国王夫妻の寝室にて
ナタリーは次女を無事に出産した。レヴィ王家及び公爵家は何故か女児率が低いので、男児同様女児も祝福される。国民達は王女の誕生を喜び、エドワードの側で働く者達はナタリーが無事だった事に心底安堵していた。
エドワードは執務を苦に感じていない。王太子、そして国王として当然の事をしていると思っている。そしてそれをこなせるだけの資質や体力を持ち合わせていた。その弊害として、自分に仕える者達に求めるものが非常に高い。勿論見合った給金は支払われているものの、体調不良などで王宮を去る者も少なからずいた。
しかし帝国との戦争が終わり、エドワードがナタリーと向き合った事で環境が変わったのである。今までは夜でも気にせず仕事をしていた彼が、妻との時間を捻出する為に仕事を差配し始めた。そして自分が家族との時間が必要だと気付いた時、仕える者達にも必要だと思い至ったのだ。王宮全体で仕事量が見直された結果、必要な人員が補充され、適度に休みが取れるようになった。給金は良いが大変な職場から、給金も雰囲気もいい職場に変わったのである。王宮で働く者はナタリーのおかげだと感じ、誰もが彼女の健康を願っていた。現状に慣れてしまったので、元の状態には戻りたくなかったのである。
ナタリーは出産からひと月が経ち、助産師から問題ないと言われたので久々に夫婦の寝室へと向かっていた。出産してからは乳母と共に子供を育てながら、自分の身体の回復に専念する。そして体調が戻り次第子供を乳母に預けて夫婦の寝室へと戻る。それがレヴィ王家の習わしである。彼女もその習慣に毎回従って対応してきた。
寝室の扉の前でナタリーは深呼吸をする。一緒に寝ていないだけで、エドワードは執務後、彼女と子供に毎日会いに来ていた。それでも二人きりで会うのは久しぶりなのである。誰かがいる場合、彼女は言葉を崩さない。口調を間違えないようにと言い聞かせて彼女は扉を叩いた。
「どうぞ」
ナタリーは予想通りの返事に思わず口元を緩め、すぐに戻してから扉を開けた。しかしベッドの上にエドワードの姿はない。彼女が視線を動かすと、彼はソファーに腰掛けていた。
国王夫妻の寝室はベッドだけ置かれているわけではない。寝酒を楽しめるようにソファーとテーブルも置かれているし、鏡台も置かれている。しかしナタリーはレヴィに嫁いできてから一度も寝室のソファーに腰掛けた事がなかった。何か話す事がある時、エドワードはいつもベッドに腰掛けていたのだ。彼は寝酒もしないので使用されない調度品となっていた。何故そこに腰掛けているのか彼女が不安に思っていると、彼は自分が腰掛けている真向いに手を向けた。隣ではなく正面な事に疑問を感じながら、彼女は平生を装って大人しく腰掛けた。
「少し話をしたいのだけれど、いいかな」
「えぇ」
ナタリーはエドワードが何を話したいのか、全く見当がつかないまま頷いた。彼女は彼の考えている事がわかるようになったと思っていたのに、と少し悔しく思う。悪い話ではないだろうと思うが、何故ベッドの上でないのかわからない。
「本心を教えて欲しい。ナタリーはあと何人産みたいと思っているのだろうか」
「何人と決められるものではないわ。授かる限り出産する、それだけよ」
ナタリーはエドワードの本意を掴めなかった。努力をすれば必ず子供を授かるものではない。たとえあと三人産みたいと思っていても、必ず出産出来るとは誰も言えない。何故そのような事を気にしているのか、彼女は全くわからなかった。
「私はナタリーの身体を心配している。妊娠出産に関して私は無力だ。王妃だからという義務感は捨てていい」
「それはつまり私とは一緒に寝たくはない、という事かしら」
ベッドではなくソファーで話している意味はこれなのかと、ナタリーはそう理解しながら真剣な表情をエドワードに向けた。子供を出産する度に体型が崩れているのは感じている。周りからの助けもあり、そこまで太ってはいないが、嫁いできた頃と比べれば違い過ぎる。勿論、彼女が嫁いできた時は異常な程に細かったのだが。
「何故そうなる」
「心配だなんてもっともらしい理由で誤魔化さずに、素直に抱きたくないと言えばいいのに」
ナタリーも王妃として、色々な女性と茶会を開いて交流をしている。時には夫婦間の話題もあった。君は家族であって女性としてはもう見られないと夫に言われたという話も聞いた事があったのだ。彼の愛情を疑ってはいないが、愛情の形が変わる可能性は否定出来ない。
「ナタリーは私の事をよく理解していると思っていたのに、そうではなかったみたいだ」
「どういう意味?」
「ソファーに腰掛けているのは、ナタリーを押し倒さずに本音を聞こうと思っての事。私の執着は年々悪化していると気付いていなかったのかい?」
エドワードに問われ、ナタリーは小さく頷いた。彼女は彼の態度を全て愛情表現で片付けてしまっている。徐々に悪化しているなど気付けるはずもなかった。
「子供達の誰かが亡くなった場合、深い悲しみに襲われるだろう。だがナタリーは別だ。私は生きていけるのかさえわからない」
