第二章
第二章
帝都を出たグローブは、補佐役のキンティス、その部下達とともに伝承の地に向かって旅していた。
昨日まで室内での作業であったため、日中、新緑の木々の下で自然の空気を心置きなく吸い込むのは久しぶりであった。
夜間はキンティスと共に、帝都の夜の町を飲み歩いていたが、その際は空気の清々しさを感じるような状況ではなかったため、現在満喫している状態である。
遠距離の移動には、通常、飛竜による空路が使われるが、気になる場所にはすぐに立ち寄りたいとのグローブの希望により、陸路による移動が行われていた。
大人数の移動では目立つため、同行者はグローブを含め五人と少人数の上、兵士は近衛師団の制服から私服に変えていた。
私服姿の兵士達を見て、グローブはこの度の一行に貴族出身者達がいないことを見て取った。
貴族出身者は、本人達には自覚が無いが、意匠は簡素でも上等な生地を使用した衣服を着ることが多く、見る者が見れば貴族と直ぐに分かってしまう。
旅の道連れには、貴族は向かない。
野盗に狙われる率が高くなるためである。
グローブは旅に出る際、毎度簡素な麻の衣服を身に纏う。
本日の装いは、一見すると農民か冴えない商人といった格好である。
旅の状況によっては野宿する場合もあるため、この衣服が動きやすく周りに溶け込みやすいとあえて選んでいる。
帝都ファイガールの皇宮ファイバーン宮殿を訪れる際は、流石にこの農民まがいの服装で伺うことも出来ず、近くの宿屋に部屋を借り、旅の垢を落とし着衣を交換した。宿屋に入る際と出る際とでグローブの姿があまりにも違っていたため、女将が腰を抜かしたことは記憶に新しい。
それだけ、グローブの旅装は普段の服装と異なっている。
一般人の旅人四人と地味な商人一人? の旅の一行は、途中に存在する村や街を巡りながら、大街道を北に向かって進んでいた。
キンティスは、一応、この旅ではグローブの護衛だ。周りの部下達もそうである。
道中を安全に過ごせるよう気を配り、調査を補佐し、場合によっては危険を排除しなければならない。
だが、今回の護衛対象はまったく大人しくしていなかった。
「だーっ、あんた、また急に居なくなるなよ! 目を離せばこれか?」
後ろからついてきているはずのグローブが居なかった。
慌てて周辺を探すと、街道から少し逸れた林の中に入り込んでいた。
「見てみろ。アンティガイスだ」
「アンティガイス? 何だ、それは」
「見てわからないか?」
「だから、蝶だろ? それくらいなら見て分かる! だから、その蝶がなんだ!」
漫才になりかけている。
キンティスの部下達は、旅の最中ずっとこのような感じで会話を続ける上司に吹き出しそうになっている。完全に調子を崩され、振り回されている。
「アンティガイスは、生息数が少なくなってきている生物の一種だ。水と空気の澄んだ土地でしか生息できない。しかも暑すぎても寒すぎても孵化することは無い。この土地が恵まれている証拠だ」
キンティスは改めて飛び行く蝶を見上げた。
訓練と仕事に忙殺され、蝶や森の緑など、自然を眺める事をしていなかった。
一体いつからこのような生活になったのだろうか。
忘れていた感覚を呼び起こされ、周りを見渡す余裕が生まれていた。
「恵まれた土地というのは、手つかずの土地であることが多い」
そして、手つかずの土地は遺跡もそのまま残っていることが多い。
「キンティス、地図を見せてくれないか」
実は、北方に関しての地図がグローブには既に頭の中に記憶されている。
土地によっては、地図を見ただけで盗賊や密通者と間違われることもあるため、グローブやレイは、移動の際地図を頭に叩き込むよう意識していた。
今回、地図を要求したのは、キンティスと意思疎通を図るためであった。
キンティスは懐から取り出した地図をグローブに手渡し、自分も共に地図を覗き込んだ。
「ちょうど今はこの辺りだ」
帝都と国境のちょうど真ん中を少し過ぎたところを指さし、グローブに示した。
近くには小さな町がある。
「この町は?」
「ああ、あんたが言っていた伝承が残る町だ」
「なるほど、立ち寄るがよいか?」
「駄目だと言っても寄るつもりだろう?」
「駄目なのか?」
「……」
また漫才になりかけて、キンティスが言葉を止めた。
周りを囲んでいた部下達が、荷物を抱えながら後ろを向いていた。
背中が小刻みに揺れていた。笑いをこらえているようである。
「お前達、笑いたければ笑え」
キンティスが投げやりに言ったその言葉に、こらえた笑いが限度を超えたのか、笑いの合唱が響いた。
キンティスの中で、グローブは『育ちの良い世間知らずな学者』が第一印象だった。
