友情
エドワードの即位式典まであと十日と迫った午後、ナタリーはライラの部屋を訪れていた。テーブルの上にはリデルの紅茶と、赤鷲隊料理長の焼いたクッキーが置いてある。エミリーは下がろうとしたのだがナタリーに呼び止められ、ライラの横に腰掛けていた。
「アリスを養女に欲しい」
「養女にしなくても今まで通りでいいと思うのだけれど」
ライラの突発的な申し出にナタリーは困ったような表情で返した。
「アリスのような可愛い娘を産む予定だったのに」
ライラは視線を落とした。彼女が出産したのは男児である。エミリーの息子に嫁がせる娘を産む気だった彼女は、出産後すぐに現実を受け入れられなかった。二ヶ月を過ぎた今は受け入れているが、将来近衛兵になると決まっている息子とどう接するべきなのかはまだ見えていない。
「二人目を産めばいいのではないかしら」
「サマンサが出産したら会いに行きたいから、暫くは妊娠したくないの」
テーブルの上にはサマンサからの手紙が置いてある。ナタリーはエドワードの即位式典にサマンサ夫婦へ招待状を送っていた。しかし、まだアスラン王国内が落ち着いておらず国を離れられないので参加は難しいという返書だった。
「サマンサは大変そうだから暫くかかるかもしれないわ。そもそもジョージ様が許可してくれないのではないの?」
「ジョージの許可がなくとも行くわ」
「船が必要なのだからそういう訳にはいかないでしょう?」
ナタリーは呆れ顔を浮かべた。レヴィ王家が保有しているのは交易船だけである。それ以外にレヴィ海軍が保有する軍艦もあるが、ジョージの許可なくライラの権力だけでは船に乗れない。
「船は何とかなるのよ」
ライラは得意気に言った。レヴィ王国内の船は何ともならないが、彼女はテオが個人で保有している船に目を付けていた。サマンサからの手紙にも、テオが自前の船でアスランに遊びに来た旨が書かれていたのである。
「ジョージ様と数ヶ月離れるのも何とかなるの?」
ナタリーに核心を突かれ、ライラは言葉につまる。ジョージが再びアスランへ行くのは難しいだろう。サマンサへ出産祝いを届けるという名目で総司令官が出ていくはずがない。そもそもシェッド帝国がいつどうなるかわからないので、それが解決しない限り彼はレヴィ王国を離れられない。
「エミリーと一緒なら平気」
「子供達はどうするのよ」
「それはもう一人の乳母に任せるから大丈夫」
現在、エミリーは乳母兼侍女ではあるが、ウォーレンが用意したエミリーの乳母も王宮内で乳母の仕事を続けている。またエミリーの代理を務めていた侍女もそのまま王宮に留まっており、ライラの側仕えは現在三人いる状況である。ちなみにハリスン家の使用人が王宮で働くのは他の公爵家から問題視される可能性があるとの事で、この二人は王宮勤めではなく赤鷲隊預かりとなっている。だがジョージはこの二人に兵卒と同じ腕章しか与えていない。ウォーレン子飼いの使用人を自由に歩かせたくはないのだ。エミリーも現在ではハリスン家の人間であるが、彼女のライラ至上主義を信用しているので赤鷲隊隊長の腕章のままである。
「私は賛成しないわ。子供の成長を見たかったと後悔しても、時は戻らない。今はアレックスを一番に考えるべきだと思う」
ライラは女児だと思い込み、ジョージに相談する事なく名前を決めて胎児にレティと呼びかけていた。しかし男児とわかった瞬間何も考えられなくなり、名付けは彼に丸投げをした。困った彼は息子にアレクサンダーと偉人の名前を付ける。しかし、この名前を聞いたエドワードが不服そうにした。近衛兵になる男性は基本的に愛称で呼ばれる。愛称から本名がわかり難い名前にすべきであるのに、アレクサンダーでは愛称がアレックスしかなくて本名が丸わかりだと。だが名前を考え直すのが嫌だったジョージはエドワードの意見をはねのけ、結局アレクサンダーで落ち着きアレックスと呼ばれている。
「アレックスが可愛くないわけではないのよ。ただ、アリスの方が可愛いだけ」
「リチャードやウォルターと比べたら?」
「アリス以外に差はないわ」
