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咲け神風のアインヘリア:皇国の防人達よ異界の声を聞け  作者: 神宅 真言
幕間一:或るありふれたライオット
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新歓コンパと、朝帰り:そのご


  *


 ──その声はまるで魔術のようだった。


 低く滑らかで人を惹き付けてやまない、心の奥底を震わせ捉えて放さない、浸食して甘く痺れさせるような毒薬めいた声。


 皆ぽかんと口を開け目を見開き、動きを止めて手に持った物を取り落とした。特にナユタは腰が抜けたようにへなへなとへたり込み、レイアは自分の身体を抱き締めながら頬を上気させ瞳を潤ませている。


「……オイ、皆どうしたよ」


 カラハが一曲歌い終わっても皆は固まったままだった。マイクをゴトリとテーブルに置く音に、ようやく五人は我を取り戻す。その様子を牙を見せながら楽しげに眺めるカラハに、宮元の震える声が飛んだ。


「……な、なんや今の。お、おいカラハ。今の歌、まさか術とか使っとらんやろな?」


「使う訳無ェだろ。呪歌とかまあ、仕えなくも無ェけど別に今使う必要無ェし」


 教授が目許を右手で覆い天井を見上げながら、ぼそり呟いた。


「マシバ・カラハ。恐らく私の負けだ」


 そしてカラハ以外の全員の口から深い、とても深い溜息が一斉に零れた。


 *


「……中学の頃にな、バンドやってたンだよ」


 カラハは問い詰める皆の視線に、仕方無くといった風に語り始める。その目はどこか遠くを見遣り、表情には薄く影が差していた。


「俺ァベースとボーカルでな。中坊は俺だけで、後の三人は高校生。地元じゃライブハウスだ学祭だで結構人集めてて、そのうちにスカウトが来たんだわ。都市伝説だと思ってたけど、ホントに地方までも来ンだなスカウトマンって。そりゃ喜んださ。でもなァ、イイことばっかじゃ無かったんだなァ」


 ボリュームを絞った映像と、別の部屋から漏れる歌がカラハの声に重なる。皆、黙って座り込みカラハの話に耳とドリンクを傾けていた。


「レコード会社の要求が、結構足許見やがる感じでなァ。上京しろだとか何だとか、しまいにゃあバンドじゃなくて俺だけでいいとかまで言い出して。スカウトマンはイイ人だったンだけどなァ、そんなん言われてみろもう元に戻れねェんだよ、空中分解だバンドなんて。言葉には出さなくても、お前のせいで、って仲間が思ってンのが分かンだよ」


 宮元が辛そうに表情を曇らせ、寮生長は薄く目を閉じ溜息をついた。それぞれ何か似たような経験でも思い出したのかも知れない。


「それでまァ、最後と思って俺一人で交渉に出向いたンだわ、レコード会社までな。スカウトの人の面子もあるし、まあケジメ着けなきゃな、って。父の仕事関係で俺も知ってる人が東京にいるから、その人に宿とか何とかお願いしてさ。──そしたらなァ」


 カラハの語りはあくまでも淡々と静かで、ごくり、とナユタの喉から漏れた固唾を飲む音がやけに大きく響いた。皆の身を乗り出す衣擦れがそれに重なる。


「タイミング悪りィよな。俺がたった一日東京に行ってる間に、あやかしが起こした厄災で家族も仲間も、町の四分の一ぐらいの人間がみィんな死んじまった。俺一人生き残っちまった、その事実は中坊のにゃ重すぎたんだろうなァ。そっからだ、歌うのをやめちまったのは」


 ああ、とレイアがその整った眉をしかめる。その厄災の事を思い出しでもしたのだろうか、カラハを見詰める瞳には哀しげな色が浮かぶ。ナユタも同様に唇を噛み、眼差しを揺らした。


「まァそういう訳だ。でもやっぱ歌うの楽しいよな。なんか吹っ切れた。悪りィな、辛気臭ェ話しちまって」


 カラハが肩を竦めハハハと笑うと、それに重なるように嗚咽が聞こえた。え──と驚いてカラハが音のした方を見ると、声の主はなんとオウズ教授だった。彼は眼鏡を外し、顔を伏せてハンカチで目を覆っている。


「え。……教授、何泣いてンの」


「泣いてなどいない! 私は泣いてなど!」


「え、嘘。え、教授?」


 教授は目許を乱暴に拭いながらすっくと立ち上がり、ずかずかといつもの余裕はどこへやら、荒々しく靴を突っ掛けるとバタンと扉を閉めて出て行ってしまった。


 突然の展開にポカンと呆気に取られるカラハの様子に、レイアがクスクスと笑い出す。


「あの方、ああ見えて涙もろいんです。本人は隠したがってますけど、いつもバレバレで」


「……ああ、そうなんスか。えっと、追わなくてもイイんスか?」


「大丈夫ですよ。そのうち何事も無かったみたいに帰って来ますから」


 レイアを補足するようにナユタと寮生長も口を開く。どうやら教授のこういった行動は、神話伝承研究会の中では割とよくある事のようだった。


「そうそう、毎回言い訳が変わるんだよね。煙草とかトイレとか」


「あれ本人は誤魔化せてるつもりなんでしょうねえ」


「そらええわ! 教授なかなかオモロい人やんか!」


 宮元が破顔しながらワハハと突っ込む。──カラハが周囲を見ると、皆、目に涙を浮かべながらそれでも笑っていた。


 何だか気が抜けて、はははッ、とカラハは自分も大きく口を開けて笑った。もうずっと心の中に膿んでいた傷の一つが洗い流されていくようで、少しだけ痛くて──少しだけ、清々しく感じた。


 *


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