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謀婚 番外編  作者: 樫本 紗樹
シェッド帝国の行く末

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ジョージとライラの日常6

 ジョージの会食はそれなりに抑えられていたものの、赤鷲隊兵舎で業務連絡兼夕食会は定期的に行われていた。戦線がない今は、青鷲隊、黒鷲軍、海軍の上層部が赤鷲隊兵舎に集まるのだ。国内の治安維持や周辺国との摩擦を起こさない配慮などを軍人全体で情報を共有し、有事の際にはすぐに行動が出来る体制作りの一環である。シェッド帝国をはじめとした近隣諸国の不穏な動きをいち早く察するのは、国境を守る軍人達である。

「それでは定期報告を。スタンリー軍団長から右回りで」

 ジョージに名指しされ、スタンリーは一礼をする。

「シェッド帝国との国境全域で越境者は確認されておりません。商人も問題なく往復しております」

「コッカー周辺及び、近海も商船が問題なく運航しております。海賊など怪しい船の存在は確認されておりません」

「ローレンツ公国側も特に動きはありません。ただ、王妃殿下が公国へ向かわれるという噂を聞いたのですが、本当でしょうか」

 青鷲隊隊長の言葉に、ジョージは隣に腰掛けているカイルに目をやった。カイルは頷くと口を開く。

「退位前に挨拶へ行きたいとの事です。公国の現状を知るにはいい機会ですから、赤鷲隊が護衛担当になっています。もし青鷲隊に公国語がわかる者がいれば同行をお願いしたいのですが、推薦して頂けますでしょうか」

 カイルの言葉に青鷲隊隊長はジョージに窺うような視線を送る。通訳ならライラが適任ではないかと思ったのだ。軍の上層部ならライラがアスランまで通訳として同行している事を知っている。だが、ライラの妊娠は赤鷲隊から外へはまだ伝わっていない。

「王妃殿下の旅には私もカイルも同行しない。故に適任者がいれば教えてほしい」

 青鷲隊隊長は頷いた。ジョージが残るのに、ライラだけ通訳として同行させる気はないと理解したのだ。そして彼は帝国との戦争以降、青鷲隊の中で希望者を募り公国語を学ばせていた。ライラが亡命者と打ち解けたのを目の当たりにし、言葉の重要性を認識したのである。

「公国語を学んでいる者が何人かおります。候補者の名前を纏めて提出します」

 青鷲隊隊長の言葉にジョージは頷く。赤鷲隊でも一部公国語を習得させていた。こちらはライラがカイルに教え、それを諜報担当者に教えるという形をとっている。ライラはアスラン語を覚えはしたが、基本的にレヴィ語しか知らない設定のままなのである。他国との交渉がいつあってもいいように、わからない事にしておいた方が為になるというジョージの判断だった。

「次に国内の街道整備について。私が見回りをして必要だと思う箇所を資料に纏めた。他に必要だと思う場所があったら教えてほしい」

 軍人達は壁に張り出されていた資料に視線をやる。そこにはジョージがアスラン王国から戻ってきた後で調べた街道の現状と、必要な修復工事について書かれていた。帝国との戦争前に軍人が移動する大通りは修復していたが、今回は国内全街道が対象となっている。

「帝国との国境にあたる山道が入っておりませんが、そちらはどうされますか」

 スタンリーの発言にジョージは渋い顔をする。検問は山の麓にあるが、本来の国境は山頂。山頂から麓までの山道を整備すると、難民が押し寄せてきそうでジョージは悩んでいた。また、彼は全山道の確認にかかる日数を考えて、どこからも要望が届いていないのをいい事にあえて無視をしたのだ。

「私は山道には一切足を踏み入れていない。必要と思う場所があるのか」

「そうですね。いくつか道はありますが、レスターへ通じている道は商人も多いですし整備が必要かと思われます」

 レスターと聞いてジョージは資料の一角を見つめる。実はエドワードより、その山道だけは整備しておいてほしいと内々に言われていた。シェッド帝国に潜入している従兄が戻るなら、その道を使うからと。しかしその従兄は軍人として優れており、獣道だろうと難なく戻ってこられるのである。

 ちなみにレスター公爵家はなくなったものの、地名としてのレスターは残っている。王家直轄地になったので変えてもよかったのだが、土地に罪はないのでそのまま据え置かれたのだ。

