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謀婚 番外編  作者: 樫本 紗樹
謀婚 番外編 その後

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シェッドのその後

【謀婚 帝国編】のその後の話になります。

 かつては大陸で最大面積を誇ったシェッド帝国。しかし多民族が同じ宗教の元で集まった国だからこそ、宗教の根幹が揺らいでしまうと纏まらなくなる。前皇帝ルイの圧政から不満は燻り続け、その息子シャルルの代で爆発した。しかし冷静に情勢を把握していた皇妃アナスタシアによって、その爆発は最小限に留められる。

 シェッド帝国はシェッド連邦と姿を変え、帝都は女神マリーの都と名前を変えた。中央は相変わらずシェッド家が治め、シャルルは教皇のままだ。しかし皇帝ではなくなったので、連邦に所属する他の地域に何の影響力も持たない。それでも連邦としてシェッドの名前が残っているのは、女神マリーの流れを汲む証だからである。

 連邦になってもアナスタシアは皇妃として、国民に寄り添って生きていた。時には田畑の手伝いをし、修道院に目を配り、連邦のどこかで不作だと聞けばシェッド家の蓄えを無償で提供をする。ルジョン教の本来の教えに則ったアナスタシアの行動は、シェッド連邦に所属する人々の心に響き、決して暮らしやすい土地ではないものの穏やかに暮らしていた。

 しかし、心穏やかに暮らしていない女性が一人いる。

「仕掛けておいた罠を見に行きませんか」

 シルヴィは声を掛けてきたジェロームに怪訝そうな視線を向けた。アナスタシアを見習っての行動は四年経った今も慣れたとは言えない。それでも愛妾の娘という冷たい視線は緩和していた。それは彼女が教皇シャルルの孫である男児を二人産んだからだろう。

「罠を仕掛けるなんて悪趣味ね」

「人に仕掛けたのではありません。鹿用です」

 鹿と言われてもシルヴィには何の事だかわからない。食事に供される動物にも命があり、大切に頂くという教義なら理解している。しかしそれと罠が繋がらない。

「昔、放牧されていた豚を殺して食べたがったではありませんか」

「語弊のある言い方をしないで。そもそもあの時は料理を提供してと言ったはずよ」

 シェッド帝国の皇宮がルジョン教徒の信者達に襲われ、レヴィ王国への逃亡中の出来事だとシルヴィは気付いた。しかし明らかに彼女の記憶と違う。

「猟師の方にお願いして屠り方を学びました。是非披露させて下さい」

「要らないわよ。私に今後肉を食べさせないつもり?」

 シルヴィはシェッドに戻ってきて以来、豪華な食事はしていない。それでも肉を食べる事はやめていなかった。それはシャルルとアナスタシアが食べていたからだ。皇宮の奥に広がる神聖なる森で得られる恵みはシェッド一家のもの。また、獣が増えすぎないように厳重に管理されていた。

「シルヴィ様は戻って来られてから多くを学ばれておられましたので、屠り方も見たいのではないかと判断を致しました」

「一切見たくないわよ」

 シルヴィは長い付き合いであるジェロームの考えが未だに理解出来ない。彼は元々レヴィ王国の間者である。しかもエドワードの従弟だが、この事実は隠されている。彼が流暢に帝国語を操る事、出身が判別しにくい顔立ちである事、敬虔なルジョン教徒である事で、知らない人間が疑う余地などないのだ。彼女は未だに教徒としては彼の足元にも及ばないと思っている。

「それなら屠った鹿肉は食べて下さいますか?」

「料理として出されたものは残さず食べるわ」

 シルヴィは好き嫌いなく何でも食べるが、昔は気分ではないと出された物を食べない時もあった。しかし今はそれが如何に贅沢で、褒められない行為であると知っている。

「シルヴィ様を構成する全てを私色に染めたいのです」

 ジェロームは恍惚とした表情だった。シルヴィはそれが気持ち悪くて仕方がない。

「二度と私の寝室に入って来ないで」

「そういう訳にはいきません。息子一人では終わりにしないと最初に申し上げたはずです」

「二人産んだわよ」

「二人では心許ないと思いませんか?」

 ジェロームの問いにシルヴィはすぐに返せなかった。彼女が産んだ息子二人は順調に成長しているが、どちらも健康とは言い難い。皇宮で暮らしているので市井の子供よりは手厚く育てられている。それでも定期的に発熱があるので、彼女は日々息子達が健康に暮らせるように行動していた。

「父の息子は一人よ。そして今も生きているじゃない」

 シルヴィは何とか言葉を紡ぎ出した。シャルルの息子ルイは相変わらず幽閉中である。ルイは独身なので子供はいない。現状、シャルルの後を継ぐのはシルヴィの息子である。それでもルイが何か行動をするのではないかとシルヴィの心は穏やかではない。賢さはなくとも妙な行動力があるので余計に怖いのだ。

「あの人を担ぎ出そうとする人間は見つけ次第処罰していますが、なかなかに減らないのは何故でしょうね」

「ナーシャ様の息子。それ以外の理由はないわよ」

 シルヴィは自分が認められないのは出自にあるとわかっている。いくらアナスタシアが認めたと言っても、愛妾の子である事実は変えられない。一方、ルイはアナスタシアが出産した正当な跡継ぎなのだ。ただ、残念な事にルジョン教を導ける教皇にはなれそうにない。アナスタシアが育てていれば変わったのかもしれないが、成人後にどうにかしようというのは難しいのだ。

「皇妃殿下が口にしないのを、そろそろ理解して欲しいものですね」

 アナスタシアは誰に問われても、ルイについては一切言及しない。彼女は産んですぐに息子を奪われてしまったので、自分の子であるという認識が薄いのだ。一方手元で育てたナタリーとは今でも手紙のやり取りをしているので母の顔を持っていないわけではない。また、シルヴィの継母としても優しく接している。

