新歓コンパと、朝帰り:そのよん
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お待たせしました、ボウリング勝負の結果です。
それではどうぞ。
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「はーい撮りますよー、はい、チーズっ!」
スタッフの構えたポラロイドカメラのフラッシュが光るのと同時に、パシャリ、とシャッターの音が響いた。パーフェクトゲームを達成したサービスに記念撮影のプレゼントがあるのだと店員に説明された一行は、折角だからと集合写真を撮って貰う事となったのだ。
中央に満面の笑みでふんぞり返っているのは、勝者たるオウズ教授その人だった。そして隣にはボウリングのピンを模した着ぐるみが立っている。
「これもう充分罰じゃないっスかね。つか撮影もう終わったし脱いでもイイっスか」
「折角なのだからもう少し着ていてもいいぞ、マシバ・カラハ」
「脱ぎたいっス、いやもう勘弁、畜生、脱ぐ、脱ぐったら脱ぐッ」
着ぐるみから出ているカラハの顔は半泣きで、怒りにか羞恥にか赤くなっていた。後ろを向いて腰を折りながら被っていた着ぐるみを脱ぎ捨てたカラハは頭を抱え、そのまま呻きながらしゃがみ込んだ。
「……これ、代わりに返してくるね」
不憫に思ったナユタが打ち捨てられた着ぐるみを抱えて声を掛けると、ライジンと宮元がカラハの肩を抱いて慰めているところだった。しかし。
「むしろオイシイやつやん、な? な?」
それは慰めになってないよ、と心の中で宮元にツッコミを入れながら、ナユタはカウンターへ向かった。
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運命の女神という者がいるのならば、それは間違い無く悪戯好きに違い無い、とカラハは思う。
二人揃って全てのピンを倒して引き分けで終わる筈だった。しかし倒れたと思ったピンがどういう訳か、一本だけ立ったのだ。まるで起き上がりこぼしのように。
チラリと何かが視えた気がした。しかし気配は直ぐに消え、カラハのレーンには一本だけピンが立っているという事実だけが残った。
「なあ聞いてくれよカゲトラ、俺ァ絶対倒した筈なんだ。なのによォ。お前どう思うよ」
「なお、なーお?」
「……カラハ君? 何やってるの。一人で猫に話し掛けて」
余りのいたたまれなさに一人先に外へ出ていたカラハを見付け、寮生長が声を掛けた。カラハはわざわざ眷属であるカゲトラを呼び出して、しゃがみ込んで話し相手になって貰っている。なんと侘しい光景なのだろう。
「あ、いたいた。ほらカラハ、先輩ら見送ったらカラオケ行くよ」
ナユタの声に振り向くと、カラハはカゲトラを抱き上げてゆっくりと立ち上がった。誰かが呼んだらしいタクシーが駐車場に入って来るのが見える。
「え、先輩ら? 誰か帰ンの?」
「あ、カラハっち。俺とイズミちゃん先輩はここで帰るから」
ライジンは殆ど目の開いていないイズミの手を引き、もう片方の手でカラハの肩を叩く。
「あァ、お疲れ様っス。イズミ先輩、ガチで眠そうっスね」
「うん。まあいつもこうだから、今回も二次会までかなって思ってたらやっぱりその通りになったっていうね。……もうひと勝負、頑張ってね」
「……あァ、ハイ、あざっス」
じゃ、とタクシーに乗り込む二人に頭を下げながら、カラハは笑んだ。そう、これからもう一度教授と勝負をするのだ。先程の恥辱を上回る程にコテンパンに伸してしまえば良い。
「棄権はしないのか? 勝負など放棄しても誰も責めはしないぞ?」
勝ち誇って声を掛ける教授に、カラハは牙を見せて笑った。
「あんたを伸せる機会を逃す訳ねェっての、火の粉は振り払わねェとな。今度は負けねェっスよ」
「やれるものならやってみろ」
再び、二人の間に激しく火花が散った。
