司令代行と、届く声
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一方、応接室では寮生長がノートパソコンを広げ、そこに映るナユタたちの様子を見守りながら、携帯電話で誰かと連絡を取り合っていた。
「……ええ、取り敢えずはあの二人で大丈夫だと思います。先輩方が着くまで程度は持ちこたえられるでしょう。ええ、はい。──」
ソファーに座る寮生長の隣では、床に正座した宮元が珍しげにパソコンの画面を覗き込んでいる。液晶の中ではナユタとカラハが今まさに玄関を飛び出し、一斉に襲い来る鳥の群れに対して、武器や術で応戦し始めた姿が映っていた。
「……これって一体全体、どういう仕組みなんや?」
電話を終えた寮生長に、心底不思議そうに宮元が問うた。監視カメラの映像とは違う、二人を自在に追った鮮明な映像に、寮生長は、ああ、と声を漏らす。
「不思議ですよね。これも術を利用しているらしいんですけど、使い方が判っているだけで私にも理屈はさっぱりなんです」
「式神とかいう使い魔みたいなん、アレが見聞きしたモンがこの画面に映っとるんやろ。ワイ、そういうオカルトみたいのと機械とかって、絶対相容れんもんやと思とった」
「元々、式神の五感を自分が共有する術があるらしいんですが、それを応用して受信先をパソコンに指定する術式をどうこう、とか言ってましたねえ」
画面には鳥の大群を殲滅した二人が林道を走るさまが映し出されている。寮生長は指示に使うらしきヘッドセットを頭に装着しながら、パソコンからは視線を外さない。これも似たような仕組みで会話が出来るんですよ、などと寮生長は話を続ける。
「他にも式神の疑似自我をAIに代行させるとか、難しい術式手順をパソコンに保存して自動で術式起動させるとか、色々あるみたいですよ。……そもそも複雑で大掛かりな術式を組み上げるのはプログラムを組むのと似たような論理的思考が求められるとか何とか」
「はあ、とにかく現代の術士はデジタルにも強うないとアカンっちゅうこっちゃな」
そもそも偏った文系脳の宮元はプログラムなど話だけで全くのお手上げ状態だ。感心しきりの宮元を横目に、寮生長は薄く笑みながら穏やかに話し掛ける。
「それで話は戻りますが、『神隠し』に遭った寮生たちが生きている、っていうのは確かなんですね?」
少し宮元の顔が強張るのを察知し、寮生長は静かに言葉を付け加える。
「さっきも言いましたが、この部屋は他の術士などに盗聴などされる心配はありません。此処に居る限り、君の身の安全は保証します。……お願いします宮元君、今は君が頼りなんです」
軽く頭を下げる寮生長に宮元は溜息をついた。
宮元には呪いが掛けられていた。その呪いは宮元曰くの『あの方』によって埋め込まれたもので、術士本人についての情報を他に漏らせないよう脳に妖力の楔が打ち込まれているという物だった。無理矢理に情報を引き出そうとすれば脳が破壊されるという恐ろしい代物だ。じっくりと解呪と霊的治療を繰り返せばいずれは取り除けるものではあるが、今は手の施しようが無い。
半ば洗脳に近い状態だった宮元はすっかり目が覚めたものの、自分がしてきた事に対する罪の意識と、『あの方』を裏切った事で命を狙われるかも知れないという恐怖におののいていた。
殆ど脅しじみた形ながらカラハによって情報を喋る事を決意した宮元は、罪滅ぼしとばかりに寮生長たちに協力する事を約束はしたものの、それでも情報を漏らせば自分は粛清されるのではないか、そんな焦燥が宮元の口を重くさせているのだ。
ちなみに床に正座をしているのは形だけの罰である。寮生や神道学科生にとっては正座は別に大して苦なものではない。一応のけじめであり、寮生長なりの軽いジョークのようなものである。
「ワイの情報が正しいかは保証出来へん。ワイも所詮、あの方からしたら捨てゴマやし、全部は知らされてへん上に、こうしてバレる事前提で知らされとる情報かも判らん。せやから『絶対』は有り得んけど……」
「それでも構いません」
「……大規模な術を行うのに大量の生命力が必要だかで、せやから何人もの生け贄が要るんやと。けどおおごとになるのは困るから、搾れるだけ搾って記憶消してから生きたまま返す、って言うとったんや」
