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ぼっち正月

作者: 早起ハヤネ

群れることが苦手な内向的な少年のお話になります。ちょっと変化球です。

第一話 お正月の過ごし方


誰もいない冬の森

新雪となった朝

ふぅ

息を吹きかけると

羽毛のような雪舞う

吐く息も凍えそう

ザクッザクッ

長靴を履いて行くわたし

小鳥の鳴き声もしない

森閑

裸の木々

頭の上を覆うオゾンの空色

針葉樹の雪のかたまり力尽きる

元気に樹を駆け下りてくるリス

羽毛のじゅうたんに埋まる

雲の上に落ちてきたかのよう

リスはじゅうたんの下から種子取り出す

リスもわたしも吐く息が白い


 


 ぼくはお正月があまり好きではありません。

 毎年、家にいとこやおじさんおばさんが来るけど、ぼくはいつも親戚の集まりなど一人ですごしているからです。でも、お年玉のお礼だけはちゃんと言っています。

 だけど、お父さんとお母さんもぼくのいとこたちにお年玉をあげているので、()()()()()()になるらしいです。

 ぼくは黒坂四六くろさかしろうと言います。小学四年生の十歳です。お兄ちゃんは黒坂神一郎くろさかしんいちろうといってニックネームはゴッちゃんです。名前に神様の神が入っているので英語のゴッド、そこからゴッちゃんと呼ばれるようになりました。お兄ちゃんは小学六年生の十三歳で性格も明るく元気で口もよく回ります。だからいとこたちとの会話も弾みます。コミュ力が高いんです。

 でも、ぼくはその輪の中へ入っていけません。ぼくはしゃべるのが苦手なコミュ障ですし、ひとりでいるのがむしろ好きだからです。それにお兄ちゃんやいとこたちはタレントやアイドルの話ばかりしていて、ぼくのあまり好きなところではありませんから。

 おじさんやおばさんも親戚の誰それがどうのこうのといつまでも終わる気配のない又聞き話ばかりで、ぼくの好きなところではありません。

 この時もぼくはひとり部屋へ戻りました。

 ぼくが好きなのは恐竜とレトロ家電です。ぼくの部屋には小型の恐竜のフィギュアがたくさんあります。そのなかでもいちばん好きなのはラプトルです。なぜかというと、白亜紀後期のティラノサウルス=レックスほどの人気や大きさはないけど、賢くて、映画にも出ていてカッコよかったからです。でも最近ではちょっとまたTレックスに惹かれています。

 なぜかというと、最新の研究によれば、Tレックスにも進化の過程で人間ほどの大きさだった時期があったことが判明したことと、Tレックスが巨大化したのはアロサウルスという当時地上でもっとも大きかった肉食恐竜がその数を減らし始めていた時期と一致しているらしく、アロサウルスがいたニッチをTレックスが埋めたのではないかとも言われています。

 さらにTレックスは、食べ物の少ない時期はその成長を止めることができて、逆に多い時には一日に二キロも体重が増えることがあったそうです。

 話しすぎました。

 恐竜の話となるとぼくは止まらなくなるんです。クラスメイトにも引かれることがよくありました。なにもない時には教室で一人恐竜関係の雑誌や本を読んでいます。そのせいであだ名はガオくんとかレックスになりました。

 部屋に戻ると勉強机に恐竜図鑑を広げました。

 恐竜でいちばん巨大なアルゼンチノサウルス、トリケラトプス、ステゴサウルスなどの草食恐竜などもたくさんいます。恐竜は次々と化石が見つかっているので、まだまだたくさんの恐竜たちが地中で眠っているのだと言われています。ロマンがあります。ぼくも恐竜学者になりたいのですけど、ぼくが研究者になれる頃にもまだロマンが残っているでしょうか。()()()()()()()()()()()()()()調()()()()()()()()()()()()()()()()()ようにしていただきたいです。

 ティラノサウルスとラプトルの肉食恐竜同士が戦うとどうなるのでしょうか。ティラノサウルスの方が大きいのでたぶんティラノサウルスが勝つでしょう。けど、ラプトルは知能が高く、群れを組んだらかなり強いと言われています。勝負の行方はどっこいどっこいでしょう。ライオンとハイエナの群れが屍肉をめぐって対峙するようなものだと思います。



