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lAins  作者: 朱宮
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邂逅

駄文ではありますが、少しでも多くの人に読んでいただき、片隅でもいいので心に残る作品を書くことが出来れば良いなと思っております。


ご意見、ご感想など、お寄せいただければ幸いです。

現実は小説より奇なり。


という言葉がある。ほんと、全くもってその通りだ。

そうじゃなければ俺は、こうして命を懸けることも無かっただろうから。




4月某日


寒かった冬が終わって、俺達は誰一人留年することなく高校2年生になった。

何か変わる訳でもないし、特別なことが起きる訳でもない。

部活だとか生徒会だとかをやってないからそう感じるだけなのかもしれない。

バイトはやってるけど。

変わったことなんて、季節だけだ。

春の日差しが俺に欠伸を促す。

特に寝不足でもないし、疲れている訳でもないのに朝のホームルームから居眠りしようとするバカは俺くらいのもんだろう。

まぁ、暖かいから仕方ない。

誰にいうでもない筋の通らない言い訳をして腕枕に沈み込む。

万全の睡眠体勢に入った途端、ガラガラと音を立てて開いたドアから二人が入ってくる。

いつもの事だ。

…ん?2人?

「おはよーう、皆。相変わらず神岡は朝から居眠りに精が出るね」

担任の橋川先生が怠そうにいつもの挨拶を口にする。一年生から繰り上がったんで聞きなれた挨拶だった。

あと居眠りは見逃して欲しい。窓際で一番後ろの席なんだから眠たくもなる。

「ま、いいや。今日はビッグニュース持ってきたぞー」

この口ぶりの時は大体大したことないのがオチなんだけど、今日のはそうでもなさそうだ。

先生と一緒に入ってきた白頭の男子生徒にクラスの視線が集まる。

「このクラスに転校生が加わるってことで、自己紹介よろしく」

「枯木零です。よろしくお願いします」

「はい、そういうことなんで。えーっと…席は神岡と園田の間が空いてるな。じゃ、そこで」

前言撤回。大したことないわこれ。

転校生ってもっとワクワクしなかったか。

あまりにもスピーディー。余韻皆無。

こっちが拍手する間もなかった。

しかも俺の隣かよ。

「これで今朝のホームルームおしまいっ。そういえば教科書とかまだ届いてないから、神岡頼むわ。見せてやってくれ」

「ういっす」

一応返事をしておく。

それはいいんだが、あの全然喋らない感じは素なのか、緊張してるからなのか。

あれが素なら最悪だ。

教科書見せる時に気まずい感じになる。

間違いない、それだけは言える。

部活何にしたー?とか聞けばいいんだろうか。考えを巡らせていると、隣の席に枯木が着いた。

なにか話題を切り出そう。

「俺は神岡龍焚。よろしくな」

まずは自己紹介だろう。これからしばらく教科書を見せる仲になる訳だし、親睦は深めておくべきだ。

でも、

「リュウヤか、よろしくな」

そう答えると、黒板の方を向いてしまった。

………会話、終わったんですけど。

話題を広げようともしない。

見た目のインパクトと打って変わって、なんて冴えない転校生。

「あのっ、私、園田林檎っていいます。よろしくね!」

次に声をかけたのは俺の先隣の席に座る園田だった。つまり、転校生は俺と園田に挟まれている。2人で話しかければ、さすがに何か話をしてくれるだろ。うん。

よし、いいぞ園田。そのまま会話を…

「リンゴか、よろしくな」

またそう答えると、また黒板の方を向いてしまった。ダメだこれ。

園田も肩を落として小さくなって、可哀想な感じになっている。

いやほんとに可哀想だなあれ。

コミュニケーションが苦手なだけか、それとも過去に何かあったのだろうか。

いやいや。今日初めて会ったやつにそこまで入れ込む必要は無い。


これで何か特別なことが起きる訳じゃないんだから。



18時57分


「ただいまー」

