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咲け神風のアインヘリア:皇国の防人達よ異界の声を聞け  作者: 神宅 真言
幕間一:或るありふれたライオット
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入寮祭と、恋しぐれ:そのご


  *


 鳩座がその結界に手をやると、バチッと火花が散りピリリとした静電気のような刺激が手の平に走った。


「……痛いな。敵意は無いから拒絶するのはやめてくれるかい」


 そう誰とはなしに呟くと、まだ少しピリピリとはするものの、淡い燐光を発する膜は鳩座を渋々といった風に通してくれた。


 足を踏み入れたそこは、酷く──幻想的な風景。


 群青じみた薄闇の下、林の影は鬱蒼と藍色の影を落とす。ぼんやりと薄青の燐光に照らされた結界の中心で、蒼白い炎が燃えていた。ちろちろと姿を変え続けるそれは幻めいて、二人の青年の姿を彩っている。


「無事かな、アラタ・ナユタ、そして成瀬君?」


 鳩座が声を掛けると、呆然と地を見詰め座っていた青年がゆっくりと顔を上げた。


「……あ……えっと……」


「成瀬君だね。五班の鳩座だ。意識ははっきりしているかい? 記憶は?」


 成瀬と呼ばれた青年は、座ったままゆっくりと首を巡らせた。未だにちろちろと燃える蒼い炎、薄く光る結界、自分からぼろぼろと剥がれ落ちる殻のような黒い炭、そして己が抱きかかえたままのナユタに視線を落とす。


「これは……夢じゃないのか」


「夢だったら良かったかもね。でも残念ながら現実でね」


「俺が化け物になって、アラタが陰陽師みたいになったんだ。冗談だろ、そんなの現実で有り得るのか」


「成瀬君、実際に体験したのは君だ。夢か現実化、本当は分かっているだろう?」


「……それは」


 鳩座の言葉に成瀬は唇を噛んだ。あの黒い身体越しながらも、炎の熱さ、右腕を失った喪失感、牙を突き立てた感触──どれもまだリアルに心の内に残っている。


 不意に、気を失っていたらしきナユタが身じろぎをした。成瀬が膝の上に抱きかかえていた横顔の瞳が薄らと震え、だらりと弛緩し垂れていた指先に力が通る。


「……ん、んん……?」


「ああ、アラタ・ナユタ。お目覚めかな」


 鳩座が顔を覗き込むと、開いた灰色じみた瞳の焦点がゆっくりと合って行く。ずれた眼鏡から見上げる瞳は意外と大きくて、その普段とのギャップに鳩座は少し驚くが、顔には出さず平静を装う。


「僕、気絶していたのかな。ええと、成瀬君は無事? それから鳩座君がなんでここに?」


 のろのろと起き上がりながら眼鏡の位置を直し服の埃を払うナユタに、成瀬はああと安堵の息を漏らす。


「アラタ、あの、その。無事なのか、腕とか、肩とか。俺、なんでああなったか分からないけど、すまなかった。その、助けてくれたんだよな」


 不安げにナユタの手を取る成瀬に、ナユタは安心させるように微笑んだ。握り返す手は思っていたよりもずっと温かくて、成瀬の不安に波立つ心はそれだけで落ち着いて行く。


「成瀬君、大丈夫だよ。ホラ僕生きてるから。それより成瀬君こそどこか痛いとか気持ち悪いとか無い? 大丈夫?」


 ナユタの言葉に成瀬は自分の身体のあちこちを探ってみるが、取れた筈の右腕も焼かれた筈の全身も、実際にはどこも痛みも違和感すらも綺麗さっぱり無くなっていた。纏わり付く黒い焼け焦げた何かだけが殻のようにぼろぼろと、動く度に全身から剥がれ落ちてゆく。


「ああ、ええと、大丈夫みたいだ。……アラタ、俺お前にあんな事した後だったのに、見捨てないで助けてくれたんだろ? ありがとな。てかお前って陰陽師だったのか、かっけーな」