そこは自分の子供が可愛いと言うべきだと思ったが、ナタリーはあえて言葉にはしなかった。エドワードもとりわけアリスを可愛がっている。王宮内にいる少女がアリスしかいないからなのか、アリスが可愛い雰囲気を纏っているからなのか、とにかくアリスは誰からも愛されている。王宮に長く勤めている女官によると、幼い頃のサマンサと同じ雰囲気らしい。
「アリスは今日何をしているの?」
「今日は絵画の授業ね。サマンサに弟の絵を褒められたのが嬉しくて、また描くみたい」
「そうだ! アリスがアレックスに嫁げば私の娘になるわよね?」
「それはそうかもしれないけれど難しいと思うわ。騎士階級への降嫁は過去にないのではないかしら」
ナタリーの指摘にライラは肩を落とす。いくらアレクサンダーに王族の血が流れていると言っても、貴族ではなく騎士なのである。しかも将来は表舞台に出るかもわからない近衛兵に、アリスを嫁がせるような事をエドワードが許可するとは思えなかった。
「グレンなら可能性があるわよね?」
「そちらの方が可能性はあるけれど、それはライラにとって意味があるかしら」
グレンはエミリーの息子の名前である。ウォーレンとカイルが相談した結果、亡くなった兄の名前を付けたのである。そもそもグレンはハリスン家の長男によく付けられる名前であり、次期当主だと周囲に仄めかす意味合いもある。
「スミス家よりは通えるわ」
「公爵家同士の争いになりそうな事は困るのだけど」
「大丈夫です。当家はそのような事を望んでおりません」
ナタリーとライラのやり取りに、それまでライラの横で大人しく腰掛けていたエミリーが割って入った。エミリーにしてみれば勝手に息子の相手を決められては困ってしまう。それにエミリーは息子の相手にライラの娘を望んでいた。
「アリスの何が不満なの?」
「そうではありません。ウォーレン様も私もライラ様の娘を希望しているだけです」
ライラが男児を出産した事は当然ウォーレンも納得していない。彼は性別関係なく綺麗なものなら何でも愛でるが、甥に嫁ぐ女性はライラの娘が第一希望なのである。公爵家の嫁に騎士の娘も前例はほぼないが、カイルが赤鷲隊副隊長の間に婚約させてしまえば問題ないと思っている。
「最近ウォーレンも忙しそうね」
「えぇ。エドワード殿下が即位される際にウォーレン様も宰相になられますから」
現在の宰相はいわば飾りである。ハリスン家当主が亡くなった後、最適な人物がいなかった為、ウィリアムは侯爵家から可も不可もない男性を選んだ。当時はまだロナルドが生きていた為、ウォーレンを選ぶのは現実的ではなかった。しかしロナルドは病死し、ハリスン家当主となったウォーレンに勝る人材などレヴィ王国にはいない。勿論、エドワードの側近二人は優秀であるが、側近と宰相は役割が違う。その辺りをエドワードはわかっていて、側近が一枠空いた時にウォーレンを呼ばなかったのだ。
「ナタリーも忙しいのではないの?」
「私はそれほどでもないわ。昨日、司教にもう礼拝出来ない旨は伝えたから、あとは王宮内でゆっくりするだけよ」
ナタリーはレヴィ王妃になるにあたって、ルジョン教と距離を置こうと決めた。国教がなく信仰の自由を謳っているレヴィ王国で、特定の宗教を信仰している事は足枷にしかならないと思ったのだ。この話をエドワードにした所、一線が引けるのなら棄教をする必要はないと言われ、彼女は心の中でだけ今まで通りルジョン教を信じる事にした。公務では他の宗教を信じる者と話す事があっても否定はしない、レヴィ王家のやり方を倣おうと彼女は思っている。
「大聖堂へナタリーが行かないと子供達が寂しがるでしょうね」
「フリードリヒ様へ託すまで私の公務として初等学校の支援をするわ。孤児院からも通えるようにして、特定の誰かではなく全員に分け隔てなく接するのが目標よ」
「平等というルジョン教の精神はレヴィでも浸透してほしいわ。でも帝国で出来なかったのだから、難しいのかしら」
「上に立つ者が正しければ可能なはずよ。母はシェッド中央の修道院を巡っているらしいの。その母の行動を父がわかってくれないのが辛いわ」
