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謀婚 番外編  作者: 樫本 紗樹
謀婚 番外編 その後
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国王の執着心

 フリードリヒの結婚式出席の為にレヴィ王国へ帰省していたサマンサは、家族の待つアスラン王国へと帰っていった。手紙のやり取りをしていたとはいえ、実際に会うのは久しぶりで話は尽きない。それでもナタリーは家族の元に早く帰りたいというサマンサの気持ちもわかるので笑顔で見送った。長男リチャードが成長し、国政を任せられるようになった暁には必ずアスラン王国を訪ねると約束をして。

「思ったより寂しそうにしていないね」

 夫婦の寝室に入ってくるなり、エドワードはナタリーにそう語りかけた。サマンサが嫁いだ時に暫く寂しくしていたナタリーの印象が強いのかもしれない。

「夫と子供達に早く会いたい気持ちはわかるもの」

 ナタリーは微笑んだ。レヴィ王国内の貴族に降嫁していれば、定期的に茶会を催して語り合えるのにと思っていた時期もある。しかし彼女にとってエドワードが唯一無二の夫であるように、サマンサにとってのセリムもそうなのだ。それがわかっている以上、もう少し居て欲しいなど、ナタリーには言えない。実際彼女は夫と子供を置いて国外に出掛けた経験がなく、万が一提案されても受け入れられない気がした。

 エドワードはベッドに腰掛けているナタリーの横に腰掛ける。彼女が彼に身体を預けると、彼も彼女の腰に手を回して抱き寄せた。

「サマンサを連れて来てくれてありがとう」

「結婚式に呼んだのはフリードリヒだ」

 エドワードは淡々と告げるが、ナタリーは違う解釈をしている。フリードリヒにアスラン王国への渡航を許可しなかったのは、エドワードの我儘だけではない。サマンサに会いたいと思っているナタリーを考えての行動だったと。故にナタリーはフリードリヒに謝罪をしたが、彼には受け入れて貰えなかった。『それは買い被りすぎです。エド兄上は絶対に姉上に会いたいと思っています。むしろレヴィに呼んだ後で永遠に引き留める術すら探していると思います』と冷静に言われてしまったのだ。それは流石に言い過ぎだと思ったものの、未だにサマンサの部屋は嫁ぐ前の状態で残されており、今回の滞在もその部屋を使用している。サマンサは部屋を片付けるようエドワードに要請していたが、レヴィ王宮には空き部屋が多くあるので残すだろうとナタリーは思っている。

「次にフリッツがアスラン王国へ行きたいと言ったら許してあげてね」

「サマンサにもそう言われている」

 少し嫌そうなエドワードに、ナタリーは思わず微笑む。幼い時から一緒に学び、長い時間を共にしてきたエドワードと側近の空間に、フリードリヒは完全に馴染んでしまっていた。議会に参加する者達も亡きグレンの存在を忘れ、前からフリードリヒがその位置にいたような錯覚を抱いている者もいる。昔から淡々としており夢も希望もなさそうだった第五王子は、すっかりレヴィ王国の福祉と教育、そして女性の為の医療発展の為に日々を費やす国王の側近となっていた。エドワードにとってもかけがえのない存在になってしまったのだろうとナタリーは思っている。

「海での事故は絶対にないとは言い切れない。けれど、それは馬車も同じ」

 海上で嵐が起これば、船などひとたまりもないだろう。しかし馬車でも崖崩れに巻き込まれたり、橋から落下したりする可能性はあり、事故が起こらない保証はない。

「それに私もいつかアスラン王国へ行ってみたいわ。どのような所でサマンサが暮らしているか見てみたいの」

「それは私も同感だが」

 エドワードの情報網は広く、別大陸まで及んでいる。しかし別大陸であるが故に気候も文化も何もかもが違う。情報だけでは上手く想像出来ない部分がある。

「ケィティも一度行ってみたいの。街中に水路があって馬車ではなく船で移動するなんて、どういう感じなのかしら」

「アスラン王国行きの船はケィティからしか出ていないから、行くなら必ず寄る」

「ケィティは自治区でしょう? その特殊性は今後も継続するの?」

 元々ケィティは共和国であった。共和国と言いながらも、実際はジョージの祖父であるテオの個人的な力が強く、レヴィ王国の一部となる決断をしたのもテオである。勿論住民達はテオを信頼しており、またテオも住民達の説得に時間を惜しまなかった。その結果、ケィティは自治区扱いなので共和国の頃と雰囲気はほぼ変わっていない。そしてテオは年齢を理由に引退していた。後継者はテオとは何ら血縁関係のない人物である。代表者が交代したので今までの関係を見直す事も出来たのだが、エドワードは対応を変えていない。

「彼等はケィティ人であってレヴィ人ではない。現状問題がないのだから無理にレヴィ人にする必要はない」

 エドワードは国王として、国土拡張をしたいとは一切思っていない。過去に戦争や内戦があっての現状が、レヴィ王国にとって丁度いい広さなのだろうという認識である。そもそもシェッド帝国の流れを見ていれば、異民族の集合体をまとめるのがいかに難しいかは想像するまでもない。同一民族であるガレス王国でさえ現状維持でいいと思っている。ケィティ人には彼等しか持っていない繋がりがあり、それを無理矢理配下に収めるよりも、協力関係の方が付き合いやすいと判断を下していた。