その後『底なしの酒飲み』が追加され、さらに『博学な親父』が追加された。
キンティスから見て、グローブは自分から十歳ほど年上に見えた。
キンティスが親父と呼ぶには語弊があるかもしれないが、世間一般では親父と呼ばれる年代にあたる。
今回は『育ちが良さそうに見える大酒飲みの博学な親父』に、旅の間振り回されることになるらしい。そう思うと、独りでに溜め息が出た。
カルディス智恵院は、キンティスにとって未知な存在である。
話には聞いた事があった。世界最高峰の知識人が集まる学舎であり、所属できる者は希有な存在であると。
今まで所属している者に会った事は無く、グローブとレイが初めてだった。
実際に会ってみると印象としては「なんだ、普通ではないか」という感じであるが、中身を知って行くと、どうも違う。
グローブは知識をひけらかす事はしないが、所々ではっとさせられる。
彼が異なった視点で物事を見ている事に気づかされるのである。
その視点は、自分の上将であるライザールに近い。
それは、為政者の視点に近いということである。
そしてこのことは、年若いレイにも言えた。
「しかし、あんたとレイは、本当に師弟という関係だけか?」
町まではまだ距離があるため、本日は野宿で夜を過ごす予定であった。
街道から少し森に入った開けた場所で火を起こしながらキンティスが尋ねた。
「どういう意味だ?」
「言葉通りだ、不思議な関係だと思っただけさ」
キンティスとレイの年齢を比べた場合、レイの方が八歳から十歳程度若いだろう。
グローブとは二十歳近く離れていることとなる。
そんな少年がグローブを師と仰ぎ、行動を共にし、はるばるこのレイドバルク帝国までやって来たのである。そして、自分の師匠と共に飲んだ相手に二日酔い用の薬を渡すなど、その行動を見ていると、普通の師弟以上のものがあるように思えた。
「レイと私が仮の師弟関係を結んだのが、あいつが十一歳の時だ」
それを聞いて、キンティスは飲みかけていた茶を吹き出した。
「十一歳!?」
「そうだ。」
十一歳といったら、巷の子ども達がまだ市井の学舎に通いながら遊びに夢中の年齢ではないだろうか。
周りで野宿の準備をしながら、それとなく聞いていた兵士達も一瞬手を止めた。
「十三の時に正式に師弟関係を結んだ。それから私が各国へ派遣されるような場合は常に行動を共にしている」
十三歳から今のような生活をしているのか。
キンティスは驚いた。
十三歳の時、自分は何をしていた? 中等の学舎へ進んで、仲間と悪さをして粋がっていなかっただろうか。
「智恵院の師匠・弟子の関係は、一般の師弟関係よりも絆が深い。師弟でありながら、親子や年の離れた兄弟という関係に近いかもしれない。私もそうやって、師匠から知識を受け継いできたものさ」
グローブが遠い目をして言った。
遙か昔となった、自分が弟子であった頃を思い出しているのであろうか。
「十三歳で弟子になったとは、まさか、その時には彼女は修練院を修了していたのか?」
智恵院は修練院の上位組織であるため通常は修練院を修了した者が在席する。
「さすがのレイでも、十三歳で終了は出来ない。終了は去年だから十五の時だ。十三から十五の間は智恵院に籍を置きながら修練院で学んでいたから、そういや、あまり遠方への派遣がなかったな」
キンティスは卒倒しそうになった。
「十五歳……帝国から派遣されて、修練院を終了して帰国した奴は、確か内務省の上級管理官していたよなあ」
修練院を修了するのは、国の派遣員試験を突破するよりも難しいと言っていたはず……。
引きつりそうになりながらも、自分の頭を落ち着かせていた。
どうも彼らとは頭の中身が違うらしい。
「あんたも修練院を出ているのか?」
「出ていなければ導師にはなれない」
ごもっともである。
忘れそうになるが、この『育ちが良さそうに見える大酒飲みの博学な親父』は智恵院の中でも上位に位置する導師の立場にいた。
「しかし、十一から師弟関係とは……彼の親は何も言わなかったのか?」
グローブは茶を口に運ぼうとした手を一瞬止め、言葉を続けた。
「何も言わなかったな」
「師匠として、彼を弟子として鍛えますとか大切に育てますとか言ったのか」
「特に挨拶は無かった」
「そう言うものか?俺のところのお袋なら、師匠の挨拶も無しに十一から弟子とは何事だと大騒ぎしそうだがな」
「騒げないだろう」
「智恵院に属する事になるからか?」
「いや……」
「では、何だ?」
「レイに親はいない」
さらりと言われた言葉に、聞き逃しそうになった。
「親が、いない?」
「別に珍しい事ではないだろう」
さらに続いた言葉に、キンティスは続ける事が出来なかった。
