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謀婚 番外編  作者: 樫本 紗樹
シェッド帝国の行く末

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国王と近衛兵

 良く晴れた初秋の午後。国王の執務室にシェッド帝国からの知らせが届いた。それは公式のものではなく、エドワードが密かにシェッド帝国へ潜ませていた近衛兵ジェリーことジェロームからのものだ。

 エドワードは書面に目を通すと小さく息を吐いた。そろそろ動くだろうと当たりは付けていたのだが、予想とは違う動きに瞬時に計画を練り直す。それと同時にジェロームの呑気さに呆れた。シェッド帝国の皇宮が民衆に強襲されたというのに、本人は旅行気分である。ジェロームは強襲されて混乱している皇宮を脱出しているので、現在の皇宮の状況は不明。こちらは現地に残っている間者からの情報を待たなければいけない。その情報とジェロームの到着のどちらが早いかはわからないが、もう少し詳細がわからないと次の一手が打てないので彼は表情を陰らせた。

「とうとう動き出しましたか」

 エドワードの表情を察しスティーヴンが声を掛けた。エドワードは頷く。

「ジェリー様は約束を守られたのですか?」

 リアンは仕事の手を休めてエドワードを見る。エドワードはそれに対して首を横に振った。

「触れていないから多分失敗したのだろう。成功していたらこれ見よがしに書いてくるはずだ」

「でもシルヴィってナタリー様を見下していた人でしょう? どこがいいのかな」

 リアンの軽口にエドワードが睨む。それはシルヴィの悪口を言ったからではない。ナタリー様と名を呼んだからだ。レヴィ王国では国王と王妃の名を直接呼ぶ事は憚られる。ナタリーは一切気にしていないので、彼女と王太子妃時代からの付き合いの者は変わらず呼び続けているが、エドワードは一線を引かせていた。

「王妃殿下と呼ぶとツェツィーリア様の顔しか浮かばないので、公の場以外では勘弁して下さいよ」

「執務室が公の場でないならば、どこが公の場になるのか」

「議会と夜会だけでしょ。俺達三人なら誰も気にしないよ」

「気にしないのはリアンだけだ」

 エドワードは不機嫌そうにリアンを睨む。だがリアンには何も響かない。エドワードもそれはわかっているのだが、諦めると一生そのままになりそうなので止められない。二人のやり取りを聞き、スティーヴンは窘めるような視線をリアンに送る。

「スミス卿は公爵家当主らしく振る舞って下さい」

「いーやー。スミス卿とは呼ばないでと言ったじゃん! 父上の顔がちらつくからやめて。それと敬語をわざと使うのもやめて」

 リアンは両腕を抱えてスティーヴンに泣きそうな表情を向ける。リアンの言葉にエドワードは心得たと言わんばかりに笑顔を浮かべた。

「ナタリーの事は王妃殿下と呼んで下さい、スミス卿」

「ちょっ、悪乗りしないで。エディの敬語は聞き慣れないから気持ち悪い」

「気持ち悪いとは失礼だな」

 本気で嫌そうな表情のリアンにエドワードは不満そうな声を上げた。その二人のやり取りを冷静な表情でスティーヴンは聞き流す。

「陛下、ジェリー様のお戻りはいつ頃になりそうですか」

「馬車を用意すると言ったのを断ってきたからな。歩きだと三週間近くはかかるのではないか」

 エドワードはリアンを無視してスティーヴンに真面目な顔つきで返す。シェッド帝国からレヴィ王国へは早馬で七日、馬車で二週間はかかる。この差は両国の国境にある山脈を超えるか否かの差である。エドワードは馬車を断られたのでジョージに山道も整備するように伝えたが、正直シルヴィを連れて山を越える事が出来るのか彼は判断しかねていた。

「三週間あれば、彼より先に間者の第二報が届きそうですね」

「多分。ジェリーは近衛兵の自覚が足りなさすぎる」

 エドワードはため息を吐いた。ジェロームはエドワードの近衛兵であり、近衛兵は主に忠誠を誓って主の命令のまま任務に当たらなければならない。軍服は共通でも赤鷲隊隊長が束ねる軍人達とは動きが違う。表に立ってエドワードを護衛している近衛兵より、大陸各地で情報を集めている者の方が多い。そしてジェロームは自分の立ち位置をどこに置いているのか怪しい。

