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オルガンコード  作者: 木葉 音疏
未来からやって来たのはマーティではなくビフでした。
15/37

ドッペルゲンガーはじめました。

 朝になり、私はタカヒロ殿と一緒に食堂ダイニング・ルームへ足を運んだ。

「おはようございます」

 一通り挨拶を終えてから、私達は席に着いた。

「実はね在都君、昨晩部下から連絡があって、急遽予定を変更しなければならなくなった。朝食を終えたらすぐに洪庵殿と合流し、我孫子の病院へ向かう」

「病院? 何かあったんですか?」

「行けばわかる。そこで用事が済んだ後、私は東京へ帰るが、君はここに戻って来てくれ」

「それじゃ、ダンテ様のボディーガードは?」

「しばらくの間、タカヒロ君にお願いする。タカヒロ君は在都君がここへ戻って来たら、私の屋敷に行ってくれ。まあわかりやすく言うなら、在都君とタカヒロ君のポジションを入れ替えるということだな」

「……承知しました」

「タカヒロ君も異存ないな?」

「は、はいっ」

 タカヒロ殿はビクンとなって返事をする。

 病院が登場することもそうだが、秘書(昔は人が秘書をしていたそうだが、今では、秘書は完全にコンピューターの担当分野となっている)を介してではなく直接ダンテ様のお口から予定の変更を伝達されたことも、事態の異常性を示している。

 私達は慌ただしく食事を済ませた後、洪庵殿を伴い病院の一室に入った。そこに、一人の人が寝台ベッドで寝かされていた。これの顔が白布で覆われていることから、これが死体であると推量される。

「見ても驚かないでくれよ」

 ダンテ様が脅かしなさったので、私は息を呑む。

 ダンテ様の部下がゆっくりと白布を取る。

 私は言葉を失った。なぜなら、寝台ベッドで死んでいた男の顔が、私の顔と瓜二つだったからだ。そうして、私は恐る恐る質問した。

「彼は、いったい誰なんです――?」

「わしの目にはどう見ても君に見えるがね」

「顔がそっくりな義体なんて珍しくないですよ。確かに昔は、この世界に自分と同じ顔の人間が三人いて、彼等と出会うと死んでしまう、なんて都市伝説があったそうです。ですが、サイボーグが人口の九割五分以上――もちろん、七才以上に限定しての数値ですが――を占める現在においては、少なくとも百人、自分と同じ顔の持ち主が存在すると言われています」

 それでどうやって人を識別するか。簡単だ。脳に埋め込まれた個人情報粒子パーティクル・オブ・パーソナル・データが、その人が誰なのかを教えてくれる。

「PPDの解析はまだなんですか?」

 PPD=Particle of Personal Data(=個人情報粒子)

「それなんだがねぇ――」

 ダンテ様は歯切れの悪いセリフで応じる。

「彼のPPDを読み取った結果だ」

 ダンテ様はリモコンを操作することによって、モニターの電源を入れる。そこに映し出されたのは、私の個人情報パーソナル・データ

「彼のPPDは、君のものと百㌫一致した」

「まさか」

 私はドッキリか何かなのだろうと思って笑い飛ばす。

「おもしろい冗談ですけど、死人で遊ぶのは感心しませんね」

「信じられない気持ちはわかる。が、これは事実なんだ。私は嘘を吐いていないし、ここにある機械に故障もない」

 たちまち私の顔から笑みが消える。

「……彼が発見された経緯を教えて下さい」

 ダンテ様は二度首を縦に振ってから、解説を始められる。

「彼が発見されたのは、ここから二㌖離れた場所にある廃墟だ」

 その廃墟の外観が画面に表示される。

「ここは何年も前に米蔵が買い取った物件で、そのままずっと放置されていた。ところが何日か前に、地元住民から、ここが非行少年のたまり場になっていてうるさいという苦情を受けた。だから我々は、昨夜ここの様子を職員に見に行かせたんだ。その職員の一人が彼だ」

 ダンテ様がお示しになったのは、先ほど私の骸から白布を剥がした男だ。ダンテ様に代わって今度は彼が説明をする。

「確かに、苦情通り複数人がここに集まっていた痕跡が見られました。しかし、その時は誰もいなかったんです。明日またここへ来て何らかの対策を講じようと思いながらも、念のため全ての部屋を回ってみました。そうして、最上階に入った時――、」

「事は起きた」

 ダンテ様が一部分だけ代弁なさる。

「これが最上階だ」

 最上階の図が現れる。最上階は間仕切りなしで、そこは大きなのっぽの古時計が一つあるだけで、それ以外は何もない殺風景な空間である。そしてその時計の針は動いていない。

「彼の記憶を映像にしてみた」

 画面が切り替わり、動画が再生される。

「異常なし、だな」

 視野が反転し、三人の男が映じられる。彼等も米蔵の一員だろう。

「よし、帰ろう」

「ああ、また明日だな」

 そう言って四人がその場を去ろうとした瞬間――、歯車の回る音が響き始めた。見ると、時計の針がぐるぐると回転している。

「何が起きたんだ?」

 すると、時計の前に星空のような円が出現する。

「何だこれは!?」

「何が起きている!?」

 その円から現れたのは、紛れもない、私だった。映像の中の私は、暗いので良く見えないが、全身大怪我をしているようで、ガス交換も荒く、自身の生命維持が困難であることを語っている。