「エドはとても責任感があるもの。国王の立場を簡単に捨てられないわ」
「それはそうかもしれない。しかし執務をするだけの人生は、果たして生きているのだろうか。脳は動いていても心は死んでいる気がする」
エドワードの言葉がナタリーの心の奥に重く響いた。彼を亡くした場合、自分も同じ状況になる気がしたのだ。子供達の為に、レヴィ王国の為にと日中は頑張っていられるが、夜一人になった瞬間、彼のいない世界を嘆いて生を諦めてしまうかもしれない。しかし死ぬ原因などわからないのだから、出産だけを避けるのは彼女には納得がいかなかった。
「私は大丈夫よ。マリー様に見守られているわ。今回の出産は今までで一番軽かった。きっと今後も大丈夫」
「それは何の保証もない」
エドワードは冷たく言い切った。ナタリーも返す言葉が見つからない。しかし彼女はまだ出産を望んでいる。言葉よりも先に彼女は首を横に振っていた。
「嫌。私はここでの二人の時間が大切なの。エドに触れられて、愛されていると感じたいわ。死ぬのは怖いけれど、エドにこれから二度と抱かれないなんて耐えられない」
「抱かないなんて言っていない。避妊をするかの話をしたいのだが」
ナタリーは数回瞬きをしてエドワードを見つめた。彼女は肌を重ねる事が愛情表現だとはわかっているが、根本的な考えはルジョン教の影響が強く、子供を望まないのなら触れ合わないと思い込んでいた。彼女の考えは彼も理解しており、優しく微笑む。
「ナタリーが望んで出産をしたいというのなら、私は止めようとは思っていない。ただ、王妃としての義務感ならば捨てて欲しい」
エドワードの微笑みは作り物ではない。ナタリーは明確な理由を持って出産を望んでいるのだが、それを今まで誰にも告げた事はなかった。しかし彼には伝えてもいいと思い口を開く。
「実はあと二人産みたいと思っているの」
「二人? あぁ。ナタリーが歴史に名を残したいとは思っていなかった」
二人と言っただけで自分の考えを読まれ、ナタリーは困ったように笑った。レヴィ王家は側室を何人も抱えられる為、王妃は多く出産しない。レヴィ王家の歴史では最高五人である。
「授かる限り産みたいのは本心なの。けれど、将来憂いもなくサマンサに会いに行く為にどこかで期限をと考えた時に調べたの。エドは側室を置かない初めての王なのだから、私もその横で名前を残してみたくて」
出産回数が多いからと言って夫婦仲が良好とは言い切れない。しかし、エドワードとナタリーの仲の良さは周知の事実である。どこか歪であったとしても二人が想い合っているのなら問題はない。それに歪な事など近しい者しか知らない事実。案外歴史に残るのは、少し離れた所から見ている人による著作だったりするものだ。
しかしエドワードは違う部分に引っかかりを覚えた。
「相変わらずサマンサなのか」
「エドにとっても可愛い妹でしょう?」
「勿論そうだ、が」
エドワードはつまらなさそうに視線を伏せた。ナタリーはそんな彼を見て微笑む。常に国王として邁進し、父としても子供達に愛情を向けている彼が、自分の前でだけ見せるその姿が愛おしくて仕方がなかった。正直彼女は、彼が本当に拗ねているのか、拗ねているように見せているだけなのかを見極め切れていない。しかしそれを見極めようとも思っていない。ただの男性として、自分を求めてくれる事がとても嬉しいのだ。
「私が誰よりも愛している男性はエドよ」
「女性はサマンサなのか」
「サマンサは家族愛と言えばいいのかしら。子供達と近い愛情。エドには家族として、一人の女性として、色々な愛情を抱いているわ」
ナタリーの言葉にエドワードの表情は緩む。彼女も嬉しそうに微笑んだ。
「私達は色々と話をしていると思っていたけれど、まだ理解出来ていない事があるみたい。どんな小さな事でも話し合いたいわ」
「あぁ、そうしよう」
そう言ってエドワードは立ち上がると、テーブルを迂回してナタリーの隣に立ち手を差し伸べた。彼女は笑顔でそこに手を乗せて立ち上がる。
「私は本当にこの日を待ちわびていた。ナタリーの温もりを感じられて嬉しい」
エドワードの言葉にナタリーは思わず笑みを零す。以前リチャードが彼女と寝たいと言った時に甘えるなと諭したのは彼である。
「リチャードには厳しい事を言ったのに」
「実際私は母と寝た事がない。リチャードも結婚相手に求めればいい」
「あの子もエドのように執着してしまうかしら」
「どうだろう。母親の愛情を注がれているのだから、私よりはましになる気はする」
エドワードに勧められ、ナタリーは大人しくベッドに横になる。彼もすぐに彼女の横に寝転がった。
「リチャードを心から愛してくれる人と出会えるといいわね」
「あぁ」
二人は柔らかい表情で微笑み合った。ナタリーが息子の幸せを願って寝ようとすると、エドワードは彼女の唇を親指でなぞった。彼女は慌てて彼の方を見つめる。
「疲れていないのなら、もう少し私に付き合って欲しいのだけれど」
どこか甘えているエドワードの声色にナタリーが拒否出来るはずもない。彼女は彼に微笑みながら頷く。彼も微笑み返し、夫婦の時間が始まった。




