それが僕達のハジマリであるように
6月29日(水) 08:00
智一達が教室に入ると、皆の変わらない日常が広がっていた。
残り2カ月、智一と琴音はその短期間の間はまだ今と同じ日常だ。
胸の奥に宿る小さな不安。
その正体は未だに掴めない。
「はぁ…」
琴音とは同じクラスだが、あの話の後からは気まずくなってしまった。
「おい、智一どうした?さては朝から大切な幼馴染さんと痴話喧嘩でもしたか?爆発しろこの野郎」
「な訳ねぇだろ!」
このうるさいのは雉鳩 竜司といい、中2からの付き合いだ。
「またまた〜、恥ずかしがっちゃって〜」
「そろそろ本気でうざいぞ。竜司、智の事も考えてやれ。」
智一を庇うのは、桜木 瑞希だ。
「でもあれをしたのか?その…あの…私の口からは言えない」
外見はクールだが、本性は少し残念な奴である。
智一は、普段は琴音を含むこの三人と過ごしている。
「ごほん。いや本当の事を聞こう。智は、琴音と何かあったか?それも余程信じられない事だとか…」
全て合っている。それは信じたくはないが目を背けてはいけない事実。
仲間に相談すべきだろうか。彼女がこの街から2カ月後には居なくなると…。
そしたら仲間は答えを出してくれるだろうか。
でも一人で抱え込むよりは楽だ。
「実はな…」
智一は言おうとした。だが背後から口を押さえられる。
「ちょっと智一借りる。ごめんね話を邪魔して」
それを阻止するかのように琴音は智一を連れて行く。
「おーい、もうすぐ授業始まるぞ。ってもう居なくなってる。やれやれ、智一お前も挑戦者だな」
08:30 ーー屋上ーー
既に授業の合図の予鈴は鳴っていた。
「はぁ…。何だよ屋上まで俺を連れ出して」
屋上は、授業中だからか人の気配は全く無い。
ただ夏の始まりを告げるような潮風の匂い、そして夏をフライングした蝉の鳴き声が聞こえるばかりだ。
「あのさ、秘密にしてもらいたいんだ私の転校の事。
今は瑞希にも竜司にも知られたくない」
秘密…。それは特別な意味合いにも感じる。
「秘密…か」
夏風が吹く。暑い夏には涼しくて心地よい風。
琴音の制服に風が当たる。
「うん!秘密。私一人で抱え込むより、二人で抱え込む方がいいなぁ。こういうのってそうだな〜」
夏が琴音を目立たせるような気もした。
彼女は笑顔で言った。
「二人だけの秘密!って事になるね。なんか特別みたいだね」
その笑顔は、今までに見ていた琴音の印象を覆す物になった。
だがそれでこそ思ってしまう。
まぁ、今可愛く思えたのも、気のせいだと。
「秘密の件は俺も協力してやる。で、もう用は無いな?授業に戻るけど…」
「待って!」
智一は呼び止められる。
「今から授業に出ても怒られるだけだし、いっそ二人でサボらない?」
サボりの共犯か…。
一時限目は確か「数学」か。琴音の苦手分野である。
それで途中からの参加をするのならサボってやりたいという気なのだろう。
「まっ、いいぞ俺は」
「わーい、やった!これで大嫌いな数学がサボ…いやなんでもない!聞かなかった事に」
読みは当たったようでただ単にサボりたかっただけのようだ。
「あのなぁ、お前って昔から喜ぶ時ほんとガキみたいに喜ぶよな」
「そうかな?これでも大人らしくしてるけどなぁ」
彼女の大人らしいの基準は一体何なのだろう。
「確か、智一は私のやりたい事はやってくれるんだよね。」
「そう言ったな」
「じゃあ私からの一つ目のお願い。瑞希と竜司の居る前では、いつも通りに接して。私特別扱いとか嫌いだからさ」
琴音からの最初のお願いは、シンプルで簡単だ。
「分かった」
「智一の素直なところとか、私惚れちゃうなー」
棒読みの棒の部分を強調したような発音で言われる。
「お前なぁ、そんな思ってもない事言ってるから、俺があいつらにお前と夫婦だとか、付き合ってるだとか適当な事言われとるんだからな」
実際には、それだけが原因ではない。
「んで智一は嬉しいの?それ言われて」
「嬉しい訳ないだろ。第一、あれだぞ。何年も一緒に過ごしてきた奴に惚れるとか無いからな。知りすぎて
最早生活の一部だからな」
琴音はクスッと笑う。
「幼馴染の事を生活の一部って、まぁ私も何年も一緒に過ごしすぎて、そんな感情なんて湧いてこないからなぁ」
一時限目の終了の予鈴が鳴る。
「ふ〜。数学は潰せたかぁ〜」
今確実に本音が出た。
「付き合ってくれてありがと。それと約束は守ってよ。守ってくれなきゃ変な噂流すから」
「それ脅迫って言うんだぞ」
智一と琴音はようやく教室に戻る。
すると竜司と瑞希が迎える。
「一時限目の間はお楽しみでしたね」
竜司はふざけて言ったのかと思われたが、多分確実に事後だと思われている可能性が高い。
しかも某ゲームで見たような言葉を言っている。
「あのなぁ、ちょっと勘違いしてないか。俺はやましい事なんてしてないぞ」
竜司は、何を言っているのかは分からないがブツブツと独り言を言っている。
とりあえず予鈴が鳴ったので席に着く。
その後は、真面目に授業を受け、昼になった。
12:30 ーー教室ーー
智一達は普段昼食を教室で食べている。
いつもは単なる雑談など別に気軽に話せる話題なのだが、朝の件があってからというもの付き合ってる疑惑
が濃厚になってしまった。
「皆が噂をしてるけど、結局のところどうなんだ?
