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過去と現在

放課後 駅前


智一は、待ち合わせ場所である駅前に着く。

「あっ、智一」


挿絵(By みてみん)


琴音は智一の存在に気付くと、耳にしていたイヤホンを外し手を振った。

「よっ、他の二人は?」


「いやまだ来てない」

その間に飲み物でも買ってしまおうと思い、智一は自販機の前に行く。

「何にしようかなぁ…」

智一は炭酸飲料を二つ買い、琴音の居る場所へと戻る。


「ほら、お前の分だ。俺のおごりって事を忘れるなよ」

またイヤホンで何か曲を聴いていて、智一の存在に全く気付かない。

今さっき買ったばかりの冷たい炭酸飲料を琴音の頰に付ける。


「ひゃっ、冷た」

驚いたのかイヤホンを取り、智一の居る方向に顔を向ける。

「お前に買って来てやったんだぞ」


「なんか生意気」

琴音が智一の手からペットボトルを取ろうとする。

「あげる前に言うぞ。これ俺のおごり」

それだけ言って琴音に与える。

おごりを強調するのは重要だ。

あの炭酸飲料は160円で売っていたので、後で160円分おごってもらう事を心で誓った。





「あいつら遅いな」

智一と琴音は駅前に着いてから三十分間の間、他の二人が来るのを待っていた。

電話をしてみるが繋がらない。


するとメッセージが来る。

「ごめん、今日行けなくなった」

竜司からだった。

「はいはい、了解ですよっと」

メッセージを送るとまた通知音が鳴る。

「おい!桜木もかよ。だとしたら…」

だとしたらだ。この場には、智一と琴音の二人きりという事になる。

「智一、どうしたの?」


「今日な、桜木も竜司も来れなくなったってさ」

こんな事は初めてだった。

二人共約束は必ず守る主義な筈だった。

「そうすると私達二人きりだよね」

そうだ。二人きりだ。

もしやとは思ったが、あの二人は智一に気を使ったのだと考えられる。

「どうする?二人じゃつまらないし、帰るか?」

時刻は18時15分。

夏付近だとこの時間帯はまだ明るく、正直帰るのが勿体無いくらいだ。


「そうだ!まだ時間あるよね。久しぶりにあの場所に行かない?」

智一の許可が無いまま琴音は先へ行く。

自転車を走らせる。

「あの場所ってどこだ?」


「着いてきたら分かるよ」

そのまま着いて行く。

なだらかな坂道を登り、そこは見えた。

見覚えのあるというかつい三年前に来た場所であったのだ。


自転車を止める。

その場所はベンチが二つ並んでいて、ここでランニングをしているおじさん方が休憩に使う場所である。

だが、あまり他の学生が知らないだけでここは絶景のスポットなのだ。


「なんでこの場所なんだ?」

その質問を無視するように、琴音は遥か遠い景色に指を指しながら言う。


「ほら見て、この街と夕日が混ざって綺麗でしょ?」

その指先には、遥か遠くにある夕焼け色の空に山々の地上の色が溶け合いただただ美しい景色だった。


「綺麗だ」

この景色は今まで琴音とは二度見た事になる。

それは、智一達が中学三年の時。


琴音はいじめを受け、心はもう折れかけていただろう。

そんな時、智一は琴音をこの場所へ連れて行き、今と同じこの美しい景色を見せたのだ。

今ではすっかり忘れていたが…。


「この景色と比べたら、今悩んでいる事なんてちっぽけだ…。この言葉を掛けてくれた智一のおかげで救われたんだよね」


今こうして彼女が、無事でいるのも当時の智一のおかげだ。


「なんで私が皆に転校するのを知られたくないかって分かる?」


「それは、特別扱いされるのが嫌なんじゃなかったのか?」


「表向きの理由はね」

表向きという事は、裏がある。

それは智一は聞いて良い事なのだろうか。

「本当はさ、あの二人の事は一応信用できる友人だと

思ってる。けど、言い出すのが怖かった。また何か、前みたいな事が起きるんじゃないかって」

いじめ…それが彼女のトラウマとして強く根付いてて

感情に恐怖、不安を生み出しているのだ。

「大丈夫だ。もし何か起きたとしても俺は味方だ」


「やっぱり変わらないね。智一は…」

会話中には気付かなかったが、既に陽が落ち、辺りは暗くなって、電灯は明かりをつけ始めていた。

「そろそろ暗いし帰るか」


「うん」

二人は夜道を帰る。