「私にはよくわからないけれど、血統は大切なのでしょう?」

「女神マリーの血を継ぐ者に差はないはずなのですけれども」

 シェッド帝国はルジョン教の教義の元で大きくなった国だ。信仰を広げ、周辺国を取り込む。素晴らしい教えを広めるという名目だったものが、いつしか国を広げる事に躍起になった。教義に関しても信者が増えるにつれて違う解釈が出てくる。また皇帝が自分の都合がいいように教義の解釈を変えていく。そうしてシェッド帝国は建国時とは違う国になってしまった。それ故に教徒達が反乱を起こしてしまったのだ。

「私の息子は継承権を持っていても、私の存在は受け入れられないのでしょう」

 シルヴィの声色には諦めが滲んでいる。愛妾の娘として生まれた事実は消せない。どれだけアナスタシアが擁護しようとも、アナスタシアの娘にはなれないのだ。だからシルヴィは極力表に出ないようになった。裏でシェッドの為に出来る事を黙々とこなしている。

「ご安心下さい。シルヴィ様に敵対しようとする者は全て私が抹殺致しますので」

「あんたが言うと本当に抹殺しそうで嫌だわ。待って、まさかもう何人か抹殺しているの?」

 シルヴィは探るような視線をジェロームに向けた。目の前の男は敬虔なルジョン教徒なので人殺しはしないだろう。だが、彼は未だに母国と繋がっていると彼女は思っている。自分の手を汚さずに成し遂げられる可能性はあるのだ。

「そのような者が現れた場合、シルヴィ様のいい所を懇々と話します。基本はこれで納得して頂けます」

「とても恥ずかしい事をしてない?」

「いいえ、皆様私とシルヴィ様の深い愛に感激されますよ」

 絶対に感激などしていない、そもそも自分はジェロームに愛情など抱いていない、と思ったもののシルヴィは言葉にしなかった。これを言葉にすると面倒なことになるのは経験済みなのだ。

「ルジョン教徒として恥ずかしくない行動に収めておきなさいよ」

「勿論です」

 ジェロームはにこやかな表情だ。しかしシルヴィはその表情を素直に受け止められない。彼女は彼を人としては信用しているが、男としてはどこかおかしいと常に思っている。それでも彼を伴侶に選んだのは、他に好意を持てる男性がいなかったから。皇帝の娘と護衛騎士の関係が変われば、自分の気持ちにも変化があるかもしれないとも思った。しかし四年経った今でも気持ちは変わらない。ただ、良い父親だとは認めている。

「息子達に言い訳の出来ないような行動も謹んで」

「勿論です。教皇の父という肩書は不要ですが、息子達の足を引っ張るような事は致しません」

 息子の教育はジェロームに一任されている。彼はシェッドに潜入するに辺り、シェッド国民に見えるようにとありとあらゆる勉強をした。しかしそれはレヴィ王国の常識で考えてしまった為に、逆に不自然なほどシェッドに詳しい人間になってしまったのだ。だが彼はその過ちにすぐに気付いて修正し、誰にも疑われる事なくシェッドの軍に入り、シルヴィの護衛騎士に収まった。

「私は帝国語しか話せないのですが、他の言語も覚えて教えた方がいいでしょうか」

「父は帝国語しか話さないわ。ルイは違うけれど、会話が成り立たないのなら意味などないわよ」

 ルイは帝国語だけでなく、連邦に所属している各地の言語を覚えている。しかし相手を理解しようとしない為に、会話は成り立たない。完全な宝の持ち腐れである。

「そうですか。それでは帝国語だけにしましょう」

「帝国ではなくなったのに、帝国語という言葉だけ残っているのは不思議ね」

 シルヴィは以前から思っていた違和感を口にした。帝国を解体した今も共通語は帝国語と呼ばれている。シェッド語で良さそうなものなのだが、皆が呼び慣れてしまったせいか訂正しようという声が上がらない。

「時代が進めば呼び方も変わるでしょう。こういうものは自然に変わるものです」

「そうなの?」

「歴史を振り返るにそういうものですね。後世の人達にシルヴィ様をどう伝えるのか興味があるのですけれども、寿命を考えると知れないのが残念でなりません」

「私の名前なんて残らなくていいのよ。子供さえ残ればそれでいいの」

 シルヴィは歴史に名を残したい等とは一切思っていない。彼女の名が残るのはシャルルにとっても決していい事ではない。元々の発端がシャルルの父であったとしても、それを知る者は少ない。圧政で知られていた皇帝ではあるが、彼は妻以外の女性に手を出していない。一方、シャルルはアナスタシアが目立つばかりに、どうして愛妾など側に置いたのかと未だに陰で言われている。アナスタシアはジャンヌとシャルルの出会いが先だと、聞かれた場合は答えるのだが、それで納得する信者は少ない。

「皇妃殿下が偉大過ぎますよね。あの方はルジョン教の為に、マリー様に遣わされた人なのだろうとさえ思います」

「そうね。ナーシャ様の後を継ぐのはとても荷が重いわ。私には無理」

「えぇ。シルヴィ様は教皇台下の血を多く残すのが何よりも大事。ですから寝室には入らせて頂きますよ」

「話を戻さないで。そもそもしつこいのよ。改善しなさい」

「私の愛情表現は軽くなりませんのでご理解願います」

「本当に嫌。近付かないで、変態」

 シルヴィは嫌悪感をあらわにして後退る。彼女の表情を見てジェロームはいやらしそうに微笑んだ。

「今日は長い夜になりそうですね」

「人の話を聞きなさいよ!」

 シルヴィが心穏やかに過ごせる日が来るのか。それは女神マリーでさえも知る所ではない。

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