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謀婚 番外編  作者: 樫本 紗樹
シェッド帝国の行く末
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交流会

 レヴィ王宮一階に、子供達が遊ぶ為の部屋がある。庭に向けて大きな窓があり、そこから庭へは段差もなく出入り出来る作りだ。芝生の上には大きな洗濯桶が置いてあり、水が張られていて太陽の光をきらきらと反射している。子供達は子守に見守られながら、楽しそうに水遊びをしていた。

 室内では女性四人が丸テーブルを囲んでいた。顔は知っているが話をした事のないフローラとミラに、ライラはどのように接するべきか決めかねていた。

「二人とも久しぶりね。変わりはないかしら」

「お久しぶりです。私は特に変わりはありません」

 ナタリーの問いにミラはにこやかに答える。一方フローラはライラに明らかな敵対心を向けていた。ライラはその意図がわからず、内心困っていた。

「フローラ様、そのような態度は宜しくないと何度忠告をしたと思っているのですか」

 ミラは呆れたようにフローラに指摘をする。

「ミラ様とナタリー様が夫に恋愛感情を抱いていない事は承知しております。ですが――」

「フローラ。それ以上を言葉にするのは許さないわ。ライラはジョージ様しか見えていないと説明しておいたでしょう?」

 ナタリーが珍しく言葉を遮ったので、ライラは驚いた。だがそれと同時にエミリーの情報もあっているのだと理解をした。リアンの妻であるフローラは女性なら誰に対しても牽制をする。自分はリアンと接点がないのだが、それでも牽制されるのかとそちらにも驚いていた。

「私はジョージ様以外の男性には興味ありません」

「それはどういう意味でしょうか。リアン様を貶すような発言は許しません」

 ライラはリアンを貶したつもりがなかったので、何を責められているのかわからない。ナタリーはフローラに厳しい視線を送った。

「フローラ。いい加減にしなさい。ライラに対してあまり酷い態度を取るなら、リアンにこの事を報告するわよ」

 ナタリーはフローラをまっすぐ捉えていた。フローラはその言葉に怯え、ライラに頭を下げる。

「申し訳ありませんでした」

「フローラとライラは似た者同士なのよ。お互い夫しか見えていないのだから、喧嘩をせずに仲良くして」

 ナタリーは笑顔を二人に向けた。フローラは気まずそうに視線を伏せる。

「ナタリー様も一緒ではないですか。夫と離婚をして平気なのは私だけだと思いますけれど」

 柔らかな笑みを浮かべてミラが言う。離婚という言葉にライラは眉根を寄せた。

「改めまして。スティーヴンの妻、ミラ・リスターです。以後宜しくお願い致します」

 レスター公爵家が取り潰された為、家門名であるレスターも消えた。エドワードがスティーヴンに与えた爵位がリスター子爵である。エドワードはあえて響きが近いものにしたのだが、未だにリスターという名が浸透していない為、ミラは夫がいない場で挨拶をする時は必ず夫の名を出すようにしている。

「赤鷲隊隊長ジョージの妻、ライラです。宜しくお願いします」

 二人が挨拶を交わした後、ミラはフローラの腕をつつく。フローラは渋々笑顔を作る。

「フローラ・スミスです」

「フローラも今妊娠中なのよ。そのせいで少し気が立っているだけだから、気にしないでね」

 ナタリーがライラに微笑みかけたので、ライラは頷いた。その言葉を受けてミラはライラを見る。

「も、という事はライラ様も妊娠されているのですか?」

「えぇ」

「それはおめでとうございます。男の子だと宜しいですね」

「殿下もそう仰っていたのだけれど、リチャードの近衛兵は従兄弟である必要はないと思うのよ。私は殿下の従兄弟を見た事もないし」

 前赤鷲隊隊長には二人の息子がいた。二人ともエドワードの近衛兵になるべく育てられている。しかしその二人の人物像を知っている者はとても少ない。

「ナタリーも見た事がないの?」

 ライラは意外そうにナタリーの方を見た。ジョージに以前話を聞いた感じでは、エドワードの近くにいそうだと思っていたのだ。

「ないわ。一人は国外にいて、もう一人は国内を巡っている。それしか知らないの」

「国外?」

「多分シェッドだと思うのだけど、はぐらかされたわ。だから二人にも聞きたかったの。殿下の近衛兵である二人を見た事はあるかしら」

 フローラとミラはお互い顔を合わせ、ナタリーに向き直ると首を横に振った。

「ノル様はたまに王宮へ顔を出されるとは聞いた事がありますけれど、私はお会いした事がありません」

「私も話しか存じ上げないのです。ただ、夫から馬鹿がつくほど真面目な方と、掴み所のない方とは聞いています」

「リアン様に掴み所がないと言わせるなんて、余程ですね」

 フローラの答えにミラが笑う。ナタリーも頷いた。

「ノル様というのは、どちらかしら」

「真面目な方です。ジェリー様は殿下が黒鷲軍へ行かれた時に、ご一緒だったと聞いています」

 ナタリーの答えにミラが迷いなく答えていく。流石、スティーヴンはエドワードの従兄だけあって詳しいなとライラは感心した。しかし、先程自分は離婚しても平気と言っていた割には詳しすぎないだろうかとも思えた。

