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6.また会える?

 どんなにとんでもない状況下でも、〝順応力〟というものは備わっているらしい。

 風の吹きつける右頬が冷たかった。少し余裕の出てきたマリーはそうっと首を巡らせてみた。

 明るい春の空。柔らかな日差しが降り注ぐ湖。湖岸の先には針葉樹の森が広がり、遥か彼方に雪を頂く峰々が霞んでいる。

 マリーを抱えて運んでいる()の影が湖面に落ちていた。まるでうねうねと身体をくねらせている蛇のようなシルエット。けれど蛇にはあり得ないものが幾つかついている。


 がくんと高度が落ちた。一瞬後、無数の羽音が耳を掠めてマリーは悲鳴とともに身を縮めた。振り返れば大きな鳥が群れをなして飛んでいた。一群も同じ方向を目指しているようだがどんどん離れ小さくなっていく。

 しばらく低空飛行を楽しんだ彼は長い尾で湖面をひと叩きし、また上昇を始めた。細かな飛沫(しぶき)がきらきら舞い散り、空中にサァッと虹が咲いた。


「わあ……!」


 七色のアーチに見惚れているうちに湖を越えた。森の中のぽっかり開けた地にマリーは静かに降ろされた。一面の花畑だ。それは見事なものだったけれど、マリーの目は別のものに釘付けだった。


 彼が一歩後ずさるとマリーの顔に日差しが降り注いだ。光を手で遮り、椅子にもたれた状態のままマリーはあらためて彼を見上げた。

 青みがかった黒い体躯は蛇に四肢を生やしたような、トカゲをうんとスリムに引き伸ばしたような形をしていた。頭には大小二対の角が生えていて、後頭部から背中にかけてはトゲトゲと痛そうな鱗で覆われている。横腹の鱗は小さく、彼が身じろぐたびにシャラシャラと爽やかな音を立てた。翼を覆うのは羽毛ではなく皮膜だ。

 逆光の中で瑠璃の瞳がぎょろりと動いた。


「なんだ?」


 太い声がお腹の底にびりびり響く。普通ならば恐怖を感じてもおかしくない状況だ。兄に見せてもらったカードの竜と目の前のそれはほぼ同じ。とは言え喋り方はあまり変わらない。強いて言えばテンポが少しゆっくりになったかもしれない。おかげでどうしてもあの少年の姿がちらつく。


「本当だったのねぇ……」

「あ? なんの話だ」

「あっ、信じてなかったわけではないのよ?」


 マリーが小首を傾げると、竜はマリーよりもさらに首を傾けた。こういう仕草も親しみを覚えるところかもしれない。


「摘まないのか? これ、スミレじゃないのか?」

「スミレよ、あってるわ! あの、でも、ここのスミレは摘んでも大丈夫なのよね? あなたが何かしたわけではなくて……」

「オレサマは何もしてないぞ。いっぱい探して見つけた」

「まあ、そうなの? わざわざ探してくれたのね」


 マリーは椅子をぴょんと飛び降りた。抱えてきたバスケットとブランケットを椅子に置くと竜の足にそっと触れてみた。ざらざらした手触りを確かめるように撫で、「ありがとう」と抱きしめた。