「いや、この国では珍しいのかもな」
グローブが茶に口を付けた後に言った。
野営の準備をしていた兵士達も、準備を終えた順に二人にそれとなく寄って来る。
「この国は近頃戦争が起こっていない。国土が戦場になることはなく他国へ戦争に赴く事もない。と言う事は、土地を荒らされる事は無く、出兵自体がないため、戦場で親を亡くす事も無い。親が離縁でもしない限り両親が揃った環境で育つ事が出来ると言う事だ。また、大きな災害も無い。元々レイドバルク帝国がしめる土地は、肥沃な土壌だ。農作物も育ちやすく、大きな気候変動が無い限り収穫は安定する。生活が貧窮し、子供を手放さなければならなくなる親は、今のこの国ではほとんど居ないと言ってもよいだろう。だが、他の国ではそうではないのさ」
キンティスは自分を顧みた。
自分は両親の元で育った。
自宅は城郭の画外にあったが、一般的な家庭に育ったと思っている。
祖父母は既に他界していたが、両親は健在で長男である自分を筆頭に子供が五人いる。
両親は一般人相手の仕立て屋を経営していたが、自分は仕立て屋に向かないと軍の士官学校に入り、弟が後を継ぐべく両親の元で働いている。
既に独立して居を構えているため、自宅には時々顔を見せに帰る程度の帰省だったが、帰る場所があるという事は、ある意味とても幸せな事ではないだろうか。
「まあ、レイは他にも理由があって、智恵院で育てられた状況だがな」
「あんたも、同じか?」
しんみりとキンティスが訊ねた。
「私か? 私には両親が居たが智恵院に練士として属した頃に他界している。訳あってレイと同じく早くに両親の元を離れ、智恵院で育っているが。……おいおい、そんなに落ち込んだ顔をするな、私もレイも不幸だとは思っていない。智恵院の導師や老師達に囲まれて、大切に育てられたという自覚があるからな」
気持ちが沈んでしまったキンティスの肩を叩き、周りを固める兵士達に向かって言った。
「君たちも、ほら、沈んでいないで夕食にしよう。ほら、準備だ、準備」
交代で野営の警備に就きながら一夜を明かし、また、北へ向けて旅路を進んだ。
もう少しで町に辿り着けそうな、あと一歩のところで、ふとグローブはぴたりと足を止めた。
何かを感じとるように周囲に気を配っているように、後方から警護していた兵士には見えた。
「キンティス、少し待ってくれないか」
先を歩いていたキンティスが振り返り、グローブの元まで戻った。
「どうした」
キンティスが訊ねると、右側の森を指差し、言った。
「少し寄りたい」
そう言うと、街道脇の低い木をかき分けながら奥に入って行く。
「またかよ……おい。道のあるところを行け。何もこんな場所を通らなくても……」
グローブは話を聞いているのかいないのか……。
そのままずんずん森を進む。
返答を返さないグローブに、キンティスは半ば諦めの状態でついて行く。
やはり、自分は彼に振り回されるらしい。
ここに至るまでもこのような事が数度あった。
あちこち脱線して進む旅路に、護衛も何もあったものではない。
帰路を迷わないようにするため、印を付けながらキンティスとその部下達は後を追った。
道無き道を進み、小一刻程過ぎた頃……。
崖の手前で森が開かれた。
その場所だけ、草が何も覆い茂っていない、土岩がむき出した、そんな一角がある。
グローブがそこへ近づくと崖の断崖をさわって確かめた後、静かに屈み込んだ。
「グローブ、ここは何だ?」
答えを返さずに、地面や岩肌を調べている。
キンティスや兵士も、周りを警戒しながら黙って見守っている。
黙々と調べるグローブに痺れを切らしたのか、再度キンティスは問いかけた。
「おい、グローブ」
「黙っていろ!」
一言で会話を終わらせたグローブは、腰にある薬帯に括りつけていた小道具袋から拡大鏡を取り出すと、土を払いながらある一点を注意深く調べ始めた。
手で払い落とせなかった土は、刷毛を使いながらさらに落として行く。
そして、掌に入りそうな小さな記録帳を出すと、岩肌と記録帳を見比べていた。
長く掛かりそうだと踏んだキンティスは、部下達に小休憩を命じ、自分もグローブから少し離れた場所に座り込んだ。
ゆったりとした、しかし野党や野生動物が襲って来た際すぐに動けるような状態で座りグローブを見守っていると、暫くした後、グローブがゆっくりと振り返って言った。
「大当たりだ。この場所らしい」
「大当たりって……」
「だから、この場所だ。第一の伝承の地は」
「……はぁ!?」
キンティスが素っ頓狂な声を上げた。
ここが、目的地の一つ?
数ヶ月も彷徨い歩いては、目的地が違う……という事の繰り返しを覚悟していたのに?
