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謀婚 番外編  作者: 樫本 紗樹
アスラン編
42/73

その5 【商人の真似事をするライラ】

 翌日、ライラは鏡の前で気合を入れると化粧をした。彼女はエミリーに異国に行くなら絶対に必要になると指摘をされて化粧の仕方を習っていたのだ。確かに宝飾品を取り扱う商人が自分を着飾らないのはおかしいので、つくづくエミリーの思考に感心しながら髪を纏めてかつらを被る。そのかつらにはサマンサと交換をした髪飾りを付けていた。勿論宝飾品も自前の物を身に着けている。

 ジョージとライラはディーノの工房へ向かった。すぐに出かけるのかと思いきや、ディーノは一旦中へ入るように促し、二人はそれに従った。

「奥様は金髪だと伺っていたのですが」

「えぇ。かつらを被っています。ケィティ人で金髪は不自然でしょう?」

「今から会いに行く方は金髪なので出来れば外して頂けませんか。人は自分とどこか似ている所があると親近感を抱くものです」

 ライラはジョージに伺うような視線を送った。彼が頷いたので彼女はかつらを外した。そしてそのかつらから髪飾りを取ると、ジョージが持っていた鞄から鏡を取り出して髪を整え始めた。

「綺麗な金髪ですね。レヴィでもなかなか珍しいのはないのですか」

「王家の者は大抵この色です。サマンサは少し暗めですが」

「昨日から思っておりましたが口調を砕いて下さい。テオさんの親族の方に敬語を使われると背中が痒いのです」

 ディーノは困ったような表情をジョージに向けた。実際は王族に敬語を使われる事に違和感があるのだが、ケィティ人はテオから孫を王子扱いするなと言われている。元共和国でも代表であるテオの存在は大きく、誰もがテオには逆らえない。

「それは悪かった」

 ジョージが笑顔を浮かべると、髪を整え終えたライラが鏡をしまった。彼女の髪には髪飾りが留められている。サマンサと交換したその髪飾りは彼女のお守りになっていた。

「それでは王宮へと向かいましょう」

 ディーノの言葉にジョージとライラは驚いた。二人が会いたい人物は将軍である。将軍である以上、日中は王宮に居ても不思議ではない。しかし職人の依頼品を受け取る場所が王宮と言うのは不自然に思えた。

 そんな二人の驚きに答えるようにディーノはサムルク王国の内情を簡単に説明し始めた。サムルク王国の国王の妻はアスラン王国王妃の妹である事、国王はその妻に夢中で国政に関心を示さなくなってしまった事、その代理として国政を取り仕切っているのがその妻の父、つまりアーディル将軍である事。アーディル将軍は王宮を自宅のように使っており、王宮内の一角で妻と暮らしていて今回の依頼人はその夫人という事。

「どうやってそこまで調べたのか」

「私は木工職人として高貴な方々の依頼を受けています。色々な話は自然と入ってくるのですよ」

 ディーノは依頼品と思われる包みを乗せた荷車の前へと移動をした。そして三人はサムルク王宮へと向かった。王都に入る際に見た壁ほどではないが、それでも高い壁が王宮をぐるりと囲んでいる。ディーノは王宮の警備と親しく話をして難なく荷車を押したまま門の中に入ると、迷いもせず歩いて行く。ジョージとライラはただ無言でその後ろをついていった。ある場所でディーノは荷車を止めると重そうに依頼品を抱えた。

 こんなに簡単に異国の王宮へ足を踏み入れられるとは思っていなかったライラは、王宮内の客間と思われる部屋に入ってからもどのように振る舞っていいのかわからなかった。隣を見れば平然とジョージが立っている。彼女も室内にいる王宮使用人に怪しまれないよう自分の仕事をしようと思った。ディーノは依頼品を机の上ではなく床に置いた。

「あまりにも遅いので首が伸びてしまうかと思ったわよ」

 暫くして二人の女性が室内に入ってきた。部屋に入るなりディーノに声を掛けた中年女性はアーディル将軍夫人だろう。もう一人は金髪で艶やかな色気を放っているライラと同じ年ぐらいの女性だった。

「王妃殿下、アーディル将軍夫人。お待たせしてしまい申し訳ございません。ですが最高の品が出来上がったと自負しておりますので御確認頂けますでしょうか」

 ディーノが頭を下げたのでジョージとライラもそれに倣う。二人が長椅子に腰掛け、ディーノは依頼品の包みを解いた。そこから姿を現した木馬に彼女は驚いた。何となく会話から職人を装っている諜報員だと思っていたのだが、その木馬は紛れもなく職人の手によって作られた物だと思えたのだ。ディーノの工房には他に人は見当たらなかったので、彼が一人で作ったと思うのが自然である。

