02:そこにあるのはたくさんの旬
軽トラが向かったのは五分ほど行ったところの畑だった。
車が一台ぎりぎり通れる幅で、小さな川が流れる横を祖父はなんの躊躇いもなく走るのに、光がこっそりひやひやしていたが無事である。
プレハブの小さな小屋の横に一台分だけあるスペースに、祖父は上手にトラックを滑り込ませ降り立つ。土が剥き出しの畑の向こうにビニールハウスが並んでいた。
「こっからここまで。なってるマメを取れ」
茶は好きに飲め。腰痛くなったら座れよ。
逆さまにしたコンテナに大きな水筒をドンと乗せて祖父は言った。
一番手前にあるよく茂った植物の前へ光を呼ぶと、唐突に収穫を命じたのである。
「マメって、じいちゃんこんなのも作っているの」
光の中で祖父は農家だったが、なにを作っているのか今の今まで知らないでいた。
ネットに絡みつくように並んだ緑色の植物と、土から葉を出す大根っぽいものと、たぶん違うがタンポポの葉みたいなものと、あとあれはブロッコリーだろうか。
「市場に出すのはイチゴだけだけどな」
「イチゴ?」
「オレはイチゴ農家だかんな。そこのハウス。全部そうだ」
かまぼこ型の丸い屋根が固まって建っている。
ビニールは半透明で中の様子はぼんやりとしか見れない。
来てみろと言う祖父がガタガタ揺らしながら入り口を開けると、中には並んだ畝に深緑色の苗がわさわさと植っていた。
むわんとあたたかな空気に包まれる。
「イチゴってもう採れるの?」
光の中でイチゴは春に食べる果物だ。
するりと出た疑問に祖父はあっさりと首を振る。
「んなわけあるか。よくて下旬だな」
「……私、イチゴって春にとれるものだと思ってた」
「春だけじゃ儲かんねーよ」
ずんずん畝の間を進んでバサバサと葉をかき分ける。
あるところで足を止めると、祖父は入り口から数歩進んだだけの光を手招きした。
「ほら、まだほとんどが花だろ。順番に花が咲いて、咲いた順に実ができる」
ぺらりと葉っぱをめくって根元を見せるので、光はまじまじと眺めた。
葉っぱとは違う茎に白い花がいくつか固まって咲いている。
イチゴ狩りにもそういえば行ったことがない。イチゴの苗とはこういうふうになっているのか。
たしかに、ここから実が大きくなって色づくまでにはまだ時間がかかりそうだ。
それでも、まだ冬の初めであるこの時期から採れるとは驚いた。考えてみれば、ケーキの上にも乗っているし年中身近にある果物だ。旬はあっても栽培期間は思っているよりうんと長い。そして、そんなことを気にしたことがなかった。
「だからまだイチゴはいいんだよ。今はマメだ。マメを採ってろ」
イチゴの前にしゃがんだ光を、祖父が行くぞと外に手招く。
ハウスから出ると空気が冷たかった。
川の横を通る小道とハウスの間にある畑に戻ると、光の胸ほどまで背を伸ばした植物がある。
畝に立てられた支柱にネットが張ってあって、そこに枝を伸ばして茂るのはマメ科の植物だろう。葉と葉の間をよく見ると、マメらしきものがぶら下がっていた。
「これ、なんてマメ?」
「絹さやだ」
祖父は引っ張ったマメをプチンと採る。
皺が寄ってゴツゴツした手の平に、鮮やかな黄緑色の三日月が二枚。
「これよりでかいやつと、小さくても膨れてるやつはとっちまえ」
ほら、ここら辺にすげえなってるだろ。と見せてから、枝から飛び出ている細い茎の根元を示して二枚ぶら下がってるマメをひょいと掴んだ。
「二つ一緒に引っ張ると取れるからよう」
「う、うん」
「一時間くらいしたら帰るから、それまで適当にやってろ。なんかあれば言えな」
光が頷くのを見てから祖父はマメをカゴに入れ、さっさとハウスに戻っていった。取り残された光は、ガタガタと扉を動かす音を聞いてから目の前の緑に向き合う。
地面から伸びた太い茎。枝分かれした蔓の葉っぱのついたところから虫の触覚みたいな細い茎がぴょんと伸びて、その先にマメがぶら下がっている。
祖父の手つきをまねてふたつのマメを一緒に掴んで引っ張ると、プチプチと茎からとれてヘタのついた薄っぺらいマメが手元に残った。祖父の採ったマメをカゴから取り出して比べると大体同じくらいだ。これを続けたらいいのか。
光は緑に目を凝らす。
「光、そろそろ戻るぞ」
意外とたくさんなっているのに、同じ緑色の中だと見落としてしまうらしい。
採ったと思ったのにここにもあった、とマメに翻弄されているとあっという間に時間が経っていた。体を起こすと固まっていて痛い。
吹き抜ける風に背が縮こまるが、借りた上着は中綿なのか見た目よりもずっとあたたかかった。借りて正解だったなと思う。
祖父は光のカゴを覗くと、色眼鏡の向こうでにやりと目を細める。
「よく採ってるなあ。いやあ、手が増えるといいもんだ」
言ってそのカゴをひょいと持ってトラックの荷台に乗せた。
いつの間にかそこには黄色いコンテナがあって、ブロッコリーやら大根やらが詰められている。
このまま帰るのかとトラックと祖父を見比べると、祖父はまたハウスに向かって歩き出した。光もそれについていく。
「じいちゃん、あれってみんなじいちゃんが食べるの?」
「全部なんて食えるかよ。朝市に出すやつな」
言いながら、ハウスの側面にあるハンドルをきゅるきゅる回して棒に巻き取られていたビニールを広げた。
ハウスの窓は、こうして開け閉めするらしい。
そっちの奥も閉めて来い。指さした祖父に頷いて光もハンドルを回した。左右の両側面それぞれにあるので、反対側も閉めてみる。
そうしている間に祖父はもう光の隣のハウスまで閉め始めているから、自分の遅さに気づいて光は慌ててハンドルに手をかけた。