「修道院? 聖堂ではなくて?」
「シェッドの司教はまともな人がいないみたいで、修道女なら話が通じるから修道院しか行かないらしいの」
ナタリーはシェッド帝国にいた頃、母アナスタシアと離れて暮らす環境だった為に母が何を考えて生きているのかを知る機会がなかった。レヴィ王国に嫁いでから手紙のやり取りをする事は出来たが、皇帝の力が絶大の帝国において密書のやり取りは出来ない。全てが皇帝に検閲されるのだ。だから彼女は自分の状況の報告しか出来なかった。
それが帝国とレヴィが戦争をした後から検閲をされなくなったのだ。封が切られていない手紙が届くのはレヴィ王宮では当たり前の事であったが、シェッド皇宮を通すなら異常なのである。しかもアナスタシアの最近の手紙は検閲されていたら届かないような内容で、ナタリーは母国の今後がどうなるのか予測出来なくなっていた。
「母は嫁ぐ前は領民と共に農業をしていて、皇妃になった今、修道女と畑を耕しているらしいの。父が母に内政に口を挟むなと言ったから、母も父に私が皇妃として民と共に歩む事に口を挟むなと啖呵を切ったみたい」
ナタリーの言葉にライラは意外そうな表情を浮かべた。彼女も公爵令嬢らしくないと散々言われてきたが、流石に畑を耕した事はない。シャルルの皇帝即位祝賀会に参加した時にアナスタシアを遠目で見たが、大人しそうな女性にしか思えなかった。
「皇妃殿下は幽閉されていたのではないの?」
「父が皇帝になった後は自由を回復していたの。私は母が痩せているのは父のせいだと思っていたのだけれど、母がルジョン教の教えを守って清貧を貫いているだけだった。父と母の間に愛情はないけれど、私にはわからない絆はあるみたい」
「わからない絆?」
「母は父を男性として愛してはいないけれど、家族だとは思っているようなの。私は父も兄も家族だとは思えなくて、その辺りの母の気持ちがわからない」
ナタリーには父シャルルにも兄ルイにもいい思い出がない。父は妾の娘であるシルヴィとデネブには優しかったが、自分には興味がなさそうだった。兄は彼女が帝国で虐げられた原因であるにもかかわらず、何故か定期的に話しかけてきた。彼女にとって兄は不可解で出来たら関わり合いたくない人物である。
「ちなみに皇妃殿下はルイ皇太子殿下の事をどう思われているの?」
「よくは思っていないわ。でも兄は祖父に育てられているの。母は兄を抱く事も出来なかった。だから本当の母の気持ちは私には想像出来ない」
ナタリーは視線を伏せると紅茶を口に運んだ。彼女も元々は政略結婚である。アリスを妊娠した時は色々と考える事もあった。それでも出産して誰かに取り上げられる事はなく、乳母と共にアリスの成長を見守ってきた。レヴィ王家も何不自由ないように対応してくれ、その後男児を産んでも環境は変わらず彼女は母として子供達の側にいる。もしリチャードを王太子教育があるからと取り上げられていたらと想像する事さえ出来ない。
「ルイ皇太子殿下は根本的に問題があると思っていたけれど、両親が生きているのに側にいられなかった影響がありそうね」
「それは理由にならないわ。エドも両親は健在だったけれど彼の側にはいなかった。だけどエドは国王としてきっとレヴィ王国を発展させていくと思う」
ライラはエドワードも似たような部分があると思ったものの声にするのはやめた。エドワードの資質自体は疑っていない。ジョージが認めている以上、彼女も否定する気はない。だが、一人の男性として見た場合、彼女からしてみればルイもエドワードも大差がないように見えた。彼女が受け入れられなかった執着が、ナタリーは受け入れられた、それだけの差のような気がしている。
「そういえば最近お義兄様の機嫌がよくて怖いとジョージが言っていたけれど、何かあった?」
ライラの問いかけにナタリーは意味深な笑みを零した。
「私は王妃として彼を助ける事は難しいと思う。だから妻として彼を支える事にしたの」
「何が違うの?」
