ベレスフォード公爵家
ベレスフォード公爵家。レヴィ王国で一番新しい公爵家であるが、実情はクラーク公爵家が家名を変えただけだ。この当主夫妻の出会いは数年前に催された王宮舞踏会に遡る。
ウルリヒは成人した後、舞踏会に出る前に赤鷲隊預かりとなってしまった為に十八歳で初めて舞踏会に参加をした。初めての場でどうしていいかわからずにいた所、助けてくれたのはカイルである。実際カイルは助けた訳ではなく、自分への視線をウルリヒへと向けさせただけなのであるが、ウルリヒはそのような事に気付かなかった。そしてカイルが主要な貴族令嬢を紹介する中にいたのが、クラーク家長女のエレノアである。エレノアは当時唯一人の公爵令嬢であったが、その立場は非常に弱いものだった。
クラーク家の当主夫妻はエレノアの後、なかなか子供に恵まれなかった。それでも夫妻は諦めず数年後に長男を授かる。将来のクラーク家当主として大切に育てたが、乗馬の練習中に落馬して亡くなるという事故に見舞われた。当主夫人は夫に側室を娶るよう勧めたが、当主であるヘイニーはそのような気持ちには到底なれないと、クラーク家を断絶させる事に決める。
この時割を食ったのは他でもないエレノアである。弟が育つまでは見届けたいと誰とも婚約をせずに見守ってきた。しかしヘイニーが亡くなり次第領地が王家に返還されるとなれば、今は公爵令嬢だとしても政略結婚としては弱い。そもそもヘイニーは政治に関わっていないのだ。持参金は問題なく用意出来る為、ヘイニーは娘の嫁ぎ先を探したものの良縁には巡り合えずにいた。独身のままでいいと言う娘をヘイニーは心底心配し、強引に舞踏会へと連れてきたのだ。
カイルは第一印象が大事だろうと、細心の注意を払いながらウルリヒにエレノアを紹介した。しかし長身のエレノアは踵の高い靴を履いており、背が低いウルリヒをやや見下す形になったのが良くなかったかもしれない。更にウルリヒの態度も堂々としていなかった為、エレノアは興味ないと言わんばかりに挨拶を切り上げてしまう。お互いの第一印象は決して良くなかった。
しかしそれでも結婚の運びとなったのは、エドワードの思惑の結果である。エレノアは父が亡くなり領地が国に返還された後も、領地経営に関われないかと独自にその道を探していた。それを知ったエドワードがウルリヒとの結婚を計画したのである。公爵家は王家の血を引く男性が当主でなければならない。領地経営に関わりたい女性ならば、フリードリヒよりもウルリヒの方が結婚相手として上手くいくだろうと思ったのだ。
しかし世の中そんなに上手くはいかない。エレノアは何の知識も持たないウルリヒを最初から見下していた。ウルリヒの側近をしていたダニエルには、クラークの地を踏む許可は出せないと啖呵を切る。ウルリヒは単身でクラーク領へと足を踏み入れる事になったのだ。そしてエレノアがウルリヒに望んだ事はみっつ。領地経営に口を挟まない事、正当な跡取りを授けて欲しい事、側室を娶っても構わないがその息子にはクラークを絶対に継がせない事。ウルリヒはエレノアの条件を飲む以外の選択肢を持ち合わせていなかった。
「本当に気の強い娘で申し訳ない」
「いえ。私が至らないので仕方がありません」
クラーク領にある領主の館。ベレスフォード家となってから、前当主夫妻は領内の別邸で暮らしている。元々はヘイニーが亡くなってからウルリヒを当主にという話だった。ウルリヒには時間が必要だとの判断からである。しかしエレノアがそれを承諾せず、エドワードが国王になった時にヘイニーを隠居させてしまったのだ。
ヘイニーも最初はエレノアを説得していた。エレノアの言い分はスミス家の当主が代替わりするのだから当家も続くべき、である。一方ヘイニーはエドワードの側近であるリアンが公爵家当主になるのは意味があるが、クラーク家は国王の代替わりに付き合う必要はない、である。何度も話し合いをしたものの、ヘイニーは根気で娘に負けたのだ。それを申し訳なく思い、ヘイニーはウルリヒに領地経営について直接指導している。
「出産をしたら変わると思ったのだが、余計に気が強くなってしまったようだ」
典型的な政略結婚なので、ウルリヒとエレノアの間に恋愛感情などはない。だが、家名が変わったとしても、クラークの血筋の者に領地クラークを継がせたい一心のエレノアに迷いはなかった。ウルリヒもまた彼女が望む事も出来なければ、存在意義が揺らいでしまうので対応せざるを得なかった。結果、結婚二年目にエレノアは男児を出産したのだ。