「陰陽師とはちょっと違うけど、まあ似たようなものかな」


 苦笑するナユタは少し安心したのか、ぺたんと腰を下ろして大きく行きを吐いた。


 一方、成瀬の身体から黒い殻を取り除くのを手伝っていた鳩座が、何か成瀬の背中から引き剥がしたものをずるりと持ち上げ、ナユタの方へとかざす。それは根のような草のような、細長い植物じみた形状をしていた。


「……鳩座君、それは」


「芽だな。──実は僕はマシバ・カラハに頼まれて君を探す手伝いをしていたんだ。そうしたら【あの方】の妖気の気配がしてね、辿っていくと山本と太田の二人に行き着いた」


 山本と太田とは先程ナユタに暴力を奮った二人の事だった。【あの方】とは恐らく、先日の事件を起こした黒幕の事に違い無い。ナユタが無言で頷くと、鳩座は話を続ける。


「それで二人に話を聞くと、成瀬君が化け物になったとか言うからね、駆け付けてみるとこの状況を発見したという訳だ。……で、僕が思うに三人は多分『種』を植えられたんだろうと」


「種……。それは負の感情なんかを養分にして発芽するのかな。それでたまたま成瀬君だけが芽が出た、っていう感じ?」


「恐らくは」


 鳩座の説明を聞いてナユタはようやく合点がいった。何故突然彼だけが怪物化したのか。戦っている時に流れ込んで来た思考から察するに、彼の溜め込んできた感情はとても良い養分になってしまったのだろう事が窺えた。


「それで、『種』を植えて何をしたかったのかな。ただの実験? 怪物を作りたかった? 混乱に乗じて何かをしたかったのかな」


「さあて。あの方の考える事は僕にはさっぱりだからな。そもそも僕なんてもう捨てた駒として、忘れちゃってるんじゃないのかなと思うし」


 余りにもあっさりとした鳩座の言葉にナユタは、はは、と乾いた笑いしか出ない。ふと視線を感じて成瀬の方を見ると、複雑な感情がその顔に浮かんでいた。


「……なあ、アラタ。俺これからどうしたらいい」


 ぽつり漏らされた言葉にナユタは意図をはかりかねて押し黙った。成瀬はそんなナユタに縋るように、怖々と、だが力を込めて手を握った。


「俺、怪物になっちまったんだろ。さっきはアラタが助けてくれたけど、またなっちまうかも知れない。俺、これからどうしたら……!」


 その時、不安に震える成瀬の言葉を打ち消すように、低く落ち着いた声が響いた。


「──そいつァもう大丈夫だと思うぜ?」


 ピシリと結界を裂き、確かな足取りで分け入って来たその人物は、両手で引き摺っていた荷物をどさりと放り投げる。それは白目を剥いて気絶している山本と太田だった。


 ナユタははっと息を飲み、次いで見上げた先にあった顔に、表情をぱっと綻ばせる。


「カラハ……!」


「よォ。あんま遅せェから探しに来ちまったぜ」


 カラハはニィ、と牙を見せて笑った。


  *





満を持して相棒登場。


そして本日はナユタ君の誕生日なのです。蠍座です。

ついでに明日は作者の誕生日です。よろしければ★評価とかブックマークとか感想とかレビューとか貰えると嬉しいのです、とストレートにねだってみたり。



入寮祭編はあと一話か二話で終わりです。

その後はもう一話ほど軽い話を挟んで、いよいよ第二章の開始となる予定です。

……と、その前にキャラ紹介を入れた方がいいですかね? リクエストなどありましたら遠慮無くご意見頂ければと思います。



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― 新着の感想 ―
[一言] 二部迄の幕間劇と申されましても、いやいや、ナユタ活躍の場はとてもおいしゅうございました。 また、ハードな音楽も教えて頂けたな、と。 ナユタの戦い方の描写は好きです。 陰陽師でいながら変身を行…
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