第4話 高い壁を挟んだ日常
ツインダイヤモンド星座のいきなりの移動で、クイーンシティとダイヤ国の二つの王宮は、また新たな謎の解明にいそしむこととなった。
遼太郎は、先輩である朔とともに王立図書館に詰めることになりそうだ。
同じように、ダイヤ国はダイヤ国で、歴史学者などが資料を再度調査することになっている。
「もう、いやって言うほど調べたのにね」
「ホント、資料に穴があいたんじゃないって言うくらい」
マヒナとレイラの2人の歴史学者も、口ではそんなことを言いながらも、なぜか楽しそうだ。
「今回は天体が絡んでいるからな。どちらかというとその方面の専門は、月羽王妃かもしれないと思って、今日は資料を頼んであるんだ」
朔は微笑みながらそんな風に言う。
「え、王妃様と仕事が出来るの? わあ、嬉しい」
マヒナが言うと、レイラも同意する。
「月羽さま、可愛くて素敵ですもんね」
「コホン、誰が可愛くて素敵ですって?」
すると、彼女たちの後ろから声がした。
「え?」
「あらっ」
それは月羽本人だ。
女子2人は大慌てで席を立つと、少しかがむように歓迎の挨拶をする。
「月羽さま、ようこそ」
「不意打ちはいけませんことよ」
けれど2人に恐縮している様子はない。笑顔で月羽が抱えている資料を受け取って、さあさあ、と2人の間の席を勧めたりしている。
「よろしくね」
月羽も偉ぶった様子も無く、すんなりと2人の間に溶け込んでいる。
そんな3人を、微笑みを浮かべて眺めていた朔だが、早速本題へと話を持って行く。
「もう落ち着いたかな? では、月羽さま、資料の説明からお願いできますか?」
丁寧に願い出る朔に、こちらも居住まいを正して月羽が話を始める。
「はい。ではまず、この資料から・・・皆さんこれって見たことありますかしら?」
月羽が取り出したのは、一冊の本。よく見るとそれは天体神話の本だ。
「いいえ」「子供の頃に、読んだかなぁ・・・」
「いや、ないな」「俺もないです」
4人の返事を聞いて、月羽が本を開く。
「ですよね、神話の本なんて、大人になってからはあまり読みませんよね。信憑性にも欠けるかもしれませんし。でも、ラバラさまに言わせると、神話をおろそかにするような国は、いずれ滅ぶのじゃ~、だそうです」
ラバラの口まねがあまりにも上手なので、ブッと吹き出すレイラ。マヒナもうつむいて笑っている。
「ふふ、ラバラさまの真似、上手いでしょ? で、私もマヒナさんと同じく、小さい頃に読んだはずなんだけど、実はちっとも覚えてなくて」
そう言って少し恥ずかしそうにしたあと、あるページを開く。
「それで、もう一度読み返してみて、私が注目したのはここ、地に天を映す鏡が現れるというくだりです」
「天を映す鏡?」
すると遼太郎が、何かに気がついた。
「それはもしかして、あの湖の事では」
「そう! 私もそう思ったの」
嬉しそうに言う月羽が気になった箇所というのは、星の言い伝えの章にある一節だった。
戦は終わりを告げた。
地に大きな鏡が現れ、天を映し出す。
時が来て、鏡はまた天に帰る。
たった3行の文だが、月羽はどうにも気になるのだ。
「でね、同じような話が、ダイヤ国の天体神話にもあるの、不思議でしょ」
「それは興味深いな」
「ですね。特に最後の1行、鏡はまた天に帰る、と言うのが。もしかして、あの湖がなくなってしまうんだろうか」
顔を見合わせる朔と遼太郎。
そこへマヒナが疑問を投げかける。
「けど、あんなに大きな湖が、どうやってなくなるの?」
「残念ながら、この言い伝えには消滅の仕方は書かれていないの。もしかしたら、ツインダイヤモンド星座の移動も関係してるかもしれないでしょ? そういったことがどこかに記載されていないか、今日は出来るだけ資料を集めてきたの」
「わかりました。皆で協力して、探してみましょう」
朔の返事に、月羽は「ありがとうございます」と頭を下げ、丹念に資料に目を通し始めるのだった。
「結局、参考になるようなものは、なかったんだな」
疲れたー、と言いながら帰ってきて、ドサリとソファに沈み込んだ月羽に、丁央がお茶を持って行く。
「ありがとう。そうなの、念のためダイヤ国にも聞いてみたんだけど、手がかりなし。なんと言うことだ、私たちの苦労はなぜに報われなかったのか、なーんてね・・・、あ、美味しい」