「エドは私に政治にかかわらなくていいと言うの。最初は私に教養がないせいだと思って、ライラに色々教えて貰って彼の側で少しでも役に立ちたいと思った。だけどエドの望みは違うと気付いたから」
ライラにはよくわからなかった。ジョージは軍関係以外の仕事は彼女と共有する事が多い。街道整備にしても視察は彼がしたものの、優先順位などカイルも含め三人で煮詰めた部分もある。彼女にとって彼の妻と赤鷲隊隊長夫人は同じだ。しかしナタリーの口調では王妃とエドワードの妻が別であるように聞こえた。
「そうですね。それがサマンサ殿下の望みでもありましたからね」
「えぇ。サマンサは本当にエドをよく見ていたわ。流石クラウディア様の娘よ」
納得顔のエミリーにライラは不満そうな表情を向ける。エミリーは笑顔をライラに向けた。
「ライラ様はジョージ様の掌で転がされつつ、たまに無自覚で転がしておられれば宜しいのですよ」
「それはどういう意味?」
「そのままです」
「エミリーはどうなのよ」
「ご想像にお任せ致します」
「卑怯者!」
二人のやり取りをナタリーは笑顔で見守っている。ライラはその視線に気付き、ナタリーを睨む。
「ナタリーも笑ってないでエミリーから聞き出して」
「それなら今度の交流会にエミリーも参加させましょうか。ウォーレンの義妹として」
ナタリーの提案にエミリーは瞬時に真顔になる。
「私はあくまでも赤鷲隊副隊長の妻であり、決してハリスン家の顔にはなりえません」
「ハリスン家の女性は今エミリーしかいないわ。これからスミス家が台頭するのを、ウォーレンは黙って見過ごすかしら」
ナタリーは微笑んでいる。エミリーはナタリーを少し見くびっていた事に気付いた。何も出来ず流されていたナタリーはもういない。既にナタリーはエドワードを掌で転がす事を覚え、王妃としてレヴィ国内の女性達を纏める役割の重大さを認識している。そしてエミリーは何故自分がカイルの妻である事を公表させられたのかも悟る。ハリスン家の嫁として、ウォーレンからカイル、そしてグレンに続く血統を知らしめる為、ウォーレンがライラを焚きつけたのだ。結婚前には表に出ないという話だったはずなのに、既に外堀は埋められつつある。
「ナタリー様とウォーレン様が仲良しだとは存じ上げませんでした」
「彼とは別段仲良くないわ。化粧品を持ってきてくれるだけ」
簡単には入手できないと言われている、ウォーレン作の化粧水と乳液。ナタリーはライラに貰ったものを使用していた。それを知ったエドワードがナタリー用に納入するようにとウォーレンに命令したのである。ウォーレンはこの兄弟は側近でもないのに命令が多いと思いながら、渋々化粧品をナタリーに届けていた。
「エミリーなら交流会は興味があるでしょう?」
ナタリーに尋ねられ、エミリーは困った。興味はもちろんある。だが交流会に参加したいわけではなく、後ろで控えながら話を聞きたいのだ。
「出来ましたならば侍女として参加をしたいのですけれども」
「それは無理ね。ミラも会いたいと言っていたわよ。フローラはあれだけど」
「私はカイル様の顔が好きなので、リアン様には一切興味がありません」
「清々しい発言でいいと思うけれど、それを本人に言うのは勧めないわね」
「ですがリアン様に興味があると思われるのは心外です。噂しか存じ上げませんけれど、流石はエドワード殿下の側近という方のようですから」
エミリーは微笑んだ。彼女は元々噂を集める事は大好きである。ライラの為にいつか役に立つかもしれないと何でも集めていた。そしてリアンに関しては情報を集めるにつれて引っかかってきたのだ。ただのいい人ではない。エドワードやスティーヴン、そしてウォーレンとも対等に渡り合える、実は有能で曲者なのではないかと。
「そう。それなら交流会ではなく晩餐会にしましょうか。私達とスミス家、リスター家、ハリスン家、他の公爵二家も呼びましょう。特別参加枠にジョージ様は付き合って下さるかしら?」
「ジョージはそういう会が苦手なの。即位したお義兄様の命令なら従うとは思うけれど」
「ではそうしましょう。エドには私からお願いするわ」
