断章1
断章
「お母さん」
子供が震えながら母親に抱きついた。
母親は子供をきつく抱きしめる。
「静かに」
母親はひっそりとささやくように子供の耳元で言う。
良く晴れた日の夕暮れ時。
本来であれば、物音に敏感にならずとも、夕日に照らされた明かりの中、子供達の遊ぶ声や家庭によっては夕食の支度が始まる頃合いであり、子供の声や各家庭からの生活音、商人達の客引きの声など、音に満ちあふれている筈である。
しかし、この家からは物音が聞こえない。
いや、この親子の家だけではない。
街そのものから、音が消えている。
街全体が、不気味なほど静寂に覆われている。
家外を出歩いている者もおらず、まるで、街から忽然と人が姿を消し、廃墟と化したように、寂れた雰囲気を醸し出している。
「……怖いよう」
子供は母親の服を握りしめた。
ちょうどその時……
かさかさかさ……
静寂の中にかすかな物音が聞こえた。
その後、家の窓の外を巨大な陰が通り過ぎる。
子供は恐怖で声を出せず、カタカタ震えながら、母親と胸の中に身を潜める。
母親は、子供を抱きしめながら息を殺した。
なぜ、こんな事に……
自分達が、いったい何をしたというのか。
ただ、生まれ育った街で、静かに生活していただけなのに……。
恐怖を抱えながら、母親はきつく子供を抱きしめた。
誰か、誰か助けてほしい。
私たちを見捨てないで!
不気味な陰や物音、
人々の恐怖や嘆きも、
帝都にはまだ届いていない……。