呼吸するだけで周囲がほめてくる件について
高校生になった記念に何が欲しいと両親から聞かれたので『ベッドが欲しい』と答えた。
なにせ人生の3分の1はベッドの上で過ごすからと、説得しかなりいいものを買ってもらった。
飛び込むと柔らかく受け止めてくれる。
気持ちいいなー。
このままずっとゴロゴロしていたい。
あー、学校いきたくないよー。
一日の半分を勉強しているなんて人間らしいといえる生活なのだろうか。
そんなことをぐだぐだ考えていたが、スイッチを切ったように意識が切れた。
「サトシ、起きてる?」
幼馴染の声が聞こえてきた。
世話焼きで、毎日おこしに来るとかギャルゲーのヒロインかよとツッコミをいれたくなる。
何か温かいものが右手に触れた。
細い指の感触から彼女の手が握っているのだと理解する。どうやら、オレを起こそうとしているらしい。
目を開けると、制服姿の幼馴染がこちらをのぞきこんでいる。
「今日もちゃんと起きられて、すごいすごい」
ふにゃりと口の端をゆるめて微笑みかけてくる。
昔だったら腰を手に当てながらさっさと起きろと布団をひっぺがしてきたというのに、ずいぶんと柔らかくなったものだ。
そこに扉を開く音と共に、もう一人部屋にうるさいのがはいってきた。
ポニーテールを揺らしながらこちらを見ているのは3歳下の妹だった。
「にいちゃん、おはー。息してる~?」
「もう不謹慎ね。大丈夫よ。さっきもちゃんと反応したから」
「そっかー、息しててえらいぞ~」
よしよしとお姉さんぶって頭をなでてくる。その仕草は小さい頃の妹にしてやったものだった。
中学生になって生意気になってきたと思ったが、最近はやたらとなついてくる。
二人の変わりぶりは、普通に考えたらあり得ない。
これは夢なのだろう。
きっと学校に行きたくない心が、こんな夢を見せているのだろう。
どうせ夢なのだからと開き直って楽しんでいる。
それにしてもさっきから視界の端のほうでピコピコと動いている数字が気になる。
【60になりました】
【61になりました】
【62になりました】
【63になりました】
寝ているだけなのに、だんだんと上がってきている。すごいなー。よくわからないけれど、どうやらオレの状態を教えてくれているらしい。
「それじゃ、またね」
そういって、二人が部屋から去っていった。
シンと静まった部屋の中、やることがない。
しょうがない寝よう。
ある日のこと、いつものようにやってきた幼馴染はどこか疲れた顔をしていた。
明るい口調で天気のことや、学校でのことを話している。でも、そこにはどこか無理をしているものが感じ取れた。
原因は明らかに自分だろう。
今日も機械的に数字を刻む機械に目をむける。
そうすると、彼女は悲しげに目を伏せた。
今の自分は人工呼吸器と点滴に生かされている。彼女がスイッチを切るだけで、その苦しみから解放されるはずだ。
「苦しいの?」
唯一動かせるまぶたを一回まばたきさせることで、肯定の意志を彼女に伝える。
「死にたい?」
迷わずにまばたきを一回。
彼女が立ち上がりベッドの周囲を回る。そのまま人工呼吸器の前に移動するのだろうと、恐怖と安心を感じながらその時を待った。
「だめだよ……。今日も心臓うごかせて、えらいよ」
ゆっくりと彼女が窓を開けると、冬の冷たい空気が流れ込む。
いつまでも変わらない病室で過ごすうちに、いつのまにか季節が変わっていたことを知った。
窓枠を握る彼女の細い指先が寒さで赤くなっていく。
……誰か、早くこの夢を終わらせてくれ。