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謀婚 番外編  作者: 樫本 紗樹
シェッド帝国の行く末
53/73

男達の交流会

 国王ウィリアムの退位と王太子エドワードの即位式典が明後日と迫った昼過ぎ、王宮内では多数の人々が準備に追われていた。今回の即位に関しては近隣諸国からの祝いを断っている為、他国からの来賓はとても少ない。しかし国内各地から貴族達が集まる。普段は領地にしかいない者達との挨拶をエドワードが強く望んでいた事もあり、その日程を調整するだけでも彼の近くに仕える者は大変だった。

 そのように慌ただしい雰囲気に包まれている王宮をジョージは淡々と歩いていた。警備の準備は既に整い、あとは当日を迎えるだけとなっている彼は午後から王都へ出向くつもりだった。しかし突然の呼び出しに彼は断る方が後々面倒と判断をし、仕方なくその部屋へ向かっていたのである。

 目的の部屋の前につき、扉の前に控えている従者とジョージは目を合わせた。従者は一礼をしてからノックをし、扉を開けて彼を通す。執務室の中にはエドワードと二人の側近がいた。

「何用でしょうか?」

 兄と弟ではあるが、現在は王太子と赤鷲隊隊長。身分としてはジョージの方が上であるものの、明後日には逆転してしまう。だから彼はあえて敬語を使用した。

 エドワードは笑顔を浮かべると席から立ち上がり、ジョージにソファーを勧めながら自分もソファーへと移動する。スティーヴンとリアンもそれに続く。王太子の執務室には机の他に応接用のテーブルと、それを三方囲むようにソファーが置かれている。エドワードが一人掛けのソファーに腰掛け、ジョージはスティーヴンとリアンと向かい合うように腰掛ける。

「言葉はいつも通りで構わない。正式な話し合いのつもりはないから」

 エドワードが作り笑顔でない事はジョージにもわかる。しかしジョージは兄の側近達と親しくない。このような場がそもそも初めてなので、ジョージは言葉を崩すのを躊躇った。

「そんなに警戒しなくていいのに」

 軽い声の主はリアンだ。リアンも明後日公爵家当主になるが、今はまだその地位ではない。ジョージに対して敬語を用いない理由にはならない。

「リアン。ジョージ様に対しての言葉遣いがなっていない」

「スティーヴンだって本来なら俺に敬語を使うべきだからね」

 スティーヴンの現在の地位は子爵家当主である。公爵家次期当主のリアンとの身分の差は明白である。

「それでしたら今後敬語を使わせて頂きます、リアン様」

「いーやー。気持ち悪い。鳥肌立ってきた。ほら、もう!」

 リアンは袖を捲り、腕の鳥肌をスティーヴンに見せつけている。そのようなやり取りにジョージはどう反応していいのかわからない。エドワードの側近は国内で力のある三公爵家の長男で揃えられていた。皆一筋縄ではいかなさそうな印象を持っていたのだが、明らかに軽い。

「このような感じだからグレンの後に人を入れられなかった。何となく察せるだろう?」

 エドワードは楽しそうな表情を浮かべている。兄がこの二人を信用しているのはジョージにもわかったので頷いた。二十年以上の付き合いがあり、気の置けない関係が成り立ってしまっているので、ここに人を入れるなら人選はかなり難しいだろう。

「だから今日はジョージにお願いがあって来てもらった。私が即位した後、今まで以上に内政に関わらないか?」

「お断りします」

 ジョージの即答に、戯れていたリアンが袖を戻して悲しそうな表情を浮かべる。

「もっとよく考えて。俺達の負担を少し担ってよ」

「私は赤鷲隊隊長です。国王と隊長は相互監視をするものであり、近すぎるのは良くありません。現状でも歴代の赤鷲隊隊長と比べたら私の仕事量はおかしいと思うのですけれども」

