逝く魂と、グラウンド
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一羽、また一羽と次々に残りの鳥たちも消滅してゆく。
そして最後に一羽だけ残った人型のあやかしだけがしぶとく抵抗を試みていた。背中に濃茶の翼を生やしたあやかしが術式を展開し、火焔の奔流を生み出そうとしたその瞬間──カラハが槍を投擲した。
空中に描いた式陣の焔玉ごと槍に刺し貫かれ、あやかしは苦悶の声を上げながら真っ逆さまに墜ちてゆく。カラハがスピードを落としバイクで近付くと、あやかしは腹から槍を生やしたまま道路の真ん中に横たわっていた。
カラハはバイクから身を乗り出しあやかしへと声を掛ける。仰向けに倒れ無防備に晒された胸は上下し、開いた口からは荒い息が漏れていた。
「まだ息があるな。──おい、言葉は喋れるか?」
「……う、ぐ──」
ナユタはバイクに乗ったまま呻きを漏らすあやかしを観察する。遠目では翼を生やした人間にも思えたが、よく見れば全身が羽毛で覆われている。顔も半分から上が鳥の姿で、まるでそういうヒーローのマスクでも被っているかのようだ。普通に思えた脚も爪先は鉤爪になっており、改めて戦った相手が人間ではなくあやかしだと認識し不思議な安堵を覚えた。
「おい鳥野郎。知ってる情報全部喋るなら命だけは助けてやらん事もねェが、どうするよ?」
一方カラハは何の駆け引きも無しに剛速球めいた言葉を投げる。停めたバイクからひらり飛び降りて近付くカラハに、鳥のあやかしはもう既に力の籠もらない瞳でそれでも睨み付ける。
「……我は、何も話さん……殺せ」
「そうか」
はっきりと言い切るあやかしの台詞に、足で腹を踏み付け押さえながら槍を引き抜いたカラハは、何の表情も浮かべずに彼の胸へと槍を突き立てた。
「……ぐ」
「じゃアな」
短く押し殺した苦悶の息だけを吐き、あやかしの身体が粒子と化してほどけ、散り、消えてゆく。カラハは小さく何かを呟きながら手を合わせ祈るような仕草をした。最期の一粒が消えるまでをカラハは静かに見届けると、さァて、と槍を手に再びバイクに手を掛けた。
「……何ンだよ?」
そこでじっと見詰めるナユタの視線に動きが止まる。物言いたげな表情に眉根を寄せ、言えよ、とカラハは顎をしゃくる。
「いやさ。──何で、手を合わせるの」
「悪りィか」
「いや、その、不思議で。だってあれは、あやかしだろう?」
ナユタの言葉に溜息を吐いたカラハは、手にした槍を消し去るように仕舞いながら軽く目を伏せる。
「あやかしだって、……死ンじまったらただの魂だろ」
「その魂は、僕らのと同じなの?」
「俺には分かンねェけど。でも、ヒト以外にも、動物や虫や草木の一片に至るまで魂が在るってンなら、あいつらの魂だって同ンなじモンだと思ってる」
「だから君は──祈るんだ?」
未だに不思議の色を帯びたままのナユタの問いに、眼を開けカラハは少し遠くを眺める。空には依然として光は無く、夜明けもまだ遠いままだ。
「無駄かも知ンねェけどさ。でも、少しでも足しになればってな」
「そっか」
カラハはそれ以上は喋らず、無言のままシートにまたがった。ナユタも何も言わないまま体勢を整える。短く、行くぞ、とだけ発せられたカラハの台詞に、ナユタはその背にしがみ付いて頷きだけを返した。
まだ深い深い夜の中を、そしてゆっくりと、唸りながらバイクは滑り出した。
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『はいお疲れ様です、こちら司令代行です。先程の戦闘、お見事でした』
「ちィす」
「はいはい」
『それでですね、新たな敵さんが二体、そちらへと向かっています。速度はそんなに速くありませんので、こちらの有利な地形へと誘導するのもアリかと思うのですが』
少しテンションの高めな声が耳に届く。寮生長からのアナウンスによると、二羽のあやかしが出現したとの事だった。二羽だけというのが気に掛かるところだ。とびきり強いか、交渉しに着たかのどちらかと見るべきだろう。
「有利ったって、ンなトコあるのか」
『そうですね、カラハ君がおとりになってくれると言うなら、丁度良い場所がありますよ』
「おとり……?」
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カラハは広いグラウンドの入り口にバイクを停め、ゆっくりとした動作で中央へと歩みを進める。ブーツが踏み締めた学校のグラウンド特有のさらさらした土が、ザク、ザク、と一歩ごとに音を立てる。
ここは大學の直ぐ西隣、同じ蔵多山に敷地を持つ市立蔵多山高校の校庭である。大學ロータリーから西に延びる道を真っ直ぐに進んだ場所に位置し、大學自体とは直接の関連は無いものの、立地上協力する事も多い、そんな高校だった。
寮生長がここを指定したのには理由があった。このグラウンドは山の斜面を拓いて作られたせいか、校舎のある場所や道からはかなり下がった場所にあった。特にグラウンドの脇を通り山の外周まで続く道は、グラウンドとの高低差は七、八メートル近くあるだろう。
また、グラウンドを見下ろす道の傍には草木が生い茂っており、ガードレールとも相まって身を隠すのには絶好の場所だった。ここに隠蔽の術を併用したナユタが隠れたならば、敵に見付かる事はほぼ無いだろう。
確かに探せばもっとより良い条件の場所もあったかも知れない。しかし敵に追い付かれる前に迎え討つ環境を整えられる場所となると限られてくる。そういう意味では、ここは絶好のロケーションであった。
「──来たみたいだね」
身を隠したまま、ライフルを調整しながら空を見上げナユタが呟く。
「あァ、情報通り二名様、ご案内だ」
それに応えカラハも空を眺めた。離れていても意思疎通が出来るよう、小型のイヤホンマイクを介して通信の術式を使っている。感度は良好だ。
真っ黒な空に浮かび上がるシルエットは天使のようで、カラハは眼を細めながら口許を緩めた。近付くにつれ、はっきりと見えてくるあやかしの姿。
「白鳥、瑠璃子──」
カラハの前に姿を見せた女性は、背中の大きな翼を羽ばたかせながら、その可愛らしい顔でにっこりと微笑んだ。
「お久しぶり、カラハ君?」
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ナユタのロケランのロケットには簡易式神を使っていて誘導弾となっているので、元々も定義からすると正確にはロケットじゃなくて小型ミサイルになるのかも。
でもランチャーの大きさとか形的にはいわゆるロケランなので、そういう風に作中では書いてます。
それにしても板野サーカスを文章で書くと難しいね? っていう。
それからこの話の前半で書いたナユタとカラハの価値観の違いは、今後ずっと続いていきます。それこそ十年越しで、裏で連載中の話の方にも続いていく、絶対相容れないものとなっていきます。
反発しながらもそれでも二人はお互いを認め合っていくのですが、そのあたりも今後注目して欲しい点だったりします。
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