ヘイニーはエレノアの出産前から数年は自分が領地を見て、その時に実務をウルリヒに教えよう思っていた。しかしエレノアは元来の気の強さで誰からの制止も振り切り、出産直前まで仕事をし、出産後も早々に領主として仕事を再開してしまう。息子は乳母に任せきりだ。
「彼女は一体何と戦っているのでしょうか」
ウルリヒにはエレノアの態度が不自然に見えた。彼はクラークを自分の領地だと認識していない。用意された選択肢の中で一番生き易いと判断してここにいるだけなのだ。しかし彼女は彼の側近も領地に入れず、孤独な場所に置こうとしているように思える。実際はヘイニーが目をかけているので、彼が孤独を感じる事はないのだが。
「この国初めての女公爵になりたいのかもしれないな」
レヴィ王国では女性が公爵位を継ぐ事を認めていない。直系の男児が途絶えれば断絶である。それは公爵家が増えすぎない為の対策である。また、王家と公爵家は何故か女児に恵まれ難いので、今まで誰も特に異を唱える者もいなかった。クラーク家のように長女しかいないという状況が珍しいのである。
「私はそれでも構いません」
「流石にそれは止めて欲しい。陛下の弟である貴方を差し置いて娘が大きな顔をするのは私には心苦しい」
「陛下は私を弟と認識していないので問題ありません」
ウルリヒは無理矢理微笑もうとしたが、上手く笑えなかった。領地クラークで暮らしていても王都の話は聞こえてくる。フリードリヒは大学生だというのに、政務の一部を担っていると聞いて彼は落胆を隠せなかった。ウィリアムの息子の中で唯一国政に関わっていない自分の価値をどこに見出していいのかわからない。
「ウィリアム前陛下も何を考えておられるのかわからなかったが、エドワード陛下はそれ以上に何を考えておられるのか私には全くわからない」
ヘイニーは嘆息する。クラーク家は代々国政に関わらず、領地経営に集中してきた。国内随一の小麦畑を有し、レヴィ王国の食を支えている自負もある。レヴィ王国の主食は小麦であり、何よりも重要な穀物だからだ。それ故にクラーク家の存続を願ってくれたのだろうとは思うのだが、エレノアが自由にしている事に対してのお咎めはなしである。
「それは私にもわかりません」
ウルリヒはクラークに入る前にエドワードに呼ばれた。しかしエレノアにお前以外の子供を産ませるなと言われただけだ。あまりにも失礼な話ではあるが、ウルリヒはエドワードがどうしても怖くて何も言い返せなかった。そしてウルリヒはその役目をとりあえず果たせている。
それでも現状をどうにかしたいとジョージに手紙を送った。しかし最近届いた返事には、エドワードの人を見る目は間違いないから、そこで居場所を見つけろとしか書かれていなかったのである。
「領地経営は決して楽なものではない。今は私の代から勤めている者がエレノアを支えているが将来はわからない。貴方には是非、娘の為、孫の為、そして自分の為にも公爵家当主として相応しくなって欲しい」
ヘイニーはウルリヒに期待を込めた眼差しを向けた。その眼差しは頑張りすぎている娘を心配している父親そのものだ。甘やかされて育ったウルリヒは責任を持った行動が今まで出来なかった。息子が生まれても父親としての意識が薄い。しかしこのままの暮らしはそろそろ限界だった。彼にも王家の血が流れている。見下されたままの人生を受け入れ続けるのは苦痛なのだ。
「そろそろ父に無意味な事はやめて欲しいとお伝えになったらどうですか」
ウルリヒとエレノアは時間が合う時だけ夕食を共にする。そしてその席で彼女は決まってこう言うのである。彼女は父が夫に領地経営について教えているのが面白くないのだ。彼もいつもは決まった返しをするのだが、今日は珍しく彼女をまっすぐ捉えた。
「私が領地経営を学ぶのは決して無意味ではありません」
初めてのウルリヒの反論にエレノアは一瞬驚きの表情を浮かべたものの、すぐに人を馬鹿にしたような表情になる。
「あなたに領地経営が出来ると言うのですか」
「学んでみなければ判断は出来ません」
ウルリヒは逃げるなと自分に言い聞かせながら、エレノアをまっすぐ捉え続けた。もしもヘイニーとエレノアが事故にでも遭った場合、彼は幼い息子を育てながら領地経営をしなければならない。クラークは自分の土地ではないと逃げている場合ではないとやっと気付いたのである。
エレノアは表情を無にするとウルリヒをまっすぐ見つめ返した。
「そうですか。それでは暫く様子を見る事に致しましょう」
そう言ってエレノアは食事に戻った。ウルリヒは領主としてやっと第一歩を踏み出したのである。




