま眠気に変化して、夢へと意識は吸い込まれる。
閉じたままの瞼は重くてもう持ち上がらない。ありがと、と唇を動かすのがやっとだった。カラハの苦笑が聞こえ、ふぁさ、と掛け布団の重みが身体を包んだ。
「おやすみ、また明日な」
そんな言葉が最後に聞こえた気がした。
深く温かいまどろみの沼に、ゆっくりと、ゆっくりとナユタは意識を沈めていった。
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これにて入寮祭編、終了です。
とは言え勿論まだまだ続きます。
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今後とも、よろしくお願いいたします。
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