戦女神と、力技
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お待たせしました、ようやくイズミちゃん先輩のターンです!
よろしければBGMに、お好きなプロレス選手の入場曲などを流しながら読むと、とても気分が盛り上がる事請け合いです。
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自信に満ちたイズミの姿は、朝焼けの光の如き朱金の淡い輝きに包まれて行く。赤みを帯びた美しい金色の霊気がイズミの長い髪の毛先から足の爪先に至るまでを覆い隠し、それはまるでイズミ自身が熱く静かに燃える火種になったかのようだった。
「おおおぉおおおおおぉおおおおーーーーーーーーーっ!」
凜とした、しかし高く突き抜けるような雄叫びが上がる。それはあたかも警蹕、神の降臨を知らしめるサイレンのように響き渡る。
朱金に染まるイズミは右拳を天に突き上げ、ありったけの力を込めて空に咆えた。願うのは、欲するのは純粋な力。その祈り、高天原の神に届けとばかりに、拳から放たれた一条の光が空を裂く。
「イサミ・イズミの名をもって! 我にその神力を与え給えと! かしこみかしこみもうもうすっ! ──光臨せよっ、顕現せよっ! アメノタジカラオォォォっ!」
瞬間、イズミを覆っていた朱金の光が一気に弾けた。
きらきらと雪のように舞う燐光に照らされたその姿は、愛らしくもとても神々しかった。艶やかな漆黒だった髪は赤みを帯びた金色に輝き、炎のように揺らめいている。瞳も同じ色彩の光を宿して煌めく様は、闘志を具現化した戦いの女神めいていた。
巫女服をモチーフとした戦闘装束は、しかし動きやすさを第一に考えられているようだった。上半身を覆うのは色襟を配したノースリーブ状の白衣、しなやかな腕には肘上まであるプロテクター付きのグローブ。緋袴を模したショートキュロットから伸びる足には、ニーパッドと一体化した編み上げのブーツが合わされていた。
腰に飾られた大きな蝶結びから流れるリボンがひらひらと舞う。炎と太陽と可憐な花を模したかんざしと額飾りがきらきらと光る。そして、浮かぶのは──期待に瞳をらんらんと輝かせる、戦士の笑顔。
「タジカラオって、あの天之手力男神か……! マジか、凄ェな!」
カラハが興奮に声を上げる。アメノタジカラオノカミとは、記紀神話で有名な『天岩戸』のエピソードにおいて、岩穴に隠れた太陽神天照大神がお祭り騒ぎにつられて顔を覗かせた際、岩の戸を引き開けて天照を連れ出したという神である。
それ即ち──純粋な『力』の象徴。
「ライジン、行くぞっ!」
「了解っす!」
呼ばれたライジンが大きな翼を羽ばたかせ宙に浮くや否や、イズミは跳躍しその背に飛び乗った。伏せた姿勢の鴉天狗の背で立ったままバランスを取り構えたイズミを乗せ、ライジンは滑らかな動きで一気に空を裂いた。
鈍金と朱金の燐光が混ざり合い、彗星の如き尾が輝く。彼らは一気に、鈍重な動きのコカトリスへと突っ込んで行く。
「喰らえっ、死に損ないのトリさんめっ!」
些か、いやなかなかに抜けた内容の気迫の声に、それでもナユタとカラハは拳を握り見守っている。
小柄とは言え人を背中に乗せての高速での低空飛行という難度の高い技を何気も無くこなしながら、ライジンはコカトリスにぶつかる勢いで肉薄する。ギリギリの距離でイズミが跳躍した刹那、ライジンはさっと身を翻して離脱した。
飛行の速度そのままの勢いでイズミは燐光を撒き散らし、コカトリスの懐へと突っ込んでゆく。雄鶏の巨大な足を蹴り、肉を足場に跳躍し、その膝に炎の如き赤灼の霊力を集中させて、声を限りに叫んだ。
「『閃光魔術脚<せんこうまじゅつきゃく>』ぅぅぅっっ!」
極大の神力を込めた膝が、首の無い雄鶏の胸に打ち込まれる。
その圧たるや、絶大。
未だ纏わり付く次元防壁の残滓をいともたやすく引き千切り霧散させながら、肉を穿ち、骨を砕き、加えてその巨体すらも揺るがし宙に浮かせる程の、爆発的な力の一撃。
