四回生と、アラミタマ
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更新、言ってたより遅れてすみません。
それでは続きをどうぞ!
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「……カラ、ハ……っ!?」
ナユタは思わず立ち上がり、呆然とカラハだった石像を見詰めた。
コカトリスの石化効果のある紅い霧を浴びたカラハは、槍を振り下ろし蛇の胴体を真っ二つにした、その姿のまま彫像となっている。
ひるがえり靡くロングコートの動きも、勢いのまま乱れた長めの髪の毛先も、蛇の切断面から溢れ槍の穂先と繋がった血に至るまで、全てが名立たる芸術家の手掛けた彫像のようにその瞬間を切り取った灰色の彫刻として鎮座しているのだ。
「あ、ああ……あ、」
取り乱しているのはナユタだけではない。ライジンもまた、その光景を見下ろしながら呻き、おろおろと狼狽えているばかりなのである。
更にライジンには後悔するだけの理由があった。──もし自分がコカトリスの石化能力をもう少し早く思い出していれば、もう少し早く警告出来ていれば、という懺悔の念だ。カラハをこんな目に遭わせたのは自分だ、そうライジンは思い込み始めていた。
そんな彼らの心の内を知ってか知らずか、巨大な雄鶏はまた一歩、地響きを立てながら鋭い爪の付いた脚を前に踏み出した。ズズン、と音にならない響きが振動となりナユタとイズミの、そしてカラハだったものの身体をビリビリと震わせた。
その重い振動に、は、と我を取り戻したナユタは唇を噛み、再び片膝を突いてしゃがみ込んだ。しかし平静を装おうともレバーを握る手は震え、スコープの先はどうしても定まらない。狼狽える視界に、畜生、といつになく汚い言葉が口をつく。
ライジンもまた落ち着きを失っていた。彼はカラハの傍に近付くべきか否か迷っていた。先にカラハを助け出して一刻も早く治療すべきではないのか、そうした思いがぐるぐると頭の中を渦巻いていたのだ。故にライジンの注意は散漫となり、また更に、直接的な攻撃の手立てを持たない彼は、自分のやるべき行動を見失ってもいた。
そんな二人の迷いを突くように、ヒュオオォオオオ、とまたあの奇怪な音が響いた。はっとして顔を上げた先、雄鶏はまたも羽毛に覆われた喉を晒し、石化の霧を吐き出すべく大量の空気を吸い込んでいるところだった。
ああ、と二人は力無く声を漏らす。これでは、このままでは──折れた心が諦めの言葉を零そうとした、その瞬間。
凜とした声が空を裂いた。
「二人共っ、何をしてる! しゃきっとしろ! ライジン、あの紅い霧が吐き出されたら全力で押し戻せっ! メガネ君は霧が晴れた瞬間、鶏目掛けてそのでっかいのをぶちかますんだっ!」
イズミの叫びが二人の心を殴りつけた。その小さな身体に似合わぬ絶叫じみた声は、後ろを向きかけていた彼らのやる気の横っ面を張り倒し、力尽くで前を向かせる、そんな思いがこもっていた。
二人はイズミの声に何とかまた勇気を奮い立たせ、そして臨戦態勢を整える。しかしそれでも心は未だ、カラハを気に掛けていた。スコープで雄鶏を覗きながらもナユタは、堂々と立つイズミに声を掛けた。
「カラハは、カラハはどうするんです! 早く治療してやらないと、カラハは──」
そんなナユタの声に、イズミは先程とはうって変わって落ち着いた、それでいて自信たっぷりの言葉を吐いた。
「慌てるな。ナッツの人はまだ生きてる、戦いが終わってからでも遅くはない。それに、ナッツの人が命がけで邪魔な蛇を潰してくれたんだ、この機会を逃せば彼に申し訳が立たないだろう?」
イズミの声にナユタは強く頷いた。普段は天然っぽくとも、やはり四回生だけあって頼り甲斐があるんだな、と妙な納得も生まれたが、これは言葉に出さずにおいた。
