となりのゲンガーさん。
その後、私は洪庵殿と共に車で取手へ向かった。私が前側の右に坐り、洪庵殿が同じく前側の左に坐った。
「曲はMEGUMIちゃんでいいですか?」
「何でも構わんよ。わしは文化に関して疎いからな」
選曲されたのは「茨の冠」。自動作詞作曲ソフト「ミューズ」による作品だ。
車があぜ道を走っている間、私は片腕片脚を失った自分の姿を思い出していた。私はあんなにボロボロになってまで、何を伝えようとしたのだろうか?
ふと、前方少し右側に、人造人間がいることを私は知覚した。地球国軍のC級量産型対人用人型戦闘ロボット「ハウプトマン」だ。それは対鉄人用に開発されたプラズマ・ガンを手にしている。それの真横を私達の車が通り過ぎようとする。
「伏せて!」
私は洪庵殿の肩を引っ張ると共に、自分の体も横に倒すことで、二人の体を水平にする。それとほぼ同時に、六発の弾丸が私達の背中すれすれを迸る。見ると、左右の窓にちょうど六つの穴がきれいに開いているのがわかる。
「見たか? あれはハウプトマンだ。地球国軍の」
そう言う洪庵殿は少しはしゃぎ気味。
私はリア・ガラス越しに車体の後部へ目を遣るが、ハウプトマンの存在は確認できなかった。同じく、左右にも。
「上か!!」
刹那、ルーフが神経症になりそうな程の大音を立てて円形に切断され始めた。
「飛び下ります!」
私達は時速六十㌖で走行する車両の窓から脱出する。サイボーグなので、この程度の衝撃には耐えられる。私は自分の体が地面と接触するより早く、懐から拳銃を取り出し、ルーフに穴を開けて車体に侵入したハウプトマンのメイン・カメラを破壊する。しかし、ハウプトマンはメイン・カメラの他に、背中に一つと左右の上腕に一つずつの計三つのカメラを備え付けているので、これだけではそこまでの痛手にはならない。
突然、ハウプトマンを乗せた自動車が急加速し、電柱に衝突する。
「うぐっ!」
洪庵殿の首筋からのびていた外部バスがその使用者もろとも地瀝青に転がる。
「ふふっ、ひとたまりもあるまい」
「一瞬で自動車のシステムを乗っ取るなんて」
この時代の自動車は完全自動運転を実装しているので、この時代の自動車にはハンドルもなければアクセル・ブレーキもない。要するに、運転はコンピューターの専売特許で、人がこれを直接行うことは物理的に不可能なのだ。また、その危険性のために、法律でも人による自動車運転は禁止されている。よって、自動車を動かすときには、ハンドルやアクセルを構えるのではなく、コンピューターに指示を与えなければならない。しかし、その指示は法の範囲内でしか適用されないので、法定速度、或いは最高速度を超える速度で走れ、と指図しても、コンピューターはこれに応じてくれない。並びに、自動車は物体への衝突も自動で回避するから、電柱にぶつかって下さいとお願いされても、これを実行してくれることはない。もしこれ等を自動車にやってほしいのであれば、そのシステムを誤魔化さなければならないのだ。
私は小型南部式拳銃を構え、そろりそろりとぺしゃんこになったボンネットへ近づく。その五秒後、私は本能的に身を屈めていた。更にその〇・五秒後、割れたフロントガラスを抜けて青白い光の玉が私の頭上を通過する。もしもこれが頭に直撃したとなれば、サイボーグと雖も即死する。なぜなら、プラズマ・ガンはそのために考案された兵器だからだ。
私が敵の出方を窺っていると、洪庵殿から通信が入った。
《《《――「これを使え」――》》》
拡張現実として表示されたのは電柱の傍でじっとしているハウプトマン。
《《《――「電柱のカメラに接続した。これで視覚だけはフォローできる」――》》》
《《《――「助かります」――》》》
相手はメイン・カメラを失ったため、相手にとって前方が死角になっている。
通常の火器は火力が弱いため、ハウプトマンに対しては、ガラス製のカメラ以外で有効な攻撃をすることができない。つまり、ハウプトマンを戦闘不能とするには、カメラを潰すしかない。
私は思い切って難敵に姿を晒す。間断を挟まずに拳銃を唸らせ、すかさず身を隠す。
《《《――「よし、左腕のカメラを破壊したぞ」――》》》
残るは二つ。
私はひしゃげたドアを持ち上げ、ルーフの上を通すようにして敵のいる所へ投げる。すると、敵はこれから逃れるため私の射程範囲に体を出す。間を開けずに私はハウプトマンの右腕のカメラを撃ったが、向こうも私の腹部に弾を当てた。それでも私は怯むことなく、脳鉄の足を奪い、俯せにしてから彼の後部カメラを砕いた。
腹部に損傷があります。至急医療機関で治療を受けて下さい。
テンガンが警告する。
「なんとかやれたな」
洪庵殿が外部バスをハウプトマンに繋ぐ。最初は好奇心に満ちた顔をしていた彼だったが、たちまち血相を変えて、
「いかん! 爆発するぞ!」
二秒後にハウプトマンは自爆した。幸いにも、私達は爆発に巻き込まれずに済んだ。