芝居がかった言い方のあと、一口お茶を飲んだ月羽は、幸せそうに微笑む。
「それはお疲れ様でした、王妃さま」
隣に腰掛けた丁央も、手にティカップを持っている。
「でね、ジャック国ならもっと古い言い伝えがあるかもしれないからって、今、ジャック国の調査も開始しようかという話になってるの」
「ふうん、じゃあ月羽も行くのか?」
「ううん、そっちはとりあえずダイヤ国が担当してくれるって」
「そうか」
引き寄せられた丁央の肩に、ちょこんと頭を乗せた月羽は、また幸せそうな笑顔だ。
ここは王宮ではなく、その隣にある住宅街。入り口の一番手前に歴代の国王が住んでいるのだ。こぢんまりとしているが、住む人の品の良さがにじみ出ているような家だ。
「さて、では今日は、先にごはん? お風呂? それとも、お・れ?」
少し落ち着いたところで、陳腐なセリフを吐く丁央。今日は彼が先に帰っていたので、食事と風呂の支度は彼が済ませてある。
国王といえど、家に帰ればただの主夫なのだ。
「うーん、疲れたから先にお風呂に入ってくる!」
「じゃあ一緒に・・」
言いかけた丁央の言葉にかぶるような月羽のセリフ。
「出たらすぐにご飯食べるから、用意しておいてね~」
期待満々で、キラキラした瞳を投げかけていた丁央は、天然の月羽にスルンとかわされて、返す言葉もなくそのままソファに倒れ込んでいくのだった。
変わってここは旧市街にある、有名な占いの館。
「ただいま」
ステラとは、まだ恋人中なのだが、なぜかすでにここがほぼ遼太郎の家になってしまっている。
「おう、今日はゆっくりじゃったの」
そしてもれなく老人? 失礼、ラバラもついてくるのは当たり前。
なにせ、ラバラさまの占いハウスなのだから。
ラバラの後ろから、にこやかにステラが声をかける。
「お帰りなさい、なにか収穫はあった?」
「もうだいたいわかってるんだろ?」
「え? まさかね」
ステラは可笑しそうに答える。
天体神話の本の中には、ラバラが推薦したものもあるそうだ。
遼太郎の疲れた表情を見てステラが気づかないはずはないのだが。
「うーん、そうね」
と、ラバラがいるにもかかわらず、軽くKissをするステラ。
「おい」
「ふふ、おばあさまと違って、私はこうしないとわからないわ?」
と言ったあと、あら? と言う顔をする。
「ねえ、何か引っかかってる?」
「うん、いや、それは食事の時に。・・・腹が減った」
「はいはい」
すっと彼の腕に手を滑らせて、キッチンへ消えるステラ。
それだけで、疲れが少しとれたような気がした。
ステラの心づくしの食事を取りながら、遼太郎は天に帰る鏡の話をしていた。
「鏡が天に帰る方法は、結局どこにも見つけられなかった。けれど、神話と言うからには太古の昔の話なんだろうな」
「そうね、何千年、下手をすれば何万年も前かもね」
「その時代には、ああいう湖があったんだろうか、そしてツインダイヤモンド星座はそのとき、どこに輝いていたんだろう」
今、彼らがいるこの国々は、ほとんど一面の砂漠だけが広がる世界。クイーンシティや旧ダイヤ国の中には、大きな森の広がる地域もあるが、それ以外に植物が自然に生息する地域は、今のところ発見されていない。
「どういうこと?」
ステラが聞くと、遼太郎は考えつつ話し出した。
「今はこんな砂漠だらけのこちらにも、昔はネイバーシティのような海や湖もあったんだろうかと思って。それからこれは俺だけじゃないだろうけど、ネイバーシティで初めて雨を見た」
「ああ、あの」
「そう、空からシャワーのように水が降ってくる、あれ。水が太陽熱で蒸発して雲になり、またそれが水に戻って落ちてくるんだそうだ。けど、あの湖が出来てからも、こちらではほとんど雲はできないんだ」
そうなのだ、あんなに大きな湖があり、毎日晴れているにもかかわらずだ。
太陽はいつも湖を照らしている。けれどどういうわけか、こちらではほとんど水が蒸発していく様子も見受けられないし、当然、雲もない。
「水が蒸発しないのなら、なぜ天へ帰ると言うのか。けれどもしネイバーシティのようにまた雨になって地上に降ってくるのなら、帰りようがない。大昔に、本当にそんなことが起きていたんだろうか」
「神話はな、なにも昔の事実だけを語っておるのではないぞ」
すると、今まで静かに二人の話を聞いていたラバラが諭すように言った。
