扉の向こうと、クリーチャー
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更新が随分遅くなってしまい申し訳ありません。
さてここからいいとこなのでガンガンいきますよ。
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「イズミ先輩は戦闘装束に着替えなくてもイイんスか? もうあんま時間無ェみてえスけど」
カラハが霊気で防壁を張り隙無く槍を構えながら、振り返らずに声を投げた。
空中に浮かぶ扉は相変わらず胎動めいた気味の悪い明滅を繰り返し、血を思わせる暗い紅色の焔が隙間から漏れ始めている。何かが起こるまでもうあまり猶予が無い事は誰の目にも明らかだった。
「──イズミちゃん先輩には、ちょっと事情があってね」
カラハの問いに答えるように、ライジンが口を開いた。現代の鴉天狗もまたカラハと同様、空中から錫杖を取り出し構える。先端に付いた二つの飾り輪がしゃらんと鳴り、次いで霊気で出来た渋い金色の刃が槍のように現れた。刃の表面にバチバチと小さく奔る雷が空を焦がす。
「彼女は最終兵器みたいなもんだから。俺っちらが倒せればそれで良し、駄目ならイズミちゃん先輩にカタ付けて貰うって寸法ってね」
カラハに並びながらライジンがそう続けた。片眉を上げたカラハに皮肉げな笑みを返し、後ろのイズミとナユタを護るように大きな翼を広げる。古美金と鈍銀が混ざり合い、黒衣で槍を構える自分たちの姿に、まるでお揃いみてェだな、とカラハは笑った。
「俺らは露払いッて訳だな。期待してるぜ、ナユタもイズミ先輩も。──当然、ライジン先輩もなァ?」
「そりゃこっちの台詞だよってね。大型新人のお手並み拝見ってとこだよっていう」
へらっとした笑いを返すライジンはしかしその軽い口調とは裏腹に、眼だけは鋭くカラハを貫いていた。混ざり合う金と銀はよく視ると境いで細かい火花を散らしつつ、それでいて密度を増しながら後ろの二人を護るべく厚みを増してゆく。
そんな二人を横目に、ナユタもまた準備を進めていた。扉に向けて設置し終わったバズーカの砲身の後部から、大量の符でぐるぐる巻きにされた花火の玉の如き弾を込める。がっしょん、と重い金属音を響かせながら弾をセットし封印を外し、いつでも撃てる状態にすべく順番に術式を起動してゆく。
その時、最後尾で仁王立ちしながら扉を睨んでいたイズミの声が鋭く響いた。
「──開くぞっ!」
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全員が息を飲み注視する中、扉が噴き出す焔をいや増し、腹に響く低い振動と共に開いてゆく。
「……何なんだよ、あれってば……!?」
扉の隙間から見えるのは紅い、昏く紅い闇に光の粒が無数に煌めく、宇宙めいた世界。
それは陽炎のように揺らめき、竜巻のように渦を巻き、水面の波紋のように広がり、そして砂のように自在に形を変えながら空間そのものが自らを燃やし、かつ自らを生み出してゆく。視ているだけで認知を歪ませる──そんな人知を超えた世界。
あれが、あの場所が何なのか。辛うじてカラハだけがその片鱗を知っている。カラハ本人は知らなくとも、カラハの身の内に渦巻く力がそれを感知した。言語化出来ぬ、人の身に余る知識の奔流に晒されふらつきながら、強制的に情報をシャットアウトして精神の汚染を防ぎカラハが呻いた。
「皆、視るなッ、中を見るな……ッ! あれは俺らの理論の全く通用しねェ別の世界だッ、──心が削り取られて精神がぐちゃぐちゃに壊されるぞッ!」
そして舌打ちをしつつ、一気に最大量の霊気の燐光を噴出させ、三つ叉の槍で空を薙いだ。大きく広がった鈍銀の燐光があたかもスクリーンに走るノイズのように、眼前の光景の解像度を下げてゆく。──これで恐らくは、ダイレクトに扉向こうの精神汚染を受ける心配は減る筈だ。