「……伝承の地というのは、こんなに簡単に見つかるものか?」
「普通は違うな。だから大当たりだと言ったんだ」
「では、今回は何でこんなに簡単に見つかったんだ?」
「下調べがよかったからな」
「下調べって……簡単に言うぜ」
「あとは運だろう」
「運かよ……」
「さらに足すとすれば、勘がよかったからかもな」
キンティスは脱力しそうになった。
下調べと運と勘で遺跡の在処を探れるならば、遺跡の研究者は苦労しないはずだ。
「それと、気が乱れていた」
その言葉を発した時、グローブの口調が少し変わったように感じられ、キンティスは顔を上げた。
グローブの視線は岩肌に向けられていたが、実際に目を向けているのはもっと遠くの何かに感じられた。
「気?」
聞き慣れない言葉だった。
「生なるものが必ず持っている力のようなものだ。動物や植物、そして人も持っている。その気が、少し乱れているように感じられたのだ。乱れている場所を追って来たところ、この場所に出た」
「俺には、何も分からん。そういうものなのか?」
「気を感じる力は、元々、誰しもが備えていた能力だという。が、時が進むにつれて、人が持つ力は退化したと言われる。私にはその感覚がまだ残っているらしい。」
「それは……。つまり、かなり先祖還りしているということか?」
キンティスのその言葉に、グローブは吹き出した。
「先祖還り! 確かにそうだ。私は太古の人に近いと言う事か」
キンティスがまだ腹を抱えて笑っているグローブに、念のためと言ったように確認した。
「気が乱れているというが、この土地は大丈夫なのか?」
「ああ、確かに乱れているが、微かなもので残り香と言った感じだ。キンティス、見てみろ」
グローブが、先ほど念入りに調べていた箇所を指した。
何かがあるのがわかるが、キンティスにはそれが何かさっぱり分からない。
土の中から浮いた岩に、何か彫られている。ミミズが並んでいるように見え、文字か絵かの判別もつかなかった。
「我らは神の御使いである妖を敬い、死したる器をこの地に納め慰めるものである。人よ、この地を聖なる土地とし、いかなる場合も静寂を保つべし。死の眠りを妨げるべからず」
「は?」
「それは碑文だ。かなり風化しているため、解読が難しかったが……。それにはそう書いている」
「……」
キンティスはぽかんとしていた。周りにいる部下達も同様である。
「太古の人々は、我々が幻獣と呼んでいる獣を、未知なる力を持つため、神の御使いとして崇めていた。……つまり、その碑文には、幻獣の遺骸をここに埋めたから、騒ぐな、起こすな、掘り出すなと書いているんだ」
合点がいったキンティスを初めとした兵士達は、それでこれからどうするんだという顔をした。
「勿論、遺骸があるか確認する。キンティス、つき合ってくれるな」
未知なる生物には、本能的な恐怖がある。
遺骸と言えど、それは変わらない。
引きつった顔をしている事を自覚しながらも、自分の任務はグローブの警護と補佐である事を自らに納得させ、検証の同行を了承した。
「このような場所には、ほとんど、遺骸のある聖地に繋がる隠し通路や扉のようなものがある筈だが……それらしい怪しいものがあったら教えてくれ」
そう同行者に声を掛け、全員で周辺の検索をはじめた。
太古の人が、用心に用心を重ねて隠しているものだ。
一見しただけでは分からない。
このような仕掛けを見慣れているグローブ以外には探し出す事が難しいと思われた。
今、太陽は中天から西へと徐々に傾いている。
部下を町へ走らせ宿を確保し、今日遺骸を探し出す事が出来ない場合は、明日改めて出向いた方がよいだろうか。
キンティスが思いを巡らせた時……
「見つけたぞ」
グローブが声をかけて来た。
岩肌の一角にしかけがあったようだ。
「明かりを貸してくれるか」
携行用の簡易型灯火器を手にすると、グローブは見つけた仕掛けを動かした。
岩肌の一部が動き、暗闇が口を開ける。
「よくわかったな」
「これは、知識と経験というやつだ」
運と勘でこの土地を探し出したと言ったときのキンティスの表情を覚えており、その意趣返しだった。
グローブが先頭を切って闇の中に入ろうとしたのを慌てて止め、キンティスは部下を一人見張りとして残し、自分が先頭に立って他の部下とともに暗闇の中に入った。
通路は完全な闇で、それぞれが持つ灯火器の明かりが、場を照らす全ての光だった。
この通路が出来て、どのくらいの期間が経過しているのだろうか。
脆くなっている箇所が多く、このままでは岩肌が崩れるのは時間の問題と思われた。
無言のまま進んで行くと、少し広めの空間に辿り着いた。
「キンティス、止まってくれ」
その声にキンティスは立ち止まる。
「ここらしいな」
グローブが高く灯火器を掲げると、中央の空間に何かごつごつしたものが見えた。
「遺骸もほとんど形を残していないようだな」
その言葉を聞き、キンティスが実際に近寄って確認しようとすると、グローブの鋭い制止の声が聞こえた。
「そこから先に出るな! 死ぬぞ!」
踏み出そうとした足を慌てて引っ込め、恐る恐るグローブを見た。
「ここは太古の遺跡だ。何があるか分からん。今、我々がいるのは、おそらく昔の司祭が利用した道だろう。この場所には仕掛けはないはずだ。だが、その道から一歩でも外れると、どんな仕掛けが待ち受けているか分からん」
ぞっとした。
「参考まで、今まで訪ねた遺跡では、どんな仕掛けがあった?」
「そうだな、落とし穴が開いてその中に槍が仕込まれていたり、壁から毒矢が吹き出るものもあったな。あとは……」
「もういい、もう結構」
聞いた自分が馬鹿だった。今よりも技術が進んでいない時代である。より原始的な罠である事は分かっていた筈だ。
この場から動けなくなっている三人を尻目に、グローブは進んで行く。
このような遺跡の場合、仕掛けが無い場所は、確か……
「君たちはここで待っていてくれ」
そう言うと、グローブは中央にある遺骸に近づくため、罠を避けて進みだした。
「中尉、智恵院の学士って、あんな事も出来なくてはならないんですかね」
ひょいひょいと軽やかに宙を舞うように罠を避けながら進んで行くグローブを見て、部下の一人がぽつりと言った。
「できる学士がいて、たまたま彼がそうなんだろう」
右に行き、左に行き、時には宙を舞いながら、罠にかからずに中央の遺骸に近づいてゆくグローブに驚き感心したが、同時に不振も抱いた。
彼は本当に、学問を修め後進を導くただの導師か?