 ジョージの冷めた物言いに、エドワードは少し困ったような表情を浮かべる。

「それは仕方がない。内政にも優れている人間を軍人だけにしておくのは勿体ない」

「私は所詮軍人です。過度な期待をされても困ります」

「だが今後戦争は起こらない。軍人としては暇を持て余すと思うが」

「国内警備は常に必要ですし、国境警備は常に緊張状態を保たねばなりません」

 シェッド帝国との戦争後、レヴィ王国は戦争をしていない。しかし平和になったからと言って軍人を解雇もしていない。国境をはじめとした国内各地の警備強化をしたり、国家が管理を担当する街道や建物の補修にあたらせたりしている。いつでも軍人が動けるようにと、怠けさせるような事は決してしていない。

「ローレンツ公国の内政は落ち着き、難民は暫く出ていないと聞いている」

「はい。先日王妃殿下が挨拶に行かれた際も何も問題なかったと報告を受けています」

 国王退位と同時に王妃ツェツィーリアもその席から退く。当然ローレンツ公国は黙っていなかった。ツェツィーリアが産んだ息子二人は内政に関わっていないので、関係が切れる事を恐れたのだ。それに対し、直接ツェツィーリアが息子フリードリヒを連れて、今後も二国間の関係は変わらないと話をしに行った。ちなみにフリードリヒを連れて行ったのはローレンツ公国には公女しかいない為、今後も関係を続けやすいように従姉弟婚を提案しにいったのである。だが、こちらは双方折り合わず話が流れていた。

「帝国側が心配か?」

 エドワードの表情は穏やかだ。ジョージは常に帝国側に異変がないか情報を集めているが、どうにも帝国側の情報は集めにくかった。カイルが以前より間者を増やして対応しているものの、皇宮内には送り込めていなかったのだ。

「心配していないと言えば嘘になります」

「その情報を渡せば、内政を手伝うか?」

「お断りします」

 再びのジョージの即答にエドワードは苦笑する。リアンは泣きそうな表情を浮かべているが、スティーヴンは無表情だ。

「エディ、話が違うじゃないか!」

 リアンのエドワードに対する馴れ馴れしい態度にジョージはやや不機嫌そうな表情を浮かべる。リアンは正真正銘スミス公爵家の嫡男であるが、スティーヴンと違ってエドワードと従兄弟ではない。王家とスミス家の間に婚姻関係はないので遠縁なのである。

 リアンはジョージの視線に気付き、身体を強張らせる。ジョージは不機嫌な眼差しをリアンに向けていた。

「ジョージ、睨むな。リアンに悪気はないし、こういう男だと受け入れてほしい」

「宜しいのですか?」

「構わない。所詮リアンは私を超えられない。好きにさせてやってほしい」

「ちょっ、その言い方は聞き捨てならない。スティーヴンも擁護して」

「私はリアン様ではなく全面的に殿下を支持します」

「いーやー。様付はやめてー」

 リアンは両腕を抱えてスティーヴンに泣きそうな表情を向けている。ジョージは今まで曲者だと思っていたリアンの想像が崩れ、どのように受け入れるべきなのかわからなかった。

「リアンも昔は公爵家の人間らしく対応をしていた。だが国内の派閥争いが落ち着いたらこうなった。私の友人という肩書らしい」

「友人じゃなくて親友に格上げして」

「私としては国王の側近になってほしいのだが」

「それは重いから外向きだけにして」

 ジョージは自分が何故ここに呼ばれたのか考え始めた。今後筆頭公爵家当主はリアンになる。次いでハリスン家当主ウォーレン、クラーク改めべレスフォード家当主ウルリヒ。モリス家は彼の中で扱いが軽く、当主の名前を憶えていない。ウォーレンはリアンやスティーヴンとも繋がっているはずだが、エドワードがどう思っているのか彼は気になった。

「仕事ならウォーレンにさせれば宜しいではありませんか。宰相として十二分に働くでしょう」

「私はウォーレンを全面的には信用していない。グレンを放置した男だ。不要と分かった瞬間切り捨てるのは好きではない」

 エドワードは上に立つ者として最小限の犠牲は仕方がないと判断出来る。しかしそれに痛みを伴わないわけではない。彼もまたジョージと同じように犠牲は出したくないのだが、それでは判断を見損なう可能性があるので割り切るようにしているだけである。だがウォーレンは違う。最初から冷酷に割り切れる性格だ。

