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オルガンコード  作者: 木葉 音疏
未来からやって来たのはマーティではなくビフでした。
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或いはとある魔術の結束主義

「来ていいのか? 許嫁殿との対面はどうした?」

 ワタシはお父様の言いつけを破り、今日も洪庵を訪ねていた。

「一度も会ったことのない許嫁などに興味はありません」

 ワタシの結婚相手はお父様が決めた。お父様は彼を気に入ったらしい。私も彼を嫌ってはいない。そして、好きでもない。どうでもいい。

「一度も会ったことがないから、今日会うんだろうに」

 洪庵はネジを回しながらも、自分の頭もしっかり回転させているらしい。ちゃっかりワタシに反論してきた。

「そもそも、どうしてどうでもいい人のために、ワタシが時間を費やさなければならないのです」

「どちらかというと、そっちが本音だな」

 この年寄りは気持ち悪い位に頭の回転がはやい。いや、彼にとって他人との会話など、頭を使う作業ではないのか?

「ところで、この巨大な装置は、一体何なのです?」

「おおっ、知りたいか? そうだろう。知りたいだろう。仕方ない。特別に、教えてやろう」

 洪庵はドライバーを置き、急に生気をみなぎらせてこちらを向いた。天才と謳われながら、ノリと口調はただの年寄りである。

「これは俗に言うタイム・マシンだ」

「タイム・マシン? あのハーバート・ジョージ・ウェルズの小説に出てくる?」

「そうだ。これを使えば、時間を移動できる」

 タイム・マシンなんて想像上の物だとワタシは思っていたが、洪庵がタイム・マシンだというのだから、きっとこれは本当にタイム・マシンなのだろう。なぜそういう結論に至るのかと言うと、洪庵はワタシに対し、一度も嘘を吐いたことがないからだ。

「これを作れと、お父様が?」

「ああ、そのためにわしは雇われたのだ。タイム・マシンを使って小説を書く気らしい」

「小説を書くのですか?」

「そうだ。これならば廃れ切った小説も、再び注目を集めるに違いない」

 ワタシとて小説を知らないわけではない。イギリスにも、ウェルズだけでなく、ウォルター・ホレイシオ・ペイターや、その他大勢の小説家がいた。だが、それは百年以上前までの話だ。今となっては、小説は前世紀の遺物である。

「小説なんて、化石みたいなものではないのですか?」

「それは違いますよ、ロリカ様」

 私はダンテ様と共に研究室へ入る。

「物語には、魂が宿るんです。文字には色がある。言葉には風景がある。本は永遠に眠らない。開きさえすれば、読みさえすれば、本はいつでもその人に語りかけてくれます」

 料亭で待っているはずのロリカ様がここへ来てしまったことを、私はこの部屋へ入る前にダンテ様からお聞きした。流石は父親。言葉を介さずとも娘の行動は理解できるようだ。

「近代になり、言葉や文字は不完全な意思疎通の手段だとして、人々は文学に対し否定的になりました。その結果、文学性を帯びた物語は制作されなくなりました。映画やアニメは依然として需要がありますが、現在生み出されているそれ等は、どれも娯楽の域を出ません。殊に、小説はプロの作家が一人もいなくなるまでに衰退してしまいました。もちろん、文字や言葉が完全でないことは、私も承知しています。ですが、不完全だからこそ、心に残るものがあると私は感じるのです」

 『論語』が二千年以上もの間、人々の心の支えとなることができたのは(現在ではマイナーな物となってしまったが)、人、または状況によって、解釈を変えられたからだと言われる。事実、朱子学と陽明学のように、儒学の中でも分派ができた。

 本はどれだけ時が経とうと、それを読む人がいる限り、永久に生き続ける。道を示してくれる。一方の化石は、自己を主張しない。人に解析されるのを待つだけの、ただの抜け殻である。

 ロリカ様は、棚から出て来た消費期限不明の牡丹餅を見るような目で私の話を聞いていらした。

「申し遅れました。私、天登在都あまのぼりアルトと申します」

 私はロリカ様に対し、最敬礼をする。

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