「まぁ、素敵。これならサーレハに丁度よさそう」

「息子に相応しい木馬をありがとう、ディーノ」

 王妃は本当に嬉しそうにしている。ライラは国王が政務への関心を失ったと聞いていたので勝手に王妃には子供がいないと思っていたが、木馬の大きさから想像するに出産して一年前後だろうと思えた。現国王を骨抜きにし、自分の息子をいずれ王位に据える。政務を牛耳るのはアーディル将軍。サムルク王国を乗っ取る準備は万全といった所かと彼女は無表情で判断していた。

「ところでそちらの方はどなたかしら。綺麗な金髪の女性ね」

 ディーノの狙い通り、王妃はライラの金髪が気になったようだ。ディーノは笑顔を向けた。

「彼女は向こうの大陸の商人なのです。出来れば一度商品を見て頂きたいのですけれども」

「ディーノが勧めるのなら見てあげる事は構わないけれど、気に入らない物は買わないわよ」

「えぇ。見て頂くだけで結構です。どういう物が欲しいのかを教えて頂ければ尚嬉しく思います」

 ディーノは人のよさそうな笑顔のままライラを見た。彼女は頷き、ジョージの手から鞄を受け取ると机の上でそれを広げた。二人は一瞬にして瞳を輝かせた。

「まぁ。どれもこれも珍しいわね。ケィティ流なのかしら」

「はい。全てケィティの職人の手によって作られたものです」

「あら、貴女は話せるのね。ケィティの商人はアスラン語を話せてもサムルク語は話せない者が多いのに」

 アーディル将軍夫人はどこが不満そうだった。ライラは微笑む。

「私もまだサムルク語は勉強中の身ですから、もし聞き取り難い所があれば指摘して頂けると助かります」

「今の所は問題ないわね。ところでこれは触れてもいいのかしら」

「はい。御手に取ってじっくり見て頂ければと思います」

 アーディル将軍夫人が宝飾品を見ている横で王妃も夢中でそれを見ている。むしろ王妃の方が興味を持っている様子だ。全体を暫く見つめていた後、王妃はひとつの首飾りを指した。

「この首飾りが気に入ったのだけれど似合うかしら」

「もし宜しければ一度身に着けられますか? その方が良くわかると思いますので」

 王妃が頷いたのでライラは鞄の中から鏡を取り出すとそれを立て、首飾りを王妃の首にかけた。王妃は鏡を覗きこんで満足そうにしている。

「これと同じ宝石を使っている耳飾りも一緒に貰うわ」

「ありがとうございます。耳飾りも身に着けられますか?」

「えぇ、お願い」

 笑顔の王妃にライラは耳飾りも着けた。王妃は満足そうにしている。彼女が持ってきた中でも一番高い物を選んだ所は流石だなと思った。

「他の人の所へも行くの?」

「はい。ディーノさんに紹介して頂く事になっています」

「それなら私の名前を使っていいわよ。貴女が本格的にここで商売をする気になったら後ろ盾になってあげる」

「王妃殿下御用達となればこの国の女性は皆こぞって買ってくれます。そのような名誉をありがとうございます」

 ディーノが頭を下げたのでライラも礼を言いながら頭を下げる。

「お母様は宜しいの?」

「私は自分を着飾るよりもサーレハの物にお金をかけたいわ。ディーノ、また欲しい物が出来た時は宜しくね」

「はい、いつでもお伺い致します」



 客間を出た後、ディーノは門とは違う方向へ歩き出した。ジョージとライラはサムルク王宮がわからないので黙って彼の後ろを歩いて行く。しかしディーノは別段何処へ行くわけでもなく、そのまま荷車を回収すると王宮の外へ出た。そして三人はまっすぐディーノの工房へ戻った。

「いやー。流石王妃ですね。金遣いの荒さは国内一です」

 ディーノはジョージとライラに珈琲を出しながら笑顔でそう言った。帰り際、部屋に控えていた王宮使用人に請求書を渡した時にディーノは金額を見たのだろう。それは木馬とは比べ物にならない金額だった。

「王妃は好きなようにお金を使われるのですよ。国庫が逼迫しているとも知らずに。将軍夫人は今は孫が可愛くて自分はそっちのけなのですけれどね」

「国庫が逼迫していると知っていて特注の木馬を作り、私達を連れて行ったのですか?」

「えぇ。私は他にも顧客を持っています。アーディル将軍をよく思っていない人達も顧客ですから」

 商人は時にライラの理解を越える。自分達に利益があれば例え敵でも武器を売る。顧客の家が没落しようとも、他の顧客がいるのなら問題ないのだろうか。彼女の戸惑いに気付いたのかディーノは笑顔を浮かべた。

「私は国の金を自分の利益の為に使った者に同情する心は持ち合わせていません。アーディル将軍は自分の娘をアスラン王家に入れながら、カエドを嗾けて戦争をさせました。二国を争わせ疲弊した所を美味しく頂こうという算段です。しかしその計画をサムルク王家に嫁がせたもう一人の娘が勝手に狂わせて将軍は今必死です。自業自得ですよ」

