第1話 次元の扉その後
ここは、とある超有名ホテルの庭園。
そこにポツンと立っている扉付の門。
これまでなら、そんな門があることすら誰も知らなかったのだが、今は扉の前に長蛇の列が出来ている。
というのは。
「ねえ、通れるかしら?」
「さあね、噂じゃ一攫千金くじより確立低いってことだよ」
「ええ!?」
「まあ良いじゃないですか、一生に1度の大博打! 上手くいけば夢の世界で遊んでこられますよ」
直正・綴・鈴丸・琥珀の4人の大活躍? で、再び脚光を浴びた次元の扉。この扉は、クイーンシティと呼ばれる、こことは違う世界へと続いている。
通称「バリヤ」。
200年程前までは、イグジットJとイグジットEと言う2つの扉があったのだが、今ネイバーシティで確認されているのは、ここ「SINGYOUJIホテル」のこの門ただひとつだけだ。
クイーンシティから無事に帰ってきた直正たちは、忠実に事実だけを報告し、動画や写真も本物を世界に配信したのだが、何事も誇張を信条とするマスメディアが、それを夢の世界に作り替え、でっち上げをさも本物であるかのように流したため、何も知らない老若男女善男善女が大挙して押しかけたという訳だ。
ただ、「誰でも通れる」と言ううたい文句でメディアが宣伝したバリヤは・・・。
ジジジジジ・・・ヒョイ!
「通れたー! あれ?」
扉が閉じると同時に、その裏側に現れる人々。
今のところほぼ100%が、次元の通り道にはじかれて、元来た所へと帰されるのだ。
そして、帰った彼らの前には仁王立ちで腕組みをするナズナがいる。
「はい! 残念でした! 」
「ええ~?もう一回~」
泣きついてくる人たちに「何度通っても同じだって言ってるでしょう?」と、ナズナがツンドラのようなオーラですごむ。
「ひえ?!」
その「ひと睨み」で皆、青くなってホテルへと逃げ帰っていく。
「まったく! 厚かましい連中ばっかりなんだから」
ふん! と息を吐いてあきれかえるナズナに、「おー、こわっ」と言う声が聞こえる。そっちを見やると、見栄えはいいが軽そうな男が、扉を開けて並んでいる人を誘導していた。
「では、次のグループ、用意はいいですかー」
直正だ。
次元の扉が大流行だと聞いてやって来た彼が、あまりの盛況ぶりにてんやわんやしている様子を見かねて、手伝いを申し出たのだ。
「わあ、みてみて、中すっごく綺麗」
「ホントだ、金銀よお」
「おお、あなた方のように美人でチャーミングなら、通れるかもしれませんよ?」
だが、軽薄さは相変わらずだ。手を取って誘導などしている。
「あら」
「やだーありがとう、じゃあ行ってくるわね」
「どうぞお気をつけて、行ってらっしゃいませ」
深々とお辞儀をして、見送る。
だが。
ジジジジ・・・ヒョイ!
どんなに美人でチャーミングでも、次元の通り道はシビアだ。
「やーだあ、やっぱり通れなかったー」
「はい! 残念でした!」
ナズナが無表情で言うが、彼女らも厚かましさは持ち合わせている。
「あのお、もう一度・・」
「なんですか?」
「ひえっ!」
押し殺した声と不穏なオーラに、さすがの美人も逃げ帰っていく。
直正は「ナズナー恐すぎー」と、彼女らの後を追いかけていく。どうせあとでお茶でも、とかお誘いに行ったのだろう。けれどそれだと案内人がいなくなる。
ナズナがちょっと憤慨していると、入れ替わりに鈴丸がやって来るのが見えた。
今日はそのほかに、綴も受付で手伝いをしている。
クイーンシティに残った琥珀を除く3人組が「SINGYOUJIホテル」に揃っていた。
「お疲れ様でしたな、直正くん、綴くん、そして鈴丸くん。お茶を用意しましたのであちらにて」
「MR.スミス! ご無沙汰しています」
鈴丸が嬉しそうに言う。
MR.スミスは、以前この扉を管理していたのだが、クルスがその任務を引き継ぐこととなり、今はクルスの教育と補佐をしつつ、本来のホテルバトラーも兼任していた。
最後の挑戦者がジジジジ、ヒョイ! と言う音とともに帰ってきて、本日の通り抜けは終了。
ボランティア3人組がやれやれと肩の荷を降ろしているところへ、MR.スミスが、彼らの労をねぎらうために呼びにきたのだった。
「はあ~、それにしても暇人が多いんだな、いや、物好きって言うか」
大きくため息をつきながら直正が言うと、前を歩くMR.スミスが振り向いて微笑む。
「マスメディアにあおられているだけでございますよ。昔は、人の噂も七十五日、とか言いましたが、最近はそれがどんどん短くなっておりますから、もうそろそろ忘れ去られる事でしょう」
MR.スミスの言い方に、プッと小さく吹き出して鈴丸が言った。
「あんまり忘れ去られるのも考えものだけどね」
「いや、願ってもないことだ」
綴が思いがけない事を言い出すので、鈴丸が「なんで?」と聞いている。
「こんなに人がいては、いざというときに、俺たちが向こうへ行く際の邪魔になる」
目を見張った鈴丸と、目を見張りはしたがすぐに笑い出す直正。
「ハハハ! さーすが頭ガチガチの綴、いいこと言うねえ」
ガバッと綴の首に腕を回したが、「やめろうっとうしい」と怒られる。
「ホホ、仲がよろしいですな。よいことです」