第二話 エゾリス


 氷の張った窓から目を開けていられないくらいの眩しい日差しが降り注いできました。

 その窓にエゾリスが現れました。ぼくの家は山から近く、キタキツネはしょっちゅう現れるし、エゾシカはたまに現れて住民を驚かせます。

 ぼくは引き出しの中からピーナッツとアーモンドの袋を取り出して窓を開けました。外窓のサッシにも氷が張ってあるのでガリガリッと音が鳴り、けっこう力がいりました。エゾリスはびっくりしたのか後ろへ下がりました。安全とわかるとまたすぐに戻ってきました。

 早くくれ、と言わんばかりのつぶらな黒い目玉がぼくを見ています。この目玉にほだされない人はよっぽど氷の心臓の持ち主でしょう。ぼくはピーナッツを雪の降り積もった屋根の上にばらまきました。

 エゾリスは両手でピーナッツを持ってむしゃぶりつきました。その動きのコミカルなことといったら、まだまだおかわりをあげたいくらいでした。一粒一粒余すことなく食べていました。ゴワゴワしている毛皮にさわってみたくて手を伸ばすと逃げていくのがにくたらしいです。

 冷気が入ってくるので窓を閉めました。エゾリスも離れて行きました。

 恐竜図鑑もそのままにするとぼくは自慢のコレクションを眺めました。昭和という時代に生まれたダイヤル式のチャンネルの付いたカラーテレビ、ラジオカセットテープ、ビデオデッキ、黒電話もあります。

 ほとんどは亡くなったおじいちゃんとおばあちゃんの実家にあったものです。お葬式の後にぜんぶ捨てるつもりだったのをぼくが欲しいとせがんで部屋へ運んだものです。リサイクルショップで買ってもらったものもあります。

 なんていうのかな。

 時代に取り残された哀愁のようなものが漂っているところが好きなんです。あと、現代のスマホやスマート家電には感じられない汗と努力の跡がムダな重量感ににじみ出ているところも気に入っています。

 黒電話以外はどれもまだ使おうと思えば使えるところがすごいんですよ。

 このことを友達に言うと「ワケわからん。オマエ変わってんねー」と言われます。

 ぼくはテレビのスイッチを点けました。アンテナをつないでいないのでさすがにテレビの映像は映りませんけど、ぼくは砂嵐の映った画面とともに鉄腕アトムの主題歌を歌いました。三回くらいローテーションしたら次はチャンネルのダイヤルを回して初代ウルトラマンとウルトラマンタロウの主題歌をノリで歌いました。

 それにも飽きたら、黒電話の前でジリリリと音モノマネをしました。ほとんど似ていないと思いますけど。黒電話には現代のスマホや据え置き電話にはないユニークな注意書きの書かれたシールが貼ってあります。読み上げてみたいと思います。

「受話器をはずしてから回転盤を指とめまで回して必ず指をお放しください。受話器を耳にあてて、ツーという音(発信音)を確かめてからダイヤルをまわしてください」

 昔はずいぶん親切だったと思いませんか? 現代なんてもうトリセツはネット参照の時代なのに。

 ぼくはそのシールの通りにやりました。回転盤を回して元の位置に戻ってくるところが素直でいじらしくて好きなんです。ピッ、ピッ、ピッ、とボタンを押したりタップするよりも人間味が感じられるところが好きになりました。

 ぼくはひとり霊界電話をやりました。

「…あ、もしもし? おじいちゃん? そっちはどう?」

『ん? 誰じゃ? 神一郎か? 四六か?』

「四六だよ」

『おおひさしぶりじゃな。こっちはいいぞ。腰痛も骨粗しょう症も治って車椅子がなくても歩けるようになったし、毎日温泉に浸かっておいしいモンを食って、一度眠ったらもうそのまま起きないんじゃないかというほど深い深い眠りについてな。じゃが目覚めた時わしは自分の体があるのを見て、実は生きているんじゃないかと思うことがある』