 視界は、九〇度回転し、一人の男の顔が映出されてから、再び私の方へと注がれる。そうしてゆっくりと仰向けになる私の方に近づいて行く。

「おい、君、大丈夫か……?」


天登在都

 性別:♂

 社会評価:A

 年齢:二十四才

 職業:小説家、ボディーガード


 私の個人情報パーソナル・データがこの記憶の所有者の拡張現実として表される。

「――僕は、未来から来たんです」

 私が絶え絶えに事情を明かし始める。

「お願いです。この時代の僕に会わせて下さい。お願いします。僕に、会わせて……」

 男のテンガンが私を認識しなくなる。

「おい! しっかりしろ! おい!」

 ここで映像が切れる。

「――というのが、事の成り行きだ」

 私は自分の屍に被さっている布団を剥離する。横たえた私には右脚が無く、上半身の左三分の一も欠けている。私が自分の頭を九十度押すと、息絶えた私には後頭部の無いことがわかった。これが私の死因だろう。

「『時かけ計画』が失敗した、ということですよね?」

「いや、そう決めつけるのは性急だ」

「なぜです? 今回の一件はタイムスリップが危険だという証明に他ならない。そうでしょう?」

「わしの作ったタイム・マシンに欠陥があるとは思えん。君は知らないかもしれないが、わしの発明したタイム・マシンは、ロボットを実際に過去へ送ることで、既に安全性を確認されている。正常な状態であれば、多少操作を誤っても今回のような大事には至らない。これは理論上そうだというだけでなく、数度に渡る試運転が証明しているんだ」

 洪庵殿は手振りを交えて釈明する。

「では、正常でない状態で使用した、というわけですか?」

「そうとしか考えられん。わしはなにも自らの名誉のために言っているのではない。設計図を何度見返しても、このような事態が起こる可能性は見出せないんだ。これだけの大怪我をしているとなると、タイム・マシンが起動しなくてもおかしくないレベルにまで壊れていたと思われる」

「でも妙ですね。未来から来た私の年齢が二十四才になっている。今の私と同じ年です。つまり、今から八ヶ月以内にタイム・マシンが故障するということです」

「故障していたならわしが使用を許可しない。だがそれでも彼が来たということは、彼がわしの制止を振り切ったか、それともわしが彼を呼び止められない状況にあったかのどちらかだ」

「かなり切迫した様子が想像されますね」

「妙なことはもう一つある」

 ダンテ様が対話の主導権を握る。

「『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を知っているね?」

「ロバート・ゼメキス監督の」


バック・トゥ・ザ・フューチャー

 一九八五年のアメリカ映画。フューチャー現象と呼ばれる全米での大ヒットを記録したSF映画であり、アカデミー賞で音響効果賞を受賞。製作総指揮:スティーヴン・スピルバーグ、キャスリーン・ケネディ、フランク・マーシャル。監督:ロバート・ゼメキス。


「『未来の事実を変更されたらコトだ』というエメット・ブラウン博士の思想に則り、我々も過去・未来に極力影響を与えないように計画を進めようとした。タイム・マシンの隣にマッサージ機みたいなのがあったのを覚えているかね?」

「わしの発明品をマッサージ機呼ばわりせんでくれ」

「はい、覚えています」

「あれは機械に自分の意識を接続するために用いる物だ」

「第六識投影機。なるほど。脳に内蔵された通常の送信機では時間を越えて電波を届けることができないが、あれならそれが可能ってわけですね?」

 ここで洪庵殿が論説を引き継ぐ。

「まず第六識投影機を使って意識をナノマシンに接続。次にナノマシンを過去へ送り、その時代の調査を行う。最後に、過去の調査を踏まえた上で、君が小説を書く。これが『時かけ計画』におけるタイム・トラベルのメインだ。ナノマシンは肉眼で見ることは叶わないから、若い頃の母親から恋されることもなければ、成長した自分の息子と勘違いされることもない。まさに安心安全の時間旅行というわけだ」

「ということは、私がタイムスリップをした理由は、『時かけ計画』とは別のところにあると」

「現在、デロリアン・ゲートの発生した廃墟を、二十四時間体制で監視している。また何かあれば直ちに在都君へ連絡するから、在都君は安心して今まで通りの生活を送ってくれ。もし君に何かあった時には、私が全力で君の力になる」

「痛み入ります」

 デロリアン・ゲートとは、異なる時間と繋ぐ出入り口である。先ほど動画で見た、星空のような円がそれに当たる。「デロリアン・ゲート」という名称の由来は、言わずもがな、ドクの発明したタイム・マシンだ。

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