「私は山道に詳しくないから登る気がない。誰か確認出来る者はいるのか」

「黒鷲軍より派遣可能です」

「それなら任せる。後日別途報告書を提出すると議会に通しておく。他はないか」

 ジョージは他の軍人に視線を向けた。しかし他の者は誰も意見する様子はない。資料に書かれていた街道整備案で十分なのである。

「他になければ食事にしよう。何か思い出したらいつでも言ってほしい」

 ジョージはそう言うと、ナイフとフォークを手にする。それを合図に他の軍人達も食事を始めた。



 ライラは寝室で辞書の作成をしていた。カイルに頼まれたレヴィ語と公国語の辞書である。これが終わった後はレヴィ語とアスラン語の辞書も作ろうと考えていた。

 ノックをしてジョージが寝室に入ってきた。ライラは視線を上げずにペンを走らせ続ける。彼は違和感を覚えながらも彼女の横に腰掛けた。

「青鷲隊にも公国語がわかる者がいるから、その辞書はゆっくりでもいいよ」

「わかったわ」

 ライラは広げていた書類を片付けた。元々睡眠時間や夫婦の時間を削ってまでやる気はない。彼女にとってこの作業は王宮での暇潰し感覚だった。軍人の夕食会は終わる時間が定まっていないので、ジョージを待つ為に寝室に持ち込んだに過ぎない。

「今日はナタリーの交流会に参加したの。それで聞きたい事があるのだけど」

「何?」

「毎日抱き合う夫婦は普通だと思う? それとも異常だと思う?」

 ライラの問いにジョージは訝しげな表情を向けた。彼は交流会なら政治的な話をしていると思っていたのだ。

「夫婦がお互い納得していれば毎日でもいいと思うけど」

「確かに。お義兄様とナタリーが納得しているなら、毎日が普通という事もあり得るわよね」

「エド兄上のそういう話は聞きたくなかったな」

 ジョージは嫌そうな顔をした。その反応が予想外でライラは首を傾げる。

「夫婦仲がいいという話なら悪くないと思うけれど」

「それならライラは弟の夫婦生活の話を義妹から聞きたいと思う?」

 ジョージの問いかけで、ライラは彼が何故嫌な顔をしたのかを理解した。彼女とナタリーは義理姉妹というよりは友人であり、本当の兄弟として話題に出すのは少し抵抗を感じるかもしれないと思えた。

「ごめんなさい。ただ毎日抱き合っていたのに少し間隔が空くようになったと言っていたから、意味があるのかなと思ったのだけど」

「そういう話はエミリーにして。俺はエド兄上とはそういう話はしないし、興味もない」

 ジョージが心底嫌そうな表情をしたのでライラは頷く事しか出来なかった。エミリーに言っても夫婦などそれぞれです、と片付けられそうな気がしたので言わなかったのだが、少なくともここまで嫌そうな顔はされない。

「交流会はそういう話ばかりなの?」

「違うわ。お義兄様の従兄弟にあたる近衛兵の話も出たの。二人の名前は何だったかしら」

「ライラは色々な言語を覚える割に、人の名前を覚えるのは苦手だよね」

「名前を聞いただけでは覚えられないわよ。直接挨拶をしても、ウォーレンほど印象強くないと難しいわ」

 ライラは困ったような表情を浮かべている。それに対しジョージは笑う。

「ウォーレンより強烈な印象を与える人間なんてそうそう居ないよ。でもジェリーなら忘れないかも」

「そう、ジェリー様だったわ。黒鷲軍でお義兄様を連れ回していたと聞いたけれど、本当?」

「それは知らないけれど、気配の消し方を教えたのはジェリーらしい」

 エドワードは庭の散歩など執務中以外は気配を消している事が多い。そのせいでライラは過去に何度も驚かされている。王太子として教育を受けたのならば、むしろ存在感がある方がいいと思うのにと彼女は前から不思議に思っていた。

「将来の国王が気配を消す必要性がわからないのだけど」

「俺もジェリーの意図は知らない。ノルはただ真面目なだけなのに、ジェリーはなかなか本心を見せないし」

 もう一人の名前はノルだったとライラは記憶に留めながら、浮かんだ疑問を口にする。

「ジョージもその二人と面識があるの?」

「あるよ。赤鷲隊に入る前に稽古をつけてくれたのはジェリーだから」

「でもナタリーが見かけた事がないと言っていたのだけれど」

「彼らは気配を消して生活しているから、意識していないと気付かないかもしれない」

 王宮警備は近衛兵の管轄である。軍服は共通だが腕章は付けない。だが中には偽物の赤鷲隊腕章を付けている者もいる。ジョージは赤鷲隊隊員を把握しているから違いがわかるが、他の者なら簡単に欺ける。

