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咲け神風のアインヘリア:皇国の防人達よ異界の声を聞け  作者: 神宅 真言
第一章:不機嫌続きのバースディ
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くゆる紫煙と、鳥の羽根


麻雀部分は必要以上に書き込んでもなあ、と思い、書こうとしていたけれど大幅カットしました。

もしリクエストがあればいずれ番外編短編などで書くかも知れません。




  *


「リィィィィチッ!」


「うっわ、またかよ!」「おいおいマジかー!?」「勘弁してくれよ!」


「へっへー! 根こそぎむしり取ってやらァ!」


 点棒代わりのカードを投げながらカラハが笑う。火の点いていない煙草を咥えたまま、器用に缶コーヒーを啜った。


 ゲームはカラハの独壇場だった。


 寮役の皆も決して弱い訳では無かったが、中学の頃から親代わりの破戒坊主に「これも修行の一環」と麻雀、花札、将棋、ポーカーなど一通りの遊戯を叩き込まれ大人達に揉まれていたのだ。最初こそ牌を使わないカード麻雀に少し戸惑っていたものの、慣れて感覚を取り戻したカラハには学生のお遊び麻雀など敵ではなかった。


「……通る?」


「残念ッロォォォンッ! 一発ついてハネッ!」


「うっわハコったああぁあ!」


 またもやカラハの一人勝ちでゲームが終わった。既に敗者の山を築き上げている王者に、どよめきと歓声と拍手が送られる。


「カラハ、マジつええー……」


 最初にカラハに麻雀をやらないかと話し掛けた男、二班班長の安堂が倒れ伏しながらカードにまみれてぼやいている。なお『ハコ』とは手持ちの点数がゼロもしくはマイナスになった状態を指し、四人の内誰か一人がハコになった時点でゲーム終了というのがよく使われているルールである。


 カラハは楽しげな皆の様子に自分も笑いながら、ふと壁の時計を見上げた。肩が凝ると思ったら案の定、もう一時間半の間座りっぱなしだった事に気が付いた。んンッ、と伸びをしながら近くに居た者に声を掛ける。


「そういや煙草って吸える場所あンの?」


「あー、ホントはだめってなってんだけど……こっそり窓開けて部屋で吸うか、後は物干し場かな」


「成る程。部屋まで戻ンのは遠いから面倒だな……ちょっくら物干し場行ってくらァ」


「あれそういやカラハってもうハタチ過ぎてんの?」


「実は明日が誕生日なんだわ。フライングって奴」


「よく言うよ。明らかにその前から吸ってたろ」


 カラハはからかいを笑い飛ばし、麻雀に熱狂する別のグループを横目に談話室の扉を閉め、教えて貰った物干し場へ向かう。途中通り過ぎる幾つもの部屋から楽しげな声が聞こえ、こういうのも悪か無ェな、とカラハは肩をすくめた。


 そっと戸を開けると少し冷たい風が頬を撫でた。コンクリートの柵に囲まれた空間には取り残された洗濯物がひらひらと舞っている。カラハは柵に凭れると携帯灰皿とライターを取り出し、ずっと咥えたままだった煙草に火を点けた。少しのオイルの匂いと煙を肺一杯に吸い込み、溜息のように紫煙を長く吐き出した。


 さほど遠くない喧噪が耳をくすぐり、夜の空気が髪を撫でる。と、ひらり、何かがブラックジーンズの足許に舞った。


 蛍光灯の頼りない光に目を凝らすと、それは大きな鳥の羽根のようだ。少し濃い茶色のそれが妙に気になり、拾ってポケットに突っ込んだ。


 短くなった煙草を丁寧に揉み消すと、もう一本取り出してライターを擦る。靡く紫煙が夜に溶け、少しばかりの孤独の匂いにカラハは自嘲めいた笑みを浮かべた。


  *


 一方ナユタは玄関ロビーのソファーに腰掛け、ちびちびと抹茶ラテを飲んでいた。着流しめいたラフな着物姿で、まるで若い落語家のようだ。


 一般的に寮生の私服はジャージかTシャツジーンズが多いのだが、まれに着物や作務衣を好んで着る者もいる。ナユタもその一人で、家に居た時から着慣れているせいか、基本的には着物の方が落ち着く性質だった。