「兄上はグレンを買っていたのですか?」

「何故か皆私がグレンを疎んでいたと勘違いをしている。私は決して疎んではいない。ただ、私の一番になりたいというグレンの願いを聞いてやれなかっただけだ」

 これ以上ハリスン家だけに力を集めるわけにはいかないと、エドワードは側近三人に対して平等に接した。それをグレンも理解してくれると思っていたのだが、残念ながらグレンは祖父の言葉に押し潰されてしまった。

「ウォーレンが甥にグレンと名付けたのは知っていますか?」

「知っている。その子には圧力をかけないでほしいと願うばかりだ。リチャードかウォルターの側に置きたいと言われれば、対応してもいいと思っている」

「そこはエドガーとスティーヴィーに任せてほしいなぁ」

 リアンが二人の会話に割って入る。エドガーとスティーヴィーはリアンの息子達の名前である。明らかにエドワードとスティーヴンを意識して名付けられていて、二人から苦情が出たがそのような事を気にするリアンではない。ちなみに先日長女が生まれ、グレースと名付けている。

「それは構わないが、アリスにこれ以上近付かせるな」

「アリス姫がエドガーと一緒に居たいのだからそこは許してよ」

「アリスの舅がリアンだけは受け入れ難い」

「えぇ? スミス家は結構裕福だから安心して暮らせるのに」

「その話は結論が出ないので後にして頂けませんか。ジョージ様が困っておられるではありませんか」

 エドワードとリアンの不毛な言い争いをスティーヴンが冷静に止める。ジョージはその様子を見て思わず笑みを零した。

「兄上が楽しそうで何よりです」

「公爵家同士の諍いがなくなったからと言って、貴族が全員大人しくなったわけではない。少しでも自分に利益が出るように考える連中と付き合う苦労を考えれば、多少楽しくないとやっていられない。だからジョージも少し背負ってくれ」

「ですからお断りします」

 ジョージのつれない返事にエドワードは小さくため息を吐く。

「ジョージが国王になりたくないだろうと、私が引き受けたというのに」

「勝手な事を言わないで下さい。皆、兄上を次期国王にと申していましたよ」

「嫡男が継いだ方が争いはない。だが私はオルガの息子だ。皆が望んでいたわけではないだろう」

 エドワードは母方からレスター公爵家の血が流れているが、自らの手で母方の実家を裁いた。その際にシェッド帝国の計画も潰し、妻ナタリーを実家から切り離した。後ろ盾を持たない彼の治世を支えるのはこの部屋にいる三人の男に他ならない。

「それを言うなら私は商人の息子なので、誰も相手にしません」

「昔はそうだったかもしれないが、今は違うのではないか」

「さぁ。私は他人の視線を気にしませんから」

 一向に態度を変えないジョージに、エドワードはこれ以上交渉をしても無駄と判断をした。

「わかった。諦める。だが手伝う気になったらいつでも教えてほしい」

「そのような日は一生こないと思います」

 ジョージが笑顔で答えるので、エドワードはそれを残念そうに受け止める。リアンも不服そうではあったが言葉は発しなかった。スティーヴンは相変わらず無表情である。

「ジェリーからの情報は要るか?」

「それは欲しいのですが、その前にひとつ聞きたい事があります」

 ジョージはずっと引っかかっていた事があった。だがそれをエドワードに確かめる機会がなかった。エドワードは笑顔を浮かべる。

「ノルの件なら多分当たっている。あの計画は絶対に失敗させる必要があったから」

 ジョージは呆れた表情で頷く。以前ライラが誘拐されそうになった後、ウォーレンから犯人達の似顔絵を見せられた。その時は気付かなかったのだが、その誘拐にエドワードが絡んでいると気付いた時、その似顔絵の一人が変装をしていたものの従兄ノルに似ていると思えたのだ。

