霊感少女と、関西弁
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本日二回目の更新です。
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──カラハが語ったところによると、事のあらましは以下のようなものだった。
明日が誕生日であるカラハは、三文の先輩である白鳥瑠璃子に誘われ、彼女の部屋で昼食も兼ねて誕生日の前祝いをして貰うことになったらしい。何故誕生日当日でないかと言うと、金曜はお互いの講義時間が入れ違いで、スケジュールの都合が付かなかったせいだそうだ。
ちなみに『三文』とは『三回生国文学科』の略である。同様に二回生神道学科なら『二神』、一回生国史学科なら『一史』、四回生教育学科ならば『四教』と呼称される。
「ヤボ用ってそれだったのか。ていうか君達付き合ってるの?」
「いや、はっきり告白とかはされてねェんだけど、たまたま知り合って何となくそういう話に」
「アバウトだなあ」
「俺、来る者は拒まねェのがモットーだから」
「それを真顔で言うか。自慢か。嫌みか」
ところが、食事の準備をしながら話をしている最中に突然瑠璃子先輩が逆上し、宥めようとしたものの話は余計にこじれ、結果包丁を持って追い掛けられる事態になったという。
慌てて瑠璃子先輩の部屋を飛び出し、人の多い所なら巻きやすいだろうと思って大學に逃げて来たものの逃げ切れず、ならばと閃いて寮生に紛れながら男子寮までやってきた、という次第だった。
「瑠璃子先輩も元女子寮生だし、流石に男子寮に突っ込んでは来ねェと思ってなァ」
「それでこっそり裏門に回って侵入してきたって訳かい。僕がいなけりゃどうするつもりだったのさ」
「いやァ助かった。まあイザとなりゃア、敷地内に隠れてりゃ何とかやり過ごせるかと思ってよ」
ヘラヘラと笑うカラハに溜息を零し、ナユタはところで、と一番肝心な部分を思い切ってカラハに訊く事にした。
「でさ。君は一体、瑠璃子先輩に何を言ったんだい? いつもふわふわニコニコしてる彼女が殺してやるって激怒するぐらいだから、相当の事なんだろうとは思うんだけど」
「あァ、それか……」
カラハはジャスミンティーをちびちび飲みながら、釈然としない顔をする。
「瑠璃子先輩がオカルト好きの不思議ちゃんで、自称霊感少女ってのは知ってンよな?」
「まあ有名だよね。でも可愛いのは間違い無いから、それさえ無ければなあ、ってところで皆の意見が一致する訳だけど」
「でな。実はその霊感ってのがな、先輩にはほっとんど無ェんだわ。思い込んでるだけのやつでさァ。でも、本人は自分に霊感が有るって信じ切ってる訳なモンで、ちょっとした事でもオカルトに結び付けて考える、まあそういう人種なワケよ」
「うんうん、まあいるよね」
「それでだな。偶然かどうか分かんねェけど、先輩は俺の事を『そういう人間』だという認識を持っちまってな。たまたま憑かれてたのを軽く祓っただけなんだけど、まあ、お仲間認定されたと」
「君それ絶対下心あっただろ」
「当然だろ? ──で、だ。今日の話なんだけどな。霊障とかの話題になってだな、先輩が言った訳だ。『こういう力があると大変だよね。ねえ、わたしも同じだもん、カラハ君の大変さ解るよ。ね、カラハ君も解るでしょ、わたしの気持ち』ってな」
「あー……うん。苦笑するしかないね」
「俺さァ、寝不足でちィと気が立ってたんだわ。先輩の言葉にイラッと来ちまってだな、その、ついな、言っちまったんだ」
そしてカラハは一呼吸置くと、カップに視線を落としたまま言葉を紡いだ。
「『分かンねェよ、分かる訳無ェだろ、お前みてェな霊力も霊感も何ンも無ェ、思い込んでるだけのニセモンの気持ちなんざ、これっぽっちも分かンねェよ』って」
そしてマグカップに残っていたお茶を一息で飲み干した。ナユタはと言えば、笑いとも呆れともつかない感情を引きつった顔に張り付け、はは、と乾いた笑いを漏らす。
「それな、カラハ。不思議ちゃんに一番言っちゃダメなやつだ」
「──だよなァ……」
そしてどちらともなく深い、とても深い溜息をついた。
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「先輩! アラタ先輩ー!」
その時突然、バン! と大きな音を立ててナユタの部屋のドアが無遠慮に開かれた。声と同時に飛び込んで来たのは、ナユタと同室の一回生国文学科、猪尻である。
「猪尻君、先にノックしなくちゃダメでしょ。で、どうしたのそんな慌てて」
「あー、すんません! ってそんな事より先輩、大変なんですわ!」
「大変? 何があったの?」
ナユタの注意を受け流しながら、関西弁の後輩は自分のリュックを放り出しつつ、オーバーリアクションで口から泡を飛ばした。
「包丁持った女の先輩が、南寮の玄関の所で暴れてるんですわ! 先輩らに訊いたらなんか男の人追い掛けて来たとか何とか……そんで殺すだ何だ喚いててもう大変な騒ぎなんですわ!」
猪尻の言葉に、カラハは引きつった顔であらぬ方向に目を泳がせる。後輩は今やっと客人に気付いたようで、ペコリと頭を下げた。
「あ、アラタ先輩のツレですか? どうもですわ。って、あれ。寮じゃ見た事無いような……」
ナユタは何も言えず、ただ黙ったまま苦い顔でカラハの横顔を見遣るのだった。
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ナユタのジャスミンティーはティーバッグで自分用に出したのがちょっと時間が経っててぬるくなってたものです。
そのぬるさがカラハには丁度良かった感じです。
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