「そうなんですよー、綴と俺は長いつきあいなんで。あ、鈴丸も後から知り合ったけど、波長が合うって言うか、なんていうか」
「波長が合うと思っているのは、お前だけだろ」
「ええー? 綴くんひどーい」
懲りもせずふざける直正と、睨みつつも腕を振り払おうとしない綴を見て、彼らの前後でMR.スミスと鈴丸は笑って頷きあった。
彼らが初めてここへ来たときと同じ応接室で、お茶をごちそうになる。
「MR.スミスの入れるお茶は、相変わらず美味しいです」
「ありがとうございます」
ティカップをテーブルに戻しながら綴が言うと、MR.スミスは嬉しそうに礼を言った。
「懐かしいね。ここでバリヤの正体を知ったんだよね」
「そう! あのときから俺たちの波瀾万丈の冒険が始まったんだ」
「冒険って大げさ。まあ、言われてみればそんな気もするけど・・・」
「鈴丸、直正の言うことを真に受けなくてもいいぞ」
「はい、わかってますって」
「真に受けるって、ひでぇ。鈴丸もなんだよお、わかってるって」
言葉とは裏腹に、ぜんぜん応えていない様子で頭をかく直正だ。
すると、コンコンとドアがノックされる。
返事をすることなくMR.スミスが扉を開けに行くと、そこに美男美女が立っていた。
「皆様お疲れ様」
「せっかく来ていただいたのに、忙しい思いをさせてしまいましたね」
ご存じの通り、クルスとナズナだ。
クルスは手にスイーツを乗せたトレイを持っている。それにいち早く目をとめた直正が、嬉しそうにそばへ寄っていく。
「うわ、なんですか」
「疲れているだろうと思ってね、少し甘いものを」
「ありがとうございます、俺のため」
「あんただけのためじゃ、ないわよ」
彼らの前にスイーツを置きながら、すかさず釘を刺すナズナ。
「けどまあ、よく働いてくれたから。コホン、ありがと」
けれどその後は、素直に? お礼を言っている。
「よく働いたーって気はするけど、なんだか楽しかったよね? 綴も」
「うん、まあ・・・」
素直に聞く鈴丸には、綴も素直に答えるしかないようだ。
しばらくは、美味しいスイーツと美味しいお茶でワイワイしていたが、ふいに部屋の電話がヴィンヴィンと鳴り始める。
「ご到着のようですな」
「はい」
クルスと頷きあったMR.スミスが電話を取るより前に、直正と鈴丸が部屋を飛び出していった。
「いやっほう」
「直正さん早すぎ~」
向かう先は、さっきまで手伝いをしていた次元の扉だ。
ヴィンヴィン・・・。
電話とは違う音が、バリヤの向こう側から響いている。
やがて扉を縁取るように金銀の光が漏れ出して、静かに消えていった。
ポウン、と音がして、扉が静かに開く。
とたんにまばゆいばかりの金銀があふれ出し、ポンポン弾んでいたリトルたち、しばらくするとそいつらはハッと気がついたように動きを止め、サァッと扉の中へ戻っていってしまった。
かわりに中から出てきたのは。
「うー、何度通っても最後はまぶしいな」
「ホントね」
「琥珀!」
鈴丸に飛び付かれて、「おっとー」とバランスを崩す琥珀と、
「ララちゃーん」
直正に飛び付かれて、ヒョイと身をかわすララだった。
「いててて、ひどいよぉララちゃん」
ドサッと倒れ込んで情けない声を出す直正。後ろから綴が容赦なく言う。
「どさくさに紛れて、ララさんに抱きつこうとするからだ」
「ええー? 違う違う。懐かしくてハグしたかったんだよお」
「やっぱり抱きつくつもりだったんですね」
鈴丸にまで突っ込まれて、座り込んだまま頭をかく直正に、琥珀が手を差し伸べた。
「相変わらずだな、直正は。久しぶり」
「ありがと。元気だった?」
「もちろん」
笑顔を見交わす2人の間からヒョイと顔を出して、鈴丸が聞く。
「一角獣はその後、どう?」
「ああ、個体数も変わりないよ。それより鈴丸は、泰斗の事の方が聞きたいんだろ?」
「あれ、ばれちゃった」
ぺろっと舌を出して照れたように笑う鈴丸に、琥珀はあきれた様子もなく、後ろをついてくる大きなケースを指さす。
「あれに、色々入ってるから心配するな」
「ありがとう!」
あちらとこちらのロボット工学博士は、お互いの世界で引っ張りだこで、あれから思うように行ったり来たりも出来ていない。
そのため、ちょうどこちらへやってくる琥珀に、ありとあらゆるものを泰斗が託してあるらしい。
「それにしても大きなケースだな」
綴があきれたように言う。実際それは幅2メートル弱、高さは琥珀の身長ほどもある。
「それに、バージョンアップされてますよね?」
嬉しそうな鈴丸。
「よくわかるな。そうだよ、泰斗が、あーでもないこーでもない、とかぶつぶつ言いながらチョイっと何かしていたな」
「うん! だって動きがすごくなめらかだし、こんなガタガタ道でも忠実に琥珀さんについてくるし」
そうなのだ、ケースは、話しながらホテルの玄関へと向かう彼らに、後れを取らずについてくる。
「で、中には鈴丸用だけじゃなくて、先に来ていたあいつら用のも入ってるんだ。だからこんなにでかくなった」
「わあお、あいつらって当然」
直正が楽しそうに言うと、琥珀はうなずいて答えた。
「ハリス隊、だよ」