「……あ。あれってば、一体」
「先輩、知らない方が幸せなモンも世の中あるッて事スよ。──全く、とんでもねェ場所に扉を繋げやがって」
ライジンがゴクリ唾を飲み、そんな先輩の様子に肩を竦めながらカラハは嗤った。全身から滝のように汗を噴き出しながらも、その視線は鋭さを保ったままだ。
磨り硝子めいた視界の向こう、ゆっくりと、紅とは違う何かが蠢いた。のそり、のそり。──何か巨きなものがこちらへ向かってやってくる。
「何、あれ──」
訝しげにイズミが声を漏らす。地響きのような足音を伴って現れるそれは、まるで冗談じみた姿をしている。
揺らめく焔の如きとさか、闇じみた焦げ茶の羽毛に覆われた身体、紅く鋭い爪の生えた脚。羽ばたかせる羽根は空を飛べぬものの風を巻き上げ、半球状に飛び出した眼球はぎょろぎょろとせわしなく周囲を見回している。
「鶏……?」
そう、イズミが呟いた通り確かにそれは雄鶏に似ていた。但し大きさは推定五メートルと、通常のものと比べるべくもない。そして唯の鶏でない証拠に、しゅるり、と何か太い縄状のものがその影から姿を現す。
「いやァ、あれは恐らく──」
それは雄鶏のとさか同様に燃える焔じみた舌をちらちらと覗かせ、濃い紅の鱗をぬらぬらと光らせた大蛇だった。尾羽根の辺りから生えた蛇の身体は滑らかに鶏に巻き付き、鶏の飛び出た目と同様の紅い瞳でこちらの世界を見据えていた。
「コッカトリスってのだ……それもとびっきりのデカいやつ!」
スコープ越しに姿を見ながらナユタが呟いた。信じられないというかあまり信じたくはない光景に、しかし攻撃の準備を進めるべくナユタは現実を受け入れる。猫が虎になって、同級生が鳥人間になるんだから、デカいクリーチャーが出現したところで今更正気を疑っても仕方が無いのだ。
「予想よりも知ってるモンが出て着たじゃねェか。俺ァまたグチョドロの意味解ンねェもんが出て来るかと思ってヒヤヒヤしたぜ」
ナユタの声を聞いたカラハが笑う。意図の図りかねる触手の塊よりも、人の手によってレッテルの貼られた概念の方が、余程安心出来るというものだ。例えそれが、どれほど強大な化け物であろうとも。
そんな後輩二人の様子に、ライジンは内心驚きつつも顔には出さず平静を装った。あんな災害級の怪物を前にして、彼らはまだマシだと笑うのだ。
──自分がまだまだ術士として器が小さい事を実感しながら、ライジンはちらり後方のイズミを盗み見た。彼女はコカトリスを見詰めたまま、仁王立ちの姿勢を崩してはいない。堂々たるイズミの姿にライジンは深呼吸を一つすると改めて錫杖を構え直した。そうだ、何が来ようとも自分は立ち向かうのみなのだ、と。
そんなライジンの感情を知ってか知らずか、カラハが獰猛な瞳でニヤリ笑う。
「先輩、頼ンますよッ!」
「──ああ、こっちこそ!」
ライジンも得体の知れない後輩にへらりと笑みを返した。視線の先では、馬鹿みたいな鶏の怪物が立てる地響きが次第と近付いてくる。
カラハは外していた帽子を今一度被り直し、ライジンはヘッドギアのような額当てからバイザーを下ろした。ナユタが操作する銃器からはガシャンと重い金属音が響き、イズミの周囲には凝った、とてつもなく純度の高い霊気が集まってゆく。
「キエエェエエエーッ!」
そして巨大な雄鶏が未だ明けぬ夜の中、一番鶏とは似ても似つかぬ奇声を上げた。
──さあ、戦闘開始だ。
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イズミちゃん先輩の変身は次回かその次のお楽しみです。
一章ボスバトル開始。
出来るだけ早く更新する予定ですので、次回もお楽しみになのです。
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