「私もその話は聞いた事があります。殿下は軍務に積極的ではなかったのに、それをジェリー様は引っ張り回したようです」

 ライラはあまりにも意外で驚いた。あのエドワードを振り回せる男性がいるとは思っていなかったのだ。ジョージでさえ振り回されている感じがするのに、そのジェリーは一体どういう人物なのだろうかと興味がわいた。

「その話を詳しく知っている人はいないかしら。興味があるけれど、殿下は教えてくれなさそうだわ」

「それならジョージ様に聞いてみる。スタンリー軍団長なら知っているかもしれないから」

 ライラの提案にナタリーは嬉しそうに微笑んだ。そこで会話が途切れ、沈黙が流れる。ミラはライラに向き直った。

「実はずっとライラ様にお礼を申し上げたかったのです」

 ミラにそう言われたものの、ライラには礼を言われるような事をした記憶がない。そもそもスティーヴンの顔は知っているけれど、会話をする仲ではない。

「義弟の事、色々とありがとうございました。ブラッドリーもとても感謝していました」

「結婚の件なら私の侍女が勝手にやった事よ」

「そちらもですが、ガレスではライラ様の実家でお世話になったと聞いています」

「それはお礼を言われると困るわ。公爵家次男を厩番にしていたのだもの」

 いくら家を捨てて騎士になっていたとはいえ、厩番以外にもあったのではないかとライラは思っていた。貴族の息子なら執事や従者の方が自然なのである。ただ、ブラッドリーに向いていたかと言われると、厩番の方が適している気はするのだが。

「いえ、厩番でよかったのですよ。そうでなければ結婚して幸せに暮らしていません」

 ミラの言葉にライラは納得をした。厩番だったからこそ、ライラの嫁入り時に愛馬を連れていく役目になり、赤鷲隊に復帰して帝国との戦争へ参加し、手柄を立てて少佐になれたのだ。戦後にガレスから戻ってきた所で、ブラッドリーに居場所があったかと言われると、難しいかもしれないと彼女は思った。

「あの時は義弟も義父も手に負えなくて、夫は自分の計画を漏らすわけにもいかず、ジョージ様を信じるしかなかったそうです」

「ですがジョージ様とスティーヴン様とは縁がないかと思うのですけれど」

「そうですね。殿下が信じているので、自分も信じたと申しておりました。あの若さで総司令官をしているなんて、本当にすごい方だと思います」

 ミラにジョージを褒められてライラは微笑んだ。ミラの言葉を聞いてフローラはナタリーを見つめる。

「つまり、今回は殿下が信頼している三人の妻の交流会なのですね」

「えぇ、そうよ。だからフローラもライラと仲良くしてね。あの子達が笑顔でいられるレヴィ王国にしたい。それは皆も同じ気持ちでしょう?」

「えぇ。夫達もそう願っていると思います。殿下は少し違うようですけれど」

 ミラの言いたい事がわからず、ナタリーは彼女に視線を移す。

「アリス姫を手元に残したいようですよ。まさかあれほど娘を溺愛するようになるなんて想像もしていませんでした」

「そうですね。殿下はもっと冷めている方かと思っていたのですけれど、夫の話を聞く限りではそうでもないのですよね」

 ライラはエドワードの話になったと興味津々で耳を傾ける。ミラとフローラの表情は柔らかいので、エドワードに対して悪い感情を抱いていないのはわかった。ナタリーは笑顔を二人に向ける。

「リアンとスティーヴンの殿下評を是非聞きたいわ」

「夫はよく殿下の話をしてくれますけれど、ナタリー様に申し上げるのは難しいです」

「リアンが殿下の事を親友のように思っているのは知っているわ。国内ではそのような視点を持っているのはリアンだけで、殿下もそれを受け入れているから気にせず教えて」

 ジョージがリアンの事を曲者だと評していた理由を、ライラはわかったような気がした。あのエドワードに親友のように振舞うなど、簡単に出来るものではない。幼い頃から側近として仕えても、ジョージとカイルのように主従関係になるのが普通である。エドワードとスティーヴンが主従より従兄弟寄りなら話はわかるが、リアンではしっくりこない。

「リアン様は殿下の事を、面白くて、面倒で、とても魅力的な人だと申しております」

 ライラは想像していなかった答えに、思わずフローラをじっと見つめた。一方ナタリーは嬉しそうに微笑んでいる。

「流石はリアンね。私もそう思うわ」

 ライラは視線をナタリーへと移した。ライラから見て、エドワードが面倒な部分はわかるが、面白いと魅力的がどうにも結びつかない。妻を監視している夫のどこに面白さがあるのかがわからなかった。