 あらためて花畑を見渡してみる。紫と黄色と白の三色が入り交じり、競うように咲き乱れていた。マリーは歓声をあげて駆け入ると両手いっぱいにスミレを摘んだ。

 花畑と椅子との往復を二度繰り返したところでふと振り仰いだ。


「ねぇあなたも手伝って。たくさん摘んで帰りたいの。ふたりで摘めば早く集められるわ」

「摘む。オレサマが?」

「そうよ。お日さまが真上に来るまでに帰らなくてはいけないんですもの。――あっ今日は魔法はなしでね」


 話し終わらないうちに竜が前足を持ち上げたのを見つけ、マリーは慌てて付け足した。また台無しにされてはたまらない。

 竜はむむむと低く唸る。そのうちにふぅぅぅと長い鼻息を漏らした。突風に襲われ目を瞑ったマリーが次に顔を上げたとき、そこには馴染みのある少年が立っていた。





 * *





 日差しがぽかぽか暖かい。ブランケットに積まれた紫色の小山を眺めてマリーは口の端を持ち上げた。これだけあれば十分だろう。

 少し離れた場所に目をやれば色とりどりの花に埋もれて黙々と花を摘む背中があった。スミレはもう大丈夫、そう声をかけようとして、


「……そうだわ」


 黄色のタンポポが群生している場所に駆けると張り切って摘み出した。それを束にし、さらに一輪ずつ巻きつけていく。最後に端と端を繋げば花の輪っかができあがった。


「あら?」


 想像していたものよりかなり小さい。

 もはや腕輪であるそれを腕にくぐらせ、マリーは次に取りかかった。次はもう少し長く編むことにする。タンポポはできるだけ茎が長いものを。ついでにシロツメクサも交ぜて。


「なにやってる、リティの子」

「え?」


 顔を上げるとすぐそばに瑠璃色の瞳があった。少年は抱えていたスミレをブランケットに下ろすと膨れっ面を作った。


「オレサマにやらせて、リティの子は遊んでる」

「違うの。これはお礼よ。手伝ってくれてありがとうと、わたくしのお願いを叶えてくれてありがとう」


 できあがった花の輪っかを彼の頭に載せた。黄色と白の冠は黒い髪によく映える。


 花冠を手に取りしげしげと眺めていた少年には「冠よ」と伝えた。その言葉に気を良くしたのか彼もにかっと口角を上げる。再びそれを頭に載せたところで、マリーは「ねえ、」と覗きこんだ。


「また会える?」

「あ?」

「わたくし、あなたとお友だちになりたいわ。せっかくお知り合いになれたのだし、一緒に遊んだりご本を読んだりしたら楽しいと思うの。あのね、ちょっと待ってて」


 椅子に駆け戻ったマリーはバスケットの底から本を取り出した。滑らかな皮の表紙には美しい流線模様が描かれている。タイトルはまだ読めない。


「お兄さまがお誕生日にくださったの。竜が出てくるお話なのよ。……ほら、これ」


 物珍しそうな目で覗きこむ少年に、最後のページを見せた。描かれていたのは大きな銀竜と、竜の前で寄り添う茶髪の男の人と金髪の女の人。マリーの指はそれぞれを順番に指した。


「湖のお城に棲む竜と、テオディール王子と、エルザリータ姫。このふたりはわたくしのおうちを作った一番初めの人たちなんですって。わたくし頑張って文字を覚えるから、読めるようになったら一緒に読みましょう?」

「うーん……」

「……だめかしら」


 色のない声におずおずと尋ねれば、彼は眉根を寄せて首を真横に傾けた。求めていた反応ではない。可否を迷っているのか、そもそもの意味は通じているのか。

 だから少年が「わかった」と答えてもマリーは素直に信じることができなかった。


「あのぅ、本当にわかった?」

「わからないけどわかった。美味しいものを置いてくれたらまた行ってやってもいいぞ」

「えっ本当? 夜ではなくて、お昼でも?」

「リティの子が呼んだら、行ってやる」

「よかった! やっぱり夜はお布団で寝たいもの」


 マリーはぴょんと飛び上がり、本を抱えたままくるくると回った。それから彼の真正面に立った。


「それじゃあ、あなたのお名前を教えてちょうだい」

「なまえ?」


 少年がきょとんと瞬く。だって、とマリーは自らの口許に人差し指を当てた。


「名前がわからないと呼べないでしょう? お友だちは名前で呼び合うものよ。わたくしのこともどうぞマリーと呼んでね」


 本を小脇に抱えて少年の両手を取った。そうして花が綻ぶようににっこりと微笑んだ。




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