とある魔術の全体主義
私はもういちど脱獄犯達へ照準を定める。対する向こうも、そろそろ突撃する気でいるようだ。数秒後、一人の男が怒号を上げ、鉄パイプを全力で投擲する。その鉄パイプがこちらへ飛来すると判断した私は、銃弾でこれの回転を止めることによって、これを落下させる。そして、この銃声がこちらと向こう、双方の合図となった。ダンテ様とロリカ様はタカヒロ殿に連れられ料亭の裏口を目指し、数人の脱獄犯達はこちらへ走り出す。
私は先頭を走る男が生身であると知ると、そいつの片足を弾丸で貫くことでそいつを行動不能にした。同類が火器の獲物となった途端、男達は固唾を吞んだ。
《《《――「君達がいるべき場所はここではない。直ちに刑務所へ戻りなさい。もしこれ以上この敷地に足を踏み入れるようなら、私は容赦なく発砲するぞ」――》》》
私は音量を大にして警告する。ただし、サイボーグに内蔵されているスピーカーはあまり性能が良くないので、これから大音量で出力すると音が割れてしまう。
脱獄犯の九割がサイボーグのようだ。サイボーグを拳銃で倒すには、眼球を通して脳に弾を当てるしかない。つまり、殺すしかないのだ。そういう事情もあったので、私は彼等が合理的判断を取り戻すことを、切に願った。
(にしても、こういう人達の中には、ナチュラルが結構いるんだな)
私の思いに反して、彼等は二度目の疾駆を開始した。これを抑えるため、私は瞼で角膜を覆いたい気持ちに耐えながら、前を走る二人の男の目玉を撃ち抜いた。それと同時に、どういうわけか私の網膜にセイコー・ローレルの赤い「12」が浮かび上がった。先程実際に見た時よりも、それは赤みがかっていたような気がする。
《《《――「このような事で命を捨てて何になる。今ならまだ間に合う。すぐに刑務所へ戻るんだ」――》》》
それは、私の心の叫びだった。初めて人の命を奪った、私の、心の叫び。にも拘わらず、彼等はまだここへ踏み込もうとしている。
すると、天から優しい歌声が降って来た。それを耳にした脱獄犯達も空を見上げる。どうやら、歌声は一台のヘリコプターから流れているらしい。そしてそれは薄雲の切れ目から出現した後、日の光に照らされながら、雲を追いやるようにして、言い換えれば、光の路を描くようにして、こちらへやって来た。