「近衛兵は気配を消すのが基本なの?」

「意識はしていると思うよ。父上の近衛兵も警備時以外は気配を消している事が多い」

「なかなか特殊なのね、近衛兵というのは」

「国ではなく、個人に仕えている護衛だからね。正確な人数も公表されていない。俺も知らされていない」

 国王及び王太子の近衛兵は赤鷲隊隊長の子孫が必ず就く職業ではあるが、それだけでは人数が足りない。代々近衛兵をしている家系の者もいれば、どこからか連れられてきた者もいる。だが表立って護衛をしている者は限られており、他の者が裏で何をしているのかは国王及び王太子しかわからない。ジョージがノルとジェリーを知っているのは、彼がいずれ赤鷲隊隊長になると思ったエドワードが紹介したからであり、ウルリヒやフリードリヒは知らない。エドワードが黒鷲軍に籍を置いていた時もジェリーはあくまで従者という扱いで、当時の赤鷲隊隊長の息子である事は伏せられていた。

「つまり、この子が男の子なら隠れて生きなくてはいけなくなるの?」

 ライラはお腹に手を当てながら不安そうに尋ねる。ジョージは彼女の手に自分の手を重ねて優しく微笑んだ。

「それはエド兄上とその息子次第。今は王宮に不穏な空気がないから、隠れる必要性は感じないけれど」

「平和なら近衛兵の仕事も穏やかという事?」

「何を望むかによる。ただの護衛でいいのか、諜報活動をしてほしいのか、忌憚なく助言をしてほしいのか。エド兄上は従弟二人を表に出す気はなさそうだけど」

「ナタリーが一人は帝国へ潜入させているのではないかと言っていたけど、そうなの?」

「それは機密に当たるから言えないな」

 ジョージの答えに対し、ライラは不満そうに口を尖らせた。彼は笑顔で彼女に口付けると、彼女は彼を睨んだ。

「それで誤魔化されないわよ」

「情報というのはいつどこで漏れるかわからないから、必要最低限の人間しか知らない方がいい。エド兄上の頭の中にしかなくて、俺も知らない事だってある。何でも話す訳にはいかない」

 ジョージが殊の外真面目な表情をしたので、ライラはそれ以上何も言う事が出来なかった。それでも面白くないので彼女は顔を背ける。彼は苦笑を零した。

「いつもなら深く追求しないのに、何が気になるの?」

 ライラは自分が軍事に疎いので機密と聞けばそれ以上深く尋ねる事はない。しかし今回は明らかに不機嫌そうなのが、ジョージには引っかかった。

「ジェリー様がお義兄様を振り回していたと聞いたから、どういう人なのか話してみたいと思って」

 レヴィ王家の人間は都合の悪い事はかわして話す癖があるのはライラも重々承知している。ジョージがジェリーの事を詳しく言わないのは、今後帝国の動きについて絡んでくるのであろうと予測が出来る。だからこそ彼女は気になって仕方がなかった。

「エド兄上に興味があったとは知らなかったな」

 更にかわしてくるジョージに対し、ライラは苛立ったものの顔には出さなかった。ジェリーも気になるが、エドワードも気になるのだ。結局今日の交流会ではエドワードの情報は大して手に入れられなかった為、わからないままである。

「興味というか、人によって意見が違うから掴めないのよ。生まれてくる子供を預ける人を知りたいと思ってはいけないの?」

「エド兄上は王位継承者としては問題ない。俺の息子を危険に晒すような事はしないよ」

「それはわからないでしょう? 私は誘拐の件を忘れたわけではないから」

 ライラは不満そうにジョージを睨んだ。たとえ綿密に練られた計画だったとしても、万が一誘拐が成功していたらと思うと寒気がする。しかし彼は彼女に笑顔を向けた。

「エド兄上は人を思い通りに動かす事に長けている。ライラを巻き込んでしまって申し訳ないとは思うけど、あの誘拐事件は絶対に失敗する計画だった」

「何故そのように言い切れるのよ」

「エド兄上だから、としか言えない。あの人は王宮から一歩も出ないけど、情報だけでレヴィ国内だけでなく、この大陸の情勢を完全に把握している。女性に対しても自分から誘っていたのであって、誘いに乗る事はまずない。俺が敵わないと思っている数少ない人の一人」

「他に誰がいるのよ」

「父上とは臣下の関係だから除外すると、じいさんと母上とライラ」

 ライラは不満そうな表情をジョージに向けた。テオやクラウディアと自分が同等とは思えない。そのような言葉で騙されないという意思がひしひしと伝わってくる視線に、彼は笑顔を浮かべた。