「おばあさま、どういうこと?」
ステラが驚いたように聞く。
「まあ、ほとんどはその時に起きた出来事の言い伝えじゃが、そこに巧妙に予言のようなものを織り込んでおるときがある」
「え? それではもしかして」
今度は遼太郎が聞いた。
ラバラはそれにうんうんとうなずく。
「王妃が見つけたその3行は、きっと予言じゃよ」
顔を見合わせる遼太郎とステラに、にんまりと笑って答えるラバラだった。
またここは、ブレイン地区と呼ばれる、趣向を凝らした研究施設が整然と建ち並ぶ一角。
「湖をあっという間になくす方法?」
「うん、専門外だと思うけど、水のことならそっちに聞く方が早いかなって思って。遼太郎や月羽さんが困ってるんだ」
「へえ」
通信のあちらとこちらにいるのは、あちらとこちらのロボット工学専門家。
一人は天才で、もう一人は優秀で地道な努力家だ。
「うーん、こっちなら日照り続きで干上がるって言うのがあるけど・・・、それにしてもあのサイズだもんね。あっという間っていうのはなあ」
「無理かな」
しばらくは、うーんうーんと天を見上げたりうつむいたりしていた鈴丸の顔が、ぱっと輝いた。
「ものすごーく大きなポンプで、水を吸い上げるってのは、どう?」
「ポンプ?」
「そう! あの容量だと、どんなすごいのがいるかなあ」
「どうせなら、ポンプ搭載型のロボとか」
「わあ、いいかも!」
なんとロボット大好き2人は、またとんでもない事を思いついたようだ。しかもかなり本筋からは離れているようだし。
まあ遊びだとは思うが。
「なーに泰斗くん、やけに楽しそうだね。あ、鈴丸くんじゃなーい。ふうん、なるほどなるほど」
そこへガバッと泰斗に覆い被さる影。
「重いですジュリー先輩」
予想通り、泰斗の先輩であるジュリーだ。
「あのさお二人さん? 遊ぶ暇があったら、きちんと仕事をしなさい」
泰斗が鈴丸の話を受けてチョコチョコっと書いたプログラムを見ただけで、ジュリーは二人の遊びに気がついたようだ。彼もまた、性格はどうあれ優秀なのだ。
「はーい。じゃあ泰斗、またね」
「うん」
通信が切れた後もジュリーは泰斗に覆い被さったままだ。
「なんですか先輩ぃ~」
「ふふーん、なんか2人で楽しそうなことしようとしてるじゃな~い?」
と言うと、キューッとハグをしてくる。
「俺も混ぜてー」
「うぐ、ぐるじい~先輩離してくだざい~、わかりました~」
その言葉を聞いて、やっと彼は手を離す。
「よし、頑張ろうね」
「ハア、やっと息が出来た・・・」
ひらひらと手を振って自分の席に戻りながら、ジュリーはとっても楽しそうだ。
「早くお仕事済ませようーっと」
「まったく」
ため息を落としつつ、泰斗はその後ろ姿を眺めてつぶやいた。
「ま、人は多い方が、いいよね」
「お疲れ様でした」
「ああ、お疲れ」
スタッフが帰って、しんとしたオフィスでひとり机に向かう斎。
ここは王宮近くの住宅街。彼のいるオフィスは「ゆきの建築設計事務所」と看板が掲げられたスタイリッシュな一軒家だ。
ほおづえをついて考えこむ斎の目の前に、コトリとマグカップが置かれる。
「ああ、ありがとう」
妻の雪乃だ。
「珍しいわね、よっぽど難しい案件みたいね」
「いや、ちょっとね」
苦笑する斎が指さすメールの内容を読んで、雪乃がプッと吹き出す。
「なーにこれ」
それはジュリーからのものだ。
《いえーい、斎くん、元気してるー?
実はさあ、お願いがあるんだよねー》
どうにもジュリーそのままのメールには、メカデザインの依頼が書かれていた。しかも正式な依頼ではないようだ。
「あの湖の水を全部吸い上げるポンプロボ? けど、その水どこへ持って行くのよ?」
「そうだな、どうやら彼らの息抜きみたいだけど。ちょうど湖の仕事にストップがかかったんで、こっちも余裕はあるんだけどね」
ツインダイヤモンド星座が現れたあと、とりあえず安全が確認されるまで、移動部屋の固定装置建設は中断されている。
「じゃあ、私たちもたまには息抜きしましょ」
そう言って、こちらは斎の後ろから優雅にハグをする雪乃。
「だな」
微笑みながら斎は彼女の腕を解いて立ち上がる。そして華奢な腰に手を回すと、2人はオフィスの2階、彼らの自宅へと消えていった。
ツインダイヤモンド星座は、彼らを見守るようにまだあの場所で輝いている。