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06:ぐるぐる巻きの結び目

 光が返してくれた鍋とタッパーに、母親がすぐにまた料理を詰め込んだのは先ほどのこと。

 届けに行くと言うので美香はめずらしく自分からその役を買って出た。いつもは行ってきてと言われなければ面倒で行く気にならないのが正直なところだ。

 勝手口を叩くと祖父しかおらず、聞けば光はすぐ下にある作業場。朝市用の野菜をまとめるのを任せているそうだ。

 学校を休んでいるのに手伝いをするなんて、やっぱり光は真面目すぎると美香は思う。自分だったらベッドでゴロゴロしてテレビやスマホをいじりまくっているのに。


「ねえ、じいちゃん。光って大丈夫かな、伯母さんの言いなりでさあ」


 昨日聞いた話が美香の気を重くしていた。

 光が親の期待を背負って勉強漬けになっていることは昔から知っている。でも、美香が思っていたよりもずっと息苦しい縛り付けだった。

 自分の周りにも親に口うるさく言われている友達がいるが、そんなのは比べものにならないレベルだ。光が目指すように言われている大学は、日本で誰もが知っている名前であり今だってその付属校へ通っているわけだし。

 小学校に上がる前でも、光はひと言話すにも丁寧な言葉になるようつっかえつっかえだった記憶もある。そんな光に、いいよ普通に話しなよと言ったのは美香だ。

 母親を窺うようにするので、こっそり、聞こえないところではじいちゃんばあちゃんでいいんだよ、そうするとじいちゃんたち喜ぶよと耳打ちした覚えがある。


「真面目で物を知らねえだけだろ。心配することじゃねーよ」


 鍋をコンロに置いた祖父は、なんてことなく肩を竦めた。


「……物を知らないって、じいちゃん。光、勉強めっちゃできるよ」

「知ってるわそんなこと」


 ほんとにぃ? と目をすがめると、祖父は年に何度か伯母と電話をしているのだと教えてくれた。

 旬の野菜を詰め込んだダンボールを送って、その度に電話しているそうだ。毎回煙たがられるが、光が入学式で代表の挨拶をしたことや学年で一位を取っていることなどを伯母の口から聞くと言う。


「学校に行くはずの子供が家にいると、近所の目があって困るんだと」

「はあ?」


 自分たちが原因なのに? 本気でそう言ったのか伯母は。

 絶句した美香に祖父は怒るでもなく、同調するでもなく、淡々と口を開く。


「だったらさっさとこっちに寄越せって言った。だから春までは休学だ」

「伯母さんヤバすぎ。それ虐待とかになんないの?」

「知らねー」


 憎たらしくも、素っ気なく肩を竦める祖父。

 気に食わなくて眉を寄せた美香を遮るように、ふんと鼻を鳴らして言葉を足した。


「あいつはこの田舎で泥まみれな生活が心底嫌だったんだろうよ。オレに似て頭がよかったからな~、大学に行きたいって言って東京に出てそれっきり。光が生まれてからは渋々何度か帰ってきたし今回もオレに預ける気になったわけだから、まあ、あいつなりに考えることもあるんだろうよ」


 美香は自分の母親からも、伯母がこの土地を毛嫌いしていることは聞いている。

 都会に住みたいと常々言っていて、頭もよく行動力もあった。そして幸いなことに、祖父母たちに子供を大学へ行かせられる資金もある環境だった。だからその機を逃さずに飛び出していったのだという。

 そんな人で、光に対してあんなに口うるさくて。美香にとって伯母でもあるが関わりたくない人でもある。

 むっつり黙り込むと、ため息をついた無骨な手が美香の肩を小突いた。


「美香。おまえは細かけえことを気にするな。ちょっと困ってそうだったら話聞いてやるくらいで、構いすぎるなよ」

「……でも」

「こっちがよかれと思ったって、光にとってはそうじゃねえこともあるんだ」


 美香からしたら、光はすぐにこっちに住んで伯母たちと縁を切ってしまえばいいと思う。

 無茶を押し付けてくる親の言うことなんて聞かなくていいし、ここにいることで光の心が休まるならずっといたらいい。

 でも、どうやら祖父はそう思っていない。

 不満に唇を尖らせると、そんな美香の考えなんてお見通しらしく祖父はぽりぽりとホクロをかいた。


「まあ、決められた環境で決められたことしかできずにいるのは、せっかくいい脳みそ持ってんだからもったいねえよ。これから、ほかにも目が向けば広がるだろ視野が。ここで休みながら、世の中にいろんなことがあるって知るのは悪いことじゃないとオレは思う」

「うん」

「どうするか決めるのは光だからな」

「うん」


 納得はいかないけれど、たしかに美香が光の進む先を決められるわけではない。

 美香にとって伯母は近寄りがたい伯母でも、光にとっては母で、抱く感情は美香と同じではないだろうし。


「潤にも、光に会う気なら変な詮索するなって言っとけ」

「……はーい」


 兄にはもうとっくに光のことを言ってしまっているけれど、ここは知らん顔しておこう。

 ちっとも納得できないとしてもここで美香にできることはない。渋々返事をした美香は、持って行けと渡されたほうれん草とカブの入ったビニールを抱えて作業場をそっと覗く。

 真剣な顔でシールを貼っている光が見えて、まあ、とりあえず今はそんなことでも楽しそうにやっている光を応援するか。

 美香に気付いて振り返った光に、今日の出来はどんな? なんて言ってみるのである。


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