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謀婚 番外編  作者: 樫本 紗樹
アスラン編
41/73

その4 【サムルク王国入国】

 アスラン王国の王都を出立して四日目の夕方、ジョージとライラはサムルク王国の王都に辿り着いた。内陸にあるこの国の王都は三方を山に囲まれた天然の要塞である。唯一平坦な西側には堀がありその奥に壁が聳え立っているが、戦時中ではない為か門は全て開放され堀にも橋が架かっていた。

「レヴィより高いな」

 ジョージは馬から降りると感心しながら壁を見上げた。攻城用の塔を組み立ててそこから火矢を放って中を混乱させたとしても梯子を架けるには高すぎる。大砲で壁を砕くのが一番早いだろうが、壁の厚みがあり簡単に壊せそうもない。山からは攻めてこないと思いこんでいるだろうからそちらをまず調べよう。彼は商人の恰好をしながら、この城塞都市を攻めるのならばどうするべきかを考えていた。

「どうしたの?」

「いや。まず宿を押さえようか」

 ライラの声で我に返り、ジョージは考える事をやめた。彼はこの国を攻める気は一切ない。彼は戦争を極力避ける道を選ぶが、それと同時に最短で落とすにはどうするべきかも考える癖がある。彼は何でも器用にこなすが根は軍人なのだ。

 ライラは不思議に思いながらも馬から降りて歩き出した。今夜からは自分で宿を探さなければいけない。昨夜からサムルク王国へは入国していて、テオの伝手で予約されていた宿屋はジョージが言っていた通りダブルベッドの部屋だった。シングルベッドに二人で寝られなくはないのだが、彼が長身かつ体格もいいので毎日続くと彼女は申し訳ない気になるのだ。だから寝る前に邪魔なら私が寝た後で隣のベッドに運んでと無理を言っていた。そして必ず運ばれていた。彼曰くいつ落ちるか考えるだけで眠れないとの事だった。だから今朝は久しぶりに彼の腕の中で目を覚ました事が幸せだったのだ。不審に思われないようにと彼は日課の朝練を封印しているのも彼女には嬉しかった。

「何処がいいかしら」

「見た感じ高級そうな所でいい。ここまで来る異国人はお金を持っているだろうと吹っかけられる可能性はあるけど一番高い部屋でいい」

 ライラは頷いた。ここへ来るまでも途中で税関がありその度に通行料を払ってきた。テオの手紙に怪しまれないようにと注意があったので、彼女はその都度その金額が普通なのかを確認した。言われた金額をそのまま払う方が怪しまれるような気がしたのだ。

 王都の中で一番大きいと思った宿屋の前で、ライラはジョージに馬を預けると一人で入っていった。彼女は笑顔で受付担当者に空き部屋の有無を確認する。異国での初手続きに少し緊張していたが、彼女のサムルク語は問題なく通じたので部屋を三日間押さえる事が出来た。ここを基点に宝飾品を売るふりをしながら情報を収集する予定である。

 ライラが押さえた部屋は宿屋の中で一番高い部屋だった。これで異国から宝飾品を売りに来た豪商という印象がついたであろう。そもそも王族が商人の恰好をして異国に来ているなどとは誰も思うはずがない。宿屋の厩に馬を預けた後、二人は押さえた部屋へと向かった。

「ここからどうやって宝飾品を売るの?」

「ケィティ人はこちらの大陸でも色々な場所で暮らしている。じいさんの知り合いから紹介して貰うよ」

 ジョージは宝飾品以外にも荷物を抱えていた。それは各地で暮らすケィティ商人へ渡す物であり、ここへ来るまでに二人に渡していた。交易はアスラン王国以外出来ないけれど、個人同士ならばどの民族とも商売をする自由があるので、ケィティ人はどこにでも暮らしている。そうして仕入れた情報を元に世界を渡り歩きながら共和国を維持していたのだ。レヴィ王国の自治領となった今でもそれは変わらない。

「その中に例の軍人がいるのね」

「じいさんの事だ。多分いると思う」

「でもその人に会えたとして、政治的な事をどう聞き出すつもり?」

 荷物を長椅子に置いて別の長椅子に腰掛けたジョージの横にライラも腰掛けた。

「聞き出すのは難しいだろう。羽振りの良さや周囲の評判から考えるしかない。妙な行動は出来ないから」

「それでわかるの?」

「何とも言えないな。俺は旅行気分だからそれが満たされればとりあえずはいい」

「またそのような事を言って」

 ライラは疑うような視線をジョージに向けた。彼が旅行の為だけにここまで来るはずがない事を彼女はわかっている。そんな彼女に彼は意地悪そうな笑顔を向けた。

「俺は一日中ライラとベッドの上で過ごしてもいいと思ってるよ。そういう事は王宮では出来ないし、旅行ならではだろう?」

 ライラは唇をわなわなと震わせたものの言葉は出てこない。そろそろ子供が欲しいとはジョージに伝えていた。しかし一日中睦み合う必要性はない。だがそのような日が一日くらいあってもいいという気持ちもあり、即座に否定の言葉を紡ぎだせなかったのだ。

「それは妙な行動に入ると思うわ。商人なのだから商売をしないと」

 ライラは何とか言葉にした。ジョージは彼女の態度に満足したのか笑顔で頷く。またからかわれたと思う一方で、少し本気だったのではないかとも彼女には思えた。

「じいさんの知り合いに会うまでにはまだ時間があるし、少し王都を見てから約束の店に向かおうか」

「えぇ。流行や物価を確認したいからそうしましょう」

「すっかり商人だね。ライラは貴族の血しか流れていないだろうに」

「いいえ、私の母方の祖父は元商人なの。男爵令嬢である祖母と結婚して爵位を手にして、母が父と結婚する際に伯爵家を譲渡されたから表向きは伯爵だけど」

 ジョージは意外そうな顔をした。彼は流石にライラの母親の実家までは知らなかったのだ。それに以前彼女の両親に会った時、父親は頼りない雰囲気もあったが、母親は公爵夫人として何の違和感もなかった。

「名門公爵家とは思えない」

「それは祖父と父に言って。父が母以外とは結婚したくないと言って祖父がその我儘を聞いたらしいわ。でも母は実家とあまり仲が良くなくて、祖父母に会った事はないのだけれど」

「伯爵なら普段領地にいたとしても夜会には出席するものじゃないのか」

「その辺はよく知らないの。私が成人する前に二人とも亡くなったらしくて。だから私にとって祖母と言えばパメラさんを思い浮かべてしまうわ」

 ライラは微笑んだ。彼女はパメラに教えて貰ったハーブを引き続き育てている。今でも隊員達は飽きもせずに彼女にじょうろを渡す役目をくじ引きしていて、留守中の水遣りも笑顔で引き受けてくれた。

「おばあさんもライラの事を実の孫娘のように思ってるから、何かお土産を買ってくれると嬉しい」

「えぇ。そうするわ。早速行きましょう」

 ジョージとライラが宿屋を出ると空は闇に覆われつつあった。それでも王都には商店街があり、その灯りで歩けるほど明るい。アスラン王国では店を構えているのは少数で基本露店だった。それだけを見てもサムルクの方が裕福に感じられたが、市場の物価を見てもサムルクの方が上だった。ただ商店街にある宝飾店には彼女達が持っている宝飾品ほど細工された物はなく、彼女はこれなら商売になるかもしれないと感じていた。

 二人は一通り王都を見てからある店に入った。その店はテオの手紙で指定されていた店だった。ライラが店員に今日会う予定のケィティ人の名を告げると奥のテーブルへと案内された。そこには人が良さそうな壮年の男性が腰掛けていた。三人はレヴィ語で自己紹介をした。

「ディーノさん、これは祖父に頼まれていた物です」

 ジョージは荷物から袋を取り出すとケィティ商人ディーノに手渡した。

「わざわざありがとうございます」

 ディーノは笑顔で礼を言うとその袋の中身を確認し、自分の荷物へとしまった。

「アスラン港からここまで運んでくれる人が少ないので本当に助かりました」

 ディーノが言うには道中通行料を取られるので、それ以上に稼げるとわからないと誰も届けてくれない。自分で取りに行こうにも仕事が立て込んでいて数日工房を空ける事が出来ないのでこうして誰かが来るまで待つ事はよくあるとの事だった。手紙を出すのでさえ決まった日にしか送れないようだ。

「よくそれでここに暮らそうと思いましたね」

「ここは気候がいいですし、国内の物だけでも暮らす事は出来ます。でも道具はケィティ品の方がいいのでそれだけが苦労している所です」

 ディーノは木工職人である。木材が採れるサムルクで加工して売った方が儲かると思い移住をしたものの、鑿や鋸はサムルク製では馴染まずケィティの職人からわざわざ取り寄せている。ジョージが運んだものは鑿だった。

「明日依頼品を持っていくので一緒に行きましょう」

「どちらへ?」

「テオさんから聞いていないのですか?」

 ジョージは一瞬にして理解した。最初からサムルクの軍人の所へ行けるように取り計らってあったのだ。彼は不満そうな表情を一切表に出さず笑顔を浮かべる。

「いえ、祖父がお願いした方以外も是非お願いしたいと思ったものですから」

「私は構いませんけれど、そこまで商人になりきる必要があるのでしょうか」

 ディーノはサムルクでの生活が長くレヴィの事には詳しくないが、テオの娘クラウディアがレヴィ王家に嫁いだのでジョージが王子である事は知っている。

「えぇ。折角ここまで来たのですから託された商品を完売したいと思っています」

「流石はテオさんのお孫さんですね。わかりました。色々な方を紹介致しますよ」

「ありがとうございます」

 ライラは口を挟まない方がいいだろうと黙って二人の会話を聞いていた。すると店員が料理を運んできた。ディーノが先に注文をしておいてくれたようだ。配達代金なので遠慮せず食べて欲しいと言われたので、二人はその言葉に甘えてサムルク料理を堪能した。

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