玄関のドアを開けると、ふわっと夕飯の匂いが広がった。それと同時に腹が鳴る。

そろそろそんな時間かと思いながら靴を脱ぐ。

相変わらず静かな家だ。二階建てで広いから、余計にだろうけど。

リビングへ入るとさっきまでの匂いがより香ばしく、明瞭に俺の鼻を刺激した。

「龍焚、おかえりー!」

「うん、ただいま」

台所に俺の姉である神岡志穂が立っていた。

成績優秀で、しっかり者。そのうえ美人。

友達も多い。ラブレターなんて何通貰ってきたかわからない。完璧な姉だと思う。運動神経は絶望的に悪いけど。

こうも他に出来ることがあるとそれも"可愛さ"になってしまうからずるい。

「遅かったね、今日はバイトだっけ?」

「そうだよ。それは何作ってんの?」

「今晩はシンプルに味噌汁と焼き魚にしてみた!」

「おー、美味そうだね」

「我ながら上手くできたよ!」

ふふんっと胸を張ってみせる姉ちゃん。

ほんと、こういう所で嫌味がない。

他愛もない会話をしながらテーブルに着く。

「いただきまーす!」

二人の声が重なる。

いつも通り過ぎて慣れてしまったけど、こういうのがきっと大事なんだろう。

あ、そういえば。

「父さん、帰ってこないの?」

「うん、お仕事忙しいんだって。しばらくは帰って来れないみたい」

「……そっか」

父さんは研究者で、家を空けることがほとんど。何の研究かは未だに教えてはくれない。稼ぎは家に入れてくれてるし、月に一度は手紙も寄越してくれるけど、姉ちゃんは会いたそうにしてるから少し複雑だ。仕事が忙しいから仕方ないとも思うし、姉ちゃんの思いも大事にしてやって欲しいとも思う。

きっと姉ちゃんはこの家族が大好きなんだ。

俺はそんな姉ちゃんのことを支えてやりたい。バイトだってその為に始めた。父さんの稼ぎだけでかなりあるけど、やっぱりお金には余裕があった方がいい。俺の学費だってタダじゃない。姉ちゃんは国公立とはいえ大学

だから、それなりにお金がかかる。

だから、俺に出来ることならなんだってやる。

…なによりも姉ちゃんから、父さんから、母さんを奪ってしまったのは俺だから。

「ねぇ、聞いてる?龍焚」

「あ、あぁごめん。なんだった?」

「何か悩み事でもあるの?暗い顔してたよ」

「なんでもないよ。ほんとに」

「嘘ついてる。絶対何かあった」

誤魔化せるとは思ってないけど、やっぱりバレた。姉は強い。

「……母さんのこと、考えてた」

もう隠してもしょうがない。正直に話す。

「何度も言ってるでしょ。別に龍焚のせいじゃないって」

「でも…」

「でもじゃないの。私もお父さんも天国のお母さんもきっと龍焚のこと大切に思ってるから」

「うん、ごめん姉ちゃん」

「謝らないの。龍焚が不安に思うのは普通のことだよ。確かにお母さんが死んじゃってから何回も泣いたけど、それ以上に龍焚が生まれてきてくれて嬉しかったんだから」

母さんは俺を産んで、死んだ。

体力が無かった。ただそれだけ。

姉ちゃんの時は無事に出産した。

だから俺がなにか母さんに悪影響を与えしまったのではないかとずっと考えていた。

でも医者の言うことにはどちらにも問題や異常はなかったらしい。

本当にただただ体力が足りなかっただけだと。だから残念でならないと。そう言っていたようだ。

「わかった。もう気にするのはやめるよ」

「前もそう言ってたのに、結局気にしてるじゃん」

「今度こそは………って地震?」

「ほんとだ、揺れてるね」

小さな揺れ。それが不規則に何度も何度も起こっている。

「あっ、収まった」

「なんだろうね、テレビ見てみる?」

そう言って姉ちゃんがリモコンに手を伸ばした瞬間、視界が揺れた。

「うわっ!」

「姉ちゃん!机の下!」

大きい、さっきの数倍はある。

それに加えて爆発音のようなものまで聞こえ始めた。

「もしかして火事かな…」

「こんなに大きいと有り得るね」

「ねぇ、音…近くなってない?」

姉ちゃんの言う通り、音が近づいてきている。はっきり聞き取れるほどまでに。

つまりこれは火事による爆発ではなく、誰かが起こしているもの?

この揺れは地震じゃなくて爆発の余波だとしたら?

「姉ちゃん、やばいかも」

「え?」

その時だった。

爆音と共に周囲一帯が全て吹き飛んだのは。

家など形も残らず瓦礫へ変わり、たった数秒で家が建っていた場所は炎に包まれた。

熱い。爆発の衝撃で頭が回らない。意識ももうすぐで飛ぶ。ただ、運良く瓦礫の下敷きにはなってなかった。倒れた体をよじらせ、最後の抵抗と言わんばかりに姉ちゃんを探した。

「ね………ぇ…ちゃん…!」

「りゅ…う……や……?」

よかった、返事がある。

意識があるならまだ助かる。

そう思って声のした方に視線をやると、最悪の光景が待っていた。

姉ちゃんの体に柱やコンクリートの壁、数え切れないほどの瓦礫が絶望のように積み重なっている。

意識があるだけ奇跡のようなもの。

今の俺では助けられない。

身体はもう言うことを聞かない。意識もギリギリのところで保っている。

ああ、今度こそ父さんに恨まれる。

お前が死ねばよかったのにって。

志穂と変わってくれって。

俺もそう思うよ、姉ちゃんと変われるなら変わりたいさ。

また、こうなるのか。母さんの時と同じだ。俺のせいで俺の大切な人が、俺よりも生きるべき人が死ぬのか。


「何を考えてるかは知らないけど、まだ諦めるな。俺が助ける。お前も、お前の大切な人も」


視界がぼやけ、もう誰かも分からない。

ただ、その言葉に安心した俺はここで意識を手放した。




同日 15時50分


転校初日、両隣とクラスメイトと会話することに成功した。いい出だしだ。

とにかく、悪い印象は与えなかっただろう。

それで上々。ここには仕事のために来ているのだから。

一日を振り返りながら校門を出ると、同時にスマホが鳴った。

「はい。零です」

「よう、転校初日に申し訳ないんだが仕事だ 」

落ち着いた低い声に貫禄のある喋り。

門脇さんだ。

「何すればいいんですか」

「例の爆弾魔なんだが、そっちの住宅街に拠点があるようだ。日没からしか動かないらしいからな、下手をすれば徹夜だがよろしく頼む」

「了解です。目星はついてますか?」

「お前の転校した高校あるだろ、丁度あの辺だ。正直な話、周囲の住宅街はほぼ巻き込まれると言っていい。完全に防ぐのは不可能だ。その被害を最小限に抑えることに重きを置いて奴を始末してくれ」

「重ねて了解です。今夜から監視を徹底します」

「おう、頼んだ」

その一言を最後に電話は切れた。

初手をしくじれば爆弾魔は拠点を移してしまう可能性がある。

奴に俺の存在を気取らせない。

長引くのは危険だ。なるべく今夜仕留める。




18時40分


日が傾き始めた。

雲ひとつ無い空に夕日が沈む。

滲む茜色に街が染る。

背の高いビルはその体に色を映し、それとは対照的に背の低いビルや住宅は影となって暗闇に消えていく。

この辺りは人口も建設物も密度が高い。

このまま戦うのは得策ではないが、早急に仕留めなければならない以上そうも言ってられない。

放っておけば被害者が増える一方だ。

何度もやってきたことだ。緊張はない。

「ふぅ……」

落ち着けば、見えてくるものが変わる。

巡らせていた思考を止めて、監視に注力する。

それと同時に視界から失せていた景色が色を取り戻した。

そろそろ太陽も姿を消す。

春とはいえまだ夜風が冷たい。

左腕が冷たく軋む。

「ヒーターでも内蔵してもらおうかな…」

冗談交じりの独り言が空気に消える。

ここは東京都新宿区。

街の中心には天を衝くほど巨大な樹が聳え立つ。

それには遠く及ばない高層ビルの屋上に


枯木零は立っていた。







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