第2話 ハリス隊の楽しい日常
「SINGYOUJIホテル」は、プライベートビーチを所有している。
美しい海岸線と真っ白な砂のビーチは、夏になれば海水浴を楽しむ宿泊客で賑わうが、さすがに春もまだ先の今は人っ子一人いないはず、だが。
「わあお!」
打ち寄せる大波に足を取られたカレブが、一瞬倒れそうになりながらも、なんとか踏みとどまる。
「水だけなら何とか慣れてきたんだけど~、この、波って奴が、・・・ほいっと」
またやってきた波を、こんどは上手く飛び越える。
「お、上手いじゃない。俺も頑張ろうっと」
こちらはやってきた波をヒョイとをかわして着地! と思いきや、続けざまにやって来た、一段と大きな波に身体ごとすくわれるレヴィ。
ザッバーン!
「うわあ、ホント読めないよねーこの波ってやつ」
倒れた体制で波に運ばれていくレヴィは、なぜかプカプカ浮きながらとても楽しげだ。
「けど、こうやってるとなんか癒やされる~」
「だよな。何なんだろうな、この海って奴は」
面白がって隣に同じように浮かんだカレブも、揺られるにまかせている。
すると、少し沖の方でザバンと水しぶきが上がり、誰かが顔を出した。
口にくわえていた簡易型のボンベを外すと、ふうー、と息を大きく吐き出している。
「5分以上潜っていられるなんてな。本当に海は初めてなのか? パール」
岸辺でストップウオッチを見ていたハリスが首を振る。なんと素潜りしていたのは、ハリス隊の最強美人、パールだ。
「ええ、もちろんですわ」
浮かびながらまとめた髪を器用に整えると、岸に向かって泳ぎ始めた。かなりのスピードである。
そんな様子をハリスの横で見ていた花音が、ふと思い出したように言う。
「そういえば私、ネイバーシティの人に、海から生まれる美しい宝石のこと聞いたわ。パールって言うんですって」
「そうなのか? でも興味深いな。クイーンシティに海はないのに、浅海に海から生まれる宝石の名前がついているなんてな」
「昔、と言っても、200年ほど前、ネイバーシティとクイーンシティには交流があったのですわよね。でしたら、私のご先祖様はこちらの方かもしれませんわね」
いつの間に泳ぎ着いたのか、パールが二人の横に立っている。
「パール、早っ!」
「そうかしら? それにしてもこのダイバースーツというものは、とても窮屈ですわ」
さすがに真夏ではないので、皆、ウエットスーツは着用している。
ただ、クイーンシティにはまだ水中で活動するコスチュームがないため、こちらのを借りているのだ。
「向こうとこちらでは、微妙に物質の成分が違うからな。あまり薄く出来ないんだろう」
「仕方ありませんわね」
「でも、これ着て、しかも水の中で自由自在に動き回れたら、すごいトレーニングになってるんじゃない?」
器用に波を乗り越えて? やってきたカレブがほんの少しだけ息を弾ませている。
「そういえばそうだな。じゃあ俺も少し長めに水に入ってみるか」
その横に来たワイアットが腕組みをしてつぶやいた後、ストレッチを始めだした。
「お! ワイアットやる気満々だねえ。おーし、俺も」
と、同じようにストレッチを始めるカレブ。すると隣で少し躊躇していた花音が、ワイアットの方へ歩み寄った。
「ワイアット、・・その前に」
「なんだ」
「ひとつはげそうなの」
と、爪を見せる。どうやらネイルがとれかかっているらしい。
「そうか、見せてみろ」
「ごめんね」
ワイアットは見た目に全く似合わず〈失礼〉ネイルのスペシャリストだ。ストレッチの時とはまた違う真剣な顔で、花音の手先を見つめている。
「こんなはげ方は初めて見るな。どうしたんだろう」
「私もこんなに早くダメになるの初めてよ」
すると、
「おーい、贈り物のご到着だぜー」
不思議に思っている二人の耳に陽気な声が聞こえてくる。そちらに目をやると、直正がカートを引き連れて歩いてくるのが見えた。
いや、カートだけではない、「クイーンシティからだよー」、「よう、頑張ってるな」、と後ろに鈴丸と琥珀も引き連れて。
「おお! これは!」
「そう! 必殺水中ロボ! どうだ、すげーだろ!」