ヒョオオオ、と笛のような音が響く中、ライジンは幾分か取り戻した落ち着きを握り締め、コカトリスの正面に浮かんでいた。溜めた霊気を翼に宿し、雄鶏のギョロリとした眼球を睨み付けた。
「ライジン!」
そんな彼にイズミが声を掛けた。振り向かずにライジンはただ、反射的なまでの簡素な返事を飛ばす。
「ハイっす」
「──信じてる」
予想外の言葉に、ただ息を飲んだ。彼女の気配を背にしながら、それを庇うように浮かぶ自分の内に、熱が生まれるのを感じる。
ライジンの周囲に濃い金が舞う。花吹雪めいて舞い上がるそれは、黒い大きな翼を神々しく彩っている。ライジンは刃を納めた錫杖を真っ直ぐに構え、全力で声を張り上げた。
「任せて下さいっす!」
ライジンの叫びと同時、コカトリスが紅い霧を吐いた。
先程よりも突き出された嘴から噴き出した霧はより強く多く、まるで水に広がる血のように明確な流れをもって雪崩れ込んで来る。意思を持つかのようにライジンに迫り、そして。
「させないっすよ!」
ライジンが翼を大きく羽ばたかせた。燐光を含んだ強い霊気が、風を含んで波のように紅い霧に襲い掛かる。ゴウ、と音を立てる金の波は鋭い爪を立てるが如く霧の塊を切り裂いて、割り開き、分断し、圧倒的な質量を秘めた風の力で散らしてゆく。
引き裂かれ開けてくる視界。やがて晴れ始めた霧に、イズミとナユタは意図せず揃って口許を歪める。二人がそれに気付いたのは、お互いの声が微かに笑みの色を含んでいたからだ。
「メガネ君、発射準備いいか!」
「万全です、いつでもイケますよ!」
イズミは静かにライジンの背を見詰め、その先の霧が薄まる光景を睨んでいた。あと少し、もう少し──。
ライジンが身を翻し上空へ舞い上がった。紅い霧の残滓が溶ける。大きな雄鶏の顔が今、無防備に晒される。
イズミの怒号と、ライジンの声が重なる。
「今っす!」
「撃てええぇええっ!」
「喰らえっ! 対魔用大型試作弾第十三號『荒魂<アラミタマ>・改二式』っっ!!」
ナユタの雄叫びと同時、ドン! と腹に響く轟音が空気を震わせた。
陰陽師然とした砲手が大きなレバーを引き、瞬時に発動された式により爆発と共に射出された大きな弾が、淡い水色めいた閃光を放ちながら、一直線にコカトリスの頭部目掛けて飛んで行く。誘導式の式神を伴ったそれはあたかも法則を無視して空へと昇る流星のように、尾を引き輝きながら、そして大きく開いたままの雄鶏の嘴の中に突き刺さる。
「ガッ……ゴエエェエエエ」
何が起こったのか判らないままに雄鶏は奇声を上げ、その奇声が止まぬままに、再びナユタの声が轟いた。
「着弾! 術式、解放!」
合図と共に明るい水色の閃光が弾け、コカトリスの奇声が掻き消える程の鈍い爆発音が、震動となって轟く。瞬間、周囲が光に染まる。
ある程度の距離を取っていたにも関わらず、爆風によってふらついたライジンが屋上に降り立った。まぶしさから顔を覆い、長居髪をはらはらと揺らされていたイズミがゆっくりと、腕をおろし瞳を開く。
「──やった、っすかね」
目の前の光景にライジンが息を飲んだ。
巨大な雄鶏の頭部はまるまる、強烈な爆発によって綺麗に無くなっていた。首の中程から焼けただれ焦げた肉がボロ雑巾のようにびりびりと垂れ下がっていて、何が起きたかまだ理解出来ていないかのように、身体は立ち尽くしたまま佇んでいた。
「ああ、威力、強すぎたかな? もっと改良しないとかな」
そしてナユタは悪びれる事も無く、熱を持ち焦げた匂いを漂わせるカノン砲から身を離し、床にへたり込んだのである。
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さてさて、これで戦闘は終わったのか?
それは次回のお楽しみ。
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