「黒鷲軍の軍団長に一筆書くから早馬の手配を頼む」

「かしこまりました」

 現在シェッド帝国からの入国者は入れないので、ジェロームを知っている者を国境まで迎えに出さなければならない。黒鷲軍軍団長スタンリーは、エドワードが軍隊経験を積んだ時に従者として連れていたジェロームの事を知っているのである。



「陛下、そろそろ許可を下さい」

「しつこい。我慢しろと言っているだろうが」

 黒鷲軍へ早馬を出してから十日後、ジェロームはナタリーの異母姉シルヴィを連れてレヴィ王宮へと戻ってきていた。シルヴィはシェッド帝国の暴動における重要参考人という肩書で地下室に留め置かれている。そしてその際にエドワードは暫くシルヴィとの面会を許さないとジェロームに命令を下していた。最初は大人しく従ったジェロームだったが三日で耐えられなくなり、それ以降毎日のように執務室に顔を出している。

「この仕事の報酬は是非許可でお願いします」

 ジェロームは約六年、シェッド帝国の軍人として潜んでいた。皇帝即位祝賀会の時に帝国入りし、素性を隠したまま帝国の軍人になる事に成功。四年前の戦争で帝国軍がレヴィ王国の国境を侵すように内部で誘導しながら、いざ開戦となった時には逃げ出すルイに意見を言いつつ引き留めはせずに殿(しんがり)を務めた。レヴィ国軍がジェロームの任務を知るはずもない。ジェロームは最前線にいるはずのジョージの所へ行きたかったが、元々ルイを守る最後方の部隊に配属されていた為それも叶わず、彼は本気で殿を務める羽目になった。唯一の救いはジョージが深追い不要と命令を下していたので、そこまで苦労をしなかった事である。

 そして今日ジェロームは六年間で見聞きした詳細を纏めてエドワードに持ってきたのだ。定期的に報告書は送っていたものの、それらを一度に纏めるのにはかなりの時間を要した。

「潜入捜査の報告書に対しての報酬は金貨で払う」

「金貨も必要ですけれど、その前に許可を」

「煩い」

 ジェロームは帝国からも軍人として給料を支払われていたので二重取りになっているはずだが、彼は給料のほとんどをシルヴィとの移動費用に充てていた。シェッド帝国で食糧や寝袋などを用意するのは、レヴィ王国で準備するよりも金がかかったのである。また、レヴィ入りしてからの宿屋の支払いも全て彼が賄っていた。シルヴィにかかわる費用の全ては自分で払うと言って、エドワードの申し入れを断っていたのだ。

 エドワードは呆れた表情をジェロームに向ける。

「四年間シルヴィの何を見てきたのだ。相手の立場に立ち、どうするのが最善かよく考えろ」

「陛下に言われても説得力がありませんね」

 リアンが笑顔で口を挟む。近衛兵が執務室にいる時は公の場と認識してリアンの口調は砕けない。近衛兵は国王配下なので、下手な態度を取れない事はリアンでもわかっている。

「どういう意味だ」

「そのままですよ。王妃殿下の心が海のように広くて宜しかったですね」

「私は今シルヴィの話をしている。ナタリーは関係ない」

「そうだ、リアン。陛下は王妃殿下以外なら相手の心を推し量る部分に間違いはない」

 スティーヴンの擁護とは言えない言葉にエドワードは不機嫌そうな表情を向ける。しかしスティーヴンは無表情だ。リアンは冷たい視線をスティーヴンに送る。

「それならスティーヴンはミラさんの気持ちを陛下に推し量ってもらった方がいいよ」

「そのように無意味な事で陛下を煩わせたくない」

 スティーヴンは無表情のままだ。リアンはわざとらしくため息を吐く。エドワードは二人のやり取りを気にせずジェロームを見る。

「とにかく、シルヴィが会いたいと言うまでは許可しない」

「会いたいと思っていても素直でないシルヴィ様が言い出せない可能性もあるではないですか」

「それならそれまでだ。彼女には出産してもらわなければ困る。相手を選ぶ自由は残したい。ジェリーには努力する時間が十分あったはずだ」

 近衛兵は終身制である。主である国王もしくは王太子が解雇をする事は出来るが、それは不名誉な事であり同時に死を意味する。今回エドワードは例外として、ジェロームに条件を出した。もしシルヴィがジェロームを結婚相手として望んだならば、近衛兵の任務を解いてシェッド帝国で永住する事を認めるというものだ。しかしジェロームはシルヴィの心を四年かけても手に入れられなかった。痛い所を突かれたジェロームは俯く。