「成る程。──その話から察するに、捧げ物の意味の生け贄というよりは、術を発動させる為のエネルギー源、という感じですね。──ならば邪神復活や悪魔召喚の儀式という訳では無さそうですね……となると何の為に……?」
最後の方は宮元との会話というより独り言へと変化している寮生長の台詞に、宮元は息を飲む。邪神だの悪魔だの、──まるでアニメやゲームの世界だ。しかしこれが現実である事は、宮元自身の体験からも分かるように、逃れようのない真実であった。
「何にせよ、事が行われるんはこの蔵多山の中で、ってのは間違い無いみたいやから。霊気がどうのとか竜脈がどうのとか、よう分からん話しとったけど、この大學の敷地内のどっかに何かある筈や」
「そして、現場の手伝いをしているのが鳩座君という訳ですね」
鳩座というのは二文の寮生で、行方不明の七名の中で唯一の二回生である。ナユタと寮生長は共犯者が寮内と行方不明者のどちらに居るのかと論じていたが、正解は両方に、という事だったようだ。
「あいつはワイより術の進行に関する具体的な事ももっと知っとる筈や。まずは鳩座を探すんが手っ取り早いやろな」
宮元の言葉に、寮生長は大きく頷いたのだった。
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「その猫、カゲトラって名前付けたんだ?」
「いい名前だろ」
「うんまあ悪くはないけど。で、そのカゲトラとバイクがどうしたって?」
「まあ見てろって」
カラハは首から蛇の鎖を外した猫をバイクの上に座らせると、その背に手を乗せて何事かを唱える。すると、なーお、と一声鳴いた猫は身体から妖力を放出し始めた。
ナユタの見守る目の前で、猫はみるみる大きくなり、その形を変えてゆく。やがてそれは、祭式教室で倒したあの黒い虎の姿へと変化を遂げていた。
「カラハ! これ、君──」
虎は低く響く声で咆哮を一つ上げると、背に添えられたままのカラハの手に従うように、その実態無き身体をバイクへと沈めてゆく。見る見る内に機械と同化してゆく虎の様子を、ナユタは真剣な面持ちで眺めていた。
「憑依させてるのか。カラハはこの虎を使い魔にでもしたっていうの?」
「使い魔って表現はしっくり来ねェな。そうだな、眷属、って感じかな」
そしてニヤリと笑うカラハは、虎の妖気がバイクに満ち満ちるのを確認してから、おもむろにシートにまたがった。
銀色の金属が剥き出しのパーツ部分が、黄金の光を帯びてゆく。自動でエンジンが掛かりマシンが地鳴りのような唸りを上げる。その音はまるで、虎の咆哮そのものだ。
カラハは顎で、乗れよ、とナユタに促した。恐る恐るシートの後部に腰を下ろすナユタの様子に、カラハはさもおかしそうに笑う。
「お前バイク乗ンの初めてか」
「笑うなよ。今までそんな機会無かったし」
「あァ、悪りィ悪りィ。そうだホレ、メット。着け方解るか?」
「あ、うん。……ありがと」
ナユタは烏帽子を外して袖に仕舞うと、カラハから手渡されたヘルメットを被った。バイザーの着いたシルバーのハーフメットは眼鏡を掛けていても問題無く、視界を遮られる事も無い。
カラハも帽子を外して自分のメットを被る。西洋の兜めいた黒いメットのバイザーを下ろし、期待に満ちたギラギラとした瞳で笑う。
「さァて、楽しい楽しいドライブの始まりだ! 頼むぜ、カゲトラ。──おォい、聞こえてるかァ? こっちァ準備出来たぜ」
カラハが中空に向かって大きめの声で呼び掛けると、程なくして二人の耳許に声が響いた。
『……はい、こちらタカサキ司令代行。あー、あー。ナユタ君、カラハ君、聞こえますか』
届いた寮生長の声に二人は改めて、心地良い緊張が神経をたかぶらせ、不安と興奮に鼓動が高まるのを感じるのであった。
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狩衣でバイクの後ろ乗ったらすごく布とかが邪魔でモッサリしそうだな、とか思いながらも乗せる。
メットは、フルフェイスだと視界が狭くなるので。カラハのは頬当て着いてるけど顎は無いみたいな、ヴァルキリーが着けてそうな兜みたいな形のイメージ。
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