「うん! すげーよ直正!」
「って、直正が作ったんじゃないけどね」
顔をつきあわせて言うカレブと直正の間に、ひょこっと鈴丸が入り込む。
「それは当然、知ってるよ」
「当然ってカレブくーん」
「泰斗だよね~すごいな~」
本当に感心したように言うカレブに、ちぇっと言う顔の直正とニッコリ笑顔の鈴丸だった。
カートで運ばれてきたのはあらゆるタイプのロボットたち。前回、鈴丸が改良型を泰斗に託し、それをもう一度泰斗が改良した、と言うわけだ。ここに持ってきたのはそのうちの水中を動き回るためのもの。
「中に人が入るタイプなんだ。こっちでは戦闘はまずないから、無人じゃなくてもいいんだ」
「へえ」
乗る、ではなく、入ると言う表現を鈴丸がしたのには訳があって、以前クイーンシティにたどり着いたロボットと違い、これはロボットとは言え、人とほぼ同じ大きさをしていてコスチュームと呼べそうな代物だ。
まず一番ガタイのいいハリスが試してみることにした。彼が入れれば、他の隊員もまず間違いなく着用できる。
「お?」
着終えたハリスが、中で驚いたような声を出したので、「どうした?」「大丈夫?」と皆が聞く。
すると横でタブレットを見ていた鈴丸が、嬉しそうにうんと一つうなずいて言う。
「大丈夫ですよ、今、ハリスの体型に合わせて、こいつが自分で調整をしてるんです」
「ああ、そのようだ。着る奴が変わればこいつもまた形を変える。いわばフルオーダーメイドロボだな。さすが泰斗だ」
「はい!」
「鈴丸も、だ。ありがとう」
「・・・はい!」
最初の返事とは違って、ちょっと照れたような返事をした鈴丸の頭を軽くなでて、ハリスはそのまま海へと入っていった。
「いーなあ次は俺!」「いや、私だ」などとはしゃぐ隊員たちを横目に、ワイアットは再び花音のネイルを調べ始める。
するとそれに気づいたララがそばへ来て聞く。
「どうしたの?」
「あ、ララ~。ネイルが~」
「ネイル?」
「うん、いつもよりずっと早くはがれちゃいそうなの」
悲しそうに言う花音のあとにワイアットが言う。
「それにおかしな感じなんだ」
「ふーん、ちょっと見せて?」
すると後ろから3人とはまた違う声。
「きゃ」
「え?」
いつの間にそこにいたのか、ナズナが爪をのぞき込んでいた。溶け出したようにへしゃげたネイルをまじまじと見つめた後で言う。
「ああ、これってきっと、ネイルの成分よ」
「成分? ・・・そうか!」
ナズナの言葉の意味がわかったのはララだ。
「海の成分よね?」
「正解、さすがララ」
「どういう、こと?」
訳がわからず聞く花音に、コホンと咳払いなどしてナズナが説明する。
「クイーンシティのネイルは、海の中で使うようには作られていない。って言うか、こーんなに強い塩分を含む水に、長時間つかる想定はされていないからよ」
「ああ、そうか。だからネイルの成分が、塩分に耐えきれずに溶け出したんだな」
「そう」
「ええー? じゃあ私海に入れない~。これの修正も出来ないのぉ」
がっくりする花音に、ナズナが魅力的な提案をした。
「あら? ネイルを楽しむのは、クイーンシティの女子だけじゃなくてよ? 私たちだって。しかもここはSINGYOUJIホテル、素敵なネイルルームを完備しております。いつでも淑女をお待ちしていますわ」
「本当? 嬉しいーー」
大喜びでナズナに抱きつく花音の後ろで、遠慮がちにワイアットが聞いた。
「紳士も行っていいか?」
「話は終わったか?」
すると、そのまた後ろから声がした、ゾーイだ。
けれど、「あ、ゾーイ」と笑顔で後ろを振り向いた花音が声を上げる。
「え? やだあ~ゾーイが作業ロボットになっちゃったあ」
そう、なんとそこにいたのは、クイーンシティではおなじみの作業ロボットだ。
ワイアットも、え? と言うような顔をしたが、次に聞こえてきた声で納得する。
「あ、驚かせてすみません。これは改良型の作業ロボで、双方向の音声画像転送装置がついています」
鈴丸だ。
「えーと、こっち見てくれますかー、皆さんの右側」
言われたとおりそこにいた4人が右の方を見るが、ただ綺麗な砂浜と青々とした海が広がるだけ。