学問馬鹿にしては、身のこなし方が尋常ではない……。
大酒飲みで博学なのはさておいても、気を感じ、罠を避けるあの力は何だ? 身の処し方は普通の学者のものでは無い。
キンティスにそんな思いを抱かせているとは思いもよらず、グローブは遺骸を確認していた。
……かなり大きい鳥だな、人五人分くらいの大きさか?
鉤爪もかなり鋭かっただろう。
骨も劣化が酷く、原型をほとんど留めていない。
頭であったであろう部分と、背骨のようなものを視認出来たのみである。
これは頭部の骨か……目のくぼみの位地、大きさからすると……
今の立ち位置から、さらに近づいて骨を確認したいと思ったが、ここから先は今まで以上に罠が張り巡らされている事が容易に想像でき、近づくことを諦めた。
この地域で暴れた幻獣について、種別の特定が出来たことで良しとするか。
グローブは逆の順をたどり、キンティス達が待つ場所へと戻った。
「待たせた」
キンティスをはじめ、他の二人に声を掛けると、遺跡から出るよう促した。
「何か分かったのか」
キンティスは先ほど持った不振を綺麗に押し隠し、遺骸の確認のため、声を掛けた。
「ああ、ここで死んだのは『ワランジー』と呼ばれる怪鳥だ」
「ワランジー?」
「人の大きさを基準として、五~六人分くらいの大きさがある鳥で、肉食だ。凶暴な鳥であったと伝えられている」
肉食と聞いて、他の三人は顔色を変えた。
「今は絶滅した鳥だ。太古の人としては、崇め奉るから、どうか襲わないでくれといった心境だっただろう。死した後も復活を恐れ、岩窟に遺骸を移し入り口を塞ぎ、司祭が神の御使いに貢ぎ物を捧げる名目で、復活していないか定期的に遺骸を確認していたようだ」
知られざる自国の過去に触れ、彼らは太古の人の暮らしに思いを馳せた。
武器らしい武器がほとんど無かった時代、彼らは抵抗する事ができず、ワランジーと呼ばれる幻獣が自然に死するのを待つしかなかったのだ。
司祭の道を戻り大地に辿り着くと、グローブが言った。
「この通路も、もうそろそろ限界だろう。崩れるまでは時間の問題だ。崩れると、もう中に入る術はない。ここは本当に遺跡になるだろう」
この地は完全に幻獣が眠る聖地になる。
「さて、隣の町に行って、久しぶりに寝台の上で眠ろうではないか。酒場もあるだろうし……また飲むか、キンティス」
「あんたは、またそれか」
一行に笑い声が響いた。
物思いに耽っている暇はない。
団体は、宿屋のある隣町へ足を進めた。
宿に辿り着いた一行は、旅の垢を落としさっぱりした後、夕食まで各々の自由時間としていた。
グローブに引っ付いているのが仕事? のキンティスは、椅子に座りながら窓の外を見ている。
その隣には、机に向かうグローブがおり、せっせと手紙をしたためていた。
「熱心だな、恋文か?」
「茶化すなよ、報告書だ」
書類仕事が苦手なキンティスは、顔を顰めた。
宿屋の主から、筆記具と記録紙を借り、流れるように文字を書き進んで行く。
「レイの下調べのおかげで、幻獣の遺骸が存在する範囲が出立前よりもかなり狭まっていたし、ほぼ九割、第一の幻獣は鳥獣である事が分かっていたからな。それが正しかった事を伝えてやらんと」
話しながらもどんどん文字を記載して行く。
丁度その時、隣に部屋を取っている部下が扉をたたいた。
「中尉、導師殿宛に書状が届いているとのことで、宿屋の主から預かって参りました」
その言葉に、キンティスが部屋の扉を開けた。
「グローブ宛に手紙だと?」
この町に、ましてやこの宿屋に泊まる事など、誰にも言っていない、つい先ほど決めた事なのに何故?
