アインヘリアと、集う者
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『アインヘリア』──教授の発したその不思議な言葉に、ツクモと宮元は首をかしげる。一方で腕組みしたままのカラハが、喉を鳴らし笑った。
「アインヘリア……へェ、独特な発音だなァ。イィンヘルャルとかエーンフェリアとか、まあ人によって言い方は色々異なるモンだが」
「なんやカラハ、知っとんのか?」
宮元の疑問に、カラハは口許を歪めながらも言葉を続けた。この笑みは、言葉尻に気付いてしまった自分への嘲笑だ、とカラハは苛立ちを覚える。
「北欧神話で言うところの戦士の魂だ。ヴァルキリーとかワルキューレとかって聞いた事あンだろ? 戦乙女ってヤツ、あれが来るンだよ、魂を迎えになァ」
「ワルキューレってビキニアーマー着て羽根の生えた兜被ったネエちゃんやろ、それならゲームとか漫画とかで知っとるわ! って、魂……、げ、それってまさか」
カラハの言葉に反応した宮元は、その言葉の持つ意味に気付き驚きの声を上げる。少し強張った表情の寮生長が思わず補足の合いの手を入れ、自らの発した台詞の意味にますます表情を硬くした。
「そのまさかですよ。戦乙女達が選定し運ぶのは、勇敢に戦って散った、死した戦士の魂です。そう、アインヘリアとは、まさにそれのことです」
「そんなん縁起でもないやろ!」
思わず吐かれた宮元のツッコミに、その通りすぎてカラハは嗤った。本当に、笑えない冗談だ。
「勇敢な戦士は死してなお、神の御前ヴァルハラに集められてラグナロックまで永遠に戦いを続けさせられるってなァ。それに例えるなんざ──皮肉にも程があらァな?」
鋭さを帯びたカラハの眼差しが教授を射る。対する教授はその視線をものともせずに、真顔のままはっきりした口調で言葉を吐く。
「皮肉? いいや本気だ。集められたお前達は神々を、世界を護る戦士となるんだ。死ぬことの無い神風の魂を以て、散ることの無い花となるんだ」
理想論めいた綺麗事だらけの教授の語りに、カラハの視線はいよいよ鋭さを増した。同様に、少しの疑念と怖れを含んだ皆の目が教授に集まっている。そんな視線に晒されても一向に揺るがぬ教授の態度に、カラハは鼻を鳴らす。
「もっともらしい理屈って奴か。はッ、者は言いようだなァ!」
尚も笑いながら吐き捨てるカラハに、教授は嘲るような視線を投げた。眼鏡を直しながら笑む口許はどこか高圧的で、余裕ありげに歪んでいる。
「崇高な理想を理解しようとしない輩には──何なら抜けて貰っても構わんが?」
「きょ、教授!? そんな、待って下さい!」
ナユタが教授の言葉に驚きの声を挙げる。思わずガタリと腰を浮かしたナユタの様子に、教授は面白いものでも見るかのように目を細めた。
「どうしたアラタ・ナユタ。何か意見があるなら言ってみろ」
挑発的な言葉にナユタは立ち上がり、握った拳を机に置く。その手は小さく震えているが、それでもナユタは真っ直ぐに教授に目線を向けた。
「か、カラハは必要な人材です……! イズミ先輩の能力発動に時間制限があり、僕の大型銃器も連発は出来ない火力不足の現状メンバーに、中近距離特化型の強力なカラハの攻撃力は絶対に必要です! せっかく見付かった仲間を、ぬ、抜けて構わないなんて、そんな言い方……!」
自分でも抑えきれない感情にぶるぶると震えるナユタの拳に、不意に大きな手がそっと添えられる。はっとしてナユタが手の主──カラハに目を向けると、カラハは酷く柔らかに笑んで小さく首を振る。
「いいんだ、ああ。ありがとよ、ナユタ」
「え、カラハ、いいって、どういう──」
ナユタが戸惑い立ち尽くした。その時、ガタン、と大きな音を立てて立ち上がった者が一人。
それは、それまで黙ってライジンの隣に座り一言も喋っていなかったイズミだった。イズミは突然立ち上がり、大きく右手を挙げていた。
「何だイサミ・イズミ。お前も意見があるのか。よし、言ってみろ」
教授の台詞にイズミは手を下ろし、小さな胸を反らせて仁王立ちで喋り始めた。
「先日の戦い、ナッツの人がいなければ私達は負けていた。彼の知識と判断が無ければ、戦う前から『向こう側』の狂気にあてられ、狂い死ぬか化け物にやられるかあちらに取り込まれるか、いずれにせよ全滅し、まんまとゲートは固定されこの地は汚染の危機に晒された筈だ。それを阻止したのは紛れもなくナッツの人だ、成り行きで参加したにも関わらず、身を挺して戦ってくれた彼のおかげだ」
「──だから?」
イズミの言葉に教授は口許を歪ませ問うた。教授の視線をイズミは真正面から受け止めて、尚も堂々たる態度で言葉を紡ぐ。
「現部長であるイサミ・イズミとして宣言する。彼は仲間だ。誰が何と言おうと、彼は私達の仲間だ!」
この場の誰よりも小さい身体で、誰よりも堂々と言い切ったイズミの言葉に、誰もが呆気に取られてイズミを見た。それは教授とて例外では無かった。
幾らかの静寂の後、糸が切れたようにすとんとベンチに座り直したイズミの動きに、ようやく皆が我を取り戻す。棒立ちだったナユタも力無くベンチに腰を下ろし静かに溜息を吐いた。
と、不意に部室内に低く押し殺した笑いが響く。──オウズ教授が、肩を振るわせ、嗤っていた。その笑いは徐々に大きく、抑えきれなくなってゆく。
「ふ、ふふふ、……く、くっくっく、ふ、は、ははははは……! はははっ、あっはっはっはっ!」
「きょ、教授……?」
戸惑う寮生長の声に、尚もクックッと笑いながらも教授は眼鏡を直した。伏せていた顔を上げ、そして大きな溜息を一つ。
「はは、私の負けだ。悪かったな、試すような真似をして。イサミ・イズミが部長の名まで持ち出して言い切るんだ、私はお前達の自主性を尊重せねばなるまいて」
尚も笑いに喉を震わせる教授を前に、のそり、とカラハが立ち上がった。部内に緊張が走る。
だが、皆の想像とは全く違う行動をカラハは取った。
「──すんませんッした」
カラハは教授に向かって、丁寧に頭を下げた。
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