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謀婚 番外編  作者: 樫本 紗樹
謀婚 番外編 その後

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大切な友人

「エミリー様、元気な男の子ですよ」

「そう」

 四人目の出産でかけられた言葉に、エミリーは落胆した声で答えた。しかしその場に居る誰もが彼女を責めようとはしない。女児が欲しいという彼女の願いはハリスン家全員の願いでもあったのだ。

 いくら男性が生まれやすい家系とはいえ、所詮確率は半々。そのうち生まれてくるだろうとエミリーは思っていた。しかし四人連続男児となると、もう男児しか生まれてこないような気持ちになる。そもそもアレクサンダーの伴侶にと思っていたのだ。これ以上年が離れるのは多少抵抗がある。それにライラはスカーレットを出産後、自由に動き回る為に妊娠を望んでおらず、実際妊娠していなかった。乳母という目的もなく出産の度にライラの側を離れるのも、エミリーにとっては限界である。

 乳母をする為にと思っていたエミリーであるが、実際息子達は可愛くて仕方がない。長男グレンだけはスカーレットの夫として、またハリスン公爵家の将来の当主として相応しく育てているものの、次男以下は自由にさせていた。それはハリスン家当主ウォーレンの指示でもある。真面目過ぎたが故に融通が利かず世を去ってしまった兄と、苛烈な母を持ったが故に人を愛せなくなってしまった自分と、愛情不足故に適当に女遊びをしていた弟の教訓なのだろう。

 派閥争いが表立ってはなくなった今、レヴィ王国の貴族社会に張り詰めた空気はなかった。いくら将来が約束されているとはいえ、カイルは爵位を持たない。それでもエミリーの子供達はナタリーとその友人の子供達と一緒に遊んでいる。前国王ウィリアムが戦争を終わらせ、現国王エドワードが揺るぎない大国に成長させ、その平和を維持する次世代を担う息子達。エミリーは今も政治には興味を示していないが、平和な世が続けば息子達も生きていけるだろうとぼんやり思った。



「四男も想像通り可愛かったわね」

「ハリスン家は昔から美形揃いで有名ですけれど本当ですね」

 エミリーの四男出産から三十日が過ぎた昼下がり。ハリスン家別邸にはライラとミラが訪れていた。ミラとは元々ナタリーの茶会で出会った仲ではあるが、ミラの離婚騒動の時にエミリーが口を挟み、そこにライラも加わって以降、王妃のお茶会とは別で三人でも会う仲となっている。

「それでも四人連続男児だとは思いませんでした」

「確かに連続となると、なかなか奇跡的な確率ですよね」

「そのような奇跡は不要だったのですけれど」

 ミラの言葉にエミリーは困ったように微笑む。ナタリーの茶会に集まる五人のうち、エミリー以外の四人は女児を産んでいる。自分だけ女児を産めなかった事実も悔しい。

「ウォーレンに聞いたのだけれど、もう四世代も女児が生まれていないのでしょう?」

 ライラの問いかけにエミリーは頷く。カイルは三兄弟、その父ロナルドは一人息子である。女児が生まれ難い上に嫁いできた女性も短命の者が多いので、ハリスン家は公爵家であるにもかかわらず、女性同士の交流に関われていない期間が長い。勿論有能な者を多く輩出する家なので、本人の力だけで宰相を始めとした要職を務めており存在感は常にある。それ故にハリスン家には嫁ぎたくない、という空気はない。

「ウォーレン様には四人も産んで健康なのはハリスン家史上初めての快挙だと言われました」

「それは深窓の令嬢か王女が嫁いでいたせいではないかしら」

 ライラは公爵家出身とはいえ、男装をして外交関係の仕事をこなし、何日も続けて乗馬出来るほどの体力もある。ライラからしてみると、王女や貴族女性の体力のなさは異常にすら見える。ライラほどの体力をエミリーは持ち合わせていないが、使用人の娘として育ち、常にライラの為に行動をしていたので貴族女性よりは遥かに丈夫だ。

「フローラ様は長女を出産後、暫く寝込んでおられましたからね」

 フローラは貴族令嬢の見本と言っても過言ではない育ちだ。ミラも侯爵家出身ではあるが、あまり大切には育てられていない。ミラはレスター公爵家に嫁いでから努力をして今の地位を築いている。家の事を一身に引き受けていた為にその過程で体力もついた。一方フローラは結婚後リアンに甘やかされており、リアンと子供達を愛する以外は何もしていないに等しい。公爵夫人としては頼りないが、派閥争いのない時代だからこそ許されている。

「今後出産は難しいだろうと言われたらしいですね」

「年齢的に仕方がないと思いますよ。ナタリー様は避妊薬を常用されているみたいですけれど」

 ミラだけは年上だが、他の四人は年齢が同じである。それでも三十歳を超えた。配偶者の年齢にもよるので一概には言えないものの、三十歳を超えると妊娠し難いというのがレヴィ王国の常識である。