 先程からぼんやりと何をしているかと言うと、ナユタは玄関の外と時計と、それから寮生の名前の書かれたプレートの並んだボードを代わる代わる眺めていた。


 このプレートは『二神 新 那由多』のように寮生一人一人の学年学科と名前が、一方には黒字で、もう一方には赤で書かれていて、部屋順に整然と吊されているものだ。在寮時にはプレートを黒字側に、出掛ける際には赤の方に引っ繰り返してフックに掛けておく。こうすれば誰が居るのか居ないのか一目瞭然、というシステムだった。


 そして午後十時の門限をとうに過ぎ消灯時間すら近付いた今、プレートが赤字なのはただ一人、寮生長タカサキ・ワタルのみであった。


 本来、寮生長であろうとも事前申請無しの門限破りなどは許される行為ではない。しかしながら、何か不慮の事態が起きたのだろうという確信がナユタにはあった。


 だからこうして一人、ロビーで時間を潰しているのだ。──表向きには『見張り』という大義名分があるのが、尚のこと好都合だった。


「カラハ、上手くやってるかな」


 そんな事を無意識に考えてから、カラハの事をつい気にしている自分に無性に腹が立った。彼はいつも自然体で堂々としていて、余裕があって女にモテて、背が高くて顔も良く、誰とでも直ぐに仲良くなれる。そんなカラハを何故、引っ込み思案で目立たない自分のような人間が気に掛ける必要があるというのか。


 うっすらと聞こえる喧噪を掻き消すように、ずず、とパックのストローが鳴った。ナユタは僅かな残りを吸い込みながらパックを丁寧に畳んでゆく。


 ──と、その時。


 硝子張りの玄関の扉に車のヘッドライトが二条、闇を裂いて差し込んだ。はっと思わず立ち上がったナユタの目に映ったのは、黒塗りのタクシーから慌ただしく降りてくるスーツ姿の男性。どうやら同乗者が居るのだろう、彼は首を車内に突っ込んで何かを話しているようだったが、やがて彼が離れるとドアは自動で閉まりタクシーは向きを変える。


 ゆっくりと去って行くタクシーに深々と礼をし、男性──パパ寮生長は重い硝子戸を静かに押し開けた。


「お帰り、パパ。何かあったの?」


 話し掛けたナユタに寮生長は疲れた笑顔を浮かべ、玄関を施錠しながら小さく首を振った。


「──わからないんです」


「え?」


「何かが起きているんです。それは間違い無い。だが、何が起きているかはわからないんですよ。認知出来ない。しかし、何かが起きているのは確かなんです」


「……まるで禅問答だね」


 寮生長はプレートを黒字に変えると、先程までナユタが座っていたソファーに腰を下ろした。


 もうすぐ消灯だ、週番の寮生達が戸締まりを確認したりまだ騒いでいる部屋に注意を促す声が聞こえてくる。やがて彼らは玄関脇の管理室に集まると、時計の秒針に合わせて零時きっかりに放送を入れた。


『消灯です、おやすみなさい。消灯です、おやすみなさい』


 同時に明かりが一斉に落とされた。お疲れ様でした、の挨拶を交わしてから気怠げなスリッパの音を立てて、週番達は自室へとぞろぞろ帰っていった。


 再び静けさを取り戻したロビーで、寮生長は疲れを吐き出すように長い溜息を一つ。


「……彼はどうしてます?」


「カラハ? ああ、上手くやってるみたい。何やら歓迎会まで催されてるらしくって」


「歓迎会ったって、多分彼らの事だから麻雀でもやってるんでしょうけど」


 ナユタの言葉にパパは軽く笑う。ナユタも同意を苦笑で返し、肩をすくめた。


 *


 寮生長と別れて自室へと引き上げてきたナユタは、パタパタと近付いてくるスリッパの音に振り返った。よ、と身振りだけで挨拶をするカラハに一瞬迷ってから頷きで返事をすると、自室のドアを静かに開く。


「盛り上がってたみたいだね」


 抑えた声で話すナユタに、まァな、とカラハもドアノブを回しながら静かに笑う。微かに香る煙草の匂いにナユタは気付かない振りをした。


「もう猪尻は寝てンの?」


 明かりの漏れていない窓をチラと見遣りながらカラハが何気無く漏らした一言に、ナユタは、え、と立ち止まって首を傾げた。


「……猪尻って、誰のこと?」


「──ッ!?」


 カラハの顔に一瞬で、緊張が走った。


  *




そろそろ話が動かないと、ですね。

それにしても今回はちょっと長め。次は短めで早めに更新しますね。



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