「あ、違った。えへへ、すみません左側です」
と言う声に、揃って左側を見ると、あきれたように鈴丸を見ているゾーイがいた。
「おまえ結構おっちょこちょいなんだな」
見れば彼女はマイクがついた少し変わったゴーグルをつけている。その隣で苦笑いの鈴丸は、手にタブレットを持っていた。
「彼? 彼女? 作業ロボってどっちかな。とにかくその子が見たものを映像にして、このタブレットとゾーイさんがつけてるゴーグルに送ってくれます。もちろん音声も」
鈴丸の説明を聞いた女子3人は作業ロボの前へ行くと、手を振ってはしゃぐ。
「面白そう~、ゾーイ~、見えるー?」
「鈴丸くん~」
「きゃほーお二人さん」
鈴丸と顔を見合わせたゾーイは、肩をすくめて腕組みをしたあと、
「よく見えるぞ。3人とも美人だな」
と、冗談とも本気ともつかない言動を繰り出した。
「やーだあ、ゾーイったら、またそんな本当のこと」
「そうよお」
「フフ」
そんな3人を可笑しそうに見ながら、鈴丸は説明を続ける。
「この作業ロボを使えば、人が行かなくても作業の様子をリアルタイムで見ることが出来るので、危険な場所とか、・・・」
鈴丸の言葉が途切れたかと思うと、次はゾーイが話し出す。
「水中での作業も簡単になる。ロボ、行ってこい」
するとゾーイの言葉に反応したかのように、作業ロボが海に向かって歩き出した。ザバザバと水に入ると、あっという間に姿が見えなくなる。
「すごーい、ゾーイの言うこと聞くのね」
花音が感心したように眺めて言う。
いつの間にか鈴丸の隣に移動していたワイアットが、タブレットをのぞき込んで言った。
「こいつは水中でも動けるのか」
「はい、泰斗と一緒に頑張りました」
すると今度は、そのタブレットからハリスの声が聞こえる。
「こっちへ来たぞ」
ハリスの着用した水中コスチュームが手で合図をしている。
「ハリスさん、ずいぶん慣れましたね」
「ああ、そろそろ交代するか、・・・おおっと」
と、そのハリスの後ろをかなりのスピードで横切るものがいた。水流に押されてぐらつきはしたが、踏ん張ったハリスの隣に、何かやってきた。
それは水中スクーターとでも言うのだろうか、小さめのジェットスキーのような乗り物にまたがったパールだ。優雅に手を振った彼女は、上へ上がる、とサインを出すと、また水流を巻き起こして行ってしまう。
「なにあれ」
「すごーい、私は次、あれに乗りたい!」
「これも鈴丸が作ったの?」
すると、こちらもいつの間に移動したのか、美女3人が押し合いへし合いでタブレットをのぞき込んでいる。
「わあ、そんなに押さないで」
焦る鈴丸が操作して、空中に画面を映し出した。
「あら、最初からこうしておけば良かったのに」
皆が見つめる先に、すごいスピードで優雅に水中を駆け抜けるパールと、岸へ戻っていくハリスが見える。
目を転じると、海中から姿を現したハリスに、「次は俺だよー」「いや、私だ。勝負するか?」とまとわりつくカレブとティビーのもとに「おお! 面白そうだな!俺も参戦するぜ」と、なぜかイサックまでがやってくる。
その隣で、
「パール~、早く上がってきてぇ」
「だめですよお、次は俺って約束したんだから」
と、こちらも水中スクーターの順番で火花を散らす? 花音とレヴィがいるのだった。
ただ、フェミニストのレヴィが花音に先を譲るのは火を見るより明らかだったので、ワイアットはレヴィにほんの少し荷担することを決めた。
「花音」
ワイアットに呼ばれた花音が、こちらを見る。
「ネイルを海水に強くする方が、先決じゃないか?」
あ、と言う顔をして自分の指先を見た花音は、ひとつうなずくとレヴィの肩をポンと叩いて、嬉しそうにこちらへ走ってきた。
「そうだったー忘れてた~。ナズナ、ネイルサロンに案内してえ」
「かしこまりましたわ。じゃあとりあえずシャワーして淑女に変身しまょ。あ、紳士にもね」
彼女たちは肩を組んで楽しそうにホテルへと戻っていく。
花音に見えないようにレヴィにむけて親指を立てたワイアットは、微笑んで2人の後に続くのだった。