「そもそもケィティ人はケィティ人である事を誇りに思っている。尊重した方がいい」

「レヴィは素晴らしい国なのに」

「それは彼等も理解しているから自治区のままで、独立しようとは思っていない」

「エドは相手を理解しようとする所が素敵だと思うわ。私にも棄教しろと一度も言わないもの」

 ナタリーは微笑む。シェッドの騒動は決してルジョン教のせいと簡単に言い切れない。しかし宗教が絡んでいなければ、起こり得なかったとも言える。その厄介な宗教を捨てろと言われてもおかしくないのだが、エドワードはナタリーにも言わなければ、レヴィ王国内にあるルジョン教の施設に対しても、何も言わずにそのまま存続させていた。

「心の拠り所は取り上げない方がいい。理解するのは難しいが、何を信じるかは自由だ」

「けれど、私はルジョン教徒失格かもしれないと最近思うのよ」

 ナタリーは視線を伏せる。エドワードは真意を測りかねて彼女を見つめた。

「エドに棄教して欲しいと言われれば多分出来るけれど、ルジョン教の為にエドと別れろと言われたら出来ないから」

「そのような発言をする者は抹殺する」

「物騒な物言いをしないで」

「それはレヴィ王国の安寧を奪う者だ。許されない」

 エドワードの声色は至って真剣だ。ナタリーは思わず表情を緩める。

「愛し合う夫婦を引き裂くのは教義上許されていないから、懲罰は必要かもしれないわね」

「くだらない考えしか出来ない人間など生かしておく価値はない」

 エドワードは真剣なままだ。ナタリーは困ったように微笑みながら頷く。彼女にとって彼はとても優しい人ではあるが、国王としては決して優しいだけの人ではない。国の役に立たない者は平気で王都から追放する。彼女に近付いて取り入ろうとした者も王都から追放されたらしい。周囲は彼が彼女の監視をしている事を良く思っていない者が多いが、彼女が間違いを起こさないように近付く人物を見極めてくれているので、彼女はそれを愛情だと思っている。

「アスランへ行けるようになるにはまだ時間がかかる。専用の船を作らせようか」

「サマンサが嫁ぐ時に使った船ではいけないの?」

「あれは軍艦だ。長時間の船旅を快適に感じられる客船があってもいいだろう」

 レヴィ王家は船を所持していない。王国としては軍艦と貿易船を所持しているが、王族が乗るに相応しいかと問われると疑問である。またケィティは自治区所属と個人所有の船があるが、全て商船だ。

 エドワードの楽しそうな声色にナタリーは違和感を拭えない。勿論、彼女はケィティにもアスラン王国にも行きたいのだが、正直彼は彼女を一人で出掛けさせたくないから一緒に行くくらいだと思っていたのだ。しかし彼の様子は将来の船旅を楽しみにしているようにしか感じない。

「エドは出不精なのに、船旅は楽しみなの?」

 ナタリーは思い切ってエドワードに尋ねた。彼が出不精なのは周知の事実である。アスラン王国へ往復するとなると二十日以上かかる。

「王宮内ではナタリーと四六時中一緒に過ごせないからね」

 エドワードは満面の笑みを浮かべた。彼が何故出不精なのかと言えば、昔は仕事人間であったからであり、今はナタリーと過ごす時間を一切削りたくないからである。国王という立場にいる間、彼は休暇を取る気はない。彼が知らない間に何か起こるのが嫌だからである。しかし退位をしたならば王宮にいるよりも、船旅という誰も追いかけてこられない状況で、愛妻との時間を十二分に楽しみたいと彼は思っていた。

「四六時中?」

「あぁ。一日中ベッドの上で過ごすという生活も一度経験してみたい」

 エドワードはナタリーに微笑みながら、彼女の手を優しく握る。彼女は困惑の表情を彼に向けた。

「それは抵抗があるわ」

「私は一日中ナタリーと二人で過ごしたいのに、ナタリーは嫌なのか」

「二人で過ごすのに異論はないけれど、一日中ベッドの上は嫌」

 ナタリーは船の上では清水が貴重で入浴も洗濯も出来ないと聞いていた。彼女自身、昔は修道女のような生活をしていたので何日も入浴や着替えが出来ない生活は我慢出来る。しかしその状況でエドワードと部屋に籠るのは受け入れ難かった。夫の前では常に綺麗でありたいと、母となった今も思っている。

「時間を気にせず、こうしてナタリーと過ごしてみたかったのだが」

「それは離宮へ旅行する時にしましょう?」

 二人は退位後どこで暮らすというような具体的な話はしていない。それでも国内にある王家所有の離宮へ行く話は出ていた。それはウィリアムの時代から使われておらず、ここ四十年で使用したのはサマンサが嫁ぐ前に義理姉妹の旅行をした一回なのである。建物自体は立派であり、朽ちてしまわないように整備しているが維持費は結構かかっていた。

「離宮でなら私の希望を聞いてくれると解釈していいのかな」

「まだ先の話よ。私達の関係も変わっているかもしれない」

 ナタリーは夫に対する愛情が変わらないと思っているし、エドワードの自分に対する執着がなくなるとも思っていない。ただ今二人が抱いている愛情が、年月を重ねて形が変わる可能性はあるとは思っている。今ならまだしも十年以上歳を取った未来で、二人が一日中ベッドの上で過ごすのも無理があるような気がしていた。

「確かに未来はわからない。それなら今に話を戻そう」

 エドワードは優しく微笑みながらナタリーの手を持ち上げると、手の甲に口付けを落とす。彼女も嬉しそうに微笑む。

 エドワードがその口付けに永遠に変わらぬ愛を誓った事をナタリーは察せなかった。彼女はまだ彼の執着心を正確に把握出来ていない。

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