一番風呂と、恋話
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関西弁を文字にすると令嬢言葉と似てる件。
「~ですわ」とか。
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「かァーッ、たまんねェなアー! イイねェ、でっけェ風呂はァ!」
頭にタオルを乗せたカラハがザバァと派手な水音を立て、浴槽の縁に背を預けて気持ち良さげに伸びをする。一方ナユタは湯船の縁に腕を組みその上に頬を重ね、寛いだ姿勢でふうー……と大きな息を吐いた。
「一番風呂ってのも悪くないねえ」
「悪りィ事あるもんか。デケェ風呂貸し切り状態とか、もうこりゃ浪漫だろ、浪漫!」
「そこまでのものでもないような。でもまあ、気持ちいいのは確かだねえ」
そして二人揃って、はあー……、と大きな息を吐く。
何となく成り行きで二人はまだ陽の傾きも浅いうちから、寮の風呂で疲れた身体をのんびり温めていた。
誠道寮の風呂は大きい。大勢が同時に入れるよう銭湯のような巨大な浴槽に幾つもの洗い場があり、夕方の四時半から夜九時半まで自由に入浴する事が出来る。今は四時半過ぎの早い時刻で、この時間だと流石にひとっ風呂浴びようなどという者は少なく、広い風呂を使い放題という訳だ。
部活の喧噪も遥か遠く、どこか隔絶された空間でただただのんびりと、男二人は言葉少なに風呂を堪能するのであった。
何故こうなったのか、──話は少し前に遡る。
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あれから三時限目を終えたナユタに起こされたカラハは、ナユタが購買で買ってきたパンで空腹を満たし、更に猪尻が部室から運んで来てくれた鞄に収めてあった私服に着替え、すっかり調子を取り戻していた。
「さて、そろそろ帰んねェとな。流石にいつまでも居ちゃア迷惑だろ」
「居る事自体は別に迷惑じゃないんだけど。でもまあもし見付かったら、ヤバいのはヤバいかな」
猪尻が再び出掛けて二人になったところでそんな会話をしていると、不意にコンコン、とドアをノックする音が響いた。
「はい、どちら様、──あれっ」
ナユタが扉を開けるとそこに立っていたのは、昼の一件を収束させたナイスミドル、パパこと寮生長タカサキ・ワタル。
「ちょっといいですかね。──いるんですよね、マシバ・カラハ君」
そして人の良さそうな笑みを浮かべながら、寮生長は部屋へと静かに足を踏み入れる。しかし笑っていない瞳は鋭い光を湛えたまま、隠れるのをやめて顔を見せたカラハを、しっかりと見据えていた。
「──分かってンのなら隠れる必要無ェわな。で、何の用? あぁと、ペナルティを与えるってンなら俺だけにしといてくれよ、押しかけた俺が悪りィんだ。ナユタは俺に迷惑かけられただけなんだから」
「ああ、そういう話じゃあないんですよ。君は友達思いなんですね。大丈夫、君もアラタ・ナユタ君も咎めるつもりは無いですよ」
「じゃあ一体、どうしてカラハに?」
そこで寮生長は二人を交互に見てから、とても柔らかな、しかし真意の読めない笑みのまま、こう告げた。
「マシバ君。しばらくこの寮で暮らして貰えませんかね」
「……はいィ?」
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温かな湯に身体を沈めながら、カラハはぼんやりと事の経緯を思い出す。
「ずっとは勘弁して欲しいけどよ、まあ、一日二日程度ならこれはこれで面白れェよな」
「そんな気楽な話じゃ無さそうだけどね……あの笑顔、絶対裏がある」
そう言いつつもナユタもまったりと、浸かった湯船から動く気配が無い。
「俺が能力者だってのはその、何だっけ、グループで情報共有してンだろ。で、パパもその一員なんだろ?」
「うん、パパは能力者でも術者でもないけど、僕らをサポートしてくれる重要な役をしてくれてる。勝手に君の情報流したのはすまなかったけど」
「や、まァそれはいいんだ。でな分かンねェけどさ、多分何か……その、何かに俺が関係するんだろ? 何かは知らねェけどさ」
「そうなんだろうね。……先輩にね、四回生なんだけど、未来視持ちの人がいるんだ。きっと何かが視えたんだと思う」
「なるほどなァ──」
そしてカラハは大きく息を吐くと、よ、と勢いをつけてゆっくりと立ち上がった。ざばりと水面に波が立ちしぶきが跳ねる。ナユタは顔を上げて振り返ると、まじまじとカラハの全身を眺めた。
高い背丈、バランスの取れた骨格、全身に付いた筋肉。腕も脚もすらりと長く、引き締まった無駄の無い身体を浅黒い肌が引き立てている。これで顔も良いのだからどんだけ完璧超人だよ、とナユタは心の中で突っ込んだ。
「はあ……」
思わず溜息をついたナユタに、カラハがざぶざぶと波を立てながら近付いた。
「ンだよ辛気くせェ」
「君を見てるとね、自分に自信が持てなくなるんだ」
「はァ? 何だそれ。こんな傷だらけの身体、大したモンじゃねェぞ」
「でもモテるだろ。実際、瑠璃子先輩ともそういう仲だった訳だし。他にも女に困らない程度にはモテてんだろ」
「なんだお前、モテてェの?」
「……そういう訳じゃ」
「あァー、分かった! 好きなヤツでもいンだろ!? だろ? な!」
「っ! ち、ちがっ!」
ナユタはそっぽを向くが、その反応は明らかに失敗だった。そうかそうか、とニヤニヤしながらカラハが肩に腕を回す。自分でもバレバレだと自覚しながらも、ナユタは否定するしか術が無い。
「僕に好きな人がいようがいまいがカラハには関係無いだろ!」
そうしてナユタは肩に掛けられた手を払い除けるが、カラハは懲りずにまたナユタに絡んでいく。今度は肩どころか首に回された腕に、ナユタはしぶきを上げながら抵抗した。
「ンなつれねェこと言うなって。俺とお前の仲だろォ?」
「どんな仲だよっ」
そしてバシャバシャと波を立てながら言い合っていると、突然風呂場のガラス戸がガラガラッと大きな音を立てて開いた。
「失礼しまーす、って、……何やってんのお前ら」
「あ」
二人が動きを止めて声の方へと顔を向けると、二神のクラスメイト三人程が入って来るところだった。皆一様に不思議そうな顔で二人を眺めている。急に恥ずかしくなったナユタは離れようとするものの、カラハは気にする様子も無くナユタの身体に腕を絡めたままだ。
「なんだお前ら、そういう仲だったの?」「悪いな、邪魔しちゃった?」「そういうのは部屋でやれよなあ」
「おォよッ!」
「違ーうっっ!」
広い風呂場にナユタの叫び声と、四人の馬鹿笑いがこだましたのだった。
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こういうのは書いてると無駄に楽しいですね。
あとナユタ君は眼鏡の度が強いので、眼鏡外した方が目がパッチリして見えます。
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