おおおっ! と観客の二人、いや空中から見守るライジンも含めての三人から歓声が上がる。特にカラハは牙を剥いて笑い、手を叩く程の喜びようだ。
「凄ッげェ! あのデカブツ相手にシャイニングウイザードぶちかますってか!」
カラハが口にしたそれは、有名なプロレス技の名である。本来は、片膝を突いた相手の膝に駆け上り、相手の頭部に膝蹴りを叩き込むという強烈な技であるが、イズミはこれを巨獣相手に流用したのだ。『閃光魔術脚』の名は、シャイニングウイザードにそのまま漢字を当てたものであろう。
イズミは雄鶏の体躯を蹴り素早く床に降り立つと、間髪入れずに膝蹴りの勢いで浮いたままのコカトリスの脚をガッシリと掴んだ。無理矢理に腕を絡ませ左右の手にそれぞれ一本ずつ脚を掴んだ状態で、今度はゆっくりと首の無い巨体を回転させ始めたではないか。
「ジャイアントスイングってやつだ! あの大きな怪物を振り回すなんて、イズミ先輩はやっぱりとんでもないね」
「流石タジカラオの力、ッてかァ? マジで凄ェな。単純な力比べじゃア、もし俺が本気になっても勝てる気がしねェな。……おっと、ジャイアントスイングは皆で回数数えンのが礼儀だぜェ!」
ナユタの感嘆にカラハの笑いが重なる。次いで回転に合わせて挙げるカウントと手拍子に、他の二人のそれが重なった。
「さーん、よーん、ごー、……」
ますます速まる回転に、まだ命がある筈のコカトリスもなす術が無い。バタバタと暴れていた翼さえ今は弱々しく藻掻くのみだ。
イズミは真剣な顔で雄鶏を振り回し、速まる回転で遠心力を付けているようだ。意図に気付いたライジンは扉の上空に待機して、条件が揃うその時を見定めていた。
「……、にじゅーさーん、にじゅーしー、にじゅーごー!」
カウントが二十五を数えたその瞬間、ライジンが声を張り上げて合図する。
「──今っす!」
即座にイズミは反応した。身体を回転させながらも、渾身の力を込めて掴んでいたコカトリスの巨体を、遠心力のままに扉目掛けて放り投げたのだ。
「これでっ、さよならだああああっ!」
イズミの雄叫びと共に、寸分の狂い無く雄鶏の身体は、開いたままの扉に綺麗に吸い込まれてゆく。
皆が息を飲んで見守る中、音も立てずにコカトリスは扉の向こうの宇宙めいた場所に取り込まれ、やがて何事も無かったかのように静かに消えていった。少しの間、誰も動かず声も出せずに立ち尽くしていたが、ようやっとライジンが安堵すると同時に大きな息を吐いた。
「も、戻って来ないみたいっすね。……良かった」
ライジンの声に、他の皆も詰めていた息をそっと吐いた。だが、そんな中でもまだ、イズミは緊張を解く事無く前方を睨んでいた。
「皆、安心するのはまだ早いぞ」
え、と顔を上げたナユタの隣で、ああ、とカラハは口許を歪めた。
「まだ扉が開いたままだなァ。──扉ッつったらやっぱ、タジカラオの出番ってモンかね? それとも俺も手伝った方がいいっスかね?」
前に進み出たカラハの言葉に、振り返らないままイズミは扉を指さした。
「閉めるのは私がやる、それはタジカラオたる私の仕事だ。ただ──」
「ただ?」
「中を、扉の向こうを直視しては駄目なんだろう? 私は君の指示通り動く。誘導してくれないか、ナッツの人」
そして駆け出したイズミの背に、了解、と返しながらカラハも楽しげに走り出したのだった。
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そんな訳でイズミ先輩大活躍の回でした。
ちっこい娘が怪力、っていうのはとても萌えるものがあるのです、個人的に。
ちなみにシャイニングウイザードは武藤敬司選手が使っていた技で、なかなかに格好良くて破壊力のある技です。
ジャイアントスイングは昔からある技ですが、自分が印象深いのは馳浩選手ですね。やった後二ふらふらになるのがお約束ですが、今回はそれはナシにしました。
……これ以上は語り出すと止まらなくなるので、またの機会に。
さて次回は扉を閉めて、後片付けをして戦闘終了となる予定です。乞うご期待なのです。
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