「夫はナタリー様あっての殿下だと申しておりました。ですから、もし何か殿下に対して思う所があれば、心に溜め込まずに話して頂ければと思います」

 そもそもサマンサがこの交流会を始めたのは、ナタリーの為である。まずはフローラとミラとの交流を深め、その次で他の貴婦人達との交流へと広げていった。サマンサが危惧していた事は、当然エドワードの側近二人も危惧していた。ナタリーがエドワードの横に王妃として居続ける事こそが、レヴィ王国が安泰である為の必須条件なのである。

「私は幸せよ。でも、不満をひとつだけ言ってもいいかしら」

 ナタリーは視線を伏せ、思いつめたような表情をしている。ずっと優しい表情をしていたミラの顔に緊張が走る。それにつられるようにライラも緊張して息をのむ。

 ナタリーが周囲を気にしてから、顔を寄せるように手を招いた。三人はナタリーの方へ顔を近付ける。

「今妊娠すると大変だから、即位して落ち着くまでは控えようと言われたの。でも私は寂しくて、殿下に愛される為にはどうすればいいかしら」

 ナタリーの表情は真剣である。しかしフローラは視線を伏せ、ミラは身体を戻して何事もなかったかのようにハーブティーを飲み、ライラはため息を吐いた。ナタリーは状況が読み込めず三人の顔を順に見ている。二人が黙ってしまったので、ミラは仕方なく口を開いた。

「控えようという事は、完全拒否ではないのですよね」

「そうね。でも毎晩だったのが数日置きになったから、気付いたら触れ合わなくなりそうで不安なのよ」

「毎晩?」

 ライラが不審そうな表情をナタリーに向けた。ナタリーはその意味がわからず、首を傾げる。

「ジョージ様は違うの?」

「違うわよ。え? もしかして私が少数派?」

 ライラは意見を求めるようにミラを見つめる。

「私達はあくまでも政略結婚ですから当然違います。フローラ様の所は毎晩かもしれませんが」

 ミラはフローラを見つめた。フローラは俯いている。

「毎晩だなんて、そのような事はありません。どうしたら愛されるのか、こちらが聞きたいくらいです」

「リアン様はフローラ様の事をとても大切にしているではありませんか」

「今までこのような話をした事がありませんでしたので気にした事はなかったのですけれど、毎晩なんて聞いてしまったら、私――」

「いい加減にしなさい!」

 今までおっとり話していたミラの叱責するような声に、フローラだけでなくナタリーとライラも驚いた。

「こういう事は皆同じにはなりえないのです。政略結婚代表として言わせて頂きますけれど、貴女はとても恵まれているのですよ」

「でもスティーヴンとミラも仲良さそうに見えるわ」

 呑気なナタリーの言葉に、ミラは困ったような表情を浮かべる。

「私達は利害が一致しているだけです。レスター家の跡取りは不要という話でしたのに、リスター家の跡取りが必要と言われて仕方なく息子を産みました。リアン様が余計な事を言うから夫が真に受けたのです」

「余計とは何の事かしら?」

「リチャード殿下の側近候補が足りないと。当家は子爵なのですから侯爵家から選べばいいと思うのですけれど、夫の息子がいいと毎日煩かったようです」

「それは仕方がありませんわ。リアン様は殿下とスティーヴン様は親友だから、自分の息子達も同じ環境にしたいとずっと申しておりますもの」

「それが余計なのですよ。愛妾がいれば、その子供を養子にするだけで話が収まる所を、夫はそういう事が出来ない性格で私が出産する羽目になったのです」

 ミラは心底うんざりといった表情を浮かべている。ライラは全くミラの気持ちがわからなかった。

「それなら離婚したらよかったのではないかしら。公爵家が取り潰されたのですから、政略結婚自体を無効に出来たと思いますけれど」

「私は実家と不仲なので帰りたくありませんでした。夫は基本私に無関心ですし、跡継ぎさえ産めば自由にしていいと言われたら、そちらを取るのは道理ではありませんか」

 ミラに柔らかく微笑まれても、ライラにはその道理がわからない。その時、庭から子供の泣き声が聞こえてきた。四人が庭の方を見ると、ミラの息子が足を滑らせて子守に助けられていた所だった。

「ジミー!」

 ミラは席を立って大慌てで庭へと駆けていく。その様子を見てナタリーは微笑む。

「嫌々産んだ子供の為に慌てて走っていくかしら」

「二度と出産したくないので自分の為に息子を大切にする、がミラ様の主張です」

 フローラは呆れたようにそう言った。貴族は乳母や子守に育児を丸投げにしても責められる事はない。子守が側にいて子供を助けている以上、急いで駆け寄る必要はないのだ。

「そうなの? ではそういう事にしておきましょうか」

 ミラは自分が濡れるのを気にも留めず、泣いている息子を抱きかかえて怪我をしていないか確認をしている。その様子を三人は微笑ましく見つめていた。

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