新歓コンパと、朝帰り:そのろく
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新歓コンパ編、完結です。
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教授が帰って来たのはそれから十五分程立った頃だった。両手には大きなトレイを二つ掲げている。
「流石に腹が減っただろう。適当につまめる物を注文してきた」
テーブルには次々と皿が置かれて行く。山盛りポテトにソーセージ、チキンバスケット、たこ焼きにピザなどだ。深夜に食べるには罪悪感溢れるメニューだらけだが、徹夜の空腹にこれほど相応しい物も無い。
「他にも欲しい物があるなら注文するといい。遠慮は要らんぞ。……そういえばパフェなんかも幾つか種類があったな」
教授の発言に、すかさずレイアがメニューをテーブルに広げる。
「それいいですね。ナユタ君も甘い物好きでしょ、一緒にどう?」
「じゃあ僕はこの抹茶パフェで!」
「あっ、そんならワイもこのキャラメルプリンパフェええですか!」
デザートのページを示すレイアの誘いに、ナユタと宮元が飛び付いた。色々と種類がある中でも、ついついパフェに目が行ってしまう。
「教授、酒は駄目っスか」
「酔い潰れん程度なら構わんよ。私も少し呑みたい気分だ」
「ああ、私もご相伴にあずからせて下さい」
一方、教授にカラハ、寮生長の三名は少しアルコールを入れる事に決めたようだ。居酒屋ほどの種類は無いが、カクテルやサワーなどの軽い酒なら選択肢も多い。
寮生長とナユタが注文を取りまとめる中、教授はカラハに向き直った。少し憮然とした、だが僅かに安堵したような声で教授は語り出す。
「マシバ・カラハ。カラオケ勝負は私の不戦敗でいい。お前の勝ちだ、おめでとう」
「……イイんスか。やってみなきゃ分からなくないっスか、勝負なんて」
反論するカラハに教授は視線をずらし、尚も続けた。
「もし点数で勝てたとしても、私は自分で自分を勝者だとは認められないだろう。それは明らかにお前の方が上だからだ。悔しいがな」
「教授がそう言うなら、俺はそれでイイっスよ。じゃア月曜は痛み分けで両者仲良く罰ゲームっスね」
「ふん、次の勝負では負けないからな、覚悟しておけ」
「まだ何か勝負する気とか、勘弁してくんねェっスかね」
呆れたように笑うカラハに、教授もククッと喉を鳴らす。お待たせしました、と帰って来た寮生長とレイアがグラスやパフェをテーブルに並べると、再び部屋に賑やかし差が増した。
「よっしゃ、次はワイが歌うで!」
宮元がマイクを持って立ち上がり、ナユタと寮生長がそれをはやし立てる。誰もが知る男性アイドルグループのノリの良い流行りの歌に自然と皆の顔が綻んだ。
夜明けまではまだたっぷり時間がある。夜はまだまだ、これからなのだ。
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東の空が紫めいて白み始めた朝の五時過ぎ、近鉄の駅の前には妙なテンションのままの六人の姿があった。
「いやァ、それにしても久々に歌ったなァ」
「楽しかったならまた昼間にでも来ようよ」
「割引券も貰ろうたしな!」
「たまにはいいもんですよね。昼間なら女子寮の二人も、イズミ先輩やライジン先輩も来られますし」
二神トリオの楽しげな会話に、笑いながら寮生長も頷いた。と、駅構内の大きな時計を確認したレイアが皆に声を掛ける。
「皆さん、そろそろ時間のようですよ」
この六人が何故駅に居るかと言うと、寮生長はナユタと宮元を連れて、教授は一人で、それぞれ家に帰る為に始発を待っていたのだ。
男子寮組は無理に寮生長の家に行く必要は無いように思うのだが、折角だから一度行ってみたいという事でナユタと宮元が押し掛ける形である。また教授は普段は自動車通勤なのだが、酒を飲んだが故に大學に車を置いたまま電車で帰るという寸法だ。
カラハとレイアは駅の近くに部屋があるので、見送りで付いて来た次第である。皆をホームへ上がるエスカレーターの下で送り出す。
「また明日、……じゃないや、夕方には寮に帰って来るんだった」
「おう、またな。……教授は月曜日罰ゲーム、忘れないで下さいっスよ」
「フン、お前もな」
四人は手を振ってエスカレーターを昇り、改札を抜けて見えなくなる。カラハが肩を竦め振り返ると、見上げるレイアと目が合った。
「……帰りますか。疲れたっしょ」
カラハの苦笑じみた笑みを見上げたまま、赤毛の美女は、ふふ、と笑った。
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「何で教授があなたと勝負したがるか、知ってる?」
緑を帯びた綺麗な瞳には悪戯っぽい光が浮かんでいる。歩きながら自然な動作で腕に絡んできたレイアの仕草に、分かんねェな、とカラハは首を振る。
「あなたの方が高いからよ、背がね。悔しいからそれ以外で勝ちたくなったのよ」
「え、それだけ?」
「そう、それだけ」
呆気に取られるカラハが余程面白かったのか、クスクスと笑いが絶えない。
二人が腕を絡めたまま手動の硝子扉を押して外へ出ると、何やら猫の鳴く声がした。
「え、は? 何やってンのお前」
鳴き声の方を観ると、カゲトラが二匹の猫とたわむれていた。雌猫だろうか、甘えるように擦り寄られてカゲトラはご満悦の様子だ。
だがカラハは、その雌猫に鋭い視線を投げた。
「あれってもしかして、先輩の猫か?」
最後の一等の際、レーンに一瞬見えた、ピンを起こした謎の影。二匹の猫は、そのチラリと見えたものにどことなく似ている気がした。
「……ねえ、カラハ君。もっと君と話したいのよ。部屋、行ってもいい?」
その甘えるような蠱惑的な声に、カラハは考えるのが面倒になった。徹夜明けの頭がそもそもそんなに回る訳が無い。我慢も利かない、当然だ。
通行人も殆どいない駅のロータリー。まだ薄く青みがかった明け方の歩道の真ん中で、カラハはレイアを抱き寄せた。レイアは、すい、と背伸びをしてカラハの唇に軽くくちづける。
ね? と小首を傾げるレイアを見下ろして、カラハは悟った。彼女が真のラスボスなのだ、と。
足許では三匹の猫が、二人の足にじゃれていた。
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ようやっと新歓コンパ編、終わりました。
罰ゲームの後日談『ヤニ中毒と、寮のメシ』(仮)はまた別話にて。どうぞお楽しみに。
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