皇妃と王妃
エドワードが即位してから、王宮で開かれる舞踏会は年二回になった。参加出来るのは国内の王族と貴族のみ。しかし即位五年の節目である今年は、シェッド帝国の皇妃アナスタシアと、メイネス王国第三王女ボジェナに招待状が送られた。
アナスタシアは少人数でシェッド帝国からレヴィ王国へと入国する。道案内はジェロームが適任なのだが、彼は妻の傍を離れられないと断っていた。そして彼の妻シルヴィは子供達の傍を離れられないので、一緒には行けないとの事だった。アナスタシアも将来の教皇候補をとても大切にしていたので、二人には留守を任せる事にしたのだ。
アナスタシアはレヴィ王都に到着すると、まずはルジョン教の大聖堂へと向かう。他国にある大聖堂を訪れる機会などなかなか作れない。エドワードはルジョン教の信者ではないが信仰を否定していないので、ルジョン教徒がレヴィ王国で肩身の狭い生活はしていないだろう。そうは思うものの、やはり自分の目で見てみないと安心出来なかったのだ。
大聖堂は決して派手な造りではないものの、頑丈そうで清潔さを感じられる。そしてアナスタシアを迎えた司祭は瞳を潤ませていた。彼女の活動は国を越えてレヴィの信者にまでも届いていたのである。司祭は噂を聞いてここでも畑を作ったのだと嬉々として彼女を案内した。彼女もまた、母国では数年前まで欲まみれの上層部に嫌気が差していたものだが、レヴィ王都のルジョン教徒達は皆清らかで心から笑顔で対応した。
その後で、アナスタシア一行はレヴィ王宮へと入る。長旅で疲れていても、彼女は娘と孫達に会うのを非常に楽しみにしていた。それに彼女は普段から各地へ出向いているので体力には自信があったのだ。舞踏会は明日の夜。その前日である今日の夕方に時間を設けていた。
「母上。長旅お疲れ様です」
ナタリーは笑顔でアナスタシアを迎え入れた。アナスタシアも表情を緩ませる。
「ナタリー。久しぶりね。元気そうで何よりだわ」
「はい。母上もお元気そうで嬉しいです」
ナタリーは連れて来ていた子供達に視線を向けた。まだ四人目は幼い為、乳母が抱えている。
「はじめまして、おばあさま。アリスです」
母の視線を受け、アリスは帝国語で挨拶をする。ナタリーは子供達に帝国語を教える気はなかった。しかしアリスから帝国語を習いたいと言われたのだ。しかも今度伯母が遊びに来た時に話せるように、という理由だったのでナタリーは迷った。シルヴィは二度とレヴィ王国には来ないだろうとナタリーは思っていたからだ。しかし学びたいという気持ちを無碍に出来ず、結局ナタリーはアリスに帝国語を教える事にした。
「はじめまして。祖母のアナスタシアよ」
アナスタシアは嬉しそうに目を細めた。彼女はシルヴィの子供二人を実の孫のように可愛がっているが、大切な娘の子供は違う可愛さがあると感じた。アリスが彼女と同じ金髪だったのも原因かもしれない。
「貴方達も御挨拶を」
ナタリーに促され、リチャードとウォルターも挨拶をする。しかしリチャードは人見知りをするので、それ以上に言葉を紡げない。一方アリスは人見知りをしないので、祖母と習いたての帝国語で色々と話した。
孫とのふれあいの時間を終え、アナスタシアはナタリーと二人で向かい合っていた。
「とてもいい子達ね」
「えぇ。周りに恵まれて私は幸せです」
ナタリーは微笑んだ。その笑顔を見てアナスタシアも微笑む。当時、ナタリーにとって最善の道を選んだつもりではあったが、本当に良かったのかアナスタシアにはわからなかった。しかし目の前にいる幸せそうな娘を見たら、間違いなかったと思える。だが、アナスタシアにはひとつの気がかりがあった。
「エドワード陛下との仲も問題ない?」
「はい。とても大切にして貰っています」
ナタリーの言葉に嘘はない。レヴィ王妃になった時に、彼女はルジョン教と距離を置いたが信仰心は捨てていない。故に嘘を吐いてはいけないという教えを今も守っている。それをアナスタシアもわかってはいるのだが、どうしてもシルヴィの言葉が引っかかっていたのだ。
「シルヴィの話は聞いている?」
突然シルヴィの名前が出てきて、ナタリーは首を傾げた。それでも手紙のやり取りは続いているので、お互いの近況報告はしている。