「お願いしなくていいわよ。ナタリーも交流会や晩餐会は得意ではないと言っていたでしょう?」
「でも王妃として最低限の事はしないといけないから。政治とは関係ない部分の駆け引きも勉強しないといけないのだけれど、サマンサがいない今、頼れるのはエミリーなのよ」
ナタリーは懇願の眼差しをエミリーに送っている。エミリーはそれを困惑の表情で受け止めた。何故そのような話になったのかエミリーには見当がつかなかったのだ。
「何故私なのでしょうか」
「出会って二回目のお茶会の時、エミリーは私を助けてくれた。何も知らないはずなのに、まるで何かを察しているようだったわ。きっと私やライラが持ち合わせていない、人の心の裏を読めるのではないの?」
「ナタリー様は今ではエドワード殿下の事をおわかりではないですか」
「私がわかるのはエドだけなのよ。女性達は難しいの。わかるでしょう?」
ナタリーは少し前傾してエミリーに顔を寄せた。ライラはどっちもわからないという表情をしている。そしてエミリーは悲しい事にナタリーの言い分がわかる。ナタリーは長い間エドワードを見てきた。最初は二人の間に愛はなくとも、ナタリーは愛情を抱いていた。それがいつからかエドワードも意識するようになり、途中すれ違いながらも向き合い、エドワードの執着が始まり、ナタリーは全てを受け入れた。
エミリーはライラが幸せならそれでいい。だがライラがレヴィ王国の平和を望むのならば、結局エミリーの望みも同じになる。レヴィ王国がエドワードを国王として平和を享受する為に何より必要なのは、ナタリーがエドワードを愛し続ける事なのだ。ライラは理解していないが、これはエドワード周囲の男性陣の共通認識である。そしてそれにナタリーも気付き、夫を掌で転がす事を覚えたのだ。
「ハリスン家の当主は私の夫ではありません。私が晩餐会に出るのは難しくはないでしょうか」
「ウォーレンと三人で出席すればいいわ。モリス家の長男は独身だから当主夫妻と三人で参加させれば違和感は少ないでしょうし」
サマンサが嫁いで約一年。最初は寂しい、不安だと言っていたナタリーは、エミリーにはもう立派な王妃に見えた。あのサマンサが見込んだ女性なのだから当然なのかもしれないが、ここ一年のナタリーの成長ぶりにエミリーは驚いていた。
「今のナタリー様なら私がいなくても交流会も晩餐会も問題なさそうですけれど」
「そのような事を言わないで。相談する人が欲しいの。イネスは平民出身だから貴族女性の話は苦手みたいで、ライラも苦手なのはエミリーがよく知っているでしょう?」
結局エミリーは伯爵家出身という事になっている。ガレスでは父ヘンリーが書類上そうしたので真っ赤な嘘でもない。彼女は否定したい所なのだが、息子の将来を考えた場合平民では都合が悪いので大人しく受け入れていた。
「それは何度も直そうと試みたのですが、私の力が及びませんでした。申し訳ありません」
「何故エミリーが謝るのよ」
ライラが不機嫌そうにエミリーを睨む。
「公爵家出身ならば交流会での腹の探り合いなど普通です。ライラ様はそういう会から逃げるばかりで経験値が低すぎるのです」
「私は政治的な話なら大丈夫だけど、女性同士は恋愛話が多いから嫌なの。何故ジョージとの話をしないといけないのよ。ナタリーもそうでしょう?」
「私はエドとの事を話してもいいけれど、彼の名誉の為に黙っているだけよ」
ナタリーは微笑んだ。その笑みにエミリーは興味を持った。名誉を守れないような夫婦関係が気になって仕方がない。
「その話、他言無用をお約束致しますから教えて頂けますか?」
「えぇ。その代わり交流会や晩餐会へ出席してほしいわ」
ナタリーも本当は誰かに話したかった。しかし彼女は何が普通なのかがわからず、どこまで話していいのかわからない。その点エミリーは口が堅いので好都合なのである。一方エミリーもなかなか漏れてこない王太子夫妻の話が聞きたくて仕方がなかった。ここにナタリーとエミリーの新たな友情が生まれた。
ライラは仲間外れにされたようで少々面白くなく、少し不貞腐れながら紅茶を飲んだ。