「じいちゃん、そこ本当に極楽浄土なの?」

『空から横断幕が垂れ下がっておる。そこに極楽浄土と書いておるぞ?』

「高校みたいだね。どこの部活が全国何位に入ったとか、なんとか選手オリンピック出場おめでとう、みたいなさ」

『じゃが残念なことに若いきゃぴきゃぴした女の子がいない』

「地獄にはいるかもよ?」

『それなら地獄へ引っ越しても良い』

「エロジジイ」

『四六の方はどうじゃ?』

「ぼくは冬休みで家にいるよ」

『元気にしとるかね?』

「あんまり元気ではないかな」

『どうしてじゃ? お年玉もらえんかったのか?』

「そういうことじゃないよ」

 霊界電話が終わった時、階下からお兄ちゃんの大声が聞こえた。

「おーいシロー今から初詣に行くんだがオマエも行かないかー」

「えーぜったい混んでるからイヤだー」

 ぼくも負けじと声を張り上げましたけど、少年野球の応援で声を出しているお兄ちゃんのボリュームにはかないません。

 ところが、それほどしないうちにお父さんがやってきました。怒られる気がします。

「シローオマエなあ…」やっぱり怒っています。「おじさんやおばさんまぎちゃんやみらいちゃんも来ているのになんだ。部屋にこもって。少しは顔を見せろ」

「だって話がつまんないんだもん」

「話がつまんなくたってそこにいて顔を見せるだけでいいんだ」

 ぼくにはよくわからない理由でしたけど、オトナの事情とでも言うのでしょうか。言うことを聞かなければいけない状況であることはわかりました。

「仕方ないなぁ」とイヤイヤ言ったら「なにが仕方ないだ、子供のくせに」とまたお父さんにぴしゃりと言われました。

 そういうわけで、ぼくはしぶしぶ家の近くにある神社へ親戚一同で初詣へ行きました。

 案の定、混み合っていました。本殿まで三列にわたる行列ができています。すぐに来たことを後悔しました。ぼくはこの世でいちばん列を作って待つことがキライだからです。その点は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でありまして、いちばん混み合う夕食どきの外食や昼時の人気ラーメン店とか、ぜったいに行きたくないのですけど()()()()()()()()()()ですので、ぼくも付き合わされます。

 おじさんやおばさんいとこのハヤシお姉ちゃんとモリちゃんも待てるタチのようでした。家族そろってみんなスマホを見ています。ハヤシお姉ちゃんはとくにスマホの片手フリックが速くてぼくの目はついていくことができません。ぼくは左手に持って右手でフリックしてもおぼつかないくらいです。

 ニュースの通知が来てスマホを手にしました。ハヤシお姉ちゃんは小学校六年生の十二歳で宮木眞木みやぎまぎと言います。どこにもハヤシ要素がないのになぜハヤシちゃんというのかというと、宮木の木が一本、眞木に木が一本で合計木が二本。だから林、ハヤシちゃんという手の込んだニックネームになっています。クラスの友達がつけたみたいです。

「シローはスマホ片手フリックできないの?」

「できないよ」

「なんで?」

「なんでって知らないよ」ぼくはムキになって答えました。ちょっとだけスマホのフリックについてコンプレックスを持っていたからです。

「練習すれば?」

「そんな必要ある?」ぼくはますますムキになりました。

「あると思うよ〜やっぱり周りの子たちはみんな速いから会話や話題に乗り遅れちゃうよ〜」

「そんなことどうだっていいよべつに」

「シローって冷めてるよね」

「冷めてる?」

「よく言われない?」

「言われる。だけどわかんない。じゃあ聞くけどさ、どんなテンションだったら冷めてないって言えるの?」

「ほぉうッ、みたいな」ハヤシお姉ちゃんは右手をキツネかツルかどちらかわからないような形をして掲げました。隣にいた小さい女の子がくすくす笑っています。ハヤシお姉ちゃんは少し恥じらったご様子でうつむきました。

「なにそれ。いつもそんなテンションでいたら疲れちゃうよ。ばっかみたい」

 ハヤシお姉ちゃんはぼくとの会話にも飽きたのか、スマホに熱中し始めました。列が動いたら目はスマホに落としたまま足だけ動かしてちゃんと前へと進んでいきます。その様子がちょっとユーモラスでニヤけてしまいます。

 すぐそばではお兄ちゃんとモリちゃんが話し込んでいました。モリちゃんというのは、宮木未来みやぎみらいちゃんと言いまして、宮木の木の一本、未来という名前に隠されている木の数が二本。合計木が三本、それで森、モリちゃんというわけです。小学三年生の九歳でぼくより一コ下になります。