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カラハと教授の勝負における取り決めの最大の特徴は、一勝一敗でも勝敗が相殺されない事にあった。つまり次にカラハが勝てば、両者共に罰ゲームを受けるのだ。逆にもしカラハが連敗したならば、罰は二倍、二日間禁煙しなければならない事になる。
「月曜日は禁煙確定だな。アラタ・ナユタに見張って貰うから、ズルは出来んぞ」
「ズルなんてしねェっての。次は俺が勝って、あんたに寮メシをご馳走してやるっスよ」
「大口叩いていられるのも今の内だぞ。禁煙が二日に増えてもきっちりこなして貰うからな、覚悟しておけ」
皆でガヤガヤと話しながら案内された少し大きめの部屋に入る。通常六名ならば普通の大きさの部屋へ通されるのだが、それでは長時間ゆっくり過ごせない。その為にわざわざ追加料金を払ってパーティールームを抑えておいたのだ。
「おおっ、広い! この部屋初めてや! カーペットも敷いとるし座布団あるしこらゆっくりできるで!」
「やっぱり長時間椅子に座りっ放しはキツいでしょう。こっち取れて良かったですよ」
「ああ、レイアさん飲み物何がいいです? 僕変わりに皆の入れて来ますんで」
「それなら私も一緒に行きますよ、一人で六人分は持てないでしょう?」
ナユタとレイアが皆の希望を聞き飲み物のコーナーへ出て行くのを見計らい、カラハは壁際に凭れ片膝を立ててゆったりとカーペットに腰を下ろす。と、不意に横から厚手の座布団代わりのクッションがそっと差し出された。見上げると、寮生長がお手拭きとリモコンを持ってにこにこと隣に座るところだった。サンキュー、とそれらを受け取ったカラハは、タッチパネルをポチポチと操作し曲を検索してゆく。
「カラハ君はどんなの歌うんですかね。私はあまり歌は得意じゃないんですが」
「パパも気にせず歌えばイイって。恥ずかしいなら無理にとは言わねェけど。知ってる曲なら一緒に歌ってもイイし」
寮生長は不意に耳許に顔を寄せ、少し小さな声で囁いた。賑やかしい音楽番組風の映像が流れている今ならば、反対の壁際に座っている教授には聞こえない程度の音量だろう。
「それでカラハ君、勝算はあるんです? 教授は客観的に観てもかなり上手いと思いますよ、自分から自信たっぷりに勝負しろと言い出す程度にはね」
「大丈夫、任せとけって。ちゃアんと教授には寮メシ食って貰うからさ」
カラハの言葉に寮生長はふふっと笑った。
「それにしても寮の食事を食べて貰おうとは、上手いこと考え付きましたね」
「だろォ?」
そこで大きく扉が開き、飲み物を載せたトレイを持ってナユタとレイアが帰って来た。並べられた色取り取りのグラスに皆が一斉に手を伸ばす。
「かんぱーい!」「プロージット!」「乾杯!」
だれからともなく言い出した乾杯の合図に、皆が口々に歓声を上げてプラスティックのグラスを打ち合わせる。その少し間抜けな音はぐだぐだとし始めた三次会の緩い空気にとてもよく合っていて、皆何となく笑いが零れた。
「一応時計回りの順番で、でも強制じゃなくて飛ばしてもいいっていう緩い感じでいいですかね、一人が歌いすぎないようにって」
「それでいいだろう、妥当な案だ。で、誰から行く?」
「じゃア俺、いいスか。一番乗り」
そう言うと同時、カラハがリモコンのボタンを押した。大きな画面に曲名が映し出される。それを見てカラハ以外の五人がどよめき、その反応に笑いながらテーブルに転がっていたマイクを握ってカラハがゆっくりと立ち上がった。
「あ、あー、あー、テステス」
前奏が流れ始めた中、カラハは声を出しながら演奏とマイクのボリュームやエコーの具合を手早く調整し、そしてニィッと笑ってステージ上のスタンドにマイクをセットした。
「……人前で歌うのは久し振りだな」
そんな呟きを一つ漏らし、そしてカラハは楽しそうに、心底楽しそうに歌い始めた。
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新歓会話、四話で終わる予定が終わりませんでした。なんかすみません。
次で終わると思います。たぶん。乞うご期待。
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