「心配ない。おそらくレイからだろう。違うか?」
その言葉に、手紙を受け取ったキンティスが署名を確認した。
――――レイ・シルフォード
グローブの弟子からの手紙だった。
なぜ、彼にはこの宿に腰を下ろすことが分かっていたのだろうか。
疑問が顔に出ていたらしい。
グローブがその回答を口にした。
「レイは私の弟子、仮の師弟関係を結んでから五年だ。師匠の思考をなぞるのは、それほど難しい事ではないだろう。予防線を張ってはいるだろうがな」
手紙を受け取ったグローブは、封を開けた。
グローブと別れてから、独自に調べて判明した事柄がつらつらと書かれている。
「読んでみるか?」
「いいのかよ」
といいつつ、手紙を受け取って読みはじめた。
「なになに、時候の挨拶から始まって……。なんじゃこりゃ、幻獣について何一つ報告が無いじゃないか」
その言葉に、グローブがげらげら笑い出した。
「だろ? 君たちが読むと、ありふれた内容の手紙、日常を知らせる内容の手紙だ。だが、私が読むとこうなる」
キンティスから手紙を受け取り、内容を訳し始めた。
「幻獣三体のうち二体目の幻獣は狼獣の可能性が高い。幻獣が死した後火葬を行い、骨を細かく砕いた後、街道から約五十ティクス離れた土地に埋めた。恨みを込めて人々が埋めた場所を踏み潰し、復活しないように塩を撒いたとの記載が多い。このため、その場所には植物が生えず、土がむき出しとなった広場になっているものと推測される。聖地として存在していない可能性もある。三体目については幻獣の特定さえできず調査が難航している」
「どこにそんな事が書いてあるんだよ」
もう一度手紙を受け取り、というよりも引っ手繰るようにして手紙をもぎ取り、再度目を通した。
キンティスの目には、どう見ても、時候の挨拶と近所の犬の話にしか見えない。
「だから予防線を張っていると言ったんだ。おそらく、これと同じ書状がこの町のもう一軒の宿屋にも届いている筈だ。一週間経ってもそれらしい人物が現れない場合は破棄するよう伝言と心づけを渡してな」
キンティスは唖然とした。
今更ながら、彼らが智恵院所属の学士、場合によっては国家間交渉など権謀術数が張り巡らされた政治の場にも遣わされる事がある『平和の使者』を司る一人である事を痛感したのだ。
「で? これからどうするよ?」
「まずは、明日、この町で鳥獣の伝承について調査する。それが終わったら報告にあった第二の幻獣の調査に移行するため北上する」
「分かった、部下達には不足分の備品調達をさせよう。だが、もう一日くらいこの町に留まり、調査を兼ねた休養を取った方がよいのではないか」
今回の旅はかなり強行軍で進んでいるところがある。
軍人ではないグローブには、この行程では体に負担がかかると思われ、休養を取った方がよいのではないかという提案だった。
しかし……
「いや、なるべく調査を急ぎたい。そちらの準備が整っているのならば明日にでも出立したい」
「……わかった」
この旅はどうも急ぐらしいと感じたキンティスは、部下達に指示を伝えるため、部屋を後にした。
キンティスが部屋を去った後、グローブは椅子から立ち上がり、部屋の窓から町を見る。
窓の外では子供達が遊び回り、店の客引きが声をかける。
人々が行き交い、会話を交す。
ありふれた日常の風景だ。
幻獣が目覚めたとしたら、このような風景は一変する。
恐怖で震え、阿鼻叫喚の巷と化すであろう。
幻獣が目覚める場所を特定し、目覚める前であれば、眠っている合間に我々の手で止めを刺さなければならない。
首座達の予言が外れていればよいと思う一方、目覚めは自分の近くで起こるという予感もあった。
「レイには経験させたくないな」
師匠としては言ってはならない言葉であろう。
だが、親代わりとして、年の離れた兄としては至極当然な言葉であった……。
町に入る前の言葉通り、キンティスと飲み明かしたグローブは、翌朝から精力的に動き、幻獣の調査にあたっていた。
「中尉、大丈夫ですか?」
部下がキンティスに声をかける。
宿屋の外にある椅子に腰掛けたキンティスは、酒が残る重い頭を抱えながらグローブの行動を見守っていた。
――――やっぱり、あいつは『ワク』だ。
グローブに引きずられて、また限度を超えて飲み過ぎた。
町の中を嬉々として動きまわるグローブを見ながら、苦々しく思った。
「……薬を飲んだから、大丈夫だろう。もう少しで快調する」
出立の際にレイから密かに渡された二日酔い用の薬を飲み、椅子にぐったりと腰掛けていた。が、徐々に薬が効いてきたのか、不調が薄らいできた。
――――あとで、薬の調合方法を聞こう。
グローブ対策として、自ら薬を用意しておこうと思ったキンティスだった。
町の人から伝承について話を聞いていたグローブは、ある程度情報を引き出せたのか、ほくほくと宿屋の方へ戻って来た。
「資料で確認出来た事以上の情報を得ることは出来ないようだ。次へ移ろう」
自分の荷物を肩に担ぐと、グローブは颯爽と歩き出してしまう。
「中尉、荷物持ちますよ」
部下の一人が荷物を持ち上げた。
「……すまん」
昨日、キンティスとグローブの酒飲みに付き合い、途中で離脱してしまった部下は半ば詫びのつもりで申し出たが、グローブの飲みっぷりにつき合う上司に尊敬と同情の念を交えていた。