「私好みの体型にしたのが気に入らなかったのでしょうか。それともこちらまで歩く荷物を下着も含めて準備した事でしょうか。道中の食事を全て手作りして尽くしたのに」

「今聞き流せない事を言った気がするが、いや、いい。詳細は言わなくていい」

 エドワードは下着の件が気になったが、確認しない方がいい気がして聞き流す事にした。彼は自分も大概とは思っているが、旅行に出かける際にナタリーの荷を準備する気にはならない。食事を作る気もなければ、ナタリーに作らせる気もない。彼は現実的に二人きりが難しい事はわかっている。だが、ジェロームは違う。実際にシルヴィと二人きりでシェッド帝国の皇宮からレヴィ王国の国境まで約二週間かけて歩いてきたのだ。相手に対する執着の度合いが違う。

「ちなみにあの約束は今も有効なのでしょうか」

「有効だから今は会うなと言っている。どうせジェリーの事だから毎日顔を合わせていただろうし、将来を考えるなら一旦離れた方がいい」

「それで忘れられたらどうするのですか」

「忘れられたなら、それだけの存在だったという話だ。ジェリーが必要ならば、会いに来いとシルヴィから言ってくるだろうからそれまで待て」

「言って来なかったらどう責任を取って下さるのですか」

「一生近衛兵として私に仕えるに決まっているだろう。自分の意志だけで近衛兵を辞められると思うな」

 当然の指摘にジェロームはつまらなさそうな表情を浮かべる。本来なら近衛兵はこのような態度を取らない。自分の命運が主に握られているからである。エドワードはこれくらいの事で機嫌を損ねないと知っているジェロームだからこそ出来るのだ。そんなジェロームでも命令違反をしたら二度とシルヴィに会わせて貰えない事は察しているので、こうして許可を貰いに来ている。

「それなら地下室から移動させて下さい。あの部屋だと遠くから様子を伺う事さえ出来ないのですよ」

「それが出来ないように選んだ部屋だ。ナタリーが客間への移動を提案したようだが断られたと言っていた。シルヴィも出る気がないらしい」

 エドワードがシルヴィを地下室へ閉じ込めたのは、ナタリーの皇宮での扱いに対する意趣返しではない。レヴィ王宮には色々と隠し通路があり、近衛兵は万が一の時の為にその通路を熟知している。勿論エドワードも全て把握しており、正面から向かわないと辿り着けない部屋にシルヴィを案内しただけである。罪を犯した王族を一時的に隔離する目的で作られた部屋なので、地下室と言ってもそこまで暮らし難いわけではない。

「ナタリーから聞いた話をひとつ教えてやろう」

 エドワードは笑顔を浮かべた。ジェロームは不審そうな表情でエドワードを見つめる。

「ジェリーと結婚するくらいなら死刑でいいそうだ」

「流石にそこまではシルヴィ様でも仰せにならないはずです」

「ナタリーが私に嘘を言うはずがない。シルヴィがナタリーに嘘を言う可能性はあるが」

 エドワードはそう言いながらも、シルヴィがナタリーに対して嘘を言う必要がないと思っていた。だがシルヴィが本心を見極められていない可能性も捨てられない。

「とにかく私としてはシルヴィを処刑するわけにはいかないし、出産を前向きに検討してもらいたい。ジェリーが相手ならこちらとしても都合がいいと思ったのだが、受け入れてもらえないのなら仕方がないだろう」

「私が適任だと思うならもう少し協力をして頂けませんか」

 エドワードは上に立つ者らしく、人を使う事に長けている。ジェロームを帝国への間者として選んだのも近衛兵の中で一番適任だと思ったからだ。まさかルジョン教に入信するとは思っていなかったが、信仰は自由なので咎める気はない。

「私がジェリーを選んだのは戦争で一番いい働きをすると思ったからだ。シルヴィとの相性を考えたわけではない」

 ジェロームが驚きの表情をする。その意味をエドワードは測りかねた。エドワードは実際ジェロームを軍人として選んだだけであり、シルヴィと夫婦にさせようなどとは考えてもいなかった。シルヴィがレヴィ王宮にいる時から、ジェロームの視線が怪しかったのは知っていたが本気だとは思っていなかったのだ。