「ほぼ等間隔で六人を出産していれば、まだ産めそうと思ってしまうのは仕方がないと思います」

 ナタリーの出産間隔にはエドワードの介在がある。流石にエミリーもその証拠は掴めていないので口にはしないが、大いに疑っていた。何故ならエミリー自身が妊娠時期の調整に成功しているからである。

「エミリーはどうするの?」

「私もここで終わらせます。いくらハリスン家が裕福とはいえ男児ばかり要りません」

「四人のうち、ウォーレンみたいになりたいと言ったらどうするの?」

 ライラの突拍子もない質問にエミリーは訝し気な表情を浮かべた。ミラもライラの質問の意図を掴みかねて不思議そうな顔をしている。

「男性が化粧をするのはウォーレンで慣れてしまったけれど、そういう家だと認識されるのはどうなのかなと」

 ライラはレヴィ王国の公爵家について心配していた。スミス家は一応安泰だが、ベレスフォード家は相変わらずエレノアが領地を仕切っているし、モリス家は領地で病院経営に力を入れ出した。サリヴァン家は社交をしないだろう。ハリスン家は公爵家として正しく振舞った方がいいと彼女は思っている。

「我慢をさせず好きにさせるがウォーレン様の教育方針なので、子供が望みウォーレン様が認めればいいと思います」

「将来ウォーレンの劇団で役者になりたいと言い出すかもしれない」

「宜しいのではありませんか? 儲かるのはハリスン家ですから」

 エミリーは貴族令嬢ではないので基本的な思考は平民だ。公爵家の役割は理解しているものの、息子達に無理をさせる必要はないと思っている。長男グレンが当主になるならば、次男以下は何をしても構わない。

「ウォーレン様の劇団は常に人気ですよね。私も先日観に行きました。確か侯爵家の三男の方が主役だったと思います」

 ミラの言葉にライラは驚いた。ウォーレン主宰の劇団は美男美女の平民で構成されていると思っていたのだ。

「爵位を継げない貴族令息には就職先として人気があるみたいですよ。ただウォーレン様に認められる美しさと演技力が必要ですから、官吏になるより狭き門なのですけれどね」

 ウォーレンは劇団の質を落とさない為に、忙しい合間を縫って劇団の様子も確認していた。席料さえ支払えば誰でも観られるようになっており、平民にとっても憧れの就職先になりつつある。役者だけでなく裏方担当者まで審査を通る必要があるので、採用されれば自慢出来るのだ。平民にしてみれば破格の賃金を貰えるが、その賃金に見合う一切妥協のない要求をされるので、本当に素質がないと歩けない道である。

「あの人、本当に宰相の仕事をこなしているの?」

 ライラは不満そうな声でそう言った。いくらエドワードが何でも自分で決めたい性格だとしても、宰相の仕事量は多いはずである。しかも当主なので領地ハリスンも管理しなければならない。その上で化粧品の作製や、劇団を運営している暇があるとは思えない。

「ウォーレン様には大勢の文官がいます。宰相と領地経営の仕事に関しては美ではなく賢さを要求していますから、人材は豊富みたいです」

「ウォーレンも人に任せられない性格だと思っていたわ」

「ウォーレン様はご自分の美の維持が一番ですから」

 エミリーの言葉にライラもミラも納得したものの、本当にウォーレンが宰相でいいのだろうかという疑問も合わせて持った。ただ、エドワードが即位した際に指名をして、今も引き続き宰相なのだから仕事に問題はないのだろう。実際、エドワードは役に立たないと判断をすれば、躊躇なく大臣を罷免させたり、王都から追い出したりする話は有名である。

「ミラは子供達が役者になりたいと言ったら応援するの?」

「私と夫の子供がそれを望むのは想像出来ないですね」

 ミラもスティーヴンも真面目な人間であり、リスター侯爵家は堅い印象しかない。ライラも何となく聞いてしまったが、確かに想像出来なかった。よほどカイルとエミリーの息子の方が可能性がある。ミラの子供達を思い出して、エミリーは気になっていた事を口にした。

「ジミー様は昔あれだけ弟が欲しいと言っていたのに、弟が生まれてもケイト様しか見なかったのは意外でした」

「それは私も意外でした。ジミーの為に次男を出産した訳ではないのでいいのですけれど、妹贔屓を直したいとは思っています」

 ミラは長男ジェームズの行動を思い出しながら微笑む。日中はリチャードと共に王宮で勉強をしているが、家に戻れば長女ケイトを構い倒すのが日課である。

「アレックスもレティを可愛がっているし、エドガーとスティーヴィーもグレースを可愛がっているし、妹がいるとそうなるのかしら」

 ライラは首を傾げた。エドワードもサマンサを非常に可愛がっているし、ジョージもエドワードほどではないにしろ大切に思っているのは間違いない。

「ですがリチャード殿下とウォルター殿下はそうでもないですよ」

「唯一の女児だから可愛い? それならエミリーが女児を出産していたら大騒ぎだったわね」

 ライラの言葉を聞いてエミリーは瞬時に想像をした。ただでさえハリスン家の使用人達はエミリーを若奥様待遇であれこれと世話を焼きたがる。もし女児を出産していたとしたら、しかもウォーレンの好みであったならば、間違いなく娘を大勢の大人が構い倒すだろう。