智は、琴音と付き合ってるのか?」
外見の何考えてるのか分からないようなクールな顔立ちとは違い、瑞希はど直球に聞いてくる。
「本当にあいつとは付き合ってないし、ただ話してただけだって」
「じゃあ何の話だか聞かせてくれるか?一応琴音の親友では居たいと思ってるからな」
話の話題まで聞いてくるとは中々の手強さだな。
「えぇっとなぁ〜。それは・・・」
駄目だ言葉が思いつかない。
脳をいくらフル回転させたとしても、出てくる言葉は自白で琴音との約束を破る事になる。
「瑞希。あんまり聞かないで、そんな色々な人に知られたくないの。だから竜司と瑞希絶対に他の人に言わないでね」
琴音は瑞希と竜司の耳元で何かを言う。
瑞希は態度を変えないが、竜司は飲んでいた茶を吹いた。
「おい、竜司どうしたんだよ」
竜司は吹いた茶の跡を拭き、そのままニヤニヤと智一
の方向を見る。
「良かったなぁ。智一お前は幸せ者だ。」
嫌な予感がする。これは変な事を言ったのだろう。
「なっ、なぁ琴音さん?お伺いしたい事があるのですが」
「何?」
「さっき、なんて耳元で言ったんですか?」
「恥ずかしくて忘れたの?」
恥ずかしいなんてさっき屋上に居た時そんな感情にはならなかった。
「もう一回言うよ。私は智一の事が好き。だから一時限目の最中に告白したの。そしたら智一はいいよって言ったじゃん。あの時凄い嬉しかったんだから」
流石に、嘘にも限度がある。
しかもこの中で合ってる事は屋上と一時限目の最中くらいしか無い。
「お前な、嘘も程々にしろよ」
不意に智一の口に何かが当たる。
それは琴音の指だった。
「嘘だなんて酷いなぁ。ならもっと凄い事した方が良い?」
いやそういう問題ではない。
「ちょっと琴音来い」
廊下まで引っ張り出す。
「どういう事だ?いつも通りにしてって言ったのお前だろ」
琴音は余裕そうな顔をしながら言う。
「だから竜司達に日々言われるのなんて面倒でしょ?
だからいっそのこと付き合ってる事にすれば、2ヶ月は何も無く過ごせると思ったの」
そんな理由で…。
「今、そんな理由でって思った?勿論それだけじゃないけどね」
完全に読まれている。
「でもな、俺が好きでもない奴と付き合うとか出来るわけないだろ」
まず琴音の事を女として見れない。
それが第一の理由だ。
「でも嫌いでは無いよね。私の事」
確かに嫌いではない。というより嫌いになれない。
でも事実彼女が欲しいという思いが、智一に宿っていた。
「じゃあ二番目のお願い。私と嘘の恋人をやって」
それは智一の一方的な思いしか考えていない。
琴音はどうなのだろうか。
智一自身こんなに悩むのだから、彼女は何かを考えている筈だ。
「その前に聞かせてくれ。琴音自身の気持ちはどうなんだ?」
「私は、……」
一瞬の静寂。
それから彼女はこう言った。
「嫌いでは無い…かな。今はそれくらいしか言えない」
嫌いでは無い。それは智一と同意見だ。
「分かった。じゃあ答えは今日の放課後出してやる。
そろそろ戻らないと怪しいし」
「それもそうだね」
二人は教室へと戻る。
その後はいじるような事は無くなり、他愛の無い会話が続く。
琴音の所為で少し変わった方向へと進む日常。
だがこの四人で笑い合える日々がずっと続けば良いと思う。
その微妙なズレが後々大きくなる事も知らずに。
「放課後さ、四人で遊びに行かね?一応二人のお祝いで」
竜司が突拍子のない事を言う。
「俺は別に良いぞ」
皆が了承していく。
「じゃあ放課後、駅前集合で」
まぁ今はこの日常に終わりが来るまで精一杯楽しむ事にした。
2部目投稿しました。
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投稿は週1、2のペースで頑張りたいと思います。