自分の上司はかなりの酒飲みだが、その上を行くグローブに驚きを通り越して呆れた。
つき合わされた方はたまったものではない。
調子がおかしくなるのは当たり前だと思った部下達は、順にキンティスの荷物を抱えた。
また二度の脱線と野宿を挟み、翌日の昼前にはレイが手紙で記していた遺跡に辿り着いた。
「本当に何も無い」
緑の草むらの中にぽつんと土がむき出しになった丘がある。
「大量の塩がまかれたのは事実のようだな」
土の成分を調べていたグローブは周りを見渡しながら言った。
「しかし、ここは予想が外れた」
「何がだ?」
「遺跡と言うのは、普通、神聖な場所だろう」
キンティスが首を縦に振った。
「しかし、この場所は……。見ろ、今は子供の遊び場だ。レイが書いていたとおり聖地としては存在していないのだろうな」
はじめに確認した遺跡とは違い、子供達が草むらや土の上を走り回っている。
「ここではないのではないか?」
「いや、ここだ」
グローブが肯定した。
「その根拠は?」
「ここも気が乱れている。前回の遺跡よりも弱いがな。あとはこの土壌の塩分だ。これは故意に大量に撒かれたものだ。塩が撒かれた土特有の特徴が出ている。それと勘だ」
「……あ、そうか」
――――また、勘か。
それ以上訊ねることはせず、グローブの調査が終わるのを待った。
「しかし、物証が無いと厳しいところもあるな。骨でもあれば確実なんだが。ここを掘り起こす許可を得る事が出来るか? 許可取っている間に勝手に調べた方が早いか……」
土を再度確認しながら、とんでもない事をキンティスに言った、丁度その時……。
「失礼ですが、あなた方はどのような目的でこちらにいらしたのかな?」
老人がキンティスに声をかけて来た。その後ろには男が三人居る、農民のようだ。
子供達が見慣れない人物が居ると大人に知らせたのだろう。
グローブはその様子を眺めた後、任せたとばかり調査に戻った。
――――面倒で逃げたな
逃げたグローブは、まずは現在の場所が、本当に幻獣が埋められた場所か確認する必要があった。
細長い筒状のものを大地に刺し、ごりごりと大地を削りながら筒を奥に沈めて行く。
そしてある一定の深さまで到達した時、筒を取り出した。
筒の中にあるのはこの場所の土。慎重に土を取り出してゆく。
グローブは拡大鏡を使い、時には薬袋から薬と混ぜ合わせながら土の成分を調べて行った。
そして……
「――――骨の粉があったぞ。ここは間違いなく狼獣が埋葬された場所だ」
グローブが嬉しそうな声をあげた。
一方、説明を押し付けられていたキンティスは、これも仕事のうちと心の内で呟き、は町民への説明をはじめた。
「これは近衛師団の方々でしたか、失礼いたしました。私は、この丘のすぐ隣の町の長を勤めるもの。非公式な調査とはいったいどのようなことでしょう」
問いかける老人の言葉を遮るように、グローブが話しかけた。
「失礼、貴殿に少しお話をお伺いしてもよろしいか」
五人の旅人の中で、一番身分が低そうな商人風の男が、いきなり丁寧な言葉を自分達にかけて来た事に老人は驚いた。
「拙老でよければ何なりと」
老人はさりげなくこの旅人達を見渡し、キンティスが話しかけた男に対応を譲ったことから、この商人風の男が、実はこの中で一番上位にあるものだと察した。
「この丘はいつ頃からあったかお分かりか?」
「拙老には分かりません、遥か昔からこの状態であったという話は聞いております。」
商人風の男に丁寧に答える村の長老に、農民達が驚いた。
「では、この丘が作られた目的についてはどうでしょう」
「それも存じません。この土が出ている場所は、なぜか塩分濃度が高いようで、穀物を育てる事が出来ず、そのままになっております。何にも利用出来ない土地ですので、子供達の遊び場になっておりますが……、ここが何か?」
「いえ、何でもありません。私も気になったのですよ、この一帯のみが土がむき出しになっている、その理由をね。……何か言い伝えはありませんか?」
「特にこれと言った話は聞いておりませんが……」
ここでは伝承そのものが廃れてきているらしい。
あまり情報を得る事は出来ないようだと思った時、丘を流れる風の向きが変わった。
風を受けたグローブの体が固まった。微動だにしない。
ねっとりとした、少し腐臭の混じったような風が押し寄せて来る、そんな感じで気味が悪く足を竦ませ、体を固まらせたのだ。
今、自分は遺跡と思われる丘の上におり、先ほどまでこのような風を感じなかった。
この風は丘から発せられたものではなく、どこか遠くから運ばれて来た風。ではこの風はどこから流れて来た?
自分の体にまだその風が纏いついているようで、体を動かせず嫌な汗をうっすらとかきながら、口だけを動かして老人に追加の質問をした。
「もう一つ伺いたい。近頃、何か異変はありませんか?」
「異変でございますか? 具体的にどのようなものでしょう」
「思いつかれるもので良い、なにかありませんか?」
グローブの問いにキンティスが目を光らせる。
キンティスにはこの問いの意図が分からない。一体何を探ろうというのか?
「特にこれと言って……北からの旅行者が全くいないと言う事でしょうか」
それは帝都の酒場でも聞いた。他に無いのか?