「ライラの視点は俺とは違うから、話していると視野が広がる。そういう意味でもライラはかけがえのない存在。一生、俺の隣にいてほしい」

 優しい笑みを向けられても、ライラの表情は不満そうなままだった。ジョージの言葉に不満があるわけではない。丸め込まれそうになっている現状を打破する言葉が見つからず悔しいだけだ。勿論、彼女の考えなど彼にはお見通しである。

「その表情は俺の隣にいるのが嫌という事?」

 いつもの意地悪そうな笑顔に、ライラはジョージの手を払い除けて彼の腕を叩く。彼ならばいくらでも避けられるであろうに、彼女が叩く時は決して避けない。彼女も決して強くは叩かないので避ける必要もないのかもしれないが、それで気が済むならいくらでもどうぞと言われているようで彼女は面白くなかった。

「私が知りたい事を教えてくれなければ、いつかは嫌になるかもしれないわ」

「軽々しく何でも話すのは難しい」

「お義兄様や近衛兵である従兄の話は世間話でしょう?」

「機密に当たる部分は多々ある。エド兄上が教えてくれない事を憶測で話すのは憚られるし。今は余計な事を考えないで出産を一番に考えて」

 ジョージはライラのお腹に手を当てた。彼女のよく着るワンピースは身体の線を強調しない物が多いのでわかりにくいが、触ればお腹が出てきたと感じられる。

「まだ半年近くあるわ」

「帝国の件はそれ以上にかかると思う。話せるようになる時までは気にしないで。王都へは行けるようにするから」

「ジョージがエミリーを説得してくれるの?」

 ジョージは笑顔で頷く。ライラはレヴィに嫁いできてからもよく外出をしていた。しかしアスラン王国から戻って数ヶ月、王宮の敷地内から一歩も出ていない。エミリーが安静を主張したのと、ジョージが国内街道の視察に時間を費やしていて、一緒に王都を歩く時間までは捻出出来なかったからである。

「わかったわ。出産するまでは聞かない。でもひとつだけ答えて」

 ライラは強い眼差しをジョージに向ける。

「お義兄様は信用していいのよね。二度と戦争は起こらないわよね?」

「勿論。帝国との戦争も義姉上を帝国から切り離す為という意味合いが強かったから、二度としないだろう」

「それなら従兄を帝国に潜入させる意味は何?」

 ジョージはライラの脇と膝下に手を入れると、彼女を易々と抱え上げベッドまで運ぶ。

「ひとつだけには答えた。それ以上に質問をするのは頂けない」

 ジョージはライラをベッドに寝かせると、自分も横に寝転がった。彼女は申し訳なさそうな顔を彼に向ける。

「ごめんなさい。半年我慢するわ」

「そうして。俺も今は国内の事で手一杯だから」

 戦争がなくなったから暇だろうと丸投げされた街道整備の案件で、ジョージは忙しくしていた。予算を考え、どこから工事を始めるか、工夫にどれだけ軍人を回して不足人数をどう募集するのか、考える事は山積みである。これは決して役人が仕事を放棄したわけではない。国王の代替わりが問題なく出来るように、そちらに役人が持っていかれた結果である。

「でも王都へは連れていってね」

「それは約束する。ただ途中まで乗馬はさせないから」

「フトゥールムはいい子だから大丈夫よ」

「そういう過信はよくない」

 ライラは一瞬不満そうな表情をした後、何かを思いついた顔をジョージに向ける。

「ジョージも一緒に馬車に乗るならいいわ」

「俺は御者をするから。二人の私的な時間の為に、御者を探す気はない」

「ジョージは普段乗馬なのに御者も出来るの?」

 ライラは驚きの表情をジョージに向ける。彼女は乗馬を得意としているが御者はした事がないので、やれと言われても出来る気がしなかったのだ。

「四頭立てはした事ないけど、二頭立てなら問題ないよ」

「御者が出来る総司令官なんて聞いた事がないわ」

「何事も出来るに越した事はないから。ほら、そろそろ寝よう。今日はいつもより遅いから」

 ライラは結局聞きたい事がわからないままだと不満に思ったものの、実際眠気を感じていた。面白くはないが、ジョージの言う事はもっともなので半年は大人しくしていようと彼女は渋々頷く。

「そうするわ、おやすみなさい」

「おやすみ」

 ライラは元々寝つきがいいが、アスランから戻ってきてからは今まで以上にすぐ眠りに落ちる。ジョージは彼女の寝顔を見つめながら、彼女との時間をもう少し作ろうと考えていた。彼女の態度は今までとは違い、どこか苛々しているように感じたのだ。帰国後は国内の街道視察でかなり王宮を空けていた事を不満に思っているのかもしれない。自分に仕事を押し付けたエドワードに文句のひとつでも言おうと思いながら、彼も目を閉じた。

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