水色の笏と、紅き竹刀
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玄関ロビー、結構広いです。
靴箱や自販機、壁にはプレートのボード、それからポストもあったりします。
個人で新聞をとってる寮生もいたりして、郵便物以外にも新聞もポストに投函されます。ちなみにそれをやるのは週番の仕事です。
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「でぇあああァあァーッ!」
不意に、闇を裂いて雄叫びが上がった。
ハッと振り向いたナユタと寮生長の視線の先、何か紅く光る棒状の物を振りかぶり、二人を目掛けて一直線に駆けてくる男がいた。二人は示し合わせるでもなくサッと左右に分かれ、そして走ってくる男の正体に少なからず動揺する。
「宮元君!?」
「風紀幹事……!」
紅い光に照らし出された顔は、紛れもなく寮役の一人、風紀幹事たる二神の宮元のものであった。彼は普段の陽気さなど忘れたような鬼気迫る表情で二人を睨み付け、そして風紀幹事の象徴である先の割れた竹刀に紅い妖力の炎を纏わせながら、躊躇無く二人に襲い掛かる。
宮元から見て与しやすそうに思えたのだろうか、まず狙われたのはナユタだった。宮元は大上段に掲げた竹刀を愚直に、しかしありったけの力を込めて振り下ろす。
「おんどりゃあーッ!」
「くっ……!?」
咄嗟にナユタは懐に手を突っ込むと笏を引き抜き、気合いと共に霊力を放出して笏に纏わせた。走って来た勢いそのままの竹刀と頭上に掲げた笏が激しくぶつかり、紅と水色の相反する力同士が火花を散らす。
両端を握った笏で竹刀を受け止めたナユタは片膝をついて留まり、しかしながら体重を掛けて振り下ろされ押し込まれる竹刀は重く、防戦一方のナユタの腕はじわじわと下がり続ける。今にも押しきられそうな情勢であった。
このままではヤバい、とナユタは心の中で覚悟した。しかしその瞬間。
「──ッオオっ!」
「ぐっくあぁっ!?」
悲鳴を上げて宮元の身体が横っ飛びに吹っ飛んだ。重なるのは低い気迫の叫び。
よろよろと体勢を立て直しながらナユタが見たものは、宮元にタックルをかました勢いのまま床に転がる寮生長の姿。
「パパ!」
「──これでもね、以前学生だった頃はラガーマンだったんですよ」
そしてタックルの際に口の中でも切ったのであろう、唇の端から零れる血を乱暴に拭い、パパは不敵に笑う。いつもオールバックに撫で付けている髪が少し乱れ、パラパラと額に掛かった。
「畜生めああッ!」
吹き飛ばされ転がって壁にぶつかった宮元は、それでも毒づきながら痛みを堪え立ち上がる。倒されても離さなかった竹刀を構える宮元を警戒し、ナユタと寮生長も迎撃の姿勢を取る。
「宮元君、どうして、何でこんな」
淡い水色の燐光を放つ笏を両手で剣のように構え、堅い口調で戸惑いと疑問を投げ掛けるナユタに対し、昏い炎の如き妖気を上げる竹刀を構えた宮元は、憎しみの表情を隠そうともせずナユタを睨み付ける。
「お前らには分からへんのやッ! あの方の崇高な理想を形にせんとアカンのや! あの方の計画、ぶち壊す奴は皆、ワイが! ワイが倒すんや……ッ!」
「あの方、計画、ね。──知ってる事全部教えて貰えるとありがたいんですが」
「ははっ、パパはアホやなあ。教える訳あらへんやろ?」
「まあ、そうでしょうけど、ね」
横から探りを入れる寮生長をも牽制しながら、宮元は口許を歪ませた。隙無く構えたまま左手をポケットに突っ込むと、黒く細長い何かを取り出しそれごと竹刀を再び両手で握り込む。
「またタックルかまされたら敵わんからな。それに、カラハが帰って来る前にあんたらとは片つけんと、三人相手は流石にキッツいからなぁ!」