「そろそろ持ち場に戻れ。私の仕事が進まない」

「ですから許可を下さい。せめてシルヴィ様の護衛騎士に戻りたいのです」

「何度も言わせるな。レヴィの軍服を着ているなら私の命令に従え」

 エドワードは静かに怒っている。執務室の空気が張り詰める中、ジェロームは軍服に手を掛けた。

「これを脱げばいいのですか?」

「脱ぐなら命はない。従弟とはいえ規律を遵守しない者を許しはしない」

 エドワードはジェロームを睨んだ。その真剣な眼差しにジェロームは言葉を失う。流石のリアンも口を挟める雰囲気はなく、重い沈黙が訪れる。

「わかりました。失礼致します」

 ジェロームはやっとの事で言葉にすると一礼をして部屋を出て行った。エドワードは椅子の背もたれに身体を預けると大きく息を吐いた。

「何故私に近い者は馴れ馴れしいのか」

 ウィリアムの側近や近衛兵は軽口を叩いたりしなかった。少し畏怖しているような雰囲気さえあった。エドワードも距離のある者はそうなのだが、リアンやジェロームのように幼い頃から側にいる者は立場を弁えない。

「馴れ馴れしいのはリアンとジェリー様だけではないでしょうか」

「スティーヴンは口調こそ崩れないが、内心馴れ馴れしい時がある」

「私は陛下の望むように対応する事を心がけています」

 無表情のスティーヴンにエドワードも無表情を向ける。エドワードが一番信頼しているのはスティーヴンだ。従兄弟であり、オルガの秘密を知る数少ない人間であり、絶対に自分を裏切らないという確信がある。スティーヴンがいなければ四年前のレスター卿を訴える話は実行出来なかっただろう。

「スティーヴンは妻と向き合え。ナタリーから話を聞いていると彼女が不憫でならない」

「それは仕事と何ら関係がないではありませんか」

「離婚騒動になったら仕事に集中出来なくなる。そうならないように今のうちに手を打っておくべきだ」

「私は彼女が離婚したいのなら、それで構わないのですが」

「先程の言葉は嘘だったのか?」

 エドワードが不満そうにスティーヴンを見る。スティーヴンはそれを無表情で受け止める。実際、スティーヴンはエドワードの人を見る目を信頼していた。

「それは嘘ではありません。ですが、私の妻と陛下はさほど親しくはありませんよね」

「親しくなくても感じるものはある。人の事をとやかく言う前に自分の家族を今一度見直せ」

 スティーヴンは無表情で頷く。執務室に微妙な空気が流れる。このような空気は珍しくリアンは話題を変えようとエドワードを見た。

「シルヴィの事はどうするの?」

「彼女の好きにさせるつもりだ。だが、そのうちジェリーがいない事に違和感が出てくるだろう。それが護衛としてか結婚相手としてかまでは正直読めないが」

「それで距離を?」

「あぁ。ジェリーの性格からして、好意を持った相手の面倒を見る事を厭わない。当たり前になっていた存在が消えたら心に隙間を感じるはずだ。それが何かを考えさせるくらいの時間はある」

「何だかんだ言ってエディは優しいよね」

「私も国王になったのだから厳しくしていくべきかもしれないな」

「いや、今のままでいいよ。仕事が楽しくなくなっちゃうのは困る」

 エドワードは呆れた表情でリアンを見つめる。リアンは楽しそうに微笑んでいる。

「いいじゃん。帝国からの難民は阻止出来そうなんでしょう?」

「あぁ。でも国内の仕事は色々あるから、リアンが無駄口叩く暇がないくらい仕事量を増やしてやろう」

「それは困る。忙しいのは嫌だ!」

「あまり煩いようならウォーレンの執務机をここに移動させるぞ」

 ウォーレンと聞いてリアンの表情が強張る。美しいものが好きなウォーレンにとってリアンは好みの範疇に入らない。それ故にリアンはウォーレンに苦手意識を持っていた。

「さ、宰相の部屋でいいじゃん」

「嫌なら黙って仕事をしろ」

「わかりました」

 リアンは不貞腐れながら仕事に視線を戻す。スティーヴンはリアンが話題を変えた時から仕事に戻っていた。エドワードは小さくため息を吐くと自分も書類に視線を落とす。それは国内の穀物収穫量の報告書だ。今年は例年以上に豊作で、特に米は市場価格を暴落させかねない程に収穫出来ているのでエドワードは国で買い上げると決めた。レヴィ王国はここ数年豊作続きではあるが、来年も必ず豊作になるとは限らない。エドワードは来年の収穫予測、王家が管理している食糧庫の在庫数、シェッド帝国の今年の収穫量予測などの資料を基に、シェッド帝国へ提供する食糧の適正値を計算し始めた。

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