「漁夫の利は簡単に狙える物ではないという事か」

 ジョージが冷静にディーノに問いかける。二国が戦争をしている間にレヴィ王国を乗っ取ろうとしていたシェッド帝国は計画の甘さもあり失敗した。現状、サムルクも失敗は目前なのだろうと彼は判断していた。

「えぇ。ただニーデが一枚噛んでいますから少し複雑ですけれども」

「ニーデにもケィティ人はいるのだろうか」

「残念ながらいません。あの国は余所者を定住させてくれません。通過はさせてくれるのですけれど」

 テオの手紙にも顧客がいればと書いてあった。余所者とは接したくないような国なのだろうとジョージは判断した。

「ですがこうしてここまで来てくれて本当に助かりました。手紙はどこで漏れるかわからず使えませんし、アスラン港まで出向こうにも仕事が忙しくて出来ませんでしたから。鑿が欲しいと言うのも誰か聞きに来て欲しいという意味だったのですが、まさかジョージさんがいらっしゃるとは」

「祖父は私の事を孫としか認識していないから」

「テオさんは情報の重さを知っています。ジョージさんにしか託せないと思われたのでしょう。私の情報が少しでもレヴィやアスランの為に役に立てば本望です」

「あぁ。ありがとう」

 ディーノは机の上に置いてあった封筒をジョージの前に出した。

「他の顧客はこちらにしたためておきました。私も全てお付き合い出来れば宜しいのですが、本当に仕事が立て込んでおりまして申し訳ありません」

 ディーノは本当に申し訳なさそうに頭を下げた。ライラもジョージも先程納品をした木馬が心を込めた作品である事はわかっていた。軽口を言っているが鑿も本当に欲しかったに違いないと彼女は思っていた。

「いや、これだけでも助かる」

「宝飾品の代金は後日王宮から届きます。帰国前にもう一度寄って頂けますか」

「あぁ。受け取りに来よう」



 ライラとジョージはディーノの工房を出てから一旦宿屋に戻ってきていた。彼は荷物を置くとソファーに腰掛け、彼女もその横に腰掛ける。

「王宮まで行った意味はあったのだろうか。正直ディーノの話だけで十分だったと思うんだけど」

「高い宝飾品を購入してくれたのは大きいと思うわ」

「国庫が早く底を尽けば戦争が終わるかもしれないし、無駄ではなかったのか」

 ライラはディーノに貰った封筒を見つめた。

「それに他の人も教えて貰えたから、宝飾品も全部売れるかもしれないわ」

「あぁ、サムルク国内の銀貨を回収するのは悪くないな。もし全部売れてしまったら宿屋に引きこもればいいわけだし」

 ジョージの言葉にライラは戸惑った様子を向ける。

「本気で言っているの?」

「俺は話せないから売れない。ライラ次第だよ」

 ライラは悔しそうな表情をした。その様子に満足してジョージは話を切り替える。

「ところでまっすぐ帰らなかったのは何か話でも聞いていたのか」

「えぇ。そうだと思うわ。サムルク王宮内なのに別言語が聞こえてきたもの」

 ライラもディーノの行動の意味を考えている内に、勝手に聞こえてくる言葉でそれを察した。果たして彼女が何語を理解するのかをディーノが知っているのかはわからないが、ディーノ自身はそれを聞く事が出来るのだろう。それについては言及されなかったので彼女もあえて聞かなかった。

「面白い話はあったか」

「アーディル将軍を探しているカエド語が聞こえたわ」

 カエドと聞いてジョージが反応する。ライラは微笑んだ。彼女の聞いた内容は話が違うと揉めている声だった。

「カエドとサムルクの関係、切れるかもしれない。サムルクはもうカエドにお金を流せなさそうよ」

「国庫が逼迫と言っていたからな。だがカエドへは行くなとじいさんは言っていたから、ニーデで何とか話が聞けるといいのだが」

「そうね。暮らせないけど通過はさせてくれると言っていたし、足を踏み入れる事は可能なのではないかしら」

「そうだな。それならその紹介された人にとりあえず商品を売り付けに行くか。商売活動をしないと不審がられるだろうし」

「かつらはどちらがいいかしら?」

「この国の金髪がどれほどいるのかわからない。少なくとも街中では目立つし、かつらを被っていればいいと思う」

「そうね、そうするわ」

 ライラはディーノの工房でかぶり直していたかつらをそのままで立ち上がると、ジョージと共に再び宿屋を出た。そしてディーノに紹介された顧客名簿を持って王都内の高級住宅地を歩いた。門前払いの所もあったが、ディーノの名前や王妃殿下御用達の話をすると家の中に入れてくれる者もいて、二日間で二人は持ってきた宝飾品の半分を売り上げたのだった。勿論ただ売るだけではなく、それとなくサムルク王国内の話も彼女は聞き出していた。

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