「あとは……隣町に婚約者が居る若者が行方不明になった事でしょうか? 町人達は大人の介入が五月蝿くて駆け落ちしたのではと噂になっておりますが……」
「その後、北の町へ行った者はおりますか?」
「いえ、この町から北に行くものはあまり居ないのです。多くが北の町から買い出しに来る者達でして……」
ここまで聞いてキンティスがこの場を一度おさめ、グローブから真意を問い質そうとしたとき、老人をこの場所に連れて来た子供が老人の着衣の裾を引っ張り、老人に告げた。
「長、この頃蜘蛛が多いよ、ねえ、何で?」
「蜘蛛がいると気持ち悪い」
「この場所だと蜘蛛がいないから、ここに来ているんだよ」
代わる代わる話す子供達の会話を聞き、グローブがぽつりと呟いた。
「蜘蛛が多い、だと?」
グローブは子供に近づくとしゃがみ込み、子供の目線にあわせ、問いかけた。
「いつ頃から蜘蛛が多くなった?」
「うーんっと、一ヶ月くらい前かな?」
「蜘蛛が増えるのは変な時期って言ってたもんね」
「ねーっ」
こういった事は大人よりも子供の方が敏感なのかも知れない。
「蜘蛛以外に増えた虫はいるかい?」
「ううん」
子供達が一斉に首を横に振った。
「どっちの方向に蜘蛛が多い?」
「えっとね、あっち!」
子供が指差す方角を見た。北の方角だった。
「どんな蜘蛛が多い?」
「大きいのも小さいのもいっぱいいるよ」
「模様はシマシマがついたのが多いよね」
「うん」
子供達とグローブの会話を聞いていた村の長老は、不思議に思って訊ねた。
「蜘蛛がなにかあるのでしょうか?」
「いえ、特には。蜘蛛が多いとのことなので、虫が増える傾向があります。用心された方がよいでしょう」
無難な言葉を返し、今日は町の宿を借りたいと伝え、快く了承を引き出し町民達と別れた。
だが、残った旅の同行者に快く思っていないものがいた。
キンティスである。
「どういう事だ、話してもらおうか」
「聞いてのとおりだ」
「分からないから聞いている」
今にも締め上げそうなキンティスに、部下達が驚く。
キンティスとしては、自分達はグローブの補佐役であり、グローブがどのように考えているか分からないと、動けないという思いがある。
また、先日の遺跡でのこともあり、グローブを得体の知れない人物として見ている部分もあり、自然と問いは厳しくなった。
しかし、そんなキンティスを前にしても、グローブは冷静だった。
「キンティス、そして君たちも、聞いてもいいかな?」
そう言ってその場に座り込んだ。
動じないグローブにキンティスも少し頭が冷えたのか、同じように座り込み部下達も座り込んで無言で質問を促した。
「君たちは私と行動を共にして、伝承として伝わっていた幻獣が実際に過去に存在し、既に死んで遺跡となっているのを己の目で確かめた訳だ。先ほど掘り返した土にも骨粉があったのを見ていただろう」
全員が頷いた事を確認し、話を進める。
「だが、滅んだと思われている幻獣の中には、実際には滅んでおらず、永い眠りについているものもいるとしたら、どうする?」
聞いていた全員が息を飲んだ。
「眠っている、だと?」
キンティスが全員を代表して言った。
「ああ、私とレイはその可能性を調べている」
「今言葉にして我々に伝えたという事は、その可能性が高いということか」
「そうだ」
今まで真の目的を言わなかったグローブに対し、怒りの沸点にあがったキンティスは立場を忘れ、締め上げようとした。
だが、グローブは冷静だった。
「君たちは、幻獣の遺跡を目にするまで、幻獣の存在自体を信じていなかった筈だ、違うか?」
――――その通りだった。
「そんな君たちに幻獣が目覚めると言ったとして、信じるか?」
おそらく、信じなかった。小馬鹿にしていたかも知れない。
「そして私自身、目覚めを信じたくはなかった」
兵士達は、何も言えなかった。
「先ほど、丘に流れてきた風に何か感じなかったかい?」
答えるものは誰もいない。
「君たちには普通の風と感じたのかな?」
そのとおりだった。
「私には生暖かくべっとりとした、少し腐臭を含んだような風に感じた。そして先ほどの子供達の話。蜘蛛が多く発生しているのに、この場所には蜘蛛が近づかない。何故だ? ここがかなり薄くはなっているとはいえ、幻獣が埋葬された場所で、力がある場所。それで蜘蛛が嫌っているからだ。」
ここで一旦話を切った。グローブ自体も頭の中で考えをまとめていたからだった。
そして話を続けた。
「この場所を嫌うのは何故だ? 蜘蛛が目覚めかけている幻獣の影響を受けているからだ。この件に関し、詳しく調べたい。目覚めが現実であった場合は、幻獣を相手にして戦い、滅ぼさなければならないからな――――」
兵士達に向ける目は、いつの間にか、気さくなグローブの目から、智恵院の導師の目に変わっていた。
「つき合ってもらうぞ、キンティス。地獄の底までもな」