「ライラ様ありがとうございます。男児で良かった気がしてきました」

「え? 私はエミリー似の女児も見てみたかったわよ」

「いいえ、私はこれ以上騒がしいのは嫌なので現状で満足です」

 エミリーが笑顔でそう言うので、ライラは曖昧に微笑んで応えた。ミラは何となくエミリーの考えを察して笑みを浮かべる。

「数日後には息子を連れて王宮に戻りますから宜しくお願いします」

「もう大丈夫なの?」

「はい。やはりライラ様の側が私の居場所なので」

 今日ライラが訪れたのはエミリーの復帰時期の相談の為であった。エミリーから母子ともに健康という手紙は貰っていたものの、実際会ってみないとわからない。しかし最初の方は少し元気がないように見えたエミリーは、すっかりいつも通りである。むしろライラがエミリーの圧に押され気味であった。

「本当にエミリー様はライラ様至上主義ですね」

「えぇ。これだけは譲れません」

 嬉しそうに宣言をするエミリーにミラは微笑む。ミラは貴族として必要な付き合いはするものの、幼い頃から友だと思える存在はいない。ライラとエミリーは主従関係にありながら親友のようでもあり、その関係が非常に羨ましく思えた。それを二人は察したのか、ライラは敬語を使わず親しく接するようになり、エミリーもそれを咎めない。ミラは貴族らしくない二人と過ごす時間を楽しく思っていた。

「それなら暫く王妃の交流会は休んで、私の側にいて欲しいわ」

「えぇ、勿論です。そちらはミラ様がいらっしゃれば問題ありませんから」

「ナタリー様はエミリー様の復帰時期を気にしておられましたよ」

「それは私からナタリーに言っておくわ。エミリーは私の侍女なのに、結構な頻度で連れて行ってしまうのよね」

 ライラは不満を隠しもしない。最初の頃はナタリーも信頼出来る者が隣にいた方がいいだろうと思っていたが、今は立派なレヴィ王妃である。そろそろエミリーを自由にして欲しいとライラは願っていたが、ナタリーもエミリーがハリスン家の一員である以上参加させたいと譲らない。

「グレンの立場が揺らがないように根回しが必要なので多少は許して下さい」

 エミリーは茶会で色々な噂話を聞くのが楽しみではあるが、それ以上に長男グレンが将来のハリスン家当主として認められるように振舞っていた。カイルは間違いなく前当主の三男であり現当主の弟なので継承に問題はないのだが、カイルが受け取ってすぐに息子に渡すと言っている以上、根回しは必要だと思っている。

 ライラは血は争えないと思ったが言葉にはしなかった。エミリーが父親を嫌悪しているのは知っている。それにハリスン家の存続はライラも望んでいた。

「ハリスン家の為と言われると返す言葉がないわ。ただ、私の侍女が本職というのは忘れないでよ」

「一生侍女をするつもりですからご心配には及びません」

 それはそれで将来グレンが当主になった時どうなのだろうとミラは思ったものの、ウォーレンの自由さに比べたらましな気もした。それにライラとエミリーの中ではグレンとスカーレットを結婚させる方向で話は進んでいる。他人がとやかく言う話ではないだろうと微笑んで聞き流す。

「ミラ、何を笑っているの?」

「お二人と仲良く出来て良かったなと思いまして」

 ミラは自分の気持ちに正直になれなかったので離婚騒動まで発展した。当時エミリーとライラが口を挟まなかったら二人目の出産はなかったかもしれない。こうして心から笑顔になれる友人関係にもなれなかったかもしれない。

「私もガレスではエミリー以外に親しい人がいなかったから、ミラと仲良くなれて嬉しいわ」

「ライラ様はただ社交を避けていただけでしょう?」

 ライラの言葉にエミリーが鋭く指摘した。それに対しライラは冷たい視線を返す。

「恋愛関係の話は苦手なの。ミラは色々と話せて楽しいのよ」

「私も自分の話をするのは苦手なので、子供の話や流行についての方がいいです」

 ミラとライラはお互い視線を合わせて微笑み合う。エミリーは男女関係の噂話が一番好きではあるが、苦手な人と話したいとは思っていない。それに今はナタリーの話を聞くだけで満足出来ている。

「そういう会も必要なのはわかります。ナタリー様とフローラ様がいると恋愛関係に傾いていきますから」

「あの二人は恥ずかしげもなく惚気すぎなのよ。次回はミラの家で会いましょう。招待状が届くのを楽しみにしているわね」

「えぇ。エミリー様が王宮に戻った後で二人に宛てて手配します」

 ミラが楽しそうに微笑んだので、ライラとエミリーも笑顔で応える。エミリーは四男を出産してから悶々としていたのに、二人のおかげですっきりとした気分になっていた。身分が違うのは重々承知しているものの、エミリーにとっても二人は大切な友人である。

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