「男児二人に恵まれたと聞いています。ジェロームもいい父親だと」
「ジェロームは良く働いていると思うわ。それでもシルヴィとのやり取りが少し気になっていて」
アナスタシアは少し困ったように微笑む。ナタリーはそれを見て母が何を憂いているのか察した。それはシルヴィの手紙にも書かれていた事だったのだ。
「レヴィ王家の血が流れている男性の愛情表現がおかしい、という話ですか?」
「えぇ。ナタリーは我慢してしまうから私は不安で」
シルヴィは嫌な事は嫌だという性格で、実際あの夫婦はよく言い合っている。人前では仲良く取り繕っているものの、アナスタシアの耳には届いていた。そしてその言い合いはシルヴィがどれだけ文句を言っても、ジェロームには響いていないとアナスタシアには思えた。
「陛下の愛情表現がおかしい、と友人にも言われました。ですが他人に理解して貰えなくても、私は本当に陛下と一緒に居られて幸せです」
「それでも出産は大変でしょう? まさか四人も産むなんて思っていなかったの」
「陛下も私の負担を考えて下さったのですが、私が産みたいとお願いしたのです。それに私は安産で、乳母も用意して貰えます。幸せでしかありません」
ナタリーは微笑んだ。その微笑みが幸せに満ちていて、アナスタシアもつられて微笑む。
「シルヴィがジェロームを愛すればわかると思います。ただ難しいみたいで」
「それは仕方がないわ。私も夫を男性として愛していないもの」
アナスタシアが平然と言うので、ナタリーは驚く。父には長らく妾がいたのだから、夫を愛せなくても仕方がないとナタリーは思っていた。しかしアナスタシアは常にシャルルを支えている。皇妃として振舞っていると言えばそれまでなのだが、ナタリーは腑に落ちなかった。それを察してアナスタシアは娘に笑顔を向ける。
「家族愛はあるわよ。私に生きる希望を与えてくれた事にも感謝をしている。けれど、男性としては魅力を感じない」
ナタリーはアナスタシアの言葉が理解出来なかった。ナタリーにとってエドワードは唯一無二の愛おしい人だ。家族愛と、異性としての愛を切り離して考えられない。
「心から愛する人と夫婦になれたのなら、ナタリーはとても幸せね。マリー様の御加護かしら」
「私にマリー様の御加護があるとするのならば、それは母上の信仰心の高さ故でしょう」
二人は微笑み合う。アナスタシアはナタリーの心の中にルジョン教がある事が嬉しかった。そして国教を持たない国で信仰を持ち続ける事は難しいだろうに、上手く折り合いをつけている娘が誇らしくもあった。
「ちなみに兄上はどうですか」
「あの子はどうにもならないわ。義父は一体ルイに何を望んでいたのか、私には何もわからない」
「よく大人しくしていますね」
ナタリーにとってルイは一番理解出来ない存在だ。何をしでかしてもおかしくない兄が何もしないのが、彼女には奇妙に思えたのだ。
「ルイは一人では何も出来ないの。だからシルヴィの息子達には正しくルジョン教を伝えなければと思っているわ」
ルイは自分では何も出来ない。希望があればそれを誰かに言ってやらせていた。皇太子に仕えたいと思う者も多かったので、困る事もなかったのだ。しかし彼から仕えるものを排除した結果、彼は何も出来ない人間となってしまった。根気よく教義を学ばせてはいるが、未だに実を結んでいない。
「帝国よりも連邦の方がルジョン教には合っているような気がします」
「えぇ。支配ではなく助け合う、それこそが正しい。私はこの命をルジョン教の為に捧げるわ」
「母上はとても強い心をお持ちですね。私も見習います」
「ナタリーは良き妻であり、良き母である事を考えなさい。私には出来なかった難しい事だけれど貴女なら出来るわ」
「そのような事はありません。私は母上の娘で幸せです」
「ナタリー」
アナスタシアは視界が滲みそうになるのを必死に堪える。ナタリーは幸せそうに微笑む。
「またいつお会い出来るかわかりませんから、時間が許す限り色々な話を聞かせて下さい」
「えぇ、そうね」
アナスタシアはハンカチを取り出すと涙を拭う。そして母娘としてゆっくり時間を過ごせる幸せを噛み締めるように微笑んだ。