「近衛兵を随分便利に使っているのですね」

「アレックスの未来を心配しているのか。だが帝国が落ち着けば私の元に二人とも戻す。ジョージがレヴィの平和を守れば、息子は王宮内で王太子警備が出来るだろう」

「ではその平和の為にジェリーの情報を頂けますか」

 真剣な表情を向けたジョージに、エドワードも真剣な表情で応対する。

「今年、再び麦類が凶作となれば暴動が起こるのを避けられない。難民が流れてこないように対応しているが、多少の受け入れ態勢は整えておいてほしいとの事だ」

「ジェリーは今どこにいるのでしょうか」

「ジェリーは有能だから懐まで潜り込んでいる。報告書には食事が不味い、寒いと文句ばかり書いてあるが」

「ノルは?」

「ノルは今ハリスンを視察中だ。その後スミスとクラークも視察させる予定だ」

「は? 何故当家の領地に?」

 黙って聞いていたリアンが口を挟む。てっきり彼はノルも帝国を調べていると思っていたので、まさか実家の領地に行く予定があるとは想定していなかったのだ。

「私はハロルドを信用していない。隠居した後どういう動きをするか探ろうと思っている」

 スミス家当主ハロルドは現在ウィリアムの側近である。国王退位に伴い、ハロルドもまた当主を退き、領地へ隠居する事になっている。

「父は何かを企むような器は持ち合わせていないよ」

「それでも用心するに越した事はない」

「エディが望むなら好きにしていいけど、命は奪わないでね」

「失礼な事を言うな。私は法に則ってしか人を裁く気はない」

「わかっているけど念の為。俺はエディの側にいたいから父には領地経営を頑張ってほしいんだよね」

 リアンが満面の笑みを浮かべる。それに対しエドワードも笑う。

「それなら文句を言わずに仕事をしろ。残念ながらジョージ巻き込み作戦は失敗だ」

「えー。ジェリー様の情報でこっちに引き込めると言ったくせに」

 子供のように駄々をこねるリアンにエドワードは呆れた表情を浮かべる。

「私は最初から無理だとわかっていた。スティーヴンもそうだろう?」

「えぇ。ジョージ様の事は弟から話を聞いていますから」

 リアンは自分だけジョージを引き込めると思い込んでいた事実に気付き、瞬時に状況を判断する。だが無駄を嫌うエドワードが何故この機会を設けたのか、彼にはその理由が思いつかなかった。

「それなら何故このような機会を?」

「私がただジョージに二人を紹介したかっただけだ。妻達も仲良くやっているようだから」

 エドワードの言葉にリアンは納得したように頷く。一方スティーヴンはそれにも反応をしない。その無反応にリアンは首を傾げる。

「スティーヴン、ミラさんから話を聞いていないの?」

「何を?」

「女性陣の交流会の話」

「聞いた記憶はない」

 あまりにも興味なさそうなスティーヴンの態度に、リアンは少し苛ついた。

「どうして夫婦の会話をしないのかな。ミラさんが出ていったら困るだろう?」

「妻の人生は彼女のものだから、離婚したいと言われれば応じるだけだ」

「そういう態度はよくないと前から言っているのに。ジミーが生まれても態度が変わらないのが不思議すぎる」

「子供の有無と夫婦の会話の有無は関連性がない」

「もういい。スティーヴンなんかミラさんに捨てられてしまえ!」

 リアンの捨て台詞をスティーヴンは無表情で受け止めている。そのやり取りをエドワードは楽しそうに聞き流している。

「エド兄上は厄介な人達に囲まれているのかと思っていたけれど、安心したよ」

 やっと言葉を崩したジョージにエドワードは笑顔を向ける。

「仲間に入りたいのなら遠慮しなくていい」

「いや、遠慮する。俺にも仲間がいるから」

「そうか、まぁそうだな。隊長として私に忠誠を誓ってくれるなら、それで満足するよ」

「あぁ、それは約束する」

 王宮内で人々が忙しなく右往左往している中で、王太子の執務室はのんびりと時間が過ぎていた。一見ふざけているような男達だが、誰もが自分の仕事を理解しレヴィ王国の為に生きると決めている。妻達が紅茶を飲んで仲良くしているのだから、男にもこのような時間があってもいいかとジョージは暫く三人のやり取りを眺めていた。

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