宮元が言うや否や、代々風紀幹事に伝わると言われている伝統の『先割れ竹刀』の炎の量がいや増した。
血の如き濃い紅の炎は燃え上がるだけでは飽き足らず、割れた竹刀の先から激しく噴き出して闇を灼く。火の粉のような燐光は宮元の周囲を膜のように漂い、防御壁の役割も果たしているであろう事は、術士でない寮生長の目にも明らかだ。
これでは迂闊に手が出せない。二人が攻めて来ない事を確認すると、宮元は先手必勝とばかりに躍りかかった。
「んどりゃあぁああーッ!」
「──っく」
リーチもパワーも劣るナユタは唇を噛み、襲い掛かる竹刀を笏で受け流しながら斜め後方へと避ける。まともに打ち合うのは無理だ、せめてもっとマシな武器を用意出来れば──しかし現実は、考える暇すら与えてはくれない。
寮生長も何とか加勢しようとはするものの、やはりあの燐光に護られた宮元には生身での攻撃はこちらが傷付くだけの結果しか出ず、手持ちの符も有用な物は無く、何も手出しが出来ずにいた。せめてナユタの邪魔にならぬようにと、柱の影に身を隠す情けなさに歯噛みするしか術が無い。
激しく打ち込まれる炎を、ナユタは受け流し、避け、かわし、逃げ、抵抗した。時間を稼いでいると悟られぬよう、出来るだけダメージを負わずにやり過ごす道筋を考える。
しかし避けきれず擦った炎で着物はところどころが破れ、焦げ、無残な状態へと変わりつつある。
「ほらほらぁ! 逃げとるばかりじゃ負けてまうで!? プロの術士とかいう奴なんやろ! ワイみたいな素人に負けたらアカンのちゃうか!?」
「そんな事言っても、人には向き不向きがあって! 僕はそもそも近接戦闘は苦手なんだ!」
「そらご愁傷様やな!」
息も絶え絶えに逃げ回るナユタをいたぶるように、宮元は矢継ぎ早に攻撃を繰り出し続ける。何とか笏で受けては逸らし身体を捻って避けるものの、次に振り下ろされた竹刀を受けようとした瞬間。
宮元の顔がニヤリと歪んだ。竹刀は軌道を変え、左へ受け流そうとした笏をもぎ取るように横へ薙いだ。
あ、と思った時にはもう笏はナユタの手を離れ、玄関ホールの床を勢い良く転がってゆく。
せめて距離を取るべく、後ろに下がろうとしたナユタの顔から血の気が引いた。冷たい硝子扉の感触が背筋を凍らせる。
詰んだ、と絶望が襲う。この状況から上手く逃げられる程の体術を、ナユタは持ち合わせてはいなかった。
「すまんけどナユタ、ちょっと退場しといて貰おか。しばらくサイナラや」
ずるずると座り込んだナユタが見上げると、突き付けられた炎の向こう、友人だった筈の男の笑顔があった。自分の無力に唇を噛み、絶望に目を瞑ったその時──。
ガッゴオォォン!
激しい振動が硝子扉ごとナユタの身体を揺さぶった。何事、と思う間も無く、何分かぶりのおどけた声が聞こえる。
「サイナラはお前の方だっての。素人が、調子乗ってンじゃねェぞ」
は、と目を開けたナユタが思わず見上げると、そこには硝子扉に顔面を打ち付けた宮元がそのまま顔の高さにへばり付いていた。この硝子丈夫だな、などと必要の無い思考が無意味に頭を巡る。
そんなナユタの頭上から、宮元の身体ごしに声が降ってきた。
「……間一髪、だったか?」
宮元を硝子に叩き付けたままの姿勢で、カラハが笑っていた。身体中から鈍色の燐光を発しながら、ナユタに視線を投げ付ける。
「何が、間一髪、だよ。トイレ遅すぎだろ、早く助けろって」
目が合ったナユタも、ニヤリと笑った。
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間一髪、って今度はカラハが言うの、ここでやらなきゃ損だよねっていう。
こっからガンガン話が動きますのん。
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