それぞれの戻るべき場所へと。



「ただいま〜」

玲香が玄関まで出迎えに来る。

「お疲れ様です。兄さん」


「先、風呂入って良いか?」


「良いですよ」

風呂場は、玲香が掃除をしてくれたのかとても綺麗な状態であった。


今日一日は智一にとって、とても長く感じられる物で

琴音について考えてしまう。

「嘘の恋人って何だよ。あいつと恋人ごっこなんて出来るわけないだろ」

智一は琴音が何を考えて行動してるのか分からない。

何もかもが突発的で、それでいて理由も不鮮明だ。


「そういえばあいつのいじめの詳細が未だに分かんないんだよな」


それがどういうものだったかは、本人からは聞いていない。

ただ自分から聞く事は、彼女に嫌な記憶を思い出させるのと一緒だ。


『変わらないね。智一は…』

琴音が引っ越すと知った過去の自分は、今と同じ事をしたのだろうか。

それともまた別の行動をしたのか。



「あいつは変わったのかな。あの頃と違って…」

その変化にはまだ誰も気付けはしない。

全ては着実に動いているのだ。

ただそれが目に見える変化ではないというだけだ。



智一は、暑苦しくなった風呂場から抜け、着替えをしてからキンキンに冷えた飲料水を飲む。


「ふぅ〜。うめぇ!!」


枯れた大地に恵みの雨が降り注ぐような感覚が口の奥に染み渡る。


「兄さん。夕食出来ましたので、用意しますね」


「いや俺も手伝うよ」

皿を机に並べていく。

全て並べ終える頃には、凄い量になっていた。


「多いなぁ。これ今日食べられるか?」


「多分なんとかなります。なんとかなるよう頑張るんですよ兄さん!!」

そう言うと、玲香は皿を手に取る。


「おう、やれるだけ頑張るわ」

こうして智一達は、頑張った。

頑張ったのだが…。


「もう駄目です。このままじゃ胃が…」


「流石に作りすぎたな…」

身体がとてつもなく重い。

動くと吐き気がする。

智一は、動く事を諦め休憩を取る事にした。


しばらく時間が経った頃、一本の電話が鳴る。

「誰ですか?兄さん見てきて下さい」

玲香は、まだ十分な休憩がとれていなく、ソファに寝たままの状態でいる。


「はいはい。分かったよ」

受話器の側まで行き、鳴った電話を取る。

「もしもし、河島ですが」


「あっ、もしもし智一?」

それは、霧島 琴音からの電話であった。


「何か用か?俺は今さっき大量の夕食を食べさせられたんだが…」


琴音は、受話器の向こう側で苦笑いをしている。

「兄さ〜ん。誰から電話ですか〜」

相変わらず玲香はダルそうだ。


「琴音からだよ」


その名前を聞いた途端、玲香は再起動する。


「兄さん、その電話変わってください!」


「ほらよ」

電話を手渡す。

何を話しているが分からないが、話が盛り上がっているみたいだ。


「はい、分かりました。兄さん、琴音さんが電話変わって欲しいって」

いつの間にか、玲香は琴音を名前で呼ぶようになっていた。

玲香は、智一に電話を突き出す。

「何の用だ。変わって欲しいなんて、あいつからは珍しい言葉だな」

電話を手に取る。


「はい?何だ俺に用って」


「今日は、ありがと。私の嘘なんかに付き合ってくれて」

お礼を言われる。

「別に大丈夫だ。それよりも驚いたなお前が自らあの場所に行ったとは」


「だって、あの場所が今の私を生んでくれたハジマリの場所なんだから。それと私が気付いた日でもあるから…」


気付いた日…?

「気付いたって何をだ?」


あの日何があったかは、智一は覚えてない。

智一が何を琴音に語ったかも知らない。

「覚えてないんだ…。あっ私、そろそろ寝るから切るね!」

覚えてない…。その言葉を掻き消すように会話を終了するように唐突に言う。

「分かった。おやすみ」


「智一、おやすみ」

プツッと電話の切れる音がした。


『覚えてないんだ』その意味深な言葉は、一体何を意味するかは、まだ智一には分からなかった。


そして琴音があの日何に気付いたのかも。


二人の過去は一緒に過ごしてきた筈だった。

だがそれは何故かずれてゆく。


「一体俺は、あの日何をしたんだ…」

嘘を共有した最初の1日が終わりゆく。

そして夜は深くなっていく。




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