 二人はスマホゲームの話をしていました。十連ガチャがどうのこうのと…。

 やることもなく参拝客をちらちら眺めていたら、おじさんにこのように言われました。

「シローオマエはいつも落ち着いているなあ。神一郎よりも落ち着いているんじゃないか?」

 ぼくには意味がわかりませんでした。落ち着いているということとコミュ力がないというのは同義なのでしょうか。ぼくにはおじさんがそのように言っているように聞こえます。ぼくはただ人見知りがちでおとなしいだけなんですけど…。

 ようやく手水場までたどり着くとキンキンに冷えた水で身を清めました。ここは冬山かと思うほどの冷たさでした。まるで氷水に手を入れているみたいです。

 列に戻るとふたたび長蛇の列が続きました。

「おっそいな、前」モリちゃんが文句を言いました。「なに願ってんだよオイ」

「…ちょっとモリちゃん。声デカイよ」ぼくは注意しました。彼女は口が悪いのです。でもたしかに彼女の言う通りではある小学生三人組がいました。柏手を打ってからしーんとするまでの時間が長く、急に列の流れが悪くなったのです。

「居眠りしてんじゃねーのか」

「そんなわけないでしょ」

「じゃあなんだいなんだい」

「わかんない。けど、もしかしたらこの子たちにしか知りえない悩みでもあるのかもしれないよ。それとも中学受験の合格祈願とか?」

「悩み? なんの?」

「だから知らないって。たとえば、の話」

「ふうん。そういうもんか」

 いよいよぼくたちの番がやってきました。いくら待つのが耐えられなくても、いずれはちゃんと自分たちの番がやってくることを初めて知りました。だからといってまた並びたいとは思いませんけど。

 先にお兄ちゃんとハヤシちゃんとモリちゃんが参拝しました。近所の小さな神社なので三人分の鈴しかないのです。三人はなにをお願いしたのでしょうか。

 ぼくは知らない人オトナ三人と並んでお参りしました。あのエゾリスが今年の冬を無事に越せるようにとカミサマにお願いしました。

 次にお父さんお母さんおじさんおばさんが参拝しました。



第三話 いとこの女の子



 帰りはみんなでコンビニに立ち寄りました。

 神社の初詣の帰りのためか、観光地のコンビニのようにいつもより客入りが多かったです。

 お兄ちゃんやハヤシちゃんやモリちゃんはチョコレート菓子やスナック菓子を買っていました。

 ぼくはカシューナッツ、ヘーゼルナッツ、マカダミアナッツを買いました。



 家に着いたら三人がリビングでテレビゲームを始めたのでぼくは部屋へ戻りました。テレビゲームを始めたからか、さすがにお父さんはここにいなさいとは言いませんでした。

 窓辺にエゾリスの訪問があったので買ったばかりのマカダミアナッツとヘーゼルナッツをあげました。ナッツをむしゃむしゃほおばる姿はおいしいが如何の斯うのという以前に、むしろ冬の厳しさを思わせました。

 ぼくは黒電話を手に取りました。霊界につなぎます。

「…もしもし? あの時のリスはいますか? ああ、いますか。では、お願いします。え? ぼく? …はい、ぼくは昨年の十二月、あのエゾリスが雪の下に埋めた木の実を掘り返すのをじっと見ていました。ぼくは、やったんです。エゾリスがいなくなった時を見計らって雪と土を掘り返して埋まっていた残りの木の実全部を盗んじゃったんです。すみません。あの後戻ってきたエゾリスが不思議そうにきょろきょろしている姿を遠目から眺めていました。ホント悪趣味です。サイテーなヤツです。その一ヶ月後かな。あのエゾリスの死骸が木の下にありました。剥製のようにカチカチに凍っていました。ぼくが殺してしまったようなものです。悪かったです。何度謝っても謝りきれないほどの罪を犯しました。え? わかりませんけど確信犯だと思います。死ぬということは予測できましたけど、それがどういうことなのかちゃんとこの目で見てみたかったんですよ。今は後悔してます。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思ってます」

 部屋のノックが聞こえました。

「はい」と返事をしても応答がありません。

 受話器を置いてドアを開けに行きました。モリちゃんこと宮木未来でした。彼女はなぜかニヤけていました。

「シローいま独りごと言ってたろ?」

「友達に電話してたんだよ。てか聞き耳立てるな」

「うっそーそんなカンジじゃなかったぞー」

「そんなカンジだよ」

「…ぼくが殺してしまったようなものですとか物騒なこと言ってたじゃん。マジ?」

「妙な誤解するなよ。人は殺してないよ」

「じゃあなに殺した?」

「エゾリスだよ」

 昨年の十二月にエゾリスを餓死させたことを打ち明けました。あまり打ち明けたい話ではありませんけど、他に言い訳が思いつかなかったからです。

 エゾリスを餓死させたからといってどうってことないだろ、と言われると思いました。そのための答えも用意してありました。

 ところがモリちゃんの口から出たのは共感でした。

「わかる。わかるよシローわたしもトンボを殺したりバッタの足をもいだりチョウの翅をむしったりカエルつぶしたこと後悔してるもん。あれダメだよねー」

「ぼくたち地獄に落ちるな」

「でもたぶんさー地獄の方が人口密度高いよな〜きっと」

「地獄は大都市で天国は過疎地なんだろうね」

「そういうとこはさー群れるのが好きなヤツらが行ったらいいんだよ。その方が地獄を楽しめるかもな〜」

「かもしれないね」

「ていうかシローなんか変だけど面白いよね。前から思ってんだけど」

「べつに面白くないよ。人見知りだし」

「あー人見知りはあるねーたしかに。でもそれとこれとは別問題だよ」

「この黒電話は霊界につながっているんだ。この前はおじいちゃんに電話した。モリちゃんもトンボやバッタやチョウに電話してみるかい?」

「あ、いいの? してみるしてみる」

 意外にもモリちゃんは乗り気になって黒電話を手に取りました。

「で? これからどうするの?」

 ぼくは数字の書かれたダイヤルを最後まで回すことを教えました。

「お、すごい。最新式じゃん」

「なわけないでしょ」

「あとは相手が出るまで待てばいいんだな?」

「話中だったら出られないけどね」

「…もしもし。閻魔大王様ですか? あ、違います? それじゃ極楽浄土の仏様はいらっしゃいますか? わかりました。ではお願い致します」

「オペレーターは誰だった?」

「うーん、なんか難しかったけどじいちゃんだったような気がする」

「じいちゃんは戦時中、通信兵だったいうからなぁそうかもしれないね」

「そういうノリでやるの?」

「ノリじゃない。本当にやるんだよ。ほら、電話に集中して」

「もしもし」モリちゃんはふたたび受話器に口を近づけました。「あ、いえいえこちらこそわざわざお電話いたしまして申し訳なく思っています。…初めましてわたし宮木未来と言います。みなさんそこにお集まりですか? わたしに謝罪させて下さい。あの時は出来心とはいえ申し訳ないことをしました。この場を借りてあらためて謝罪いたします。子供だからって言い訳はしません。ゴメンなさい。

命に小さいも大きいもありませんもんね。昆虫にひどいことをしたわたしはアナタたちに同じことをされても文句は言えません。いえ、たぶん文句は言うだろうと思いますけど気にしないで下さい。本当に申し訳ございませんでした」

 受話器ごしにモリちゃんは直角九十度のお辞儀をした。

「へえなかなか面白い遊びねこれ。ちょっと暗いけど」

「遊びじゃないよ。マジだよ。マジでやるんだよ」

「シローホントに暗いわねーゴッちゃんと兄弟とは思えないなあ」

「ぼくも思えないよ。お兄ちゃんは社交的なのにぼくは内向的だからね」

「でもわたしはシローの方が好きよ。普段のわたしは仮面をかぶっているからさーだからどちらかというとわたしはシロー推しかな?」

 なにが起こったのか、モリちゃんはぼくの肩に両腕を回すとぴたっとくっついてきました。

「ちょ、なななにやってんだよ」

「シローが好きなんだよ。シロー部屋にこもってばかりで全然話してくれないじゃんかー」

 モリちゃんの息がほとんどぼくの耳にかかっていました。

「くっつくなよー誰か来たらどうするんだ」

「知ってる? いとこ同士って結婚できるんだよ?」

 その話は聞いたことがありませんでした。だからといって現実味のある話とも思えませんでしたし、抵抗感もあります。ぼくにはクラスにまともに話すことのできる女子は一人もいませんので、いとこのモリちゃんは唯一まともに話すことのできる女子といってもいいくらいです。しかも、モリちゃんには子供とは思えないほどの大人びた異様な可愛さがありました。地方出身のためか()()()()()()()()()()()()()()()()()というかオープンなところがあることは否定できません。お父さんもモリちゃんのことは子供なのに色気があるというようなことを言っていたのを前に小耳にはさんだことがあります。

 ぼくの周りではいきなりハグしてくる小学生低学年の子なんてたぶんいないでと思います。同学年だっていないでしょう。女子同士ではたまに見かけますけど、あれはぼくには理解できない行動です。かわいいーとか言い合う行為もよくわかりません。

「わたし、シローとだったら結婚してもいーよ」

 この言葉でぼくは我に返りました。

「からかうなよ。そういうのつまんないから。オマエはゴッちゃん推しだろ」

「えーからかってなんかないよーゴッちゃんはゴッちゃん。シローはシローだよ。わたしキスってまだしたことないんだけど、してもいい? ファーストキスだよ。わたしとしたいと思わないの?」

 答えに窮しているうちにモリちゃんはぼくを押し倒してきてマウンティングポジションを取ると有無を言わさず唇を押しつけてきました。ぼくは本当にこの瞬間に誰か来たらどうしようかと心臓がバクバクしました。そればっかり考えていましけど、思いのほかモリちゃんの唇が柔らかくて全ての感覚が唇に集まってとろんとほうけてしまったのでなにも言えなくなりました。

 今までに感じたことのあるどの感触にも似たもののない罪悪感にも似た感覚でした。こんなことをしていていいのか、というモリちゃんに対してではなくて自分自身に対する嫌悪みたいなものもありました。

 唇と唇が合わさっている間にまた奇妙な感触に襲われました。

 モリちゃんは舌を入れてきたのです。

 それは罪悪感ではなくてただ身の毛のよだつような生々しいだけのものでした。

「やめろ」

 さすがにぼくはモリちゃんを突き飛ばしました。彼女はおどろきに目を見開いていましたけど、これだけはゆずれません。

「あー白けた」と言いながらモリちゃんは部屋を出て行きました。お兄ちゃんにも同じことをやっているのでしょうか。そう考えるとメラメラとジェラシーが燃え上がりました。

 ぼくは手持ち無沙汰になってエゾリスがやってくるのを待ちました。恐竜図鑑に目を落としながらちらちら窓を気にしていると来てくれました。

 机の引き出しに柿ピーの小袋があったので、それをぜんぶ屋根の上にばらまきました。あいかわらずの食欲でエゾリスが次々手にとってむしゃぶりついています。

 その時カラスがやってきてガーガー鳴いてエゾリスを追い払いました。ぼくはカッとなりハサミを手に取ると振り回しました。本当ならエアガンを撃ってやりたいところでしたけど、野生動物にそれをやるのは禁じられていますから。

 ハサミは成功してカラスは逃げていきました。

 しばらくしたらエゾリスが戻ってきました。



最終話 雪解け、春


 少しずつ雪の降る日が少なくなって積雪の沈むペースも早くなりました。除雪車により路肩に積み上げられた雪には泥が混じり、あちこちで大きな水たまりを作っています。

 森でも歩くたびに足がすっぽり埋まりました。木の周りではサークル状に雪解けが始まっています。

 ぼくは森にエゾリスの様子を見に行きました。冬休みが終わると同時にエゾリスにナッツをあげる機会が減ったので心配だったのです。なんとしても冬を乗り越えて生き残っていてほしい。

 願いを込めながらおめあてのエゾリスの巣を探しました。巣はありましたけど高い位置にあるので残念ながら中をのぞくことはできません。首が痛くなるまでぼんやり見上げていたら、キタキツネを見かけました。口にエゾリスをくわえていてショックを受けました。

 そうです。この時初めて気づきました。冬を無事に越すためには食事も大事だけど()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



                                    (了)

いかがだったでしょうか。

あなた様の貴重なお時間の無駄にならなかったことを願うばかりです。

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