応接室と、胸の内
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予定より遅くなって申し訳無いです。
もうちっとペース上げたいです。精進します。
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誠道寮の玄関横、管理室の脇を抜けて更に奥まった場所に、応接室という部屋がある。
窓には繊細なレースカーテン、足許には良質な絨毯、壁紙は落ち着いたクリーム色。座り心地の良いソファーセットと上品なローテーブルが置かれ、八名程はゆったりと座れる広さを持つ、文字通りの応接間。
普段は使われる事は無いものの、部外者と面会したり寮監が訪れた時に使ったりと、不可欠な場所であるのは間違い無い。また、寮役が秘密の会議をする際に利用しているとの噂もあった。
夜も更けた今、応接室には四名の寮生の姿があった。
一番奥の上座のソファーには寮生長が座り、その右手側の三人掛けソファーにはナユタが、テーブルを挟んでナユタの向かいにはカラハが寛いでいる。
そして下座に当たる場所ではソファーを動かして作られたスペースで、風紀幹事宮元が直接床に座り土下座をしていた。
「頭を上げてくれませんかね、宮元君」
パパことタカサキ・ワタルが困ったように薄く口許をほころばせる。しかしその目は一寸たりとも笑ってはおらず、宮元は一瞬顔を上げたものの再度、より強く頭を床に擦り付ける。
「ホンマ、えろうスンマセンでしたっ!」
「……私は謝って欲しい訳ではないんですよ。理由と経緯を聞きたいと、さっきからそう言っているだけなんですがね。どうも、宮元君には通じていないようですが」
そして風紀幹事の象徴たる先割れ竹刀を手に取り、トン、トン、と左手の平に軽く打ち付けた。宮元はその音にびくり肩を震わせて、顔を伏せたままうわごとめいた謝辞を口にし続けている。
社会人時代も恐らく、こうやってミスをした部下を叱責していたのだろう、と容易に想像できる堂に入った上司振りである。火の点いていない煙草を咥えたカラハはこの見世物をニヤニヤと見物し、そしてナユタは気の毒さにキリキリと胃を痛めた。
元々他の場所に比べて音が漏れ聞こえにくい部屋ではあるが、今は人払いよりも強い、空間そのものを隔絶する結界がナユタの手により張られている。多少の大声どころか悲鳴や絶叫ですら他人に届く事は無く、また逃げだそうとしたところで生身のままはおろか、例え死体となろうとも部屋から出る事は不可能だ。
その事を最初に説明されているせいか、宮元はもはや抵抗する素振りは一切見せず、ひたすら平身低頭の姿勢を貫いている。
しかし、寮生の、しかも神道学科生の土下座は決して重いものではない事を、この場に居る誰もが知っていた。
朝拝に夕拝、学科の授業や武道系の部活など、普段から拝──つまり平伏の姿勢を取り慣れている。その動作は土下座と同じであり、屋外などでない限りは土下座に対してのハードルはかなり低い筈だ。
よって宮元にとっては不幸なことに、土下座しているからと言って態度を緩める気は起こらないのである。
「これでは埓が明きませんね。このままだと強硬手段を取らざるをえなくなるのですが」
苦笑混じりの寮生長の言葉に、宮元が恐る恐る顔を上げた。その色は真っ青で、唇が震えているさまが見て取れる。
「そ、その、強硬手段、ってのは何や、痛めつけたり脅したりは堪忍してや」
そこで寮生長とナユタが同時にカラハに目配せをする。煙草を咥えたままのカラハは立ち上がり宮元の傍に歩み寄ると、片膝をついて恐怖に怯える瞳を見下ろした。
「なァ。お前、最初っからずっと見てたんだろ? なら俺のコレも──見てたンだよなァ?」
そして自分の眉間を指でトントンと叩くカラハの右手をハッとした表情で見上げながらも、宮元はすぐに目を逸らす。カラハはそんな行動も想定内だと言わんばかりに笑い、宮元の顎を掬って自分の方へと向き直らせた。
「無理矢理がいいか? それとも──」
その『眼』が一体何であるかは明確には解らずとも、それが恐らく隠された物を見透かす力があるのだろうという事ぐらいは、術士ではない宮元にも簡単に予想する事が出来た。だからこそ宮元は息を飲み、観念し、怯えながらも自らの口で語り始める。
「……名前は言われへんけど、ワイはある方のしもべなんや。この件もその方の偉大な計画の内の一つで、ワイは言われるままに役目を果たそうと……結局は失敗してもうたけどな」
「あの羽も、そいつに貰ったんだな」
「そうや。男子寮には術士がおるから、もしあの術がバレたらこれ使うて倒せってな」
「じゃア、これもか?」
おもむろにカラハはポケットから物干し場で拾った鳥の羽を取り出し掲げた。宮元は驚き、慌てて自分のポケットから同じ物を取り出す。
「何でカラハがそれ持っとるんや」
「たまたま拾ってなァ。──これは術が自分に掛からないようにするまじないが織り込まれてるんだな? だからお前には人払いの結界が効かなかったし、俺にはあの名前札の術が効かなかった。そうだろ?」
宮元はそれを聞き、愕然とした。そんな事で計画が破綻したのかと、偶然というものの恐ろしさに指が震え、その隙間からひらひらと羽が零れ落ちる。
カラハはそんな宮元の瞳を楽しげに見詰め、努めて優しく笑いかけた。逃げられぬようそっと、両の手の平で宮元の頬を包み込む。
「お前らは何をしようとしている? 行方不明の奴らを何に使うんだ? なァ、教えてくれねェか」
「そ、それは言う訳には……カ、カラハ、顔、近い──」
「それとも無理矢理こじ開けて、心の底まで全部、侵されてェか……?」
「──ひっ」
カラハの歪んだ口許に牙が覗く。囁いた声が耳から脳に入り込み、萎縮するだけだった神経を敏感にささくれさせる。後頭部全体がぞわりとした悪寒に粟立ち、ちりちりと火花の爆ぜる如き痛みがうなじに散る。それでも宮元はカラハの深淵めいた純黒の瞳から視線が外せず、ただ添えられたカラハの手の平の熱だけがこれは現実なのだと突き付ける。
「教えて、くれるか?」
「わ、わかった! わかったから、頼む、これ以上覗こうとするのは……やめてくれへんやろか」
震えながら搾り出した声に、カラハが宮元から手を離す。遅ッせェんだよ、とカラハが笑うと、宮元は力尽きたようにへなへなと床にへたり込んだ。
寮生長とナユタの二人は同時に安堵の溜息をつく。情報が早急に必要とは言え、同じ釜の飯を食う仲間だ。穏便に済ませられるに越した事は無い、手荒な事は出来ればしたくないに決まっている。
「さてじゃア、話せる事全部喋って貰おうかァ!」
二人の複雑な胸の内もいざ知らず、カラハだけが一人楽しげに、心底楽しげにゲラゲラと笑うのであった。
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カラハの加虐趣味の片鱗がこんなところにチラリと……。
カラハの活躍をもっと読みたいという大人なお友達は、宜しければノクタで同じ作者名で検索してみて下さい。
十年後のカラハが主人公の話を連載しております。但しかなり特殊な内容ですので、閲覧は自己責任で。
さて本編は次ぐらいからやっと大きく動き出す予定です。
よろしくなのです。
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