第36話
「助太刀に来たよ! ここから巻き返しだッ!」
戦場を駆けながら、アタシは声を張り上げる。
見知った顔が倒れ伏しているのを見て、悲しみと怒りが湧き上がっていく。
しばし走れば、前線部隊の背後に追いついた。
「セイラ殿……!」
馬上で指揮を執っていたモールデン伯爵が、馬を下りて膝をつく。
「おっさん、そういうのはいい。手短にいこう」
「御意。ご指示を」
ケツがむず痒くなるが、この素直さは楽でいい。
「前線をここまで下げな。このままじゃ聖女の力に巻き込んじまう」
「お一人で行かれるというのですか?」
「こいつが一緒だ。何とかなる」
エルムスが小さく会釈する。
「アルフィンドール卿。それは……」
「ええ。まさに……今、僕はアルフィンドールの男としてここに立っています。剣を一振り貸していただけますか」
エルムスの言葉に、モールデン伯爵が腰の佩剣を抜いてエルムスに手渡す。
「よいのですか?」
「願わくば、私の代わりと思ってお持ち下され」
剣を受け取り、エルムスがアタシに頷く。
「魔王軍の規模は見てる。最初から全力で行くから巻き込まれないようにしっかり下げとくれよ!」
「はっ! 伝令たちに急ぎ伝えよ!」
さすが最前線の指揮官は仕事が早くていい。
「では、行きましょうか。セイラ」
「あいよ」
「……ご武運を」
魔王軍とまさに衝突中の前線へと、足を向ける。
怖い。怖くないわけがない。
死地に踏み込むのだ、当たり前に怖い。
好きな男ができて、愛し合って、笑い合うことができた。
それがここで終わるかもしれない。
スラムにいたころとは違う恐怖だ。
妹を亡くしてから、失ってはいけないものを手に入れるのが怖かった。
それが失われる恐怖にもう一度耐えられないと知っていたから。
でも……今のアタシには幸福を未来へと続けていく『力』がある。
失われぬよう戦うことができる。
それを誰も彼もに夢見させるだけの、可能性がある。
ならさ……!
行くしかないじゃないか。
「エルムス」
「はい」
「帰ったら……いや、いい」
隣を駆けるエルムスが、ふわりと微笑む。
「何だって叶えますよ。僕のセイラ」
「言ったな。ぜってぇ困らせてやる」
笑い返して、悪態をついてやる。
おしゃべりもここまでだ。